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2013年5月25日 (土)

三原橋地下街や橋上のビルに係る経緯の公式見解(都議会議事録)にたどり着いた

日経新聞の「東京ふしぎ探検隊」に、「東銀座に地下広場出現 現役最古の地下街は閉鎖へ>」という河尻定氏が書いた娯楽記事で「露天商を収容する目的で地下街を造った」なんてことが書かれていた。

河尻定氏の記事について疑問を書き散らしたのが、先日の「日経新聞 「東京ふしぎ探検隊」河尻定氏記事「東銀座に地下広場出現 現役最古の地下街は閉鎖へ」に係る疑義」である。
これをまとめるにあたって、朝日新聞 1953(昭和28)年8月29日朝刊に出てくる「去る6月の都議会で地元選出の守本又雄議員(社)の「使用目的違反だから都側の善処を要望する」との質問に前記岡安副知事の言明となったもの。」というあたりが気になっていたので調べてきた。
(下記画像はクリックすると大きくなります。)
東京都議会 本会議 (1953年6月16日)議事録
三原橋都議会答弁0
三原橋都議会答弁1
三原橋都議会答弁2
三原橋都議会答弁3
三原橋都議会答弁4
三原橋都議会答弁5
〔五十六番守本又雄君登壇〕
〇五十六番(守本又雄君)私は都有財産の管理について知事にお尋ねいたしたいのでございますが、御存じのように都有財産が常に問題を起し、本都議会におきましても都有財産の調査会等を設けまして、起つた問題に対する調査が行われている。こういうことは理事者の皆様も御存じであろうと思うのであります。私はこういう面から考えましてこの都有財産の管理がきわめて放漫である、しかもまた怠慢である、こう考えているのでございます。なぜならば、私どもの知っている範囲内におきましても、たとえば都の住宅用地として指定されている用地を自動車の置場として、しかも終戦後五年も六年もそのまま民間業者に使わして利益をあげさしている。あるいは戦災によって焼けた橋のいわゆる道路に向って、またいろいろな施設をつくって利潤をあげている。あるいはまた緑地地帯として指定されている地帯をこれまた昆間の業者に貸し与えて利潤をあげさしている。こういう管理が行われておりますることはわれわれは非常に遺憾に思うのであります。いわゆる東京都民は終戦以来今日まで犠牲の連続であります。住宅にいたしましても、毎年ふえる多くの人口を抱えながら、しかも住宅の犠牲を払っている。あるいはま
た都市計画が打立てられる面におきましても、立退き等の犠牲を払っているのであります。さらに水害の問題にいたしましても、その水害防止の対策が十分なされないために、いわゆる水害の犠牲をこうむっているというような犠牲の連続であります。さらに重税を課せられている。国税を払ってさらにその所得に事業税がかけられ、さらにまた区民税、都民税がかけられているというような、いわゆる血のにじみ出るような税金を払っているのでございます。かくのごとくにあらゆる犠牲を払っているのでありまずけれども、.東京都の復興のために善良なる都民は協力を惜しんでいるのではありません。協力をしてこの苦しい生活を続けておりまするときに、この気持に対して私は東京都の財産を一坪なりとも無意義にこれを使用さしてはならぬと思うのであります。もしそういう土地が民間に使用させねばならぬというようなことで不要であるならば、それを適正価格によって払下げをして、都の財政の一助にしてしかるべきだろうと思うのであります。かような点から申し上げますならば数限りなくあるのでございまずけれども、それらの面は後日にいたしまして、当面起っておりまする問題を知事にお尋ねいたしたいのであります。
 いわゆる三十間堀の三原橋を中心とした両側に目下鉄筋コンクリートの二階建がつくられております。この鉄筋コンクリートの二階建の敷地が三五一・一平方メートルあるのでありまして、この時価が四千五百万円といわれているのでございます。さらにもう一つお尋ねいたしたいことは、その三原橋の銀座寄りに元橋台敷であったのでありまするけれども、この橋台敷が十一坪でありまするが、これは都の都市計画によって緑地地帯に指定されているのでありまするが、これまた民間に貸しまして、現在緑地の指定をしているにもかかわらず、これを実行しようとしていない。この二点をお尋ねいたしたいと思うのであります。知事も御存じのように昭和二十三年だつたと思いまするが、東京都の残土がうず高くあの道に積み重ねられまして、その上に塵芥が山をなしておったのであります。当時東京都はその塵芥を処理いたしますために三十聞堀の埋立てをいたしまして、そうしてこの埋め立てた土地を売却するという一石二鳥を狙って、地元の強い反対を押し切って遂に埋立てを完了いたしだのでございます。その当時地元の反対を説得いたしますために東京都議会の代表並びに中央区議会の代表、地元民の代表、理事者の代表等二十九名をもつて三十間堀運営委員会で組織されまして、そこで知事の諮問機関として審議決定を見ましたことは、知事の手元までその決定事項が出してありまするし、また知事もそれを了承されたので、よくおわかりになろうと思うのであります。当時の状態から考えますならば、あの土地をやみ市のような不健全な町の性格をつくってはならぬ。さらに防火の面を考えまして、少くとも隣接地域との間に二メートルの間隔を置いて、防火の面に対する処置をとるということも上申されているのであります。さらに三原橋のあの橋はそのまま残しまして、その下を健全な商店とし、あるいは娯楽機関とする。同時にあの周辺をロータリーにいたしまして、三原橋が一周り回れるような構想を立ててやるべきであるということもいろいろ論議されたのであります。さらにまた今コンクリート造りを建てておりまする三五一・一平方メートルのところはこれに緑を植える、こういうことが決定を見ておったのであります。しかるにこの三十間堀運営委員会が決定をいたしまして数年を経過しているのでございまするけれども国会で問題になりましたように東京温泉のような施設ができてみたり、あるいは委員会が決定しているにもかかわらず十三尺の防火の間隔を置かない。こういう姿になって、当時上申いたしましたこととはおよそ違つた性格の町ができつつあるのであります。こういう面から考えまして、三原橋のあそこに何ゆえにああいう防壁のような二階建の鉄筋コンクリートの家をつくらせなければならないのか。知事は少くとも都市計画の面において、駅前のように多くの人が頻繁に通っておりまするところは広場をつくつて、いわゆる交通の緩和をはかるということが考えられているのでございます。しかるに三原橋は東京都の中心地区でありまする関係上、非常な交通量を有しているのであります。この大きな交通量を有しているにもかかわらず、あの両側に高いコンクリートの壁をつくりますと向う先が見えません。ちょうどロータリーの真ん中に家を建てたと同然であります。こういう建物が建てられておるのでございまするが、これが東京観光協会、すなわ東京観光協会の会長は安井さんのはずであります。
この安井さんの会長である東京観光協会があの土地を東京都知事の安井さんから借り受けて、その借り受けた観光協会が新東京観光株式会社という営利を対象とする会社にこれを貸し与えて、この会社がそこに今家をつくっているのでございます。こういう面から考えましても、知事は都市計画を一面には進めながら、一面には埋立てによってあの広場ができたにもかかわらず、知事が関係しているところの観光協会の手を通じて民間業者に貸さなければならなかった理由をお尋ねいたしたいのであります。
 さらにもう一つは、観光協会が東京都に使用許可の申請をいたしましたのが昭和二十七年九月三十日でございます。九月三十日に観光協会が安井誠一郎氏の名前をもつて、東京都知事である,安井さん宛にこの使用の願出をしているのでございます。しかして十月三十日にこの許可がなされております。ところが一面、この東京観光協会が新東京観光株式会社に通達をしているものを考えますと、「昭和二十七年八月七日附をもつて申請に係る表記の件については本月三十日附東京都知事より写の通り許可になったから許可条件に反せぬよう厳重に留意の上施行されたい」という通達が行っているのでございます。こうなって参りますと、観光協会が都に対して使用許可申請をいたしましたより約一箇月と二十五日も早く、新東京観光株式会社から東京観光協会に対して貸してもらいたいという話合がなされておったのではないかと思うのであります。かような公共団体という美名に隠れて、しかも法の盲点といいますか、条例の盲点といいますか、そういう面を潜って、しかも営利会社であるところの新東京観光株式会社にこれを貸し与えている。それが東京都知.事であり、観光協会の会長であるといたしまするならば、この点についてどういうお考えを持っておられるか、これもひとつお聞きしたいのでございます。
 さらにお尋ねいたしたいのでありますが、それは三原橋の銀座寄りにありますところの十一坪の緑地帯であります。これも先ほど申上げましたように、都市計画課より中央区長宛に都市計画用地に変更するからという通達が来ているのであります。従ってあの土地は小公園あるいは緑地帯として都は建設して行かなければならぬにもかかわらず、鳥居とかいうその隣接地域を買った人にその土地をまた貸している。先ほど見て参りますと、そこへちゃんと家が建っている。しかも新東京観光株式会社の建築に用いました事務所がそのまま現存している。それをそのまま無償でもらって、都からは地所をそのまま無償で借りているのでありますから、あれはいわゆるそのまま既成事実をつくって、永久に所得託される結果が招来するのであります。私はあの繁華な、交通量の一番多い地区においては、一日も早く緑地帯をつくってもらわなければならぬ。ああいう壁のようなものをつくってもらったのでは交通上に大きな支障があることを憂えるために、この問題について知事に詳細な御答弁を願い、御説明を願いまして、説明のいかんによりましては再び質問に立ちます。

〔知事安井誠一郎登壇〕
○知事(安井誠一郎君)守本さんの只今の御質問に対しましては、事務上のことがこまかくわかっておりまする岡安副知事より御答弁を申上げますから、御了承願います。

〔副知事岡安彦三郎君登壇〕
○副知事(岡安彦三郎君)只今守本さんから都有財産の管理についての御意見がございましたが、それに関連して三原橋の貸付の問題、さらに橋台敷の緑地の問題の御質問がございましたのでお答え申し上げます。
 まず都有財産の管理でございまずが、これにつきましては先般来問題がございまして、すでに都議会におきましても調査委員会のありますことは御存知の通りであります。ただ都におきましては厖大な土地または家屋を持っておりますので、すでに二年来その調査をいたしまして、去年の暮から一応の線が出て参りましたので、最近おそらく財務委員会の方には御報告したのではないかと思いまするが、その数字によりますると不正確なのは一〇〇%のうち二%半か一%何分、さような数字になっております。しかしそれにしましてもなんとも善良なる管理者として管理すべきでございますので、今後につきましては一〇〇%間違いないようにやりたいということを考えておりますので、この点を申上げたいと存じます。
 そこで御指摘の三原橋の問題でございますが、二十三年にあの三十間堀を埋め立てまして、その土地を売却いたし、これをもって都市計画の財源にいたしましたことは事実でございます。また三原橋のあの.橋の附近は下を健全なる娯楽場にするか、あるいはこれを東京商品の見本の場所にするか、あるいはその際にロータリーにする、こういう話があったことも私は聞いております。しかしごらんになりましたように、あそこはロータリーにはちよつと急激になっておりますのでできかねると思うのであります。三原橋の下に入りますには相当傾斜面が強いのであります。従って今は段々になって中に入っているのであります。ただその橋脚の下を観光協会に貸しまして娯楽場にする、こういう点につきましてはすでに御案内の通り、ことに守本さんよく御存じの通りでございまするが、映画館があり、あるいは娯楽場の一つとしてのパチンコ屋がございます。それから飲み屋がございます。この点につきましては私らもはなはだ遺憾に存じております。従って観光協会を通じ、また新東京観光会社にもこの施設の撤回改善を命じているようなわけであります。そこでこの上の問題が只今出て参りましてが、その通りでございます。
現在約百坪にわたり五十坪五十坪両側になっておりますところに鉄筋コンクリートで二階建の建物が建っておりまするが、これは先ほども申しましたように東京観光協会、これは安井知事が会長でございます東京都のいわゆる外郭団体で、東京都の観光施設、東京都の商品を日本全国に宣伝する、こういう機関として設立していることは事実でございます。その理事には都議会議員の方もなっております。その観光協会にあの土地を貸まして、観光協会で建物を建て、観光宣伝に使うというのが建前でございまするが、御存じのように観光協会には今なかなか資金がございません。東京都から年々わずかでございまするが三十万円の補助をしておりますので、観光協会としましては三十万円では足りない。もっと年額二百万、三百万の補助金がほしい。こういうことになっておりまするが、都の財政上これが許しませんので、今そのままになっております。しかし今申しますように、何としましても都の外郭団体である観光協会をして、東京商品の宣伝、東京の観光施設をつくらせるということは、非常にいいことだと思います。しかし観光協会が自分の費用ではできませんので、新日本観光株式会社に事業委託をやらしたのであります。その結果、あそこに建物を建てました。今後できますれば、あそこで東京商品の陳列、東京へ参ります人に東
京の観光宣伝をする。あるいは東京に参りまする外国人または地方から参ります人に、東京の商品を販売する、こういう計画で建てておるのであります。ただこの間におきまして四千万円というお話がございますが、確かにあれがまともの地所でありますれば、坪三十万円、四十万円はしましよう。しかし御存じのようにこれは宙に浮いた土地であります。従ってこれを普通の土地にしますには相当の費用がかかるのであります。そういう点を勘案いたしまして、現在寄付金と申しますか、権利金等につきましては、観光協会あるいは新日本観光株式会社と折衝中でございます。そういうわけであそこにできまする建物は、私は考えますのに確かに東京の一つの名物に相なるつもりであります。また名物にしたいと思って語ります。東京に行けば観光事業として、こんなりっぱなものがあるという考えを持ってやっております。従ってこの新日本観光株式会社の運営につきましては、都の理事者、観光協会の役員、それと会社の者、この三者寄り集まりましたいわゆる協議会をつくりまして、これが運営につきまして万全を期して行きたい、こういうふうに考えておる次第であります。
 次に橋台敷の十一坪の緑地帯の話が出ておりますが、確かにあそこには昔便所がございまして、そのまわりを緑地帯とするということになったのは事実でございます。これは私らも必ず緑地帯にいたします。ただ現在では三原橋の上の建物のために、臨時に新日本観光株式会社にバラックを建てさせておりますが、これが完成の暁には、このバラックは当然取払わせる、もしも取払わなければ私らは強制執行をいたしまして、その上でこれは緑地帯にいたします。ただここで今回できまする三原橋のすぐそばに、今後指摘の鳥居なにがしが土地を買って語りますが、この人もやはり本建築をしたいので、本建築をする間、工事現場にするために二月でも三月でも貸してくれんかという話がございましたので私の方としましても、あれをすぐ取壊わす、いずれ三原橋の上ができ上れば当然きれいにすべき土地でございますので、その間臨時に、貸しておることは事実でございます。しかしこれも今申しますように臨時でございますので、決してこれに居座わられるとか、あるいはこれを鳥居なにがしに売るとか、こういうことは御懸念はございません。私どもは責任を持ってこれを取戻しまして、緑地帯にいたす、こういう考えでございます。
この点、御答弁申上げます。

〔五十六番守本又又雄君登壇〕
〇五十六番(守本又雄君)只今の御答弁によりますと、岡安さんに私の質問が少し徹底しないのではないかと思いますので申上げますが、いわゆる三十間堀の運営委員会という民意を反映したものに反して、なぜそこにそれを建てなければならないか、観光事業ということに対して、私どもはこれを軽視しておる者ではございませんが、観光事業を行うために、わざわざ地元民、あるいは今日中央区議会では、全面的に反対を表明して東京都議会議長あてに、その意見を聴取したいという書類が参っているはすだと思います。こういうように地元の人たちが反対し、そうした地元のいわゆる民意によって決定されたことをくつがえして、なぜあの三原橋の両側に、その建築をしなければならなかったのかということを、私はお聞きしておるのであります。ただ観光協会が観光事業として三原橋の両側にあれだけの建築をして、両方に壁をつくるのでありますから、なるほどそれは東京一のいわゆる名物になるでありましよう。しかしながらその周辺の商店は、それがためにどれくらいの迷惑をこうむるか、こういうことも私はあわせて考えてもらわねばならんと思うのでありまして、こういう点で私はお聞きしておるわけであります。
あそこを名物にするというならば、都市計画は何のためにやっておるのかということを私はお尋ねしたいのであります。わざわざ人が住んでおるところを、強制立退きで移動させて、しかもそこにわざわざ広場をつくっておる、この都市計画のあり方から考えましても、せっかく埋立てによって、広場ができておる、それをああいう建築をして、そこを狭めて行くといたしますならば、都市計画の将来に対して大きな障害が起るであろうと、私はこの点を杞憂するのであります。
さらに都民の健康の面から考えましても、衛生の面から考えましても、あの通風を妨げけような建物のあり方というものは、不健全な建物であると言わざるを得ないのであります。そういう意味から、いわゆる東京観光協会と東京都とのこの契約内容の中に、いわゆる本件の許可は周囲の利害関係に関する異議の申立てがあったとぎは、必要に応じて許可を取消し、契約者の負担において原状に回復させることにする。こういうようないわゆる条文が入っているのであります。従って今日三原橋のあの建築をめぐって、中央区議会が全面的にこれに反対しているのであります。さらに周辺の住民にいたしましても、あの防塞のような壁をつくられた場合、営業に相当な支障があるというので、反対を続けておるのでありますが、こういう反対が明らかにありました以上は、東京都としては、この許可に際して取消す意思がある.のかどうかということも、あわせてお伺いいたします。
.
〔議長退席、副議長着席〕
〔副知事岡安彦三郎君登壇〕
○副知事(岡安彦三郎君)重ねての御質問にお答え申上げます。都市計画の見地からいたしまして広場をつくり、あるいは道路を拡張する、この点につきましては異論のないところであります。ただあの場合にあそこにつくることは都市計画の見地から、私は決して不当ではないと考えたのであります。これは皆様ごらんをいただけばわかると思いますが、そこらの狭い所を広くする都市計画に反対する、あるいは広場をつくるのに反対する、こういう意味ではございません。あそこにつくりましても決して狭まるというようなことは考えておりません。
 それから三十間堀運営委員会の諮問事項でございますが、あれについては私はあの当時、たしか財務局長として一、二回委員会に出ましてお話は承ったのでありますが、あの時には別にあそこにそういうものを建ててはいかんというような諮問の意見はなかった。こういうふうに私は承知して語ります。それから隣り近所の反対、これは確かに観光協会に許可いたしました条件の一つでございますが、私らの申しますところの隣り近所の隣りといいますのは、今回許可いたしました場所とすぐ接続の地主、こういう意味に解釈して語ります。御指摘のようにそのすぐそばの地主さんは、かりに、あそこに大きな建物を建てますれば、非常に迷惑する。そのことは考えられましたので、その条件は確かにつけましたが、これはその関連の地主は、全部了承しておるような次第でございます。従って私はこういう点で、観光協会をして建てさせた、事業委託をさせた、こいうつもりでございます。御了承をいただきたいと思います。

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ご覧のとおり「露天商を収容する目的で地下街を造った」なんてことは一切書かれていない。
「これを読まずして三原橋地下街を語るなかれ」というような一次資料ではないだろうか、と思っていたら、これを入手した直後にもっと重要なのではないかと思われる資料の存在を知った。
東京都公文書館には下記の文書が保存され、閲覧できるらしい。これは行かねば。。
概要情報選択
1 【文書・資料群ID】東京都 【公開件名】【庁議】三原橋及び鍛冶橋の下の占用について 【文書記号・番号】第14号 【補助件名】庁議 【文書年度(和暦)】昭和25年~ 【起案年月日(和暦)】昭和25年01月17日 【文書年度(西暦)】1950年~ 【起案年月日(西暦)】1950年01月17日 【資料種別】公文書_件名_都 【記述レベル】item 【利用可否】利用可 【請求番号】328.A5.01 【収録先簿冊の資料ID】000145462 【マイクロフィルムリール番号 35mm】 (33)018
2 【文書・資料群ID】東京都 【公開件名】【庁議】「三原橋」問題の処理について 【文書記号・番号】第10号 【補助件名】庁議 【文書年度(和暦)】昭和31年~ 【起案年月日(和暦)】昭和31年02月25日 【文書年度(西暦)】1956年~ 【起案年月日(西暦)】1956年02月25日 【資料種別】公文書_件名_都 【記述レベル】item 【利用可否】利用可 【請求番号】328.A7.06 【収録先簿冊の資料ID】000145821
3 【文書・資料群ID】東京都 【公開件名】【庁議】「三原橋」問題の処理について 【文書記号・番号】第10号 【補助件名】庁議 【文書年度(和暦)】昭和31年~ 【起案年月日(和暦)】昭和31年02月28日 【文書年度(西暦)】1956年~ 【起案年月日(西暦)】1956年02月28日 【資料種別】公文書_件名_都 【記述レベル】item 【利用可否】利用可 【請求番号】328.A7.11 【収録先簿冊の資料ID】000145877
(追記) 上記公文書について調べてきました。あわせてご覧ください。

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