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2017年9月 3日 (日)

高速道路やICの名称決定基準

 鉄道の駅名についてはいろいろ本が出ていたりする。

 一方、高速道路についてはあまり出ていないのだが、「高速道路のプランニング」という本にその決定基準等が掲載されている。

 監修は建設省から日本道路公団において高速道路の計画・建設等に従事した三野定氏であり、実際に執筆したのは日本道路公団の現役職員だとあるから、それなりの精度とレベル感であることが期待されよう。

 ただし、この本が執筆されたのは1973年である。その後道路公団民営化や新直轄高速道路等といった変化があるため、現在もこのとおりなのかは定かではないので注意されたい。

 まず、高速道路の道路名称についてである。

高速道路の名称決定基準 (2)

 「中央高速道路」が「中央自動車道」に変更された理由が掲載されている。

東京ふしぎ探検隊 新東名、残りの区間は… 中央道が名前を変えた理由

 

■中央自動車道はかつて「中央高速道路」だった

 ところでこの中央道、現在の一般名称は「中央自動車道」だが、開通当初は別の名前を使っていた。その名も「中央高速道路」。東名、名神と同じく、高速道路を名乗っていた。なぜ、変更したのか。

 NEXCO中日本に尋ねたところ、「名前が変わったのは知っているが、時期も理由も分からない」とのこと。国土交通省の高速道路担当者に聞くと「変わったことも知らなかった」。そこで東京都立中央図書館(港区)を訪れ、文献をあさってみた。

 まずあたったのが「日本道路公団三十年史」(1986年=昭和61年発行)。細かく見たが、「中央高速道路」という名称は1回も出てこなかった。

 次に1976年(昭和51年)発行の「二十年史」を見てみると、こちらもほとんどのページで「中央自動車道」と書いてある。しかし時々「中央高速」と書いてあり、そのなかに「中央高速道路(のちに中央自動車道と改称)」とのくだりを見つけた(160ページ)。やはり名前が変わったのは間違いないようだ。

■「中央高速」、仕切りなしの対面通行区間も

 「高速道路の謎」などの著書があるモータージャーナリストの清水草一さんによると、「中央道では大月-河口湖間が開通した1969年(昭和44年)から事故が多発し、『高速』という名称は危険走行を助長しかねないと問題になった。そこで自動車道に改称した」という。

https://style.nikkei.com/article/DGXNASFK12038_T10C12A9000000/?page=3

 河尻定氏の調査能力の程度はまあ御察しということで置いておいて、NEXCO中日本にはしっかりしてほしいものだ。

 なお、清水草一氏は、大月~河口湖の対面通行での開通をきっかけとしているが、実際には、八王子以西が当初は対面通行で開通している。

 

 ただこれだけだと変更時期は明確ではない。

東北道などの開通後の道路名称決まる

 

 日本道路公団では、このほど,東北縦貫自動車道などの開通後の道路名称を次のように決定した。

 なお,中央自動車道富士吉田線(現在の「中央高速道路」)については,西宮線多治見・小牧間が開通する時点(昭和47年秋)に「中央自動車道」に名称変更する

路線名(区間) 開通後の道路名称
東北縦貫自動車道青森線
(川口~青森間)
東北自動車道
中央自動車道西宮線
(大月~小牧間)
中央自動車道
北陸自動車道
(米原~朝日間)
北陸自動車道
関門自動車道 関門橋

 

高速道路と自動車」1972(昭和47)年6月号98頁

 中央道の多治見・小牧間が開通したのは1972(昭和47)年10月5日なので、それにあわせて、調布~河口湖間も「中央高速道路」から「中央自動車道」に改称されたことになるのであろう。

 現在のNEXCOの高速道路の「路線名」と「道路名称」の一覧表が、NEXCO総研の「設計要領第五集 交通管理施設 標識編」に掲載されている。

 現在のところ新旧対照表がUPされているのであわせて参照されたい。http://www.ri-nexco.co.jp/Portals/0/%E6%9B%B8%E7%B1%8D%E9%96%A2%E4%BF%82/%E6%96%B0%E6%97%A7%E8%A1%A8/%E8%A8%AD%E8%A8%88%E8%A6%81%E9%A0%98/%E8%A8%AD%E8%A8%88%E8%A6%81%E9%A0%98%E7%AC%AC%E4%BA%94%E9%9B%86_%E6%A8%99%E8%AD%98%E7%B7%A8_2907_%E6%96%B0%E6%97%A7_1.pdf

高速道路の名称決定基準 (1)

 「法定路線名」とか「営業路線名」というのはネットスラングにすぎないので、こういう公式文書には出てこないのでご注意あれ。

 えっ?「NEXCO西日本のウェブサイトには「法定路線名」「営業路線名」って載ってる」って?「先輩の書いた本をよく読んだ方がいいんじゃないんですか?」「NEXCO西日本はwikipedia見て仕事しているんですか?」って言ってやればええんちゃうのん?

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 閑話休題、次はインターチェンジの名称である。

高速道路の名称決定基準 (3)

 鉄道の駅は、「西舞鶴」「東舞鶴」と地名の前に東西南北がつくが、高速道路の場合は「舞鶴西」「舞鶴東」と地名の後に東西南北がつく。

 これについては、三野氏同様に建設省から日本道路公団で高速道路の調査・建設に従事した武部健一氏が自著「道路の日本史」の中でこう語っている。

 ここで高速道路での施設の名称について、その歴史的由来を説明しておこう。

 高速道路の施設としてはまずインターチェンジが挙げられる。できればこれを漢字一文字で表現したい。駅という字がすぐに浮かび上がるが、これはすでに鉄道で手あかにまみれているし、まぎらわしい。「道駅」などもすっきりしない。駅がもともと道路のものだったなどとは、当時の関係者が知る由もない。その後、「道の駅」が一般国道など幹線道路の休憩所として整備され、平成26年(2014)末で全国で1,040ヵ所に達している。

 「インター」との略も「第三インター」など戦前の左翼用語を思い出させるとの古い幹部からのクレームでつぶれ、結局略語の使用は見送りとなり、現在に至っている。英語をうまく使った例では「ジャンクション」がある。本来の英語の意味は交差点でしかないが、これを高速道路相互の分岐・交差箇所に用い、一般道路に乗り降りする普通のインターチェンジと区別したのは賢明であった。

 インターチェンジの命名法もアメリカ流儀を採用した。日本では一般に東西南北などは地名の前につける。しかしアメリカでは逆にOregon-westのように後につける。名神高速道路ではアメリカ流儀を採用した。偶然のことながら名神の場合、後につけることが成功につながった。京都東インターチェンジである。これを従来の方式通りとすれば、東京都インターチェンジになるところであった。

 

「道路の日本史」武部健一・著 中央公論社・刊 196~197頁

 私は「日本最初の開通区間である名神高速道路の京都東ICを東京都ICにしないために、高速道路のインターチェンジ名は、地名の後に方角を入れた」のかと勝手に思っていたのだが、武部氏によると偶然の産物であるようだ。

 

 ところで、「高速道路ファン手帳」佐滝剛弘・著にはこんな箇所がある。

同名のインターチェンジ

 

 これほど高速道路網が広がると、全国では、同じ名前のICも登場しそうに思われるが、(中略)、高速道路の中では、重複しないよう、後からできたICが地名の前後に区別できるような名前を付けている。

(中略)

 同名の話に戻ると、「川崎IC」だと神奈川県にも宮城県にもあるので、前者は「東名川崎」、後者は「宮城川崎」となっている。さすがに「神奈川川崎」というのはあまりに不自然なので、そんなことにはならなかった。

 

「高速道路ファン手帳」佐滝剛弘・著 中央公論社・刊 90~91頁

 まあ、この佐滝剛弘氏の論も、実際には「高速道路のプランニング」記載の記述によると

・「市町村名の前に路線名をつける」

・第三京浜の川崎ICが先にあったので、東名川崎にした

ということで的外れな記述とあいなってしまった。

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 (余談)

 高速道路の名称は起終点の地域名、都道府県名、市町村名等からとるように書いてあるが、最初の高速道路である名神高速道路は、名古屋市も神戸市も通っていない(小牧市~西宮市)。

 名古屋市については、接続する東名高速に名古屋ICがあるからいいとしても、神戸ICはどうだったのか?

 実は神戸ICは当初は建設する予定はあったのである。

名神高速道路の西宮-神戸間の幻の計画路線図

http://www.archives.go.jp/exhibition/digital/high-growth/contents/15/photo27/imgs/i_zoom01.jpg

 詳細は「「名神全通50周年企画」なぜ名神高速道路は神戸まで行かないのか」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-d2b3.htmlをご覧いただきたい。

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南アルプスの少女ハイジ

 (余談その2)

 中部横断道の「南アルプスIC」は、高速自動車国道としては初めての「カタカナ」を使ったIC名だったはず。(※都市高速道路を含めると、阪神高速道路の「ユニバーサルシティ」の方が先。)

 上記開通案内を見るとこのときの開通区間は「南アルプスIC~白根IC」である。ところで白根ICは、旧・中巨摩郡白根町に存在したところ、2003年4月に周辺自治体と合併して「南アルプス市」になっている。

 時系列でいくと、2002年3月中部横断道白根IC(旧・白根町 現・南アルプス市)開通→2003年4月南アルプス市成立→2004年3月中部横断道南アルプスIC(旧・若草町、櫛形町 南アルプス市)開通という流れである。

 これが、もし南アルプス市の成立が白根IC開通よりも先だった場合には、南アルプス市内にICが南北に二つできることとなり、現白根ICが「南アルプス北IC」、現南アルプスICが「南アルプス南IC」になっていた可能性がなかったわけではない。。。

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