新幹線と近江鉄道にまつわる「景観補償」の検証(その6)
新幹線と近江鉄道にまつわる「景観補償」の検証(その5)では、ようやく補償契約にこぎつけた国鉄と近江鉄道の経緯を紹介した。
これで一件落着かと思いきや、国会で本件が問題となったのである。それも東海道新幹線の事業費不足で追及されている中で、近江鉄道(しかもそのバックには衆議院議長までつとめた地元選出の自民党議員堤康次郎がいる)にゴリ押しされたかのような補償をしたわけだから野党もマスコミも黙ってはいないのである。
その詳細は、封印したい「封印された鉄道史」(小川裕夫)とウィキペディアと堤さんの所業及び封印したい「封印された鉄道史」(小川裕夫)とウィキペディアと堤さんの所業(その2)において紹介しているのでそちらを参照されたい。
近江鉄道林常務に「新聞がおもしろく書いただけのこと」と言わしめた新聞記事の検証についても、封印したい「封印された鉄道史」(小川裕夫)とウィキペディアと堤さんの所業(その2)に記載している。新聞記事は決して変なことは書いていない(国会での討議に沿って書いている→しかし近江鉄道はそもそも国鉄の答弁内容が気に入らない模様)と考えている。
国会論争は省略するとして、「関係者の見解」について、「交通経済情報」から紹介していきたい。
関係者の見解をきく
△堤康次郎氏の談
①当初近江鉄道としては余りうちの鉄道にくっつけて走ってもらっては困る、ということで国鉄に対し、せめて500米位は離してもらいたいと申し入れていた。ところが、用地買収が困難なのでどうしても当社路線に並べて敷設したい、といってきた。全く弱り切ったがこちらも新幹線建設には協力しなければならんし、それでは新幹線の路盤と近江鉄道の路盤を同じ高さにしてほしいと申入れた。
②しかし、国鉄ではそれは出来ないから「補償で我慢して協力してほしい」と再三言ってきた。うちは小島(西武鉄道社長)が接渉に当って、わしは余り詳しくは知らないが、こちらの申入れはすべて断られ、その結果があのようになったと聞いている。
③それを国会で問題にされていると聞いて゛全く意外というほかはない″一部では十河氏が私に直接会って頼み込んだのじゃないかとか、十河氏の三任問題にからんでいるとか言っているそうだが、そんなことは何も関係ないことだ。私は彼の再任以後は十河君に会ったこともないし、電話をしたこともない。これは国鉄の方にも行って調べてもらいたい。第一十河君の三任問題云々というが、十河君は三任を誰に頼もうとしているのかね(さっぱり分からんといった表情)
政商などとは見当違いも甚だしい。わしは常に政治と事業は混同しないことにしている。筋のとおらぬことは、わしは絶対やらぬ。いわんや一億円、二億円の僅かのことでなんでそんな阿呆らしい………(語気鋭く)それよりもわしがいま心配しているのは、おそらく鉄道は将来取り外す以外に途はなくなるのではないかということだ。この点は近江鉄道の従業員も心配しているので、今日も「鉄道が新幹線でダメになっても、これからは観光と自動車事業で諸君を吸収するから、心配しないでしっかりやってくれ」と訓示したところだ。
国鉄のいいなりになって、おかしなことをいろいろ言われてはかなわん。こっちは新幹線で全くの犠牲になっているのだ全く阿呆らしい………(くりかえす)
何回聞かれても同じことで、これ以上何も言うことはありません(きっぱり打ち切る。)
と全く心外の至りというところであった。
ここで取り沙汰されている十河国鉄総裁との関係だが別のタブロイド紙(運輸ジャーナル127号昭和38年2月10日)ではこのような記載がある。
「あなたのほうのオヤジ(十河国鉄総裁を指す)のクビをつないでやったのは、うちの堤なんですよ。それを考えれば、2億や3億安いものじゃないですか…」
こうタンカを切られると、事務当局者はガクンとするという。事実、この殺し文句のとおりに、上層部から妥協が指示され、事務当局や第一線の職員は骨折り損のクタビレのうけを味わされることしばしばという。
訴訟沙汰が十八番の堤コンツェルンは、これまで国鉄とのあいだにもたえず係争ごとを構えてきたが、まじめに筋を通そうとする事務当局の努力は、池袋西武デパートの不法建築事件にしろ、西武西熱海ホテルうら国鉄用地の埋め立て妨害事件にしろ、大てい十河総裁や側近幹部の慰留で、徒労に帰せられてきたものだ。
(中略)
西武がそんなに何故こわい-
それは西武の御大、堤康次郎氏の政治力であり、げんに西武某幹部が国鉄当局者を恫喝した言葉通り十河総裁のクビを左右できるほど強大なものである。そこへもってきて十河総裁は新幹線完成の栄光を夢みて、老いてますます総裁の席に執念を燃やしている。
34年春、再任か更迭かの土壇場で、永野運輸相とたたかい遂に永野氏を大臣の椅子から蹴落としたときの因縁いらい、堤康次郎氏はもはや十河総裁にとってなくてはならぬ人である。堤の水は大磯の吉田に通じ池田に流れているから、これほど頼りになるものはいないというのが十河総裁の心境であろう。一方、堤康次郎氏のほうはソロバン高い商売人である。十河を総裁にしておいて、しぼれるだけしぼろうという算段か、それだからこそ十河総裁を傷つけ、新幹線建設史に泥を塗るような悪どい商売を平気でやってのける。
そうして、総裁がそうならと、側近幹部や職員までがこれにならいしまいに相手が堤なら安全とばかり、法律無視のムダ使いや、資産の投売りを平然とやるようになる。しかも監察役ならぬモミ消し役の嘱託までおくというごていねいさだが、これまた西武とツーツー、中地新吾とヒンビンという怪物ばりで、国鉄に妖気をただよわせている。
まあ、所詮業界ゴロみたいなタブロイド紙ですからね。どこまでホントか分からんですけどね。新幹線50周年関係の報道や出版物で出て来た十河総裁とは随分イメージが違いますわね。。。
池袋西武デパートの件は、中嶋忠三郎氏の「西武王国 その炎と影 ~ 側近No.1が騙る狂気と野望の実録」に詳しい。あそこはもともと国鉄用地だったのだ。
引続き「交通経済情報」から「関係者の見解」を紹介する。
-岡本鉄監局長(※引用者注:運輸省鉄道監督局長)の言-
①よく実情を調査して報告するように、といわれ目下検討している。
②とにかく今までに例のない補償だし、今後どういう結論を運輸省として出すことになるのか、まだ見当がつかない。
③国鉄のとった措置は止むを得ないと思われる面もあるが、やはり例外なら例外として筋が通らねばならぬわけだから、この点われわれとしても慎重に調査、検討を加えたいと思う。
△実情を理解してもらいたい
-国鉄新幹線総局中畑総務局長の言-
①用地買収が極端に困難だった上、湿地帯であるため、今のところでなければ敷設はむつかしいということで、近江鉄道の了解を求めた。
②近江鉄道に支払った金額も十分調査をした上、もっとも妥当であるという線に立って結論を出したもので、あそこの場合例外的な措置として認めてもらいたい。これは十分国会答弁でも説明するつもりだ。
記者手帳
「寝耳に水」とおどろく小島さん
=インタビューを拒否する十河さん=
△「近江鉄道がもらった減客補償が゛風景補償″だなんて、まるで寝耳に水です」と小島正治郎氏(西武鉄道社長)は、十河氏の国会答弁に驚いていたが「とにかく国鉄に全面的に協力しようとしたことが、こんな破目になってはやり切れんです」とすっかりあきれている。
△一方、十河さんの方は本誌記者のインタビュー申込みには゛逃げ″の手を打つばかりで、総裁公館に電話しても、女中を通して居留守をつかい、朝の七時半だというのに゛外出中″という返事をさせ、取材にあたったB記者をすっかりおこらせてしまった。
それじゃルールを重んじよう、ということで国鉄弘報部長に、十河総裁のインタビューを申し込んだところ「その問題は私自身がよく理解していないし、取り次ぎようがない」と、てんで自信のない答えをよこし、ここでも記者をカンカンにおこらせてしまった。
そのあとで弘報担当の河村常務理事に電話をしてみると「総裁は疲れていて今日は頭がフラフラしているんですよ」ということであったが「それじゃ仕方もなかろう」ということで記者も始めて納得した、という次第。
△一方、国会から実情調査を命ぜられた運輸省でも、今までに例のないことだけに関係首脳陣もすっかり頭をかかえている。
岡本鉄監局長も、本誌取材記者に対して「一体どういうことでしょうかねえ?」と逆に質問を発してきたが、謙虚に聞いてきた岡本さんの態度はピカ一だった。
サンデー毎日昭和38年3月31日号では「この景色1億円ナリ? 国鉄のヘンな新幹線補償」という記事が掲載されている。ここからも関係者の言い分を引用してみる。
なお、この記事には、新幹線建設中の近江鉄道の様子が分かる写真が掲載されているので関心のある方は是非ご覧いただきたい。(早大で閲覧しました。)
「゛景色補償″とんでもない。われわれは一度もそんな要求を出したことはない。新幹線と名神高速道路の谷間に沈んで、斜陽化の道を歩かねばならぬあわれな地方鉄道だ。それを国鉄が不手ぎわな答弁をしたために、まるで不当利得をえたようなことをいわれ、まことに心外だ。まったく弱い者いじめだ」
代表取締役の山本広治氏は、憤然とした面持ちだった。
(中略)
「踏切側溝だけでも少なくとも2億6、7千万円はかかる、それに、壁にそって走ることになれば、当然客も減る。それもみてもらわなければならない。しかし、新幹線の建設は、日本にとっても大事な公共事業だ。われわれもできるだけ協力しなければいかんという前提に立ち、妥協に妥協を重ねて、2億5千万円をのんだ」(山本代表)
「堤会長から゛国策には協力せよ″といわれ、これ以上要求してはガメツイと思われても……と泣き寝入りです」(山川庄太郎、森喜造取締役)
(中略)
「おそらく、頭上を夢の超特急がかけ抜けるとき、騒音はものすごいだろう。お客さんは耳にセンでもつめておかなければいかんだろう」
と、山本代表はなげく。
「総額2億5千万円、あとはまかせてくれといわれ、国鉄を信頼していたのに……。なんでそんな名目をつけたのか。これではまったく踏んだりけったりだ。われわれは新幹線と同じ高さにしてもらえばそれでよかった。補償金なんか一銭もほしくなかったのだ。まことに心外である。」
山本代表は、さかんに゛心外″を連発していた。
上記が、近江鉄道側のコメントである。タブロイド紙よりもよっぽど近江鉄道側に好意的な書き方に思える。
ただ、「゛景色補償″とんでもない。われわれは一度もそんな要求を出したことはない。」とおっしゃるが、昭和36年7月17日付の国鉄十河総裁あての陳情書で「新幹線を現計画に依り敷設せらるるに於ては、当社鉄道は全く展望を遮蔽する高い壁を以って遮断され、当社乗客は窓外の眺めも不可能となり、斯くては交通の快適性と観光価値を奪い去られる結果となり、これは旅客輸送機関として堪えうる処に非ざる点を再三再四訴えている次第でありますが、貴国鉄当局に於かれては之に対し一顧も与えられず、未だ何らの解決策もお示しになっておりません。」と書いたのはいったいどこの会社だと言いたい。
一方の国鉄側の言い分もこのサンデー毎日に載っている。
「心外なのは、こちらも同じだ」
といわんばかりなのが国鉄側だ。大石新幹線総局長は、まず゛景色補償″の呼び方について、
「゛景色補償″なんて、われわれはいったことはない。もともと、近江鉄道が『客も減るだろうから、それもふくめてくれ』といってきた。そのほうがわかりやすいから、といってきたので、そうしたまでだ。こちらで決めた費目でなければ、支払わないというのも子供っぽいと思う。だいたい補償というものは、下から積み上げるものではない。われわれははじめからコミでいってるんだ。これは人が洋服を作るときも同じだろう。一着いくらということで注文する。決して上着、ズボンと分けて勘定しないだろう」
と、やはり゛総額″を問題にする。そしてその2億5千万円の総額についても、こういった。
「はじめ向こうは、新幹線と同じ高さにあげるか、買収してくれるか、さもなくばカネをよこすかといってきた。こちらは4億以下でおさえるべきだとの考えをもっていた。だからあの金額は、国鉄がウマく事を運んだと思っているくらいだ。
「相手が西武系だから甘かったなどと、とんでもない。人が思うのは勝手だが、゛ゴネ得″どころか、こちらは゛ゴネ損″させたと思っているよ」
いや、びっくりだ。全国で用地の買収にあたっている鉄道屋、道路屋、ダム屋、その他もろもろの皆さんは、国鉄の役員が「だいたい補償というものは、下から積み上げるものではない。われわれははじめからコミでいってるんだ。これは人が洋服を作るときも同じだろう。一着いくらということで注文する。決して上着、ズボンと分けて勘定しないだろう」と放言するとは仰天するだろうw
実際には、例えば家屋を移転させる必要があるなら、畳の数まで1枚1枚調べ上げて引っ越し費用をまさに「下から積み上げていく」ことになっている。内部監査や会計検査院の調査があるときは、全部その積み上げの根拠をチェックされるものだ。関心のある方は「公共用地の取得に伴う損失補償基準」等をごらんいただきたい。相手のある交渉事だから当然総額が幾らかという話にはなるが、「2億5千万の内訳の根拠なんかない」と開き直っている様は見苦しい。案の定、会計検査院からは「従来からその例を見ないばかりでなく、通例の補償限度を著しく逸脱するもので、その処置当を得ないと認められる。」と不当な支出であるとの指摘を受けている。
また、大石氏は「゛景色補償″なんて、われわれはいったことはない。」と言っているが、国会で「近江鉄道は観光的な鉄道でございますので、お客さんが、沿線の景色をながめながら走っていくというようなことを大きな目的にした鉄道でございますのに、これが隣に大きな築堤ができまして、あたかも谷の下を走っていくような状況になったということによりまして、この営業上の損失と申しますか、観光客が減っていくというようなことの算定もいたしました。先ほど申しました実害が二つの面があるということから算定をいたしまして、補償額を決定をしたのであります。」と答弁した「日本国有鉄道常務理事 大石 重成君」とはどこのどいつなんですかねえ。
この点について、国会での大石武一運輸政務次官及び磯崎叡国鉄副総裁の答弁は次のとおりである。
○磯崎説明員 その点については、実は私のほうの部内の処理の問題でございますが、いわゆるつかみ金という金を出す方法がございませんし、また慣例上たとえ一万円の金にいたしましても一応積算の基礎をつくって出すといういままでのやり方になっております。いままで国会に御説明いたしました景色補償の金その他につきましては、金を出すための一つの積算の基礎というよりも、支払いのための一つの調書であるというふうに了解いたしております。ただ、先生の御指摘のとおり、二億五千万円の金額自体の妥当なり妥当でないかという問題は、やはり問題として残ると思います。しかしこれは折衝の過程で一応不満足ながら両方で妥結をした金でありますので、部内の経理処理としてそういう方法をとりまして、その点につきましても非常に説明が不十分であったという点につきましてはまことに申しわけないと考えております。
新幹線と近江鉄道にまつわる「景観補償」の検証(その7)では、堤康次郎氏による近江鉄道社員への訓示を紹介したい。
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