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2016年11月20日 (日)

西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(13)新宿駅東口2階の吹き抜けに西武新宿線が乗り入れるはずだったのか?

 「幻の西武新宿線のマイシティ(現ルミネエスト)乗入れとベルクさん店内の三本の柱」http://togetter.com/li/984087 にまとめた連続ツイートをした際に

 この画面をツイートすると

 という反応をいただいた。

 「西武新宿駅の乗り入れは、新宿ステーションビルの中にホームを作る」という説があるということのようなので、調べてみた。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (90)

 ここの吹き抜けスペースに

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (89)

 こんな風に乗り入れるイメージを持たれていたということか。(上記画像は、北九州モノレール小倉駅)

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (38)

 1959(昭和34)年段階の計画でもちょっとは食い込んでいるが、ホームの殆どは駅の外側である。

 調べてみると、確かに新宿ステーションビルの吹き抜けにホームを予定していたかのような記述が見られる。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (86)

(「西武沿線の不思議と謎」高嶋修一・監修 実業之日本社・刊 40頁から引用)

 ちょうど新宿駅の建て替えが計画されており、西武もその計画に参加。それまでは仮駅舎での営業が決まったが、それが現在の西武新宿駅の場所である。そこから新宿駅までわずかで、そもそもその区間はかつて西武電気軌道が持っていた都電杉並線の休止区間だったため、そのまま真っ直ぐ新宿駅に乗り入れればOKだったわけである。

 新しい駅ビル内の2階に西武線のホームが入る予定で、そこに改札や何やら建設時に用意されていたのである。ところがこの西武新宿駅、ホームの長さは電車6両分、線路は2本しかなかった。すでに乗降客が急速に増えていた西武新宿線はこの駅ではキャパ不足で、結局乗り入れは中止。現在に至るのである。

 ルミネエストの正面を入ると、みどりの窓口付近の天井に当時のホームの一部が残る。天井はアーチ形状になっており、2階両サイドには明らかに不自然な長い廊下がある。現在は休憩所になっているが、ここがホームだったのである。もしつながっていたら、間違いなく西武新宿線人気はアップしていたはずだ。

 

【vol.22-2】日本再発見ジムニー探検隊>>ビハインド・ザ・新宿 http://www.apio.jp/sp/jimnylife/rediscovery-022-2.html 山崎友貴・著 から引用

 ということで、高嶋修一氏や山崎友貴氏は、ここの吹き抜けに西武線ホームが作られるはずだったと主張している。

 私の手元には、「建築界」1964年8月号「新宿東口民衆駅の設計計画」山口裕(国鉄東京建築工事局)、目良純(鉄道会館技術部建築課)・著 という建築専門誌に当時の国鉄及び駅ビルの建築担当者が書いた報文がある。そこから関係個所を抜粋して検証してみたい。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (85)

(「新宿東口民衆駅の設計計画」 77頁から引用)

 そもそもこのスペースは、1階コンコースのスパンを拡げて旅客の混雑を避けるためのものだとしている。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (84)

(「新宿東口民衆駅の設計計画」 79頁から引用)

 また、この「吹き抜け」は国鉄の「駅本屋」の機能としての「吹抜ホール」と位置付けられている。

 これを裏付けるように、「新宿ステーションビルディング30年の歩み」には「国鉄の駅機能として1階のほとんどと2階の吹き抜けを取られたので、商業ビルとしては使いづらい」といった趣旨の記述がある。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (80)

(「新宿東口民衆駅の設計計画」 80頁から引用)

 山崎友貴氏が「2階両サイドには明らかに不自然な長い廊下がある。現在は休憩所になっているが、ここがホームだったのである」と主張する部分も「回廊」と明記されている。

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 なぜ、このようなデマがはやることとなったのか?

 原因の一つに、日経の「東京ふしぎ探検隊 西武新宿駅はなぜ遠いのか 幻の東口乗り入れ計画 」が考えられる。

実はこのときの計画の痕跡が今も残っている。ルミネエストの建物は1階の天井が高く、2階はかなり低い。1階の吹き抜けもやたらと広い。かつての設計図を見ると、このフロアの形が西武線乗り入れ計画の名残だとわかる。

「東京ふしぎ探検隊 西武新宿駅はなぜ遠いのか 幻の東口乗り入れ計画 」http://style.nikkei.com/article/DGXNASFK2103N_S2A121C1000000?channel=DF280120166608&style=1&page=2から引用

 先に国鉄建築担当者の報文でも紹介したように「1階の吹き抜けもやたらと広い」のは、国鉄のコンコースとしての機能に起因するものである。

 ライターの河尻定氏は、設計図を見たうえで、このように述べているはずなのであるが、いったいどのように見たらこんな嘘っぱち(若しくは著しい誤読を誘うような文)が書けるのか?

 河尻定氏は、鉄道や街づくりについて「東京ふしぎ探検隊」に多く寄稿し、本も出版しているが、デマ発生器としての弊害も多い。是非「カボチャの上手な育て方」といった方面に転身していただきたいと思っている。

 ※私は、以前も河尻氏のウソを指摘している。→「日経新聞 「東京ふしぎ探検隊」河尻定氏記事「東銀座に地下広場出現 現役最古の地下街は閉鎖へ」に係る疑義」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-0de1.html

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 いわゆる「トリビア本」のウソについて、ついでなのでもう一つ。

 「西武鉄道のひみつ」PHP研究所編・刊の175頁に下記のような「マメ知識」的コーナーが載っている。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (82)

 「オープン当初は新宿民衆駅を名乗り、すぐに新宿ステーションビルに改称された」ということであるが、では、このオープン前日の「新宿ステーションビル」を名乗る新聞広告はなんだということになる。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (75)

 PHP研究所編集部は、新宿ステーションビルにいったいいつ改称されたのか明記していただきたいものである。

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(1)プロローグ

(2)戦前の新宿駅乗り入れ構想

(3)戦後新宿駅乗り入れの具体化へ

(4) 魑魅魍魎うずまく新宿ステーションビル

(5)新宿ステーションビルへの西武線乗り入れ

(6)新宿ステーションビルへの乗り入れ中止

(7)地下道による西武新宿駅と営団地下鉄・国鉄新宿駅との連絡

(8)西武新宿線の営団地下鉄東西線・有楽町線乗り入れ構想

(9)西武新宿駅の開発

(10)西武新宿線の地下複々線化による新宿駅乗り入れ

(11)西武百貨店堤清二による新宿ステーションビル乗っ取り失敗

(12)高島屋、西武に競り勝ち、新宿へ悲願の進出

(13)新宿駅東口2階の吹き抜けに西武新宿線が乗り入れるはずだったのか?

(14)新宿ステーションビルとベルクと井野家

(15・終)エピローグ

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