新幹線と近江鉄道にまつわる「景観補償」の検証(その8)
新幹線と近江鉄道にまつわる「景観補償」の検証(その7)では、堤康次郎氏による、近江鉄道社員への訓示について紹介した。
ここでは、「景観補償は都市伝説」「デマ」「真相は異なる」とwikipedia(修正済み)や一部ブログ等で書かれるようになったきっかけとなったと思われる、鉄道ピクトリアル誌の記事を検証してみる。
問題の記事は、鉄道ピクトリアル50巻5号(2000年5月刊)の「近江鉄道の鉄道事業を語る」と題した近江鉄道株式会社取締役総務部長 林常彦氏と大東文化大学経済学部教授 今城光英氏の対談である。
=誇張されて伝わった景観料=
今城「道路が新幹線をくぐってすぐに近江鉄道の踏切に入るという構造はどうですか.」
林「新幹線と併走する区間では踏切警報器が新幹線ガードの外側にあるところもありますので,保守点検に手間がかかっています.」
今城「本当は新幹線と同じ高架にすればよかったですね.」
林「当時そういう要望をしたようですが,地方の私鉄には配慮がありませんでした.新幹線については景観料のことばかり有名になってしまいましたが,これは新聞がおもしろく書いただけのことで,当社としては新幹線建設により被る影響の最後の一項目として挙げたにすぎません.実際,新幹線の高圧の電力による影響などで少なからぬ対策を強いられています.」
今城「新幹線の築堤は地域社会を分断してしまいますね.(以下略)」
日本語の解釈の問題かもしらんが、この文章がどこが「景観補償を否定」「景観補償はデマ」と読めるのかさっぱりわからん。
「誇張されて伝わった景観料」「最後の一項目として挙げたにすぎない」というのは、「1しかないものを10と言われた」ということではあっても「無いのものを有ると言われた」とは明らかに異なる。ちなみに、最後の一項目にすぎない要求ではあっても、当初要求で1億5千万、国鉄資料によると最後は5億円の要求だったということは林部長は触れていない。嘘ではないが「なんだかなあ」という感じを受ける。
また、「新聞がおもしろく書いただけのこと」とあるが、新聞(下記は朝日新聞1963年3月14日)は国会答弁を踏まえて書いており、wikipediaに書いてあるように「風評」というほどのものではない。(林部長も「風評」とは言っていない。)十河総裁や大石常務がそう書かれても仕方ないような答弁を実際にしているのだから。
堤康次郎が近江鉄道社員への訓示で述べたように「答弁した国鉄側が不用意に景色が悪くなるから補償した分もあるなどと言うたので、新聞種にされた。」と言うべきであろう。林部長の対談内容は近江鉄道の公式見解としてあるべき姿からは外れておるなあ。(もっと言うならば、減収補償は求めたが景観補償としては求めていないことになっているのだから、「最後の一項目として」減収補償は求めたが、「近江鉄道がもらった減客補償が゛風景補償″だなんて、まるで寝耳に水です」(小島正治郎西武鉄道社長のコメント)と言わなければならない。)
ところで、鉄道ライターという人もこんなことを書いておるんだなあ。2者択一でしか考えられないのか?
@goto_jun 近江鉄道の新幹線による補償は、景色じゃなくて、踏切などの見通しが悪くなったことによる対策費とも言われていますね。
— 恵 知仁 (@t_megumi) 2011, 12月 21
閑話休題。この対談でも踏切対策について述べられているが、国鉄の新幹線工事誌に興味深い一文がある。
要するに、「もともと近江鉄道は踏切等の整備について地元からの要望に対応してきておらず不興をかっており、地元は本来近江鉄道がやるべきことまで国鉄に申入れる始末であった」ということか。今まで「安全がー」とか「乗務員の疲労がー」とか言って1億5千万の補償金を得ているが、国鉄は「そもそも本来やるべきことをやっていなかったくせに、新幹線のせいにして新幹線の補償金で踏切を整備しやがって」と言いたげに見えてしまうのは私だけだろうか。
実際には、金を貰っても近江鉄道はなかなか踏切工事を実施しなかったようだ。昭和38年6月28日の参議院決算委員会では、下記のような報告がされており、その後も「ちゃんと踏切は作ったのか?」との質問が度々なされている。「景観料のことばかり有名になってしまって」と林部長は言うが、踏切等の保安設備に係る補償についても十分世間を騒がせているのだ。
なお、「地方の私鉄には配慮がありませんでした」というのは阪急には対応したくせに近江鉄道には対応しないということへのコメントですな。
○大石説明員 ただいま私は実は現地を図面でしか存じておりませんが、高架の部分もございますが、全部が高架ではございません。全部が築堤でもございません。高架の部分もありますが、築堤の部分もたくさんございますので、その点につきましては私たちは今先生の写真全部がそういうことじゃないということを言わしていただきたいということと、もう一つ補償について妥協したのかという面につきまして、全体的なお話を申し上げたいと思いますが、実は近江鉄道と並行いたしますところにつきましては、種々路線につきまして検討いたしました結果、ただいまのように近江鉄道に並行して路線をつくることが地元に対しましても一番被害が少ないというような観点からいたしまして、路線をきめたのであります。そのときにいろいろな補償の中で、その線路が大阪-京都間におきます京阪神と並行した部分がございます。これは図面の十六ページにちょっと概略書いておきましたが、このところでは約二キロ余り並行しております。ここは地元の方々またその他の要求からいたしまして、踏切が非常に不安全になるので、新幹線と同じレベルにその私鉄を上げてくれ、こういうことで結局上げるということに相なりまして、三キロ余りで一億六千五百万円ほどの分担をこちらがやったのでございます。これと同じような考え方で近江鉄道は要求されて参ったのでありますが、その場合の金が約四億あまりになります。そういうことで私たちといたしましては、近江鉄道にはまことに申しわけないのでありますけれども、近江鉄道のあの程度の鉄道で京阪神のように上げてしまうようなことをする必要はなかろうということを強く会社側にも申し上げまして、その四億円余りというものは困るということで、できるだけそうでないことで安全を増していただきたいというような交渉をいたしたのであります。そういたしまして、今ここにお手元に資料を差し上げましたような項目につきまして、近江鉄道からしからば高架にすることはやめるが、これこれの項目について補償をしていただきたいということを申し出て参ったのでございます。その項目がこの前申し上げましたように、最初は五億余り、次に七億数千万円というような数字になって出て参ったのでございます。高架にしてしまって四億余りで工事ができますものに対しまして、五億ないし六億の補償をするというようなことはとうてい考えられませんので、私たちといたしましては、その項目について逐一折衝と申しますか、こちら側の考え方を当てはめまして折衝をして参りまして、お手元に差し上げましたような一応の内訳を、相手方と折衝をしながら相手に了承をさせて、その総額を二億五千万円としたのでございます。
国鉄の常務理事に「近江鉄道のあの程度の鉄道で京阪神のように上げてしまうようなことをする必要はなかろう」と国会で答弁されると腹も立ちますわな。ここばかりは近江鉄道に同情しないわけでもない。
もうネタも尽きてきたので、最後にもう一つだけ、新幹線と近江鉄道にまつわる「景観補償」の検証(その9)へ。。
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