相模鉄道と駐留軍(進駐軍)
「Y・E・D」とは、横浜技術廠(Yokohama Engineering Depot) で、現在の相模総合補給廠である。
(参考)相模原市に所在する米軍基地の概要http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/beigun_kichi/004195.html
「キャンプ淵野辺」は、既に返還されて、相模原球場やJAXAの宇宙科学研究所になっている。
「横浜P・X」とは、伊勢佐木町の「松屋(のちの横浜松坂屋)」におかれていた米軍の購買部(post exchange)とのことである。
(参考)http://www.city.yokohama.lg.jp/somu/org/housei/sisi/pdf/no11-hada.pdf
http://www.yohidevils.com/index.php?q=gallery&g2_itemId=4466
戦後直後の既得権保護バリバリの運輸行政の中で、神奈中帝国のど真ん中に路線を開設したというのは凄いことなのではないかと。。。まあ「米軍のご指名」という錦の御旗なのだろうが(それだけ相鉄が米軍に気に入られる(信用を得る)実績があったのだろうか?)。。
(参考)相模原市に所在する米軍基地の概要http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/beigun_kichi/004195.html
一方、横浜市中区間門は、本牧地区の米軍関係施設・住宅があった場所だ。
によると、米国人子弟用の学校もあったとのことなので、スクールバス的な役割もあったのだろうか?
昭和28年度 第3章 政府関係機関の会計
第2節 各政府関係機関別の不当事項
第2 日本国有鉄道
不当事項
その他
(2224) 機関車直通運転契約を改訂しないで不利となっているもの
日本国有鉄道東京鉄道管理局で、昭和25年9月以降相模鉄道株式会社と機関車の直通運転契約を締結しているが、その約定内容が実際の輸送状況と一致しなくなったのに改訂の処置を講じなかったため28年度中だけでも約330万円不利な契約となっているものがある。
右は、連合国軍用資材約7万トンを日本国有鉄道相模線所在の各駅から厚木駅を経由して、相模鉄道株式会社線相模大塚駅および同駅から分岐する連合国軍専用側線(鹿島組専用側線を含む。)に輸送するにあたり、会社側にその輸送能力がないため、その要請により日本国有鉄道所有の機関車による直通運転を行うこととし、25年9月、連絡運輸取扱細則に基いて会社との間に直通運転に関する契約を締結し、日本国有鉄道は、直通貨物について国鉄線(相模線各駅から厚木駅までの間)内の貨物運送料金を収めることができるほかに、この契約により会社線内については機関車運転料として厚木駅、相模大塚駅間(6.6キロメートル)を1往復3,920円(26年11月以降4,200円)、専用側線内(2.6キロメートル)1往復1,680円(26年11月以降1,800円)の計算で収入金を収めることとしたものである。しかし、右連合国軍用資材の輸送はその後逐次減少し、27年10月ごろには既に国鉄線内においては、このため特に貨物列車を編成して運転する必要がなくなったため、本契約による直通運転列車は機関区所在地茅ヶ崎駅から厚木駅まで14.2キロメートルの間を機関車だけで運転し、この機関車を厚木駅と会社線相模大塚駅との間および専用側線の貨物列車けん引用に使用しているにすぎず、事実上直通運転を廃止している状況であり、したがって、国鉄線内での貨物運送料金は全然収めることができなくなっていたのであるから、遅くとも27年度中には直通運転契約を機関車の貸渡契約に改訂すべき事態であったと考えられる。いま、仮に28年度分について機関車の貸渡形式によった場合の収入額を機関車の直通運転契約による収入額と比較すると、
貸渡の場合 3,796,000円
直通運転の場合 2,854,800円
差引 941,200円
の収入増加となるばかりでなく、直通運転のために日本国有鉄道で支弁した石炭費約170万円、人件費約70万円計約240万円(28年度分)は機関車の貸渡契約によったとすれば負担する必要がなかったものである。
第022回国会 衆議院決算委員会 昭和三十年七月三十日
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/022/0106/main.html
○大沢会計検査院説明員
最後の二二二四号の機関車直通運転契約を改訂しないで不利となっておるものといいますのは、例の厚木の飛行場に当時いろいろな土工材料などを搬入する必要があったのですが、相模鉄道は電車線でありまして、その鉄道の機関車では牽引力が少いというので、国鉄の機関車で牽引して直通して持っていくというので、機関車直通運転契約というものを結んできたわけであります。それで工事盛んな当時はどんどんやっておったのでありますが、その後この飛行場工事も完了しましたために、最近機関車で直通して持ってくるものはほとんどない。しかし機関車はまだ相模鉄道の方へ貸与するために、毎朝茅ケ崎の機関庫を出て、厚木まで独走して、あとは相模鉄道の方の仕事をやっておるというような状態であります。もう直通運転の必要はほとんどなくなった。むしろこうなれば、機関車そのものを相模鉄道に貸与する――向うが必要ならばの問題でありますが、必要ならば貸与すればいい。そうすれば国鉄内部の機関車の貸与の料金、そうしたもので計算しましても、直通運転による収入に比べまして約九十四万円ほど、の収入の増加になる、こういうように考える次第でありまして、本直通運転契約をいつまでもやっておったのはきわめて遺憾であると存じます。
おまけに相鉄電車貼っておく。
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