« 国道246号の永田町枝線はなぜ国道になったのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その6) | トップページ | 階段国道の真相は国交省のウェブサイトに書いてある~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その8) »

2016年4月17日 (日)

国道の番号の付け方はいい加減なのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その7)

Q.本書を読んでみて改めて思ったのですが、国道の番号の付け方やら選定方法はいい加減ですね。車が通行不能や階段や登山道、アーケードが国道指定されたりして、どうしてこんなことに?

A.道路というのは生き物で、都市の発展に合わせてどんどん姿を変えていきます。あまり細かい規則で縛ると、不都合が生じた時に変更が面倒になってしまいます。ちょっとした経路変更のたびに、いちいち国会で議決が必要となったら、手間がかかって仕方ないですからね。まあそういうゆるさが、政治色の強い道路の建設につながってしまっている面はありますが……。

 しかしそのわりに、国道起終点の規定などはやけに厳格に守られていたりして、こういう変さ加減もウォッチャーとしては面白いところです。

 

現代新書『ふしぎな国道』著者 佐藤健太郎氏インタビュー マニア歴17年のサイエンスライターが語る、あまりにディープな国道♥愛の世界

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40766?page=2

 せっかくなので、「第1回 高速道路ナンバリング検討委員会 配付資料」http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/doc01.htmlからもう一つ。

 「ナンバリングルールの検討」http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/pdf01/7.pdfという資料に「我が国の国道番号(1桁・2桁)ナンバリングの経緯」「我が国の国道番号(3桁)ナンバリングの経緯」 という資料が載っている。

我が国の国道番号(1桁・2桁)ナンバリングの経緯

我が国の国道番号(3桁)ナンバリングの経緯

 国土交通省としては、このように系統づけて国道には付番しているということだ。

 「国道の番号の付け方やら選定方法はいい加減ですね。」と断定するまでいい加減なのかは皆さんのお考えであろうが。

 

 ところで余談となるが、一級国道と二級国道の区分廃止後にもかかわらず、「鹿児島市と那覇市を結ぶ国道58号がなぜ一級国道並の番号を後から付番されたのか」という問いに対する答えが「道路セミナー」1972年6月号「沖縄における一般国道について」建設省道路局路政課長補佐末吉興一・著に掲載されている。

国道58号はなぜ一級国道並の番号を与えられたのか

昭和37年(1962年)の<第3次指定>で44~57号が「県庁所在地、北海道の支庁を連絡する路線を北から付番」としているので、鹿児島県庁所在地である鹿児島市と沖縄県庁所在地となる那覇市は「県庁所在地、北海道の支庁を連絡する路線を北から付番」したルールにのっとり58号となることは自然なのであろう。

 余談ついでに、「沖縄における一般国道について」から沖縄の復帰時に国道となった各路線についても「なぜ国道としたのか」が解説されているので紹介しておこう。

沖縄県の国道その1

沖縄県の国道その2

 このように各路線が道路法に定める国道の要件の何号に該当するかを確認できる。「網値」及び「路線値」については、「国道昇格はどのようにして決められるのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その5)」において紹介しているので合わせてご参照いただきたい。

沖縄県の国道その3

 また、類似の規模の他県や全国平均とも比較して妥当であると検証している。

 

 こういう実務者の書いた記事とサイエンスライター佐藤健太郎氏の本とを比較して各人が「国道の番号の付け方やら選定方法はいい加減」かどうかをご判断いただければよいのではなかろうか?

 

 ※「第1回 高速道路ナンバリング検討委員会 配付資料」には、旧道路法時の国道ナンバリングの絵もあって素敵だ。http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/pdf01/9.pdf

旧道路法に基づく国道路線図

 この「旧道路法に基づく国道路線図」では、沖縄の国道は何も線が引いていなくて那覇市附近に「26」と番号がふってあるだけだがどうなっていたのか?「沖縄における一般国道について」によると

沖縄県の国道その4

 路線としては、東京から那覇までと最長だが、実延長は最短の国道ということになるのだろうか。

--------------------------------------------------------

 この時(※引用者注:1953(昭和28)年の二級国道制定時)の採番でもうひとつ特徴的なのは、青森発の101号から始まって南下し、本州・四国・九州ときて北海道へ戻るという、何だか妙な順序をとったことだ。(略)。この時北海道が後回しになった理由は、筆者にもちょっとわからない。この後に行われた国道指定では、全て北海道から始まって南へ順に番号が振られている。

 

「ふしぎな国道」91頁

 上記の表を見ると、北海道が後回しになったのは1953(昭和28)年の二級国道制定時ではなく、1952(昭和27)年の一級国道制定時である。ここは佐藤氏の単純な間違いであろう。

 私なりに邪推してみると、上記の「旧道路法に基づく国道路線図」によると、東京からまずは1号で伊勢、2号で鹿児島、3号で大分宮崎周りで鹿児島と、東京から西・南に路線を指定したあとに、4号で札幌と北海道が最後になっている。この旧道路法時代の路線設定の流れを1952(昭和27)年の一級国道制定時に引き継いだのではないだろうか?念のために言うとこれはエビデンスが上記の路線図からの発想以外何もないものである。

|

« 国道246号の永田町枝線はなぜ国道になったのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その6) | トップページ | 階段国道の真相は国交省のウェブサイトに書いてある~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その8) »

読書感想文」カテゴリの記事

道路」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/567511/63500571

この記事へのトラックバック一覧です: 国道の番号の付け方はいい加減なのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その7):

« 国道246号の永田町枝線はなぜ国道になったのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その6) | トップページ | 階段国道の真相は国交省のウェブサイトに書いてある~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その8) »