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2019年12月15日 (日)

「いだてん」最終回記念~東海道新幹線東京駅乗入れと東京都、首都高との駆け引きをオーラルヒストリーから探る

 話題を呼んだNHKの大河ドラマ「いだてん」も今日で最終回だ。

 そこで、今回は

「東海道新幹線東京駅乗入れと東京都、首都高とがそれぞれ東京オリンピックに間に合わせるための駆け引きを関係者のオーラルヒストリーから探る」

 というやつをやってみよう。

 東海道新幹線が東京に乗り入れる際に、そのターミナルをどうするか?今の東京駅八重洲口に決まるまでに、皇居前とか新宿とかいろんな案があったのは、私のブログの読者様であればご存知だろう。

東海道新幹線東京駅乗入れに係る東京都や首都高との駆け引き (5)

 東海道新幹線建設を担当した国鉄東京工事局の横山浩雄氏は下記のとおり語っている。

東海道新幹線東京駅乗入れに係る東京都や首都高との駆け引き (3)

 当初は皇居前地下や新宿が有力だったが、営業の要望で東京駅八重洲口に決まった旨語っている。

 では、当時国鉄新幹線局で営業担当の調査役だった角本良平氏はどう語っているのか?

東海道新幹線東京駅乗入れに係る東京都や首都高との駆け引き (10)

 土木の技術屋が決めるのなら事業費の関係で品川だったかもしれないが、営業サイドは東京駅がよいと。

 ところで、角本良平氏はこんなことも語っている。

東海道新幹線東京駅乗入れに係る東京都や首都高との駆け引き (7)

 東京都から山田正男(当時東京都建設部長)が交渉に出てきたら、あと3年は余計にかかったのではないかと。

 いわゆる「山田天皇」である。なるほど難関であっただろう。

 では、当の山田正男氏はどう語っているのか?

東海道新幹線東京駅乗入れに係る東京都や首都高との駆け引き (6)

 実は、山田正男氏は、別口で国鉄と交渉していたのだ。相手は当時国鉄東京工事局長だった好井宏海氏。

 それもルートは、新宿から日本橋川を通って東京駅に入ると。そして日本橋川は首都高と新幹線の二階建てだというのだ。昨今、日本橋の景観を首都高が壊しているとして話題になっているし、「いだてん」でも触れられていたが、実際にはもっとどでかい構造物が日本橋川を覆う計画を立てていたのである。

 

 東海道新幹線も首都高速道路も、概ねの計画自体は、東京オリンピック決定前に決まっていたが、工事を実際にオリンピックに間に合わせることが厳守となるとまた現場の話は変わってくる。

 そんな国鉄と東京都・首都高との駆け引きを井上孝東大名誉教授(当時は首都高課長)が語っている。

東海道新幹線東京駅乗入れに係る東京都や首都高との駆け引き (1)

東海道新幹線東京駅乗入れに係る東京都や首都高との駆け引き (2)

 井上孝氏は、技術屋といっても「都市計画屋」さんなのだが、都市計画サイドからすると都心の一極集中を防ぐためには、東海道新幹線の東京駅乗入れは了解し難いと。国鉄の営業と土木のどっちの好みといった問題ではない。国鉄との「戦争」とまで言い切っている。

 一方、首都高が国鉄の営業中の線路をまたぐ場合は、「国鉄が首都高から工事を受託して、線路の上空部分だけは工事は国鉄が担当する」ことになっているが、国鉄は「年に1か所」くらいしかできないと主張するので、オリンピックに首都高の工事が間に合わない。

 で、都は「東海道新幹線の東京駅乗入れを認める」、国鉄は「頑張って首都高の受託工事をオリンピックに間に合わせる」という取引が成り立ったようだ。

 

 これで上手くいくかというとそれはそれで用地交渉の相手がいる話だ。前述の国鉄東京工事局の横山浩雄氏はこう語っている。

東海道新幹線東京駅乗入れに係る東京都や首都高との駆け引き (9)

 有楽町付近の用地取得は、東京都が区画整理によって捻出するはずだったが、到底間に合わないので、新幹線の高架橋を建設するのに支障となる「寿司屋横丁」の寿司屋の二階を切り取りながら新幹線の工事を進めたというのだ。

実際に国鉄で寿司屋横丁の交渉を担当した西川正典氏はこう語っている。

東海道新幹線東京駅乗入れに係る東京都や首都高との駆け引き (4)

 「寿司屋を見るのも嫌になった」と。

  

 そんな関係者の成果は、神奈川県公文書館のウェブサイトの「オリンピック東京大会会場案内地図」で見ることができる。

 https://archives.pref.kanagawa.jp/archives/detail?cls=09_collect_govtpubl&pkey=3199612281

 https://archives.pref.kanagawa.jp/archives/mediaDetail?cls=09_collect_govtpubl&pkey=3199612281&lCls=04_media_govtpubl&lPkey=G000004000&detaillnkIdx=0

 <出典>

  横山浩雄氏・西川正典氏 「東工90年のあゆみ」別冊

  角本良平氏 「角本良平 オーラル・ヒストリー」

 山田正男氏 「東京の都市計画に携わって : 元東京都首都整備局長・山田正男氏に聞く 」 

  井上孝氏 「都市計画を担う君たちへ」

  

<関連> 

  古市憲寿氏「東京五輪“負の遺産” 首都高とモノレール 五輪に間に合わせた急ごしらえの代償」を検証する。

  http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-97a48d.html

  前回の東京オリンピックの際の首都高速道路公団職員の声

  http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-422f.html

 

  なお、本当は日本道路公団もオリンピック関連事業として第三京浜道路を建設したが、多摩川を暫定二車線で渡る部分しかできなかった。

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