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2015年7月 8日 (水)

「名神全通50周年企画」なぜ名神高速道路は神戸まで行かないのか

 「名神全通50周年企画」建設時のインターチェンジ青焼き図面で、少し書いたのだが、名神高速道路は名古屋市も神戸市も通っていない。名古屋市は東名高速が通っているが、神戸市はどうしたのか?

 再度整理してみたい。

■名神高速の西宮―神戸間が削減された経緯

名神高速 官報

 官報に掲載されているように、本来は「高速自動車国道吹田神戸線」として、現在の終点の西宮市から芦屋市を経由して神戸市が終点となっていた。

神戸が終点になっている名神高速道路の路線図

土木図書館資料 デジタル化コレクション

「行きづまる国道1号線」高速道路調査会 から引用

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/book/pdf/55033.pdf

 しかし、予算オーバーとなってしまい、削減策の一環として、西宮市以西は第二阪神国道を活用することとなったのは前述のとおりである。

 というのは、建設費について大蔵省主計局との交渉に当ったのであるが、名古屋-神戸間高速道路の建設折衝時において建設費としては当初31年4月、建設省の積算は550億円となっていた。また次いで世銀借款の話が生じたとき、建設費の概算として建設省は700億円程度に増加すると非公式に説明をしていた。従って大蔵省としてもこの程度までは止むを得ないと予想していたと思われる。しかし、公団で建設費を検討してみると1千億円を超す見込みとの作業結果が出て来たのである。大蔵省にこの事情を説明し、概算建設費を決める交渉を行ったのでこれでは到底納得することはできないという結果となったのである。

(略)

 いろいろと交渉の結果、事業費を700億円程度に圧縮しないことには、了解に至らない事情であったので、(略)事業規模を圧縮する方法で建設費の概算を793億円でまとめたわけだ。修正の主要な点は、西宮-神戸間の高架区間を削除した(この区間は第二阪神国道でとりあえず交通処理可能と考え、将来追加を予定したが、のちに阪神高速道路公団により建設された。)。(略)

 

道を拓く-高速道路と私-」全国高速自動車国道建設協議会・刊 「世銀借款交渉の日々」斎藤義治・著 127~128頁から引用

 国会議事録でも概ね裏が取れる。

○中島(巖)委員 (略)

 次に高速自動車国道の関係について申し上げますが、本年度の実施要綱によりますと、「昭和三十二年度に引続き用地買収、機械購入等を行い建設を促進する予定であります。」用地の買収、機械の購入だけを書いてあって、工事を促進するというようなことはここに何もないのであります。さらにもう一つお尋ねすることは、昨年度道路公団の全予算が百二十億程度であった。しかしながら現在の国土開発縦貫自動車道審議会に政府が提案いたしまして、吹田・小牧間、吹田・神戸間の高速自動車国道を建設する、この予算が、最近実施計画に移しまして、約一千億近いものになっておるということを聞いておるのでありますが、これを約三年間で実施するといたしますれば、昭和三十三年度におきましては相当予算規模も拡大せねばならないわけであります。また建設事業もせねばならない、こういうように私ども推測するのでありますけれども、昭和三十三年度におけるところの公団予算はどんな規模の考えであるか、そして工事はどんなふうに行う考えであるかという二つの点を大ざっぱに、大臣でおわかりにならなければ局長でもよろしゅうございますので、御答弁を要求するわけでございます。

 

○根本国務大臣 高速度自動車道路の問題について今御指摘になりましたが、その書類に、用地買収と機械の購入を促進するとあって、工事の促進が抜けているということでございますが、御承知のように現在用地買収の問題が非常に難関なんで、これができなければ工事が促進できないということと、それから今度は相当大規模の工事量になりますので、従来の日本の機械だけではなかなか進捗ができないということで、その機械整備を重点に置く、従ってそうなりますれば当然工事が促進されるという意味でございまして、工事そのものはどうでもいいということでありません。特に重点を指向したのでございますから、さように御承知を願います。

 なおまた、御指摘の通り明年度からの高速度自動車道路における予算が、従来五百億とか七百億といわれましたが、正確な数字は後ほど事務当局から御説明申し上げますが、一千億近くになるというふうに考えております。これについて大蔵省と今折衝中でございますが、まだ確定はいたしておりません。従いまして三十三年度におきましては、やはり従来に比べて相当程度の増額になりますので、これを円満に実施するということはなかなかむずかしい問題がたくさんございます。その意味において現在すでに各要所々々に調査事務所を設けまして調査と、同時に地元とのある程度の接触をいたしまして、用地の買収その他のいろいろの条件の要求がございますので、それらを聴取しまして、予算が編成されたならばすみやかに工事ができるような準備態勢を現在命じている次第でございます。

昭和32年10月09日- 衆 - 建設委員会

 

○三鍋委員 閉会中行いました名古屋―神戸間高速自動車国道の調査について御報告申し上げます。

 調査は昨年十一月二十六日より五日間、本員のほか四名の委員によりまして、愛知、岐阜、滋賀、京都、大阪、兵庫の各府県にわたって行いました。

 御承知の通り、本事業は愛知県小牧市から大阪府吹田市までが国土開発縦貫自動車道建設法によって中央自動車道とし、また吹田市から兵庫県西宮市までが高速自動車国道法によって吹田神戸線として建設されるものでありまして、その延長は前者の区間が約百七十・七キロ、後者の区間が十五・四キロであります。その事業費は、前者が六百五十二億円、後者が百四十一億円、計七百九十三億円を要する見込みであります。

昭和33年01月29日- 衆 - 建設委員会

 昭和32年時点では、「小牧-神戸間で1000億円」で大蔵省と折衝中だったのが、昭和33年時点では、「小牧―西宮間で793億円」となっている。

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■名神高速道路の西宮―神戸間はどこを通るはずだったのか

(※追記修正があります)

 戦前の高速道路の路線を調査した片平信貴氏(内務省-建設省-日本道路公団)は、昭和18年から19年にかけて実施した東京神戸間の高速道路路線調査を振り返って、下記のように述べている。

神戸付近は神戸の山手を通ることを考えたが,その路線が軒並みに大邸宅にかゝることと神戸市へのインターチェンジの適当な場所がないことで疑問があつたが,山陽方面に伸びるためには止むを得ないと結論したとおぼえている。

「道路」1963年8月号「名神高速道路の一部完成までをかえりみて」片平信貴(日本道路公団高速道路第一部長)著から引用

http://www.katahira.co.jp/archives/img/mr_k_1_1.pdf

 現在、阪神高速道路は、阪神間は海岸沿いを走っているが、当時は山手に計画していたようだ。

 名神高速道路は、東西に走っていたところを、阪急西宮球場付近で急激に南へ舵を切っている。

 これをそのまま西へ走らせれば、片平氏のいう「神戸付近は神戸の山手を通ることを考えた」にあたるのだろうか?

 ここで参考になるのが、阪神高速道路の初期の計画路線である。

 以前、阪神高速道路が直結するはずだった新幹線大阪貨物駅で阪神高速道路の当初計画路線を紹介したが、再掲してみる。

阪神高速道路当初建設予定路線

路線番号8番 阪姫線 西宮市大屋町~須磨区月見山町という路線があるのがお分かりだろうか?

起点の西宮市大屋町はまさに名神高速道路がカーブする箇所である。

 そして、昭和38年6月25日の官報資料版 [政府関係機関のあらまし ─公社・公団・公庫・事業団の目的と事業─] には「大阪、神戸を直結する文字通りの阪神高速道路、神戸の山沿いを走る阪姫線といった路線について検討をすすめている。」という記載がある。

 阪神高速道路阪姫線は、戦前の高速道路計画から神戸市が終点だったころの名神高速道路の路線計画の名残だったと推測できるのではないか?

 ちなみに路線図は下記のとおりである。

当初の阪神高速道路計画

出典「阪神高速道路公団史」(上記「建設予定路線」とも)

現在、山手幹線として整備されている路線もこの辺の計画と関連があるのだろうか。
http://www.city.kobe.lg.jp/information/project/yamatekansen2.pdf

(※追記修正)

 名神高速道路の西宮~神戸間は山手沿いを予定していたのではないかということで記事を書いていたが、後日、国立公文書館のウェブサイトに掲載されている「名古屋・神戸高速自動車国道計画路線図」を見つけた。これによると、国鉄線の更に海側を走っており、現在の阪神高速西宮神戸線と同様のルートのようだ。

名神高速道路の西宮-神戸間の幻の計画路線図

http://www.archives.go.jp/exhibition/digital/high-growth/contents/15/photo27/imgs/i_zoom01.jpg

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■阪神高速道路大阪茨木線の名残

 話は変わるが、「名神全通50周年企画」建設時のインターチェンジ青焼き図面で、茨木ICの将来形の青焼き図面を御紹介したところである。

祝名神高速全通50周年 茨木IC将来計画図 (10)

 現在の茨木ICの南側に、ランプウェイらしき形状の道路があり、これ自体は名神高速道路への乗り降りには関係ないよなあ、なんのランプだろうと思って不思議に思っていたのだが、これは阪神高速5号大阪茨木線が名神高速道路へ接続する計画を反映しているのではなかろうか?

 もしかしたら、茨木ICは名神高速道路と東海道新幹線鳥飼貨物駅を結ぶ重要な交通結節点となっており、上記のランプを貨物新幹線のコンテナを満載したトラックが疾走していたかもしれないのである。

なお、阪神高速5号大阪茨木線接続計画前と思われる茨木ICが、前述の「行きづまる国道1号線」 http://library.jsce.or.jp/Image_DB/book/pdf/55033.pdf の15頁に載っているのでご関心のある方はどうぞ。

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「高速なページ」http://cwoweb2.bai.ne.jp/~jec19501/20120601/top.htmを参考にさせていただきました。ありがとうございました。

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