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2018年9月 2日 (日)

貨物新幹線の詳細な計画を国鉄新幹線総局OBが残していた

 「東海道貨物新幹線は世界銀行向けのダミー、ポーズだった」説に執拗に反論している私であるが、貴重な資料を収集したのでご披露申し上げる次第。

第13話=世銀借款

 

 この貨物問題に関しては、当初から国鉄側も頭を悩ませていた。技師長・島の頭には、のっけから貨物新幹線構想の「貨」の字もない。速度の違う旅客と貨物が同じ路線に混在するからこそ、東海道の輸送力がますます逼迫するのだ。(略)ハイウェイのように速度によって棲み分けさせることが新幹線の大前提である。しかし、国鉄内部にも根強い貨物新幹線論者が存在したし、なにより当時のアメリカでは、旅客輸送は「5%ビジネス」であった。鉄道輸送の95%は貨物であり、旅客はもっぱら自動車と航空機に移っていたのである。

 そこで、世銀への説明資料には、貨物新幹線の青写真も挟み込むことになった。将来は貨物新幹線も走らせたい・・・・・・という世銀向けの苦しいポーズである。当時のパンフレットや世銀向けの説明資料をみると、貨物新幹線のポンチ絵、つまり簡単な設計図が入っている。

 

新幹線をつくった男 島秀雄物語」髙橋団吉・著 小学館 193~194頁から引用

 この高橋団吉のような一面的な見方をする方は割と多くいらっしゃるのだが、その根拠としては島秀雄氏の「D51から新幹線まで」だったりするのだろう。島秀雄氏はこの中で下記のように語っている。

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (13)

 

 ところが、私が以前からブログにUPしているように貨物新幹線の実現に向けての現場の動きは着々と行われている。

 これについて実際に貨物新幹線を担当していた角本良平氏は、「角本良平オーラル・ヒストリー」において、下記のとおり述べている。

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (14)

 この辺の経緯は、かつて「貨物新幹線の経緯はどのようなものだったのか?~「角本良平オーラル・ヒストリー」を読む(その1)」にまとめたところだ。 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-6d9d.html

 

 ところで、この角本版の貨物計画について、詳細に記している国鉄職員の手記があった。

 当時、国鉄新幹線総局に勤務していた高橋正衛氏による「新幹線ノート」である。

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (1)

 ここに出てくる「開業準備委員会」は、

東海道新幹線開業準備委員会

 東海道新幹線開業後の運営に関する基本的事項及び工事過程における重要事項について総合的に調査審議するため、(昭和)37年10月設置した。

 

「昭和39年 交通年鑑」から

 ここで高橋氏が記述している場面は、十河総裁らが新幹線工事費不足等を原因に更迭されたことを受けて開業に必要(最小限)な範囲の工事範囲を議論しているものだ。新幹線の編成を6両編成にするような予算削減策も検討されたことがうかがえる。

 ここで「三、 旅客営業の開業に必要な主要設備とする。」という記載がある。つまり、「貨物は昭和39年10月の開業には含めない。」ということがここでオーソライズされたということではないか。

 よく「予算不足のため貨物新幹線は完成しなかった」と言われるが、その具体的な経緯がここに示されていると言えるのではないか?

 この後「新幹線ノート」の158頁にも「新幹線工事費の(略)最終予算額のなかに貨物輸送計画の予算は、一部貨物駅用地等の取得を除き含まれていない。」とある。

 例えば鳥飼貨物駅の用地買収費と、開通後に工事を行うことが困難な本線上空通過部分の構造物のみといった予算配分がなされたのではないだろうか?

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 ところで、東海道新幹線の建設誌(建設史)は、国鉄としての全体版がなく、各工事局毎にバラバラと出版されているのだが、これについても高橋氏は、全10巻(各500ページ)の東海道新幹線建設史の出版が部長会で承認されていたが、予算超過問題の中で無駄な出資を押さえるべきとの理由で中止され、後日各工事局で個々に発刊されることとなったとその背景に触れている。

 予算不足でできなかったのは、貨物新幹線だけではなかったのである。

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 閑話休題。貨物新幹線計画に戻ろう。

 高橋氏は角本氏から貨物輸送計画について聞き取りをしたり、資料を借りて書き写したりしている。それが「新幹線ノート」に掲載されているのである。

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (2)

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (3)

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (4)

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (5)

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (6)

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (7)

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (8)

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (9)

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (10)

 静岡の「抽木」は「柚木」の誤りであろう。

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (11)

 名古屋貨物駅の「日比津」は現在の車両基地である。当時の国鉄広報誌ではここも「貨物線用の工事」として紹介している。貨物新幹線用工事の名残は鳥飼だけではないのである。

 また、貨物新幹線は在来線とは直通できないわけだが、市中に「デポ(貨物取扱所)」を設けることでカバーしようとしていたということだろうか?

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (12)

 

貨物新幹線は世界銀行向けのダミーというのは嘘 (15)

 「M補佐」は、「角本良平オーラルヒストリー」に出てくる「貨物輸送設備・制度」担当の「森繁」氏のことであろうか。

新幹線総局

 島秀雄氏や高橋団吉氏のいうように貨物新幹線が世銀融資を獲得するための見せかけの方便にすぎないものであればこのような沈滞感は醸し出されないことであろう。

 世銀のためのダミーであれば、嘘をついた十河や島もいないし、何もせずに適当に世銀向けの言い訳だけ作っておけばよいはずである。

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 高橋氏が触れている貨物輸送計画であるが、運輸界1959年6月号「東海道広軌新幹線について」矢田貝淑郎(国鉄幹線調査室総務課) ・著 10頁にでてくるA案、B案、C案とは整合がとれていることを付言しておく。

昭和34年5月現在の貨物新幹線計画 (1)

 

昭和34年5月現在の貨物新幹線計画 (2)

 

昭和34年5月現在の貨物新幹線計画 (3)

 

昭和34年5月現在の貨物新幹線計画 (4)

 

 なお、高橋氏の「新幹線ノート」によれば、佐藤大蔵大臣がIMF年次総会に出席の際に世銀の意向を打診したのが1959(昭和34)年9月、島氏も触れる世銀ローゼン氏が来日したのが1959(昭和34)年10月であるから、この矢田貝氏が執筆した貨物新幹線の計画は「世銀に言われてでっち上げた」にしては時空を遡りすぎであることを申し添える。

 

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(関連記事)

阪神高速道路が直結するはずだった新幹線大阪貨物駅

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-d2af.html

東海道新幹線開通後の貨物新幹線に係る国鉄の取り組み等(貨物新幹線は世銀向けのポーズなのか)

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-a11f.html

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新幹線予算超過の経緯はどのようなものだったのか?~「角本良平オーラル・ヒストリー」を読む(その2)

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