国鉄 室木線
国鉄室木線は、鹿児島本線の遠賀川駅から南進して室木駅までを結ぶ短いローカル線。山陽新幹線建設時には、レール等の資材を工事現場まで運んだこともあるらしい。
国鉄民営化に際して廃止されてしまったのだけれども、存命中に乗った時の写真があったのでUP。
室木駅から新幹線のレールを運んだ跡かなあと思って撮った写真 その1
室木駅から新幹線のレールを運んだ跡かなあと思って撮った写真 その2
大きな地図で見る このへん。新幹線に近づいていく盛土が今のグーグルマップの写真でも確認できる。
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コメント
おおっ、これは懐かしい!
私も国鉄全線完乗を目指していたので、高校生の時に乗りました。
(スマホからだと、写真がすべて添付画像マークになるのですが、全部タッチして見ました)
しかし、私よりすごいのは、この歳で新幹線建設のためのアプローチ線に着目されていることですね。私は当時、駅と列車の写真だけ撮って折返しちゃいましたから。
(いまでも明るい時間に、博多→小倉と移動する時に注意して見ていると、新幹線から分岐して下ってゆく土手がわかります。速度の遅い「こだま」がおすすめです)
もう1つすごいなぁと思ったのは、室木駅で折返さず、徒歩で宮田線の駅まで向かっているのですね! 私は時刻表しか見てなかったので、両線とも本線の分岐駅から単純往復しただけでした。
宮脇俊三氏は「時刻表2万キロ」で、たしか筑前宮田駅から室木駅までタクシーを飛ばしています(正確にはかなりややこしい事をしているのですが、全部書くと長くなるので省略しますが)
ところで、日中線もそうですがまだ年少ファンの頃だと思われるのですが、親か兄弟と行かれているのですか? それとも1人旅でしょうか?
ものすごく行動範囲が広いので、ちょっと気になりましたもので。
(あと比較的このあたりの写真が多いのは、出身地なのでしょうか? 北九州圏それとも福岡市周辺? いまそこそこ近くに住んでいるので、親しみを勝手に感じています)
投稿: もと千葉県民 | 2021年7月31日 (土) 22時42分
もと千葉県民様
すいません、画像共有に使っていた当時のウェブサービスがサービス停止してしまったので、画像が一覧で表示されていません。私の怠慢であってスマホのせいではないです。
新幹線工事については、当時何かの本で読みました。
あと当時の足跡については、日中線から室木線の間に関東から九州に親の仕事の関係で転校しています。
投稿: 革洋同 | 2021年8月 8日 (日) 20時42分
深入った質問、大変失礼いたしました。
べつに他意はなく、一人旅なら「親に信頼されているのだろう」。親兄弟となら「同じ家族に鉄道好きがいて、うらやましい」と思うところでした。
子供の頃うちは鉄道好きは私だけで、しかも母が父と知りあう前、国鉄職員と付き合っていた事から、疑っていたのか機嫌悪い時はしょっちゅう殴る蹴るされてました(今なら虐待で問題になりますね…苦笑)
もっとも、旅行も好きだったので各地に連れて行ってくれ、その時は機嫌よかったですね。
ところで最近、例の掲示板に来られないなぁと思ったら、新記事製作中だったのですね。
Twitterでも情報発信されてますが、その中から見沼代用水を利根川からの導水路として強化ののち使用する案があったことを、掲示板で話題提起させていただきました。
(誰もリコメしないですけど。あの掲示板の若い人達はオリンピックでも見ていたのかな?)
あと、例年行なわれる東北各地の夏まつりが中止になったことから、青森県では「オンライン青森夏まつり」という、希望者はzoomから参加できるイベントが開催されたのですが、例の福岡のグループも登場し、しかも「踊りが合ってないお兄さん」がアップになったらなんと! かぶり物に、どうやら「土浦の花火」と書いてあるみたいなのです。
土浦と言ったら、土浦ニューウェイですよね!
投稿: もと千葉県民 | 2021年8月10日 (火) 18時33分
もと千葉県民 様
またお返事が遅くなり申し訳ございません。
中学の頃は「チャレンジ2万キロ」なんかもあってそこそこウロウロしていましたが、高校になって多忙でそれどころではなく、大学時には既に鉄道趣味誌を購読する習慣もなくなっていました。
結婚したときには昔の鉄道の資料とかごっそり処分しましたし。
辻本清美代議士が代表をやっていたころのピースボートに乗る等、旅行は好きでしたが、鉄道への縛りはなくなっていましたね。
こんなことをやっているのは、仕事と子育てが一段落してから数十年ぶりの復活といったところですね。
土浦ニューウェイは、いろいろネタは仕入れているものの、記事にできていないのがもったいないですが、既に立派な同人誌を作っている方がいらっしゃるので、彼に任せたという感じですね。
投稿: 革洋同 | 2021年9月20日 (月) 16時33分