« 「つばめマークのバスが行く」加藤佳一(交通新聞社刊)を読んで | トップページ | 弾丸列車の予算が「改良費」だったから新幹線も「新線の建設」ではないということ »

2014年11月 3日 (月)

新幹線車両の運搬のために道路公団の料金所を一部撤去していた

「新幹線開発物語」(角本良平著)の中で、下記のような記述がみられる。

 運送でとくに頭を悩ましたのは、図体の大きい車両である。(略)

 車両基地は品川と鳥飼(大阪府三島町)で、品川へは埼玉県蕨市と東京都江東区の車両工場から、鳥飼へは大阪市、神戸市、山口県の下松市から搬入することにした。(略)鳥飼の方は鉄道から離れているので、道路よりほかに方法がない。下松市からは大阪港へ陸揚げして、あとは道路ということになった。昼間の混雑を避けて、夜間のろのろと運ぶのである。淀川を渡る鳥飼大橋は有料で、その料金徴収所の門がひっかかるので、一時撤去という前代未聞の処置を講じてもらうこととした。

どんな料金所だったかというと

鳥飼大橋2

(「道路公団5年のあゆみ」から)

角度はちょっと違うけど、数年前まだギリで鳥飼大橋があった頃はこういう風景に。中央環状線、近畿自動車道、大阪モノレールと沢山の橋が架かっている。

鳥飼大橋

鳥飼大橋

(「日本道路公団年報」から)

「門がひっかかる」程度ですんだんですかねえ。。。

鳥飼大橋解体中

この橋ももう解体されて跡形もなく。

神奈川県立図書館で見た「レイル」には「新幹線試作電車(日立下松工場製)は海上輸送され横浜港に揚陸、臨港線を通って、鴨宮基地に回送された。」というキャプション付きで、新幹線が「汽車道」をDLに牽引されている写真が載っていた。

汽車道

ここを新幹線が通ったということですよね。。

|

« 「つばめマークのバスが行く」加藤佳一(交通新聞社刊)を読んで | トップページ | 弾丸列車の予算が「改良費」だったから新幹線も「新線の建設」ではないということ »

東海道新幹線 開通50周年」カテゴリの記事

道路」カテゴリの記事

鉄道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/567511/60585758

この記事へのトラックバック一覧です: 新幹線車両の運搬のために道路公団の料金所を一部撤去していた:

« 「つばめマークのバスが行く」加藤佳一(交通新聞社刊)を読んで | トップページ | 弾丸列車の予算が「改良費」だったから新幹線も「新線の建設」ではないということ »