石神井にあった小山医院の湘南電車の経緯が西武鉄道社内報に載っていた
もう現存しないらしいが、「小山医院 湘南電車」といったキーワードで検索すると、東京は石神井の病院で、湘南電車のレプリカを待合室にした病院の話が出てくる。
このレプリカができたころの記事が、当時の西武鉄道社内報(1958(昭和33)年11月5日号)に掲載されていたので紹介したい。
院長の小山憲三博士は大の鉄道マニヤ(鉄道友の会の電車調査部長)で西武鉄道の嘱託医でもあったという。
本物そっくりな具合を具体的に紹介している。
いわく
「国鉄から湘南電車の青写真を借受け、その通りのものを造ったというだけあって大きさ色彩とも実物とまつたく同じ」
「ドアーは汽車製造、窓はナニワ工機とそれぞれ専門メーカーに発注」
「車体の標記は三鷹電車区に依頼」
とある。
また車号「クハ86374号」については
「これは国鉄の現存車が86372号まであるし、国鉄では86形は今後製造しないからそれより多い数字を選び一つ多い偶数の車号をつけた」
所属電車区「東ヤマ」については
「東京鉄道管理局の小山電車区」
鉄道趣味者のブログ等には「待合室」と紹介されているようだが、この記事では
「長さ20米、約14坪の車内は外科、小児科、内科等の診察室に仕切られていて、それぞれに診察台と医療器具が設けられている」とあり、往時はここで診察していたようだ。「私は好きな電車の中で毎日仕事ができて満足だ。」とのコメントが載っている。
またこの湘南電車だけではなく
「戦前池袋に開業していたが、そのときはモハ40形を模した病室を置き好評を博していた。」というから筋金入りである。
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コメント
革洋同様
私、昭和40年代に清瀬に住んでおりまして、清瀬駅のホームに向けた小山病院の広告看板をよく目にしておりました。
湘南電車の絵が大書してあって、なぜ病院に電車が、ととても気になっていました。病院自体は清瀬になく(どこにあるかもよく分からなかった)、とうとう現物を観る機会はありませんでした。
投稿: たくみ | 2016年11月10日 (木) 23時09分
記事作成にかまけていたため返信が遅くなってすいません。
私も実際に現物を見る機会はなかったのですが、貴重な看板をご覧になっているのですね。うらやましいです。
投稿: 革洋同 | 2016年11月21日 (月) 01時35分