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2017年2月 5日 (日)

上越新幹線新宿駅-大宮駅間ルート「川島令三案」を徹底検証してみた

 もうずいぶん長い間、上越新幹線新宿延伸ネタを引っ張っている。まだ終わらないのか。もう俺は飽きてきて他のネタを(他人に先に書かれないうちに)早く書きたいのに。

 それならやめとけばよいのに、まだ書くのは、川島冷蔵庫の妄想が大変深く根を張っているようなのでしっかり潰しておく必要があると思ったからである。

上越新幹線大宮駅-新宿駅延伸ルートの川島令三案と国鉄・鉄道建設公団案の比較

 個人ブログや、鉄道トリビア本等で左側の「川島妄想ルート」はよく見かけるが、真ん中の国鉄が公表しているルートはあまり見かけないだろう。

 例えば、「完全版 新宿駅大解剖 」 横見浩彦・監修の105頁にも「上越新幹線の経路だが、荒川付近から地下を通り、池袋駅付近では地下鉄有楽町線と副都心線のトンネルの間に新幹線トンネルがあるようだ。」とすっかり川島一派である。横見浩彦氏の本は当時の新聞すらも調べずに書いたレベルと言えばそれまでなのかもしれないが。

 上記の絵ヅラで、川島ルートが妄想であろうことは概ね分かるが、しっかり理詰めと時系列で潰しておこう。

上越新幹線大宮駅-新宿駅延伸ルートの川島令三案と報道の比較

 ルート図と同じく、左側が川島妄想で右側が当時の新聞である。

 川島妄想の概要は、

・大宮駅-荒川間は、東北・上越新幹線と埼京線の3複線で、上越新幹線用地は「緩衝緑地」を使う。

・荒川-池袋駅間は、地下に潜り「おそらくは」国道17号(中山道)の地下を走る。

 というものである。

 ここで、上記の新聞報道あるいは私のブログの以前の記事「上越新幹線 新宿-大宮間ルートの経緯を整理してみる」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-6d67.htmlをご覧いただきたい。

1971(昭和46)年10月14日 東北新幹線・上越新幹線工事実施計画その1認可

東北新幹線 南埼玉トンネルで一部地下
上越新幹線 未公表(工事実施計画なし)
通勤別線(埼京線) なし(東北貨物線?)
都市施設用地
(環境施設帯)
なし(側道4mのみ)

 

1973(昭和48)年3月10日 佐藤運輸政務次官が、畑埼玉県知事と小林東京北区区長に対して、東北、上越、北陸の三新幹線の運輸省案路線計画を提示 

東北新幹線 全線高架
上越新幹線 東北貨物線(工事実施計画なし)
通勤別線(埼京線) 東北新幹線に並行
都市施設用地
(環境施設帯)
なし(側道4mのみ)

 この経緯で見ていただいて分かるように、当初案は、「埼京線なしの東北新幹線のみ地下」で、1973年に「埼京線+東北新幹線の高架及び東北貨物線活用の上越新幹線」という公表経緯であり、川島令三の言うような「東北・上越新幹線と埼京線の3複線」が世間に出たことは歴史的に存在しないのである。(国鉄内部での構想段階ではいろんな案があったかもしれないが。)

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 そして、川島令三が<図解>新説 全国未完成鉄道路線でここに上越新幹線の高架橋が併設される。」と述べる「環境緑道」であるが、当初は存在しなかったのである。もし川島令三の言うように上越新幹線を東北新幹線に併設させるつもりだったら当初から「環境緑道」が存在していなくてはならない。

 上記右側毎日新聞記事の末尾に埼玉県知事が「幅6.5mの側道設置」を要求している。現在の「環境緑道」は幅員20mだが、当初は新幹線は4mの側道しか計画していなかったのである。それをせめて6.5mに広げて2.5mだけでも新幹線と民地を離してくれというのが埼京線と東北新幹線の高架併設案が地元提示された段階の計画であったのだ。

埼玉県内の新幹線の緑地帯は上越新幹線用地ではない

 1975(昭和50)年11月8日付朝日新聞にも当初計画では「側道は幅4m」だが、騒音対策で20mに広げると書いてある。川島令三はいったいどこに上越新幹線を作るつもりだったのか。

 下記は、昭和56年2月4日付の国鉄東京第三工事局長から国鉄総裁への上申文「東北新幹線・通勤別線建設に伴う都市施設用地の取得について」の抜粋である。(「東北新幹線工事誌(上野大宮間)」112頁)

埼玉県内の新幹線の緑地帯は上越新幹線用地ではない2

 国鉄として幅20mの「都市施設用地」の取得に正式に動き出したのはこの段階である。

 「国鉄は、地元の環境対策に理解を示したふりをして、したたかに将来の上越新幹線用地を確保したのだ。」等と考える方もいるかもしれない。

 ただし、上記東三工局長文をよく読むと、地元自治体へ譲渡することが前提であることが分かる。

○岩橋説明員(日本国有鉄道建設局審議役) お尋ねの環境空間ということでございますが、御指摘のとおり、埼玉県下の大宮以南の新幹線を建設するに当たりまして、地方公共団体との間で、両側に二十メーターばかりの環境空間をとってほしい、こういうような御要望がありまして、私ども、これは地方公共団体がお使いになる用地の先行買収というふうに理解をいたしまして買収を進めてきたところでございます。したがいまして、この土地を戸田、浦和、与野の三市に買っていただきたいとずっと申し上げてきたわけでございます(略)

 

1985(昭和60)年6月7日 衆議院環境委員会

 と国会でも明確に国鉄側が答弁している。上越新幹線を作るのであれば「戸田、浦和、与野の三市に買っていただきたいとずっと申し上げ」たりしてはいけないはずだ。

 なお、実際には自治体への有償譲渡は難航しており、会計検査院に再三指摘されている。(上記の国会答弁も会計検査院の指摘を受けてのもの。)

埼玉県内の新幹線の緑地帯は上越新幹線用地ではない3

 1984(昭和59)年11月6日読売新聞にも報道されている。右下のイラストを見ても、譲渡予定の20mの幅の他に上越新幹線用地があるとは思えない。しかも川島令三の「西側がやや広い」というのも否定されてしまう東西等間隔ぶりである。

 (余談だが、新聞の左下の「投資ジャーナル 中江滋樹」に時代を感じますな。平成生まれのゆとり世代は置いてきぼりですまんな。昭和時代には下記のような番組がゴールデンで流れていたのだよ。)

 

・昭和59年度決算検査報告 東北新幹線建設に伴い取得した都市施設用地について http://report.jbaudit.go.jp/org/s59/1984-s59-0234-0.htm

・平成10年度決算検査報告 東北新幹線の建設に伴い取得された都市施設用地について http://report.jbaudit.go.jp/org/h10/1998-h10-0540-0.htm

 この2つの報告を読めば、川島令三の「ここに上越新幹線の高架線が併設される。これは筆者が、ここの工事にかかわった職員から直接聞いている。」という記述が如何に馬鹿げたものかが分かるであろう。

 なお、ノート:上越新幹線https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E4%B8%8A%E8%B6%8A%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9Aの「新宿駅への延伸計画における緩衝地帯について」には「ネットで調べたところ、この緩衝地帯は、国鉄がJRになる時に、国鉄清算事業団に払い下げられたのではなく、JRの関連会社に払い下げられたそうです。」なんて書いてあるが、上記会計検査院報告には「都市施設用地は国鉄から保有機構に承継され、その後、保有機構からJR東日本に260,579m2 が譲渡されている」とある。いったいネットのどこを調べたのか。これだから「嘘ペディア」は困る。

 

 ああ疲れた。「おそらくは、池袋駅から中山道に向かい、中山道の地下を走って、荒川を渡る」なんて部分は、川島令三本人が「おそらく」にすぎないと言っているのだから検証の必要もないよね。

 なお、「新幹線池袋駅の設置も考えられていると思える。」(<図解>新説 全国未完成鉄道路線(140頁)については、「上越新幹線の池袋駅はどうなっていたのか」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-2c6b.htmlにおいて、下記のとおり否定されているので改めてご紹介を。

上越新幹線と池袋駅 (5)

「複合機能としての旅客駅計画 池袋駅」国鉄東京第三工事局調査課 荒井良明・著

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 <上越新幹線新宿駅関係記事>

 その1 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-6225.html

 その2 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-6883.html

 その3 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-d383.html

 その4 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-f365.html

 実際のところどうなっているのか? http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-9452.html

 国会でどのように答弁されてきたのか? http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-6db4.html

 報道をまとめてみた(その1) http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-d5ec.html

 報道をまとめてみた(その2) http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-a27d.html

京葉線の中央線方面への延伸と新宿駅予定地~上越新幹線の下に準備。そしてバスタとの関係は?~http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-f4a3.html

 「完全版 新宿駅大解剖」(横見浩彦・監修 宝島社・刊)表紙トップの上越新幹線ネタを検証してみる http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-7007.html

大新宿構想時代(昭和50年前後)の上越新幹線新宿駅地下ホーム等の図面http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-bfa5.html

やっぱりバスタ新宿の基礎で上越新幹線新宿駅はできなくなっちゃったんじゃないの?http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-1df5.html

上越新幹線 新宿-大宮間ルートの経緯を整理してみるhttp://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-6d67.html

上越新幹線の池袋駅はどうなっていたのかhttp://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-2c6b.html

大宮駅付近に見る上越新幹線新宿-大宮ルートの痕跡http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-1c4d.html

東北新幹線は浦和市営モノレールの導入空間を空けて今でも待ってるhttp://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-0765.html

上越新幹線新宿駅-大宮駅間ルート「川島令三案」を徹底検証してみたhttp://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/--a64d.html

上越新幹線新宿駅と都営地下鉄新宿線及び大江戸線との位置関係を確認してみるhttp://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-3b1a.html

「京葉線はかつて新橋経由で都心(新宿、三鷹)に乗り入れる計画だった。」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-1315.html

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コメント

初めまして

新幹線大宮以南の未成区間を検索したらこちらへたどり着きました。

さて本題になりますけども
いろいろ国土地理院航空写真等を見て感じたのですが

現東北本線に併設するのが本来の“東北新幹線”
埼京線に併設するのが“上越新幹線”だったのではないかと感じます


仮に
現東北新幹線ルートと“東北本線に併設計画の上越新幹線”では
赤羽で再度線路の振り分けやり直しが生じると思います

そのために重層化すれば反対派の思う壺(日照権云々で建設反対の条件に使われる)

それをしないためには埼京線回りを上越新幹線ルートとして考えた方が妥当かと…

赤羽~新宿
基本赤羽線の直上を進む
(東海道新幹線と品鶴線の前例あり)

そして新宿方面地下トンネルをどこで入口にするか

http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1054595&isDetail=true

東京家政大学短期部と王子特別支援学校の間にある
不自然な土地区割

いかにも『ここがトンネルの入口予定地ですよ~』と言わんばかりの場所です

投稿: 南栗橋車両管理区荒川支所 | 2019年3月31日 (日) 14時17分

お読みいただきありがとうございます。

埼京線側が上越新幹線で、東北新幹線側が東北新幹線でという仮説をとる方はそれなりにいらっしゃるようですね。
そのようなことを明記した資料は見たことが無いのが残念ですが。

なお、読売新聞1971年9月15日朝刊では、「東京駅を出た列車は、高架から秋葉原付近でいったん地下にもぐり、田端付近でカオを出すが、分離後の上越新幹線は、この田端を分岐点に、山手貨物線あとをたどり新宿駅と結ばれる。」と書いてあります。
http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-d5ec.html

また、この頁で引用している毎日新聞1973年3月11日朝刊でも赤羽-池袋-新宿間は山手貨物線経由だと書いてあります。

旧・赤羽線の上若しくは下を上越新幹線が走ると明記した資料は見たことはありません。

国鉄や運輸省が作成した資料でそのようなものがもしあれば是非ご紹介ください。

投稿: 革洋同 | 2019年4月 2日 (火) 21時39分

再度お邪魔いたします

田端のエリアは京浜東北で何度となく通る場所ですけども
山手は切り通し形状で山貨は中里トンネルで北に進路を変える場所

新幹線を
王子~駒込~巣鴨~池袋経由とするには
現地を見る限りカーブがキツすぎると個人的に思うのですが…

投稿: 南栗橋車両管理区荒川支所 | 2019年4月 4日 (木) 16時27分

おっしゃっている気持ちは分からんでもないですが、それ以外に物証がないものでして、是非赤羽線経由という物証を探して教えてください。

投稿: 革洋同 | 2019年4月 7日 (日) 12時26分

大変申し訳ありませんが、横から失礼します。

私は、1971年までは田端分岐で計画されていたものと考えています。
しかし、その後の資料では田端が消えて、赤羽が登場します。
田端の名称が登場したのはそこで分岐するから出たのであり、
その後、田端が消えて赤羽が登場したのを考えると分岐地点を変更したのではないかと思います。

毎日新聞1973年3月11日朝刊でも赤羽-池袋-新宿は山手貨物線経由と書いてあるとの事ですが、
赤羽ー田端間は山手貨物線ではなく東北本線なので、田端経由の場合は、
「大宮ー赤羽(以上東北本線)赤羽ー池袋ー新宿(以上山手貨物線)」ではなく、
「大宮ー赤羽(以上東北本線)赤羽ー池袋ー新宿(以上東北本線山手貨物線)」又は
「大宮ー田端(以上東北本線)田端ー池袋ー新宿(以上山手貨物線)」
と書かなければいけないと思います。
新聞の記載は赤羽駅の南方の路線名を省略しています。
赤羽線経由だと
「大宮ー赤羽(以上東北本線)赤羽ー池袋ー新宿(以上赤羽線山手貨物線)」となりますが、
赤羽駅の南方の路線名を新聞記載のように省略しますと
「大宮ー赤羽(以上東北本線)赤羽ー池袋ー新宿(以上山手貨物線)」となり
赤羽線経由の表記が新聞の記載と同じになります。
田端の表記を使わずに赤羽の表記を選択したのは赤羽分岐を示すものだと思います。

革洋同さんは赤羽線経由の資料を見たことはないと書いてますが、
田端分岐の図は示してなく、赤羽線経由の図のみを紹介しています。
この頁で引用されている毎日新聞の図でも明確に赤羽線経由となっています。

赤羽駅の南側を見に行ったのですが、
この頁の最初に出てくる交通技術1976年1月号のように
赤羽線の西側に新幹線の高架橋を継ぎ足すような出っ張りなどの準備工事と思われるものが有り、
当初は田端分岐でしたが、東北新幹線建設当時は赤羽線経由ではないかと思います。

投稿: マンボウ | 2019年4月12日 (金) 12時19分

マンボウ様
書き込みありがとうございます。

絵はあくまでも役所の使う「ポンチ絵」ですからねえ。
あまりあてにならんのですよ。

貴兄のおっしゃるのも消去法の類推ですから。
マニアがそれぞれいろんなやり方で楽しむのを否定する権利は私にはないですが、私は部内資料でもなんでもいいので明文で書いてあるエビデンスを求めているのです。
それが私の楽しみ方なので。
別に賛同してもらいたいとは思いませんが。

マンボウ様はマンボウ様のやり方で楽しんでいただければよいと思いますし、ウチのブログがその一助になれば幸いです。
こんな糞くだらないサイトを隅々までご覧いただきありがとうございます。

投稿: 革洋同 | 2019年4月13日 (土) 14時32分

追記
たとえばこんな資料を探しながらどこで分岐しているかを追ってはいるのですよ。
http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-2c6b.html
マンボウ様も、上記記事の末尾に掲載した地図と同レベルで赤羽線の下に「新幹線」と書いてある地図を見つけてきてください!
(なお、東北開発線の池袋以北がビミョーな線形なので、実はこちらが本命かもwこのページ上部の「交通技術」の線形と似ているような気がしないでもない。。。これは川島某と同レベルの妄想なのでwww)

投稿: 革洋同 | 2019年4月13日 (土) 14時59分

横から失礼します。

南栗橋車両管理区荒川支所が指摘されていた東京家政大学短期部と王子特別支援学校の間にある土地の区割りは、1960年代から変わっていませんので、上越新幹線新宿駅乗入れ構想とは無関係だと思います。
戦前の軍関係の施設がある頃から、線路際は空いていますし。

http://maps.gsi.go.jp/#18/35.754880/139.722233/&base=std&ls=std%7Cort_old10&blend=0&disp=11&lcd=ort_old10&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=vl

私も田端経由は線形も不自然で遠回りだと思いますし、線路直下の長距離の工事はコスト増につながるので考えづらいと思います。

高架から地下への移行部は鉄道用地を使うことを考えると、下十条電車区か、王子駅前の現在北とぴあが建つ用地が有力だと思います。
そして、王子駅以南は明治通りを南西に進み、東北開発線と並列または2階建てで進むのが線形上も用地確保上も最も現実的ではないかと思います。

革洋同さんも、その線で明確な根拠を探し求められていらっしゃると思いますが…

投稿: science_city | 2019年5月23日 (木) 02時08分

訂正です。

南栗橋車両管理区荒川支所さんの敬称が抜けていました。
申し訳ありません。

投稿: science_city | 2019年5月23日 (木) 02時10分

science_city様

こんにちわ。

Twitterにも書いたのですが、
妄想レベルでは、最近は某所で某資料を目にしてから、「王子附近から明治通りの地下を東北開発線と一緒」説に強く惹かれておりまして、まあ物証をいろいろ分析中です。
それまでは物証では「田端経由」が最有力なので、それで通します。

投稿: 革洋同 | 2019年5月25日 (土) 18時43分

返信ありがとうございます。

物証の分析結果が記事になるのを楽しみにしています。

投稿: science_city | 2019年6月 7日 (金) 00時28分

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