新幹線と近江鉄道にまつわる「景観補償」の検証(その5)
新幹線と近江鉄道にまつわる「景観補償」の検証(その4)では、国鉄と近江鉄道の補償に係る項目を見てきた。
昭和36年12月15日に、ついに国鉄と近江鉄道(代理人として西武鉄道小島社長)の契約書が締結された。
滋賀県甲良町、豊郷村、愛知川町内(延長約7.5KM)において近江鉄道株式会社々線に併行して東海道新幹線増設工事を施行するについて近江鉄道株式会社代表取締役山本広治代理人西武鉄道株式会社々長小島正治郎を甲(以下「甲」という)とし、日本国有鉄道大阪幹線工事局長高橋好郎を乙(以下「乙」という)として次の条項により契約を締結する。
(補償の対象と補償額)
第1条 乙は、新幹線の工事に基因し甲の所有用地買収に伴う施設物等の移転、甲施設の防護補強工事及び向う10ケ年の増加経費に対する補償ならびに用地買収費として、本契約成立後甲の請求により概算金150,000,000円をすみやかに甲に支払うものとする。
この補償金の精算は昭和37年3月末とする。
(用地の使用)
第2条 乙は本契約成立後、直ちに甲所有の土地について工事に着手することができるものとし、甲は乙の工事に必要な別紙明細書の甲所有地内に所在する甲の支障施設物等を昭和37年3月末日までに移転を完了するものとする。
(工事の施行)
第3条 甲は乙の工事施行に伴う甲の防護補強工事等については甲が責任をもって関係箇所と協議する。
(その他)
第4条 この契約に定めない事項又は疑義を生じた事項については、その都度甲、乙協議して決定するものとする。
以上契約の証としてこの証書を作成し、甲乙おのおの1通を保有する。
昭和36年12月15日
甲 近江鉄道株式会社
代表取締役 山本 広治
代理人
西武鉄道株式会社
社長 小島 正治郎
乙 日本国有鉄道
大阪幹線工事局長 高橋 好郎
そしてこれには、覚書が添付されている。
覚書
近江鉄道株式会社代表取締役山本広治代理人西武鉄道株式会社々長小島正治郎(以下「甲」という)と日本国有鉄道大阪 幹線工事局長高橋好郎(以下「乙」という)は東海道新幹線を近江鉄道株式会社々線に併設施行することについての契約締結にあたり下記のとおり覚書を交換する。
記
1. 昭和36年10月31日附甲より乙宛の新幹線並行敷設に対して補償御願書中の観光旅客収入減その他の補償については、別途甲、乙協議調査することとして、決定する。
但し、支払については、昭和37年3月末日を目途として、甲に支払う様努力するものとする。
2. この契約に基く、金額に対し、甲は乙に何等の追加要償をしないものとする。
甲 近江鉄道株式会社
代表取締役 山本 広治
代理人
西武鉄道株式会社
社長 小島 正治郎
乙 日本国有鉄道
大阪幹線工事局長
高橋 好郎
早大に残されている資料では、この覚書に記された別途協議することとされた「観光旅客収入減その他の補償」分の契約書は見当たらなかった。
ここの経緯を国鉄の東海道新幹線工事誌から引用してみる。
また、国会では、下記のとおり答弁されている。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/043/0016/04303260016013c.html
○説明員(大石重成君) (略)
ところが、総額二億五千万円という数字におきまして会社が妥結をする様子が見えて参ったのでございます。そこで、私たちといたしましては、この総額二億五千万円ということであれば、まず私たちが全面的に高架をすれば四億かかるであろうということから見ますると、相当内ワクにこれを押えたのでございますし、もちろんこれは全面高架の問題ではないということで承知をして参りましたので、ここでもう一つ一押ししようという努力をしまして、まずしからば二億五千万円をあなたのほうでおのみになるということになるならば、七億数千万円の補償に対しまして二億五千万円ということできたのだから、これをあなたのほうはどう解釈するかという、折衝のうちに話が持ち上がったのでございます。そういたしましたところが、会社といたしましては、自分たちが最初二億六千万円設備改良その他にかかるというものが、この二億五千万円のワクにはめてみると一億五千万円になるということを会社のほうが申してきたのでございます。そこで、私たちといたしましては、それでは一応二億五千万ということにつきましては、あなたのほうから設備の改良その他につきまして一億五千万という数字が出てきた、この問題の一億五千万ということについては直ちに話がわかりました――これは近江鉄道の用地も使っておりますし、いろいろな問題が入っておりますので、話がわかりました。それでは一応一億五千万円を最初差し上げることによりまして工事に着工さしてくれということを話をしたのでございます。これが三十六年の十二月でございます。そのときに、一応設備改良その他につきまして一億五千万円の補償を払うことによって直ちに全面的に工事着工の承諾を得たのでございます。そうして同時に、残る一億につきましては、なおこの線路ができましたためにいろいろと支障を来たすことによって減収をするという問題については私たちも納得がいきかねるから、もう少し資料を突き合わせて調査をしようというようなことを申し残しまして、工事に着工したのでございます。そのときに、十二月に金を一億五千万円払いまして、年度内にこの話をつけてくれ、そういうことを目途にして協議をいたしましょうということで、工事に着工をしたのでございます。
その後、現地におきまして、いろいろと調査をし、協議をいたしましたが、なかなか結論に到達をいたしませず、三十七年の三月になりましてもまだ結論が得られずにおりましたところが、近江鉄道といたしましては、総額二億五千万というものについて国鉄と当会社とが協議が整っておるのに対しまして、一億五千万だけ払って工事をやって、その後何ら誠意を見せてこないので、今までの話はやめて工事を中止してくれという申し入れが出て参ったのでございます。そこで、私たちといたしましては、工事を中止するというわけにも参りませずいたしますので、再びいろいろな資料をとりまして検討をいたしました結果、残りの一億を三十七年の六月に支払うという段取りに相なったのでございます。そのときに、もはやいかなる要求も今後はしない、二億五千万円において――これは、私たちといたしましては、いろいろ問題がごたごたいたしまして、再び全面高架というようなことを言い出されましても、問題が複雑になるということも考慮いたしましたし、また用地その他につきましても、沿線の地元の方と近江鉄道との言い分が食い違っておるところもございますしいたしますような問題が残っておりましたので、あとで何かこの問題につきましての要求がましきことが出てこられては困るということを考えましたので、これをもってすべてを打ち切りにするという一札を取りまして、三十七年六月に残り一億を支払ったのでございます。そういたしまして、その支払うときに、近江鉄道のほうの総額が四億を、私たちといたしましては二億五千万に妥結をいたしましたので、内訳を近江鉄道の出して参りました七億の内訳に合わせまして、一億五千万は設備改良その他、一億は減収その他ということで支払ってほしいという要求がございましたので、総額が二億五千万に押えられておれば、内訳は会社の最初に申し出ました姿にし、また会社の要求の姿に合わせてやるということが話を妥結させますのに便利であろうかというふうに考えまして、ただいま申し上げましたように、一億五千万は設備改良その他、一億円は減収その他に対する補償であるということで、二億五千万円を支払ったのであります。
上記の青焼きの契約書と覚書については、押印もされていないもので正本かどうか分からないのだが、国鉄側の説明と矛盾していないことから、契約前に案の段階で事前に堤康次郎に説明があったものと考えられるのではないか?
なお、会計検査院の昭和37年度決算検査報告の内容とも整合している。
では、「交通経済情報」ではこのあたりをどう述べているか?
△妥結の内容
ともかく、これでやっと国鉄、近江両社間の話し合いが成立、近江は去る36年12月に踏切改良費の名目で1億5千万円を国鉄側から受けとり、37年6月になって旅客減収に伴う営業補償(向う13カ年分)として1億円を受けとっている。
この2億5千万円のなかには、前記した通り近江の所有地約3千平方米(約90坪)の無条件譲渡も含まれているが、近江側では、当然国鉄が補償すべき ①防音装置 ②橋梁の修理などに伴う費用は含まれていない、と説明している。
これが2億5千万円で国鉄、近江が妥結をみたイキサツである。
ともあれ、この特例中の特例といわれる補償問題は近江側にいわせれば「営業廃止の覚悟さえして、国鉄新幹線建設に協力したのだ」ということになるが、一方これから本誌でとりあげるように「いかに例外であっても、国鉄は国民の鉄道である。あくまでも国民の納得のいかない名目で国鉄がカネを使うことは許されないのではないか」という批判もあるわけで、十河総裁の「景色補償」という答弁から、問題はこじれるのである。(以下次号に続く)
翌昭和38年6月には国会でこの補償について取り上げられている。我々も「次号に続く」こととしよう。
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