« 昭和37年の首都高速道路将来計画 | トップページ | 「トトロの住む家」が本社だった高速道路会社があった »

2014年7月 6日 (日)

昭和63年の首都高速道路計画

昭和63年の首都高速道路計画

首都高速道路公団30年史からの引用

なお、この時期の首都高速は、ジャンクションのことをインターチェンジと呼んでいた。

現在未成となっている路線の紹介文を下記に引用する。

<高速10号線>

高速10号線は、中央環状線と外郭環状道路を東西に結び、東京西部地域への交通サービスの向上、関越自動車道と首都高速道路網との連絡を諮る路線である。

 

<都心新宿線>

都心新宿線は、千代田区丸の内を起点とし、新宿区西新宿を終点とする延長8.0kmの路線である。

この路線は、東京都庁の新宿副都心移転を契機に「地下弾丸道路」として構想が浮上し、昭和61年12月の首都圏整備計画の改定で「首都高速道路4号線の機能強化について計画を進める」ものとして新たに位置づけられた。また、昭和63年度に新規調査路線として認可され、現段階では国道20号を基本ルートとして、起終点に各3箇所程度の出入路を設けるほかは中間出入路を設けないという新たな性格をもった高速道路計画である。

この路線は、地下30~40mときわめて深い箇所を通過すること、多大の事業費を要することが予想されるため、事業実施にあたっては極力現道敷地内を通過する計画であるが、さらに換気所、出入路の用地については公共用地の無償提供、無利子資金の導入等の工夫が必要である。さらに、利用交通の特性、換気所数での制約、出入路設置上の現場の制約条件、トンネル断面縮小の可能性等の観点から、わが国初の乗用車専用道路の可能性について検討を進めているところである。

 

<臨海線(晴海線および都心臨海線)>

臨海線は、首都高速1号線の中央区新富町付近を起点とし、江東区有明附近で高速湾岸線に、将来は東京第二湾岸道路にも接続する晴海線および同線と都心新宿線を結ぶ都心臨海線とからなっており、延長4.6kmの路線である。東京臨海部の都市整備に応えるべく計画されており、この路線の整備によって東京臨海部および臨海部と都心・副都心との交通機能の強化が確実にはかられることから、昭和63年度に新規調査路線として認可された。

ルートについては晴海通りルートを中心に検討が進められており、事業手法についても何らかの形で沿道地域における開発利益を還元することにより事業費の軽減を図るべく、関係機関とともに検討を進めている。

晴海線の位置等は東京都都市計画情報インターネット提供サービスから見ることができる。

首都高速道路晴海線

首都高速道路晴海線2

首都高速道路晴海線3

<内環状線>

内環状線は、首都高速7号線の墨田区立川を起点とし、文京区後楽の飯田橋附近で首都高速5号線に接続する延長4.0kmの区間(1期)と、飯田橋附近から中央環状新宿線に接続する延長7.4kmの区間(2期)に分けて検討を進めている。

この路線は、都心環状線北側部分のバイパス路線として、都心環状線の混雑緩和を図るとともに、都心部ネットワークの強化を図るものである。

飯田橋附近で内環状線を空けて待っている部分(橋脚に出っ張りがつけてある)

首都高速内環状線予定地2

首都高速内環状線予定地

<高速11号線>

高速11号線は、中央環状線(首都高速葛飾江戸川線)の江戸川区松島で分岐し、東進しながら江戸川を越えて市川市で東京外郭環状道路および北千葉道路に接続する延長7.9kmの路線である。

この路線は北千葉道路と一体となって東京都心と新東京国際空港、千葉ニュータウン方面への連絡、さらには首都高速7号線の混雑緩和に寄与するものである。

北千葉道路については、下記を参照されたい。

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000051516.pdf

http://www.pref.chiba.lg.jp/kitachi-do/kitachiba/jigyounogaiyou.html

<磯子線>

磯子線は、横浜市南区睦町で横浜高速2号線から分岐し、掘割川に沿って南下、磯子区磯子で高速湾岸線(5期)に接続する延長3.6kmの路線で、業務核都市である横浜市の高速道路ネットワークの強化の一環として、横浜中心部と臨海部との有機的連絡、国道16号等一般街路の交通混雑の緩和を諮ることを目指すものである。

横浜市南区睦町は、ここ。ちなみに、3号狩場線は、もともと阪東橋出入口のランプ方面が本線で、大通り公園をとおって横羽線に接続するはずであった。このあたりの経緯は「都心部の高速道路地下化に至る組織的決定の構造と田村明」 (田口俊夫)に詳しい。

 

<その他構想路線>

イ 高速川崎縦貫線(1期)をさらに東名高速道路方面へ延伸する同線(2期)

ロ 高速湾岸線の交通需要の増大に対処する第二東京湾岸道路

川崎縦貫道

高速川崎縦貫線(2期)は、この図の破線区間やね。

 

第二東京湾岸道路は、下記の図に載っている。

http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/06/060601_2/04.pdf

※平成20年時点の東京都都市整備局の「首都高速道路網図」には、晴海線も10号線も11号線も載っている。民営化したからといっても一応何かしら東京都の方では検討しているのかな?

|

« 昭和37年の首都高速道路将来計画 | トップページ | 「トトロの住む家」が本社だった高速道路会社があった »

未成道・未成線」カテゴリの記事

道路」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/567511/59939461

この記事へのトラックバック一覧です: 昭和63年の首都高速道路計画:

« 昭和37年の首都高速道路将来計画 | トップページ | 「トトロの住む家」が本社だった高速道路会社があった »