チコちゃんを叱ってみる「お年寄りをシルバーで呼ぶのは国鉄のシルバーシート由来なのか?」
「骨まで大洋ファン」なので、大洋ファンつながりのチコちゃんは応援している。
ところで、2018年5月放送の「チコちゃんに叱られる! #6」で、鉄道のシルバーシートについて触れていた。
人生経験が豊富な岡村にチコちゃんが「なぜ高齢者のことをシルバーという?」と質問。「白髪が出てくるから」と答え、不正解だったので叱られた。正解は、「たまたま銀の布が残っていたから」。
国語辞典編纂者の飯間さんが解説。1974年発行の三省堂国語辞典にはシルバーに高齢・老人の意味はない。1973年に国鉄に登場した優先席「シルバーシート」が由来。実際に名付けた相談役の須田さんは当時のJR東海の社長。須田さんは名前について、必然的、ケガの巧妙と語る。
シルバーシート誕生について映像で紹介。1973年7月、国鉄では私鉄に逃れた私鉄から客を取り戻す策を考えていた。須田さんは、お年寄りの為のシートについて話題性がほしいと考え敬老の日から導入することを決定。約2ヵ月の期間で議論を開始するも赤字財政が続いており新しい座席は作れなかった。当時の新幹線に使われた銀の生地が残っており、座る部分だけを銀にしてシルバーシートとした。その後、私鉄・バスにも広がりシルバーが高齢者を表す代名詞となった。他の色が残っていればその色の名前になっただろうと須田さんがコメント。
参考までに「国有鉄道」1973年10月号によると下記のとおりとなっている。
ところで、同じく国鉄が発行している「国鉄線」1973年3月号に気になる表現が載っている。
これは、国鉄新潟鉄道管理局営業部販売センターの田辺恵三氏が書いた「5つの需要層に向け商品づくり ヨンナナからヨンパーへ売る営業の発展」という記事で、昭和48年度の国鉄の旅行商品の売り上げ促進策を報告しているものである。そこに「シルバーエイジ」という言葉が出てくるのである。内容としては明らかにお年寄りを指していると言えるのではないか?
まあ同じ国鉄社内とはいっても当時の国鉄はそこんじょそこらの大企業よりもデカイ図体の組織なので、須田寛旅客局営業課長(当時)は、「国鉄線」なんて読んでいなかったかもしれない。
「交通年鑑 昭和48年」に掲載された国鉄職員名簿
ところで、「国鉄線」の編集はどこでやってたかなんてえのを調べてみますと。。。
営業課と同じ局内の国鉄旅客局総務課じゃないですか。
「国鉄線企画編集委員会委員長」は、名簿では須田営業課長の二つ上に掲載されている八田総務課長じゃないですか。
なら須田営業課長も読んでいるでしょうよ。シルバーシートを世に出す半年前に。
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ということで、新幹線の座席の生地が余っていたかはともかくとして、
「シルバーシート以前に国鉄社内ではシルバーエイジという言葉を使っていたし、須田営業課長はそれを知っていた可能性は極めて高い」
ということは言えるのではなかろうか。
国語学者であれば、この「シルバーエイジ」という言葉の由来等を当時の新聞や雑誌での用例あたりから調べるのだろうが、そこは専門家にお任せしますが。。。とりあえず言ってみたいので。。。
「ボーっと生きてんじゃねえよ!」
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<追記1>
その後、ツイッターで飯間浩明氏や本件を追っていた杉村喜光氏と直接やりとりすることができた。
その経緯をトゥギャッてあるので、下記リンク先もあわせてご参照いただきたい。
https://togetter.com/li/1310276
また、飯間浩明氏は、下記のように「チコちゃんに叱られる」での発言を修正する文を発表されている。
#飯間浩明 さん @IIMA_Hiroaki 「分け入っても分け入っても日本語」、お久しぶりの更新!
— 考える人|新潮社 (@KangaeruS) December 22, 2020
高齢者を意味する「シルバー」の由来は〈1973年に登場した国鉄の「シルバーシート」〉だと、今まで自信を持って答えていた飯間さん。
ところが、それ以前の用例が……?https://t.co/qEjcDUn1yB #考える人
実際にはこれほど詳しくコメントできないとしても、ニュアンスを盛り込むことはできたでしょう。もう一度やり直したい気持ちでいっぱいです。
分け入っても分け入っても日本語(2020年12月22日)「シルバー」「シルバーシート」 飯間浩明 https://kangaeruhito.jp/article/29115
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<追記2>
先日、国会図書館デジタルコレクションの機能が超絶に拡充され、見出しだけでなく本文まで検索できるようになったので、改めて本件について調べてみたところ、新たな知見を得ることができたので、ご紹介したい。
とりあえず「シルバー」と関連する用語でぶん回してピックアップ、関連する用例を下記にズラズラと並べてみる。
私が見つけた最古の事例がこれ。 「シルバー・ハネムーン」。
ちなみに、和製英語であって、本来は「second honeymoon」というようだ。
https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/second-honeymoon
こちらは「シルバーコンサート」。
他の記事によると、25年間で作曲された作品を演奏したとのこと。
「岩田屋経営史」岩田屋三十年史編纂委員会・刊 1967年 148頁
こちらは「シルバーエイジ」
出典が社史で、発言されたシーンが「社長が年初に会社の年度方針の発表する場」ということに着目したい。
先にあげた事例は、まあ芸能人が使ったところであるが、今回は会社経営者が会社経営の重要な場での発言したものである。
つまり、そういう重要な公式の場でも「銀婚式にちなんだシルバー」を使っても差し支えないほどに、昭和35(1960)年の段階で、世間では定着していたということができるのではないだろうか?
結婚記念日を記念して旅行する旅客およびこれと同行する旅客を対象にして,「シルバー周遊割引乗車券」を試行的に発売する。
昭和44年版 交通年鑑 財団法人交通協力会・刊 1969年 184頁
杉村喜光氏は、「シルバー周遊券」の命名由来について、下記のようにツイートしている。
この時、国鉄は50歳以上夫婦の多くが結婚25周年の銀婚式夫婦なのでシルバー夫婦として命名している。さらに英語で高齢者はグレイで表すことが多いが日本語では「灰色」と訳されるので「燃え尽きた人」の印象を避けるためにシルバーとしたと当時の資料に書かれている。
— 杉村喜光:知泉(源氏物語の漫画、執筆中 (@tisensugimura) December 22, 2018
それとシートの余り生地に繋がる
ただ、シルバー周遊券の制度自体は、途中で変更がされているようで、杉村氏が言うように”1968年に「50歳以上の夫婦」を対象として『シルバー周遊券』というものをすでに発売しています”で正当なのかどうかは、個人的にはもうちょっと深堀してみたい。
少なくとも、上に引用した「昭和44年版 交通年鑑」では「50歳以上」という要件は書いていなかった。
当時の関係記事を見ると「旧婚旅行」用の周遊券として売り出していたのは間違いないようである。
海外のマラソン大会や登山で気をはいた日本老人が、ことしの敬老の日を中心に大挙して、はじめての“海外敬老旅行”に出かける。
「ルック・ヨーロッパ・シルバー旅行」という名の交通公社、日通共同企画。(以下略)
1970年8月2日付読売新聞
「シルバー旅行」という用語の初出だが、ひょっとしたら業界的に「シルバー周遊券」の影響を受けているかもしれない。
また、結婚記念日に由来した「旧婚旅行=シルバーハネムーン」から「敬老旅行=シルバー旅行」へ、幅が広がっている。
シルバー周遊券以降、シルバーと旅行が関連する用例が増えているのは間違いない。
週刊ポスト 1972年3月31日号
「シルバー旅行」の事例としては、特出すべきものではないが、「週刊ポスト」という大衆誌に「シルバー=敬老」と使われるようになっているという定着の事例ということで。
「狙いにくいが前途有望 老人マーケット」
オール大衆 1972年7月号 58頁
記事の件名が「シルバー・マーケット」だと申し分ないのだが、そこまではシルバーは浸透していなかったのか。
「シルバーエイジ」には「感謝とくつろぎ」を売る。
「“五つの需要層”に向け商品づくり」国鉄新潟鉄道管理局営業部販売センター 田辺恵三・著
「国鉄線」1973年3月号 35頁 国鉄旅客局・貨物局編集
これは、以前から「シルバーシートの前から、国鉄ではシルバーと言う言葉をお年寄りの意味で使っていたよね。しかも須田寛氏は、当時この冊子を編集している国鉄旅客局に在籍していたよね」という物証としてあげていたもの。
「シルバーエイジ」という言葉自体は、前述のように、昭和35(1960)年に、岩田屋の社長挨拶の中で使用されていることが確認できる。この「国鉄線」発行の段階で、既に10年以上使用実績のある用例だ。
週刊平凡 1973年9月13日号
「シルバー旅行」だけでなく、「シルバーツアー」も。
1973年9月13日号ということで、シルバーシートの実施が1973年9月15日の敬老の日なので、ちょっと前の発売となる。(週刊誌の9月13日号だと、実際には8月末か9月アタマくらいの発売?)
シルバーシート開始の記者発表は、8月なので、どの程度影響を受けているか??
「第二の人生産業 シニア・マーケットの成長度」
「東邦経済」1973年10月号 東邦経済社・刊
この件名も「シルバーマーケット」ではなく「シニアマーケット」である。
「シルバー=敬老旅行」のイメージが強かったのだろうか?
記事自体は、1973年10月号ということで、シルバーシートの記者発表後のものであるが、「(昭和)45年からはさらに海外の「シルバー旅行」に実績をあげている。」 ということで、先に上げた1970年8月2日付読売新聞との平仄があうところをご紹介したかった次第。
そして、最大の発見は、「シルバーシートの命名の由来」を解説する記事を掘り出したことである。
「傑根宇曇氏の雑記帳」シルバーシート
「車輛工学」1980年9月号 車輛工学社・刊 96頁
「車輛工学」という雑誌は、国鉄を中心とした鉄道の客車や貨車等の「車輛」のことばっかり書いてある極めて読者が限られる業界誌であり、おそらく読者は国鉄の中の人と関連業界(車輛製造、車輛保守点検等)しか読まない雑誌と思われる。
そして著者の「傑根宇曇」氏であるが、「けつねうろん」つまり「きつねうどん」の関西読みというペンネームである。
「車輛工学」の1970年から1986年にかけてコラムを連載している。
業界誌(紙)上で、「中の人」や「中の人だったOB」が本名ではなくペンネームでエッセイや豆知識を連載するというのは「よくあるパターン」で、この「傑根宇曇」氏も国鉄の車輛系統のそれなりの地位の「中の人」 だったと思われる。初代、二代目、三代目と複数名にわたってペンネームを引き継いだ可能性もある。
その「国鉄の中の人」が、シルバーシートの命名の由来について
”当時旅客局では「以前,50才以上のご夫婦の旧婚旅行用に“シルバー周遊券”というのを発売していたことがあって,その連想からなんとなく名付けた」と説明”
”結婚25周年記念が銀婚式,そしてその頃になると夫婦とも銀髪になるという二つの言葉からくるイメージから,なんとなく生まれたというのが真相”
と述べているのである。
国鉄旅客局は、まさにシルバーシートの担当局であり、須田寛営業課長が所属していた部署である。そこの公式見解は「シルバー周遊券由来」説で、傑根宇曇氏のいう「真相」は「銀婚式」と「銀髪」由来というのだ。
須田寛氏が言うところの「シートの色由来」説は一顧だにされていない。
人生経験が豊富な岡村にチコちゃんが「なぜ高齢者のことをシルバーという?」と質問。「白髪が出てくるから」と答え、不正解だったので叱られた。正解は、「たまたま銀の布が残っていたから」。
冒頭に紹介したこの記事では、岡村氏は「白髪が出てくるから」と答えて、チコちゃんに叱られていたが、傑根宇曇氏のいう「真相」では、正解である。チコちゃんの方がよっぽど叱られてよい。
本日の『チコちゃんに叱られる』は傑作選で、いきなり「高齢者をシルバーと呼ぶのは」というアレ
— 杉村喜光:知泉(源氏物語の漫画、執筆中 (@tisensugimura) January 18, 2019
「シルバーシート以前に色々あるが答えで、ルーツは銀婚式から」https://t.co/p9WHAN3ohr
杉村喜光氏の「ルーツは銀婚式から」を改めて裏付ける結果となったと言えるのではないか。
なお、月刊警察1991年1月号 86頁 のように、「シルバーシート銀婚式由来説」を紹介した書籍も出ている模様。
須田寛氏の「シートの色」由来説は、傑根宇曇氏の文の9年後に、自著において書かれている。
優先席の名前もいろいろ考えられたが、シートの色とあわせるのが適当ということになり、「シルバーシート」に落ち着いた。
いいかえれば、「シルバーシート」は新幹線の落し子であったといえる。もし他の色のシートが在庫していたら、「シルバーシート」は別の名になっていたかも知れない。
「東海道新幹線」須田寛・著 大正出版・刊 1989年 63頁
当時、須田寛氏は、国鉄民営化を経て、JR東海(東海旅客鉄道株式会社)の社長であった。
民営化の勝ち組社長に忖度したのか?以降、シルバーシートの由来は「シートの色」説一色となっていく。
須田寛氏は、自著のなかで「優先席の名前もいろいろ考えられた」 と述べているが、その「いろいろ」の中に
・「シルバー周遊券に由来した『シルバーシート』案」
・「銀婚式に由来した『シルバーシート』案」
・「銀髪に由来した『シルバーシート』案」
・「シートの色に由来した『シルバーシート』案」
等が出ていたのではないか?
そして、国鉄旅客局の公式見解は「 シルバー周遊券に由来した『シルバーシート』説」だったが、何故か「シートの色に由来した『シルバーシート』説」にとってかわられたということか?
そりゃ、あやしげな「傑根宇曇」よりも、国鉄時代から「中の人の鉄道マニア」としても有名で、JRの社長・会長を勤めた須田寛氏の説の方が根拠としてもっともらしいわな。「トリビア」的な意外性もあるし。
「シルバー周遊券に由来しました」と言っても、意外性はないし、そもそも「シルバー周遊券とは何か」を説明しないと通じないし。
ただ、「シートの色に由来した『シルバーシート』説」も「諸説あります」の「諸説の一つにすぎない」とは言えるのではないか?
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あわせて、和製英語としてお年寄りのことを意味する「シルバー」の起源(時期)にも触れておく。
〈②老人(層)。〔略〕▽(2)は一九七〇年ごろから広がった日本での用法〉
分け入っても分け入っても日本語(2020年12月22日)「シルバー」「シルバーシート」 https://kangaeruhito.jp/article/29115
上記の事例から勘案すると、岩波国語辞典のいう「1970年ごろ」よりも前の、遅くとも「1960年ごろ」から広がったものと思われる。
問題の「チコちゃんに𠮟られる!」の「シルバーシート」の回は書籍化されてしまった。
シルバーシート命名の由来は「諸説あります」でもよいが、”「シルバーシート」の登場が、シルバーという言葉を高齢者たらしめたわけです”は、明らかに嘘と言ってよいだろう。
ただ、私や杉村氏がツイッターやブログで多少の物証をあげたところで、これをひっくり返すのは難しいだろう。
ちなみに正解は、白髪の色から…ではなく「1973年に電車の車内で初めて優先席が作られた際にシートに銀色の布が使われたから」。その席を“シルバーシート”と呼んでいたことから、“シルバー”自体が高齢者という意味で認識されるようになったのだという。
<初耳学>高齢者はなぜ“シルバー”?教え子からの超難問に林先生「ガチじゃん!」 https://thetv.jp/news/detail/205592/
このように「分かりやすく」「意外性のある」嘘がコピペしていくのだから。
「ボーっと生きてんじゃねえよ!」
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(余談)
国会図書館デジタルコレクションで見ていると「シルバーシート」というのは、元々は建築や農業用のシートの名前で使われていたようですね。
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