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2017年1月29日 (日)

上越新幹線の池袋駅はどうなっていたのか

 ここまで、上越・北陸新幹線の新宿駅乗り入れについてホーム位置やらルートやらを検証してきたわけだが、ここで池袋駅についても検証してみたい。

 そして、新幹線池袋駅の設置も考えていると思える。

 

「<図解>新説 全国未完成鉄道路線」川島令三・著 140頁)

 果たして池袋駅に上越新幹線の駅は設置される予定だったのか?それとも川島某がいつもの如く勝手に思っているだけなのか?

 

 上越新幹線 新宿-大宮間ルートの経緯を整理してみる http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-6d67.htmlにおいて、新宿駅-大宮駅間のルート決定の経緯を述べたところであるが、1971(昭和46)年1月13日に鉄道建設審議会が東北、上越、成田新幹線を基本計画に定めることを答申して以来、東京側のターミナルがどこになるかについては、都内各所で誘致運動が行われている。

 

1971(昭和46)年3月15日付毎日新聞「上越新幹線池袋発車に」

上越新幹線と池袋駅 (10)

 

1971(昭和46)年6月25日 読売新聞夕刊「東北-上越-成田 三新幹線 加熱、ターミナル誘致合戦」

上越新幹線と池袋駅 (12)

上越新幹線と池袋駅 (9)

 池袋電車区あたりに上越新幹線のホームを作れるのではないかと地元は考えていたようだ。

 

 しかし、東北新幹線は東京駅、上越新幹線は新宿駅と決まり、池袋は外れたようだ。

1971(昭和46)年9月15日 読売新聞「新宿から「上越」新幹線 国鉄、鉄建公団の最終構想」

新宿から「上越」新幹線

国鉄、鉄建公団の最終構想

山手貨物線使う

東京駅は「東北」と「成田」

上野 池袋 誘致運動にケリ

 51年完成をめざす東北、上越、成田の三新幹線建設をめぐって、大きな焦点となっていた東京都内のターミナル駅は、東京駅を東北、成田、新宿駅を上越ターミナルとする”両立て方式”となることがはっきりした。建設に当たる国鉄鉄道建設公団では、いま新幹線のルートや停車駅を確定させるにしぼってきた構想を修正、「新幹線利用客がふえた際に改めて考えよう」と、第二候補にしてきた「新宿駅」を一躍、東京駅と並ぶ”主役”に抜てきしたもの。正式決定は、今月中に丹羽運輸相の承認を得てからとなるが、新宿、上野、池袋の三つどもえとなって地元から激しい誘致運動が展開されてきたターミナル問題も、ようやくケリがつくことになる

(略)

読売新聞1971(昭和46)年9月15日朝刊

 

 まあ、このあたりまでは以前の記事で紹介してきたところであり、あまり目新しいものではない。

 ここでは、「新幹線通過駅としての池袋駅」の構造が分かるものを紹介していきたい。

 国鉄東京第三工事局が発行した「東三工十年史」(1977(昭和52)年11月)の「4.主なターミナルの姿」という項があり、そこへ池袋駅の将来計画が載っている。

上越新幹線と池袋駅 (2)

上越新幹線と池袋駅 (1)

 上図は、左側が東武・西口、右側が西武・東口となる。現在の埼京線・湘南新宿ラインの地下に4階まで掘りこんだ施設が見える。

上越新幹線と池袋駅 (3)

 地下4階に上越・北陸新幹線のルート(ホームではなくて、あくまでも「ルート」)を計画していたようだ。

 

 「東三工十年史」が発行された翌年の1978(昭和53)年11月14・15日に行われた「第29回停車場技術講演会」において、国鉄東京第三工事局調査課の荒井良明氏が「複合機能としての旅客駅計画 池袋駅」という報告を行っている。

 「Ⅲ 池袋駅に関連する鉄道整備計画」において今後池袋駅に関連して整備される鉄道計画を紹介している。そこに「6 新幹線計画」があげられている。

上越新幹線と池袋駅 (5)

 「北陸・上越新幹線のルートは池袋駅周辺を通過することになり」とある。やはり川島氏の著書はいつものように妄想に基づくものであったようだ。

 また、「Ⅴ 池袋駅の将来計画」の「2 将来線形とホームの配置」に、上越新幹線と東北東海道開発線の地下配置計画が述べられている。

上越新幹線と池袋駅 (6)

 「4 全体構想」では

上越新幹線と池袋駅 (7)

 地下4階に上越新幹線と東北東海道開発線を配置することとされている。その断面図は下記のとおりである。新幹線の姿が見えないのが残念だが、単に通過するだけなので重要視されていなかったということなのだろうか?

上越新幹線と池袋駅 (8)

 

 このあたりは、前述の「東三工十年史」と平仄がとれていると思われる。

 

 ところで、上越新幹線 新宿-大宮間ルートの経緯を整理してみる http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-6d67.htmlにおいて、赤羽以南のルートが、初期の新聞記事には「田端分岐」とされ、後の図面では「赤羽分岐」になっているように見える。

 1973(昭和48)年3月11日 毎日新聞では

上越新幹線と池袋駅 (11)

 と赤羽以南は山手貨物線経由とされており、まあ決め手が無いというところである。

 では、この「複合機能としての旅客駅計画 池袋駅」という報告で何か路線図が掲載されていて、池袋駅-赤羽駅間が、赤羽線経由なのか田端駅経由なのかが分かるヒントになるものがないかと思って探してみた。

 結論は。。。

上越新幹線と池袋駅 (4)

「池袋駅中心鉄道計画網図」は掲載されていたが、そこに上越新幹線の計画は載っていなかったということである。

 東京メトロ副都心線(13号線)も掲載されているが、上越新幹線とどちらが上でどちらが下なのかは本稿では言及されていなかった。

 http://www.tokyometro.jp/station/ikebukuro/yardmap/によると、副都心線は地下4階となっているが、前述の国鉄資料でもいずれも上越新幹線は地下4階となっている。果たして真相や如何に。

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<追記>

 フォロワーさんからご教示いただいた。

3分58秒あたりでのメトロ広報氏の腕の振り方からすると副都心線の方が新幹線の下を通るのかな??

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 次は、「大宮駅付近に見る上越新幹線新宿-大宮ルートの痕跡」を。

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