鈴木ケンイチ氏「首都高速道路や阪神高速道路が、高速道路ではないってどういうこと?」を検証してみた
Webモーターマガジンに、鈴木ケンイチ氏が「【クルマ豆知識】首都高速道路や阪神高速道路が、高速道路ではないってどういうこと?」https://web.motormagazine.co.jp/_ct/17268551という記事を書いていたので、ファクトチェックしてみた。
そもそも東京の首都高速道路と、東名高速道路をはじめとした都市と都市を結ぶ全国ネットワークの高速道路では、目的が異なっていた。
名称こそどちらも同じ1950年代に計画されたが、首都高速道路の建設はあくまでも都心部の渋滞緩和のためだった。直面する東京都心部の渋滞を緩和するために、なるべく早く作らなければならなかったのだが、終戦から10年の歳月で都心部はびっしりと建造物が立ち並んでいた。
建設用地を買収しようとすれば、時間も費用も莫大なものになる。そこで河川の上を走らせるアイデアが採用された。クネクネと曲がる河川の上を走るため、高い速度域での走行は無理ということで、最高速は60km/hに設定されたのだ。ちなみに計画は、戦前となる1930年代に発表された論文が土台となっていた。
「首都高の制限速度が60キロの区間が多いのは、河川の上を走るから」という俗説は、割と信じられているのだが、ダウトだ。
鈴木ケンイチ氏が「1950年代に計画された」「ちなみに計画は、戦前となる1930年代に発表された論文が土台となっていた。」「首都高速道路の計画が決まったのは1959年のこと。」としているあたりを時系列でざくっと整理してみると下記のとおりである。
「都市計画を担う君たちへ 」井上孝 [述],井上研究会 編 86-87頁から引用
鈴木ケンイチ氏が言うように「クネクネと曲がる河川の上を走るため、高い速度域での走行は無理ということで、最高速は60km/hに設定されたのだ。」となるのか、それぞれ当てはめてみたい。
結果はこうだ。
河川の上を走る今のルートが決まったのは1957(昭和32)年だが、時速60キロと決めたのは、1953(昭和28)年であり、その際のルートは河川の上を走るものではなかった。
実際に資料を見てみよう。
「首都高速道路公団参考資料 」11頁から引用
1953(昭和28)年の段階で、「最高60粁/時、最低60粁/時を標準とする速度を保持し得るよう設計すること」とあるのが分かるだろう。
そして「尚首都高速道路は五本の路線よりなり総延長49粁である」とある。鈴木ケンイチ氏の言が正しいのなら、ここの段階で河川の上を走っていなければならない。
現実は、残念でしたと申し上げるしかないのである。この段階ではまだ河川の上ではなく、市街地をまっすぐ走る構想であった。にもかかわらず「最高60粁/時」なのである。
現在の河川の上を走る構想は、1957(昭和32)年の「東京都市計画高速道路調査特別委員会」だが、その際に示されたのが下記の図面である。
ちなみに、河川の上を走る割合は約41%とのことである。「首都高が遅いのは河川の上を走るせい」にされがちだが、実際は約6割は地上を走っている。
--------------------------------------------------------------------
ということで、鈴木ケンイチ氏の記事がダウトということは皆様お分かりになったと思うが、では何故首都高速道路等の都市高速道路の最高時速は60km/hとされている区間が多いのだろうか?(実際には湾岸線等は80km/hだったりもするのだが)
これについては、以前私は「東京新聞福岡範行記者「首都高は『高速』にあらず?→『自動車専用道路』です」を検証する。」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/post-f8a8.htmlで整理しているので再掲してみよう。
--------------------------------------------------------------------
二 東京都市高速道路の性格
此の高速道路は主として東京都内の外周部一帯から発生して、都心部に流入する膨大な都市内交通量に短時間で、円滑に処理するために、一般の街路とは分離して設けられる平面交叉のない自動車専用の高速道路である。簡単に申せば、都市内交通のための高速道路であり、能率的な都市内の平面交差点のない立体道路である。それ故高速道路網の組み方も主要な放射幹線を各方面(八方向)に配置してあるのである。東京の高速道路も各都市間を連絡する、遠距離道路との連絡も一応考えてはいるが、あくまでもそれが主目的ではないのである。したがって諸外国において既に数多く建設されている所謂高速道路とは大分趣を異にしておるのである。
三 東京都市計画都市高速道路網計画
東京の全般的交通処理方策にもとづき、この都市高速道路は環状六号線以内の平面の幹線道路の交通能力を補うのが目的であって、高速度そのものが直接の目的ではない。いわば交差点のない道路をつくろうということである。したがって、設計速度は60粁/時度とした。
「東京の都市高速道路の其後」 新都市1959年1月号 岩出進(東京都建設局都市計画部技術課計画第二主査・当時)
※旧漢字は引用者が修正した。
都市高速道路という高速道路は、 これは名神高速道路とか東名高速道路とかいう高速道路とは違うのであります。 スピードをあげるための高速道路ではないのであります。先ほども申し上げましたように、平面の道路だけでは処理できないから、土地を空間的に使う,立体的に使うわけです。そのための道路です。また平面の道路は交通能率が非常に悪い。悪いのは交差点があるからだ。そこで交差点を立体化しよう。ところが都市内の交差点は連続しておりますから、一連の連続している交差点を立体化してみたところが、 これは高架の道路になった。あるいは掘割式の道路になったというのが都市高速道路であります。そこで私どもはこんな道路にスピードを期待する必要がないわけでございます。時間的スピードはもちろん期待はしておりますが、物理的な速度は期待する必要がない。そこで設計速度平均 60 km とこういうことにいたしておりますが、もう一つこの都市高速道路の特長となることは、これは長距離の高速道路と違いますから、長距離を短時間で結ぶのではなくて、その道路の流域から最能率的に交通をそこに吸収することが使命でございます。道路を作りましても、使わない道路を作っても能はないわけでございます。なるべく使い易くしてやる必要がある。首都高速道路の計画をごらんになりますと、曲りくねっている。これはまあ、まっすぐに作りにくい市街地がすでにできておることもございますが、曲った方がそれだけ流域面積がふえるわけでございます。道路の流域面積がふえるということは道路利用価値が上がるということです。そういう意味で もっとも曲がっていることをはずかしいとは思っていないわけでございます。曲がった方がいい場合が多々あるわけです。
「東京都の都市計画について」昭和38年トヨペットマネジメントスクールにおける講演要旨 「時の流れ・都市の流れ」 山田正男(東京都整備局長・当時)
市街地に於いては主要な交叉点を立体化しようとすれば、結局高架の道路となる。従ってこの都市高速道路は、名古屋-神戸間の高速自動車国道のような長距離的な道路とは根本的に違う。これは平面街路の交通能力の不足を補うものである。従ってスピードも100キロ、120キロを要求する必要はなく、60キロで結構だと思う。
「都市高速道路を中心とした東京都の道路政策」昭和33年 「時の流れ・都市の流れ」 山田正男(東京都整備局長・当時)
--------------------------------------------------------------------
如何だろうか?
鈴木ケンイチ氏は「そもそも東京の首都高速道路と、東名高速道路をはじめとした都市と都市を結ぶ全国ネットワークの高速道路では、目的が異なっていた。」と書いている。
惜しい!そこをもう一歩踏み込めば鈴木ケンイチ氏もライターとして成長できたはずだ。
目的が違うから最高速度も違うのであった。
--------------------------------------------------------------------
ところで、このwebモーターマガジンの記事では、このようにも語っている。
曰く「東京を中心とした「首都高速道路」や近畿地方の「阪神高速道路」、愛知県の「名古屋高速道路」など、名称に“高速道路”とついた有料道路は数多い。しかし、ここで挙げた3つを含む都市高速道路を正確に言うと“高速道路ではない”という。」
ここで、法律を見てみよう。
高速道路株式会社法
(定義)
第二条 この法律において「道路」とは、道路法(昭和二十七年法律第百八十号)第二条第一項に規定する道路をいう。
2 この法律において「高速道路」とは、次に掲げる道路をいう。
一 高速自動車国道法(昭和三十二年法律第七十九号)第四条第一項に規定する高速自動車国道
二 道路法第四十八条の四に規定する自動車専用道路(同法第四十八条の二第二項の規定により道路の部分に指定を受けたものにあっては、当該指定を受けた道路の部分以外の道路の部分のうち国土交通省令で定めるものを含む。)並びにこれと同等の規格及び機能を有する道路(一般国道、都道府県道又は同法第七条第三項に規定する指定市の市道であるものに限る。以下「自動車専用道路等」と総称する。)
高速道路株式会社法第2条第2項第2号の「自動車専用道路等」に、首都高速道路は該当する。
そして、それは「高速道路」と定義されているのである。
何をもって「正確に言うと」とするかは、いろいろ基準があると思うのだが、少なくとも現在の日本の法律では、首都高速道路は「高速道路」である。
よっぽど調べてガチガチに定義付けするのならともかく、迂闊に「実は首都高速道路は高速道路じゃないんだよ」等と言うと恥をかきかねないのでご注意を。
※「首都高速道路は高速自動車国道じゃないんだよ」と言うのは正しい。
※高速自動車国道でも、中央道の高井戸~三鷹料金所間のように最高時速60km/hの区間もあるので、速度だけで定義するのはあまり簡単ではない。
--------------------------------------------------------------------
(参考記事)
「高速道路」と「自動車道」の違いについて(その1)
http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-ffea.html
佐々木俊尚氏の「高速道路は基本100kmh制限です」ツイートを整理してみる
http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2018/02/100kmh-4ecd.html
| 固定リンク | 0
« 「有料道路踏切」と「有料道路前踏切」に行ってきた | トップページ | 西武新宿駅は、元々地下鉄乗換えを考慮して地下に設置する構想だった~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(17) »
「道路」カテゴリの記事
- 上越新幹線燕三条駅と北陸自動車道三条燕ICの命名経緯を検証する(2023.06.24)
- 毎日新聞【⿊川晋史記者】「五輪が来たニッポン︓1964→2021 都市の姿、環境優先へ」とプロジェクトX「空中作戦」(2021.08.08)
- 階段国道339号に公共交通機関(JR津軽線と路線バス)で行く方法(2021.05.03)
- 階段国道339号にまつわる謎にチャレンジしてみた(2021.05.02)
「暗渠・水路」カテゴリの記事
- 新宿西口甲州街道交差点 なぜ南側の一角だけビルの背が低いのか等を登記簿から探る(2021.05.01)
- 『首都高が日本橋の上を通るにあたって、当時の技術者は「苦渋」「冒瀆」と感じた』と土木学会や佐藤健太郎はいうけれども本当だろうか(2020.11.23)
- アマルフィの13世紀の暗渠(暗渠のせせらぎが聞こえる動画あり)(2020.09.21)
- 中央道建設反対の背景に、石川栄耀の戦中の遺産?亡霊?「防火保健道路」があった?(2020.05.16)
- 福川裕一千葉大名誉教授監修の「ニッポンのまちのしくみ」が酷い(2020.02.07)
コメント