「東北・上越新幹線の大宮以南の速度が時速110キロに抑えられているのは、「プロ市民」のせいだ。」
と憤るネット正義マンの方は多く見受けられる。
ところで、畑和埼玉県知事(当時)は、後にこのように語っている。
国鉄からは、大宮-上野間は相当路線が曲がりくねっているので速度はせいぜい110キロが限度という話を聞いていたので、速度110キロ地点を調べたら、騒音はたいしたことはなかった。これで私も、やっと大丈夫だ」という確信を持った。この結果をもとに、その年(引用者注:1977年)の12月県議会の答弁の中で、通勤新線の建設、全列車の大宮駅停車、環境基準の達成、新交通システムの実現という打開のための四条件を提示した。
日本経済新聞「私の履歴書」 1986年10月30日付「新幹線建設-国と住民の板ばさみ」畑和 から引用
では、国鉄の言い分はどうか?
東北新幹線工事誌 上野・大宮間 880頁から引用
平仄はとれている。
実際にはどんなものなのか?国鉄東京第三工事局が作成した図面で確認してみよう。
画面構成上縦長で展開すると下記のとおりである。スマホやタブレットでご覧いただいている方は画面を横にしていただければ。
とはいってもPCでは横にするのも大変なので、PCの方は下記をどうぞ。
カーブの連続具合がお分かりであろうか?東京~大宮間では、殆ど直線が無いような感じである。
ちなみに、この図面に添付されていた標準の建設基準がこちら。
最小曲線半径が4000mとされているところを、大宮以南は半径600mや800mで走っているのである。
「じゃあ、”プロ市民”が反対しなければ、速度は出たのか?」ということだが、私はしがない文系事務職なのでそんなことは分からない。
だが、以前Twitterでお詳しい方にいろいろ見解を頂戴したので、その辺は下記をあわせてご覧いただきたい。
「東北新幹線 東京駅-大宮駅間は、東京都民との110キロ規制の和解がなければスピードアップできるのか?」
https://togetter.com/li/1207624
ちなみに、大宮以北となると、標準どおりの半径4000mとなっている。
ぶっとばしている栃木県内だとこんな感じ。
大宮以南とは全く線形が違うことがお分かりであろう。
勾配(縦断線形)については、東北新幹線工事誌から引用しておこう。
標準の最急勾配が15パーミルのところ20や25パーミルといった数字が見てとれる。
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では、なぜこんなに急カーブが多いのか?
「上野~大宮間建設工事の概要」藤田 昌宏(日本国有鉄道新幹線建設局工事課) から引用
https://www.jstage.jst.go.jp/article/coj1975/23/4/23_6/_pdf/-char/ja
「住宅密集地を避けてルートを選定したため、急カーブの連続となった」としている。これは「プロ市民」のせいではない。
本来は、東北新幹線の大宮以南は地下を延長約10キロの南埼玉トンネルで抜けるはずだった(そして、地下ルート公表後に現在の高架に変更したから更に地元がこじれた)ということをご存知の方はいらっしゃると思うが、国鉄の東北新幹線工事誌に掲載された変更前後の図面が下記のとおり。
国鉄が当初のとおり地下に南埼玉トンネルを掘っていれば、もっと真っすぐな線形だったのである。
「運輸関連施設の円滑な実施のための条件分析調査」財団法人運輸経済研究センター・刊
ここからは、当初の南埼玉トンネル案でいけば、「最小曲線半径4,000m、速度210km/時」で走れた可能性があるが、高架(ここでいう「新提案」)になると規格が落ちて110km/時となったことが分かる。
当時の報道も確認してみよう。
読売新聞1980(昭和55)年1月12日付夕刊
「旧ルートと違って変更ルートは、カーブの多いのが特徴。沿線の小、中、高校などへの騒音公害を少なくしようとルートを曲げたためで、東京-大宮間は時速110キロ以上の高速走行はできなくなる。」
当初の計画どおり地下のままなら真っすぐ線路を引けたのだが、国鉄の都合で地上に出た結果、学校を除けざるをえなくなりカーブが増えて速度が落ちたのだ。これは国鉄の責任であって地元の責任ではないだろう。
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では、東北新幹線の最高速度時速110キロというのは、どんな形で決められているのか?
今度は、お役所的な公文書の世界でも確認してみよう。
下記は、国鉄が東京都に提出した公文書だ。
「西日暮里・荒川間」というのは、国鉄東京第三工事局の東京都内の担当区間という意味だ。
ここでも「急カーブ急勾配が多いので110km/h以下である」と、国鉄が東京都に公文書で申し入れているのである。
もっとかみ砕いていうと、「東北新幹線は線形上110キロ以上でないので、環境は守られるので、工事させてください」と国鉄が東京都にお願いをしているのだ。
ついでに、「新幹線よりうるさい埼京線(通勤新線)」についてもこの文書では触れていて、
「新幹線とほぼ同程度」と説明している。このお約束が守られているか「万全を尽くした」のかはまたおって。
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東京都北区住民と国鉄との間の訴訟に伴う和解条件については、東北新幹線工事誌には下記のように掲載されている。
「プロ市民との不当な和解で東北新幹線は110キロに抑えられている」と憤る方も見受けられるが、前出の国鉄からの東京都へのお願い文書を「おさらい」しただけであると言える。
また、「こんな不当な和解は破棄してしまえ」とおっしゃるかたも見受けられるが、これは「訴訟上の和解」なので、確定判決と同様の効力を持つのである。勝手に破棄などできない。国鉄がそういう形の和解を自分の意志で選んだのだ。
なお、和解条項の3で在来線の騒音についても触れられているが、埼京線でそれが遵守されているかは??
あわせて、東京都住民側のこの和解についての声明も添えておこう。
「被害を未然に防いで」北区新幹線対策連合協議会・編 149頁から引用
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東京都内だけではなく、埼玉県内でも住民に同様の説明をしている。
「新幹線を「ノー」といった人たち-与野市における新幹線反対運動の足跡-」与野市新幹線対策住民委員会・編 142-143頁から引用
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また、国会ではどう答弁しているかもあわせて見てみよう。
1980(昭和55)年5月9日 衆議院 公害対策並びに環境保全特別委員会
○野口(幸一)委員
現に、東北新幹線の場合における新聞発表では、こういうことをお述べになっております。大宮-東京間においてはおよそ百十キロ程度で走らせたい、このことによって沿線住民の同意を得たいということを当局が言っておられます。最高速度を時速百十キロに抑える、上野駅を新設する云々、以下こういう条項があるわけであります。そうすると、後からできるところの沿線住民については、そういう沿線住民の福祉、騒音対策というものに対しては非常に考慮を払われるが、もうできたところはほっておけ、こういうことになるわけですか。そういった矛盾は全国の各地で起こるじゃありませんか。
○従野(武邦 日本国有鉄道環境保全部長)説明員 まず、先生御指摘の東北新幹線ではというお話に対してお答えをしたいと思います。
大宮から南につきまして、確かに速度が遅いということで建設されているわけでございますが、これはあくまでも地形状況、その他の諸要素から、線形上どうしてもそれ以上スピードを出せないという面があるということでございまして、これはたとえば東京で言えば、東京から多摩川の間というようなものと合致しているわけでございまして、その辺の御理解を賜りたいと思います。
と国鉄環境保全部長も国会で「これはあくまでも地形状況、その他の諸要素から、線形上どうしてもそれ以上スピードを出せない」旨答弁している(つまり、沿線から反対されたからではない)ので、東北・上越新幹線の利用者の皆様も「その辺の御理解を賜りたい」。
東京都内における速度規制についても、国鉄は国会で下記のように答弁している。
1985(昭和60)年3月8日 衆議院 予算委員会第七分科会
○横江(金夫)分科員 私はその辺についても議論したいのですが、時間がございません。
家屋に起きる衝撃対策、環境基準等は実際に表ではかるものなんです。それから今七十ホン対策については全然一言も触れられていません。七十ホン対策については全く手が届いていないのです。だから、その意味合いから言うと、実際に今の国鉄の技術はすばらしいと思いますけれども、環境庁の甘い指導、そうじゃなしに、国鉄と住民との関係でございますから厳しい姿勢でやっていただきたいということを強く要望してまいりたいと思いますが、今お話しのように、環境基準そのものが達成されることは非常に不可能だという中におきまして、名古屋市会において、御案内だと思いますけれども、新幹線公害の全面解決に関する意見書を、これは自民党から共産党まですべて一致して採択いたしました。もう時間がありませんから読み上げませんけれども、この中では、国鉄は新幹線公害防止のため防音装置の設置及びレールの重量化等発生源対策の実施並びに民間防音工事の障害防止には対策を講じてきた、これは確かに認めます。しかし、六十年七月の新幹線騒音に係る環境基準達成のためには十分なものとは言えない、非常に穏やかな言い方ですが、言えない。先ごろ東北・上越新幹線が通過する東京都北区において沿線住民との間に環境基準の達成等を内容とした和解が成立しているわけなんです。だから、速やかに名古屋市は全面解決を見出すために自主的に請願、意見書でもって、市民総意の中でぜひ早く解決をしてくれという採択をしたわけです。技術的な問題はさることながら、東京の北区でこの新幹線について上野乗り入れ等の問題がございましたけれども、一応解決はいたしました。東京でできて名古屋でできないというのはあり得ないと私は思います。一番自然なのは、加害者である国鉄と被害住民とが直接話し合いの中で、ほかのすべての者の介入なしに直接話し合いの中で解決することが一番妥当だ。東京にはいろいろな事例、事実があると思いますけれども、この名古屋において話し合いによる解決を強く私はまた住民は望んでおりますが、総裁はいかがにお考えになってみえますか。
○岡田(宏・国鉄常務理事)説明員 今先生からお話がございましたけれども、それにお答え申し上げる前に一言申し上げておきたいと思います。
いわゆる北区における東北新幹線の問題につきまして、これは騒音につきましては環境基準、振動につきましては環境指針を努力目標値として達成を図るということを申し上げているわけでございます。また速度につきましては、線形の関係上百十キロ以上の速度は出せないということを確認したということでございまして、騒音問題あるいは振動問題に基づいて減速をするといった趣旨ではないということをお断り申し上げさせていただきたいと思っております。
それから、今の話し合いしたらどうだというお話につきましては、私どもといたしましても、原告団の方々、被害者の方々と直接お話し合いをすることにつきまして決してかたくなに拒んでいるつもりはないのでございます。現に、第一審の判決の言い渡しがありました五十五年九月以降少し話し合いをしていこうではないかというお話がございまして、いわゆる名古屋テーブルと申しておりますけれども、そういったことでこの判決以降今までに三回にわたるお話し合いをいろいろさせていただいている。しかしながら、実態的に見ますと、そこでどういう議題を取り上げるかという出入り口で整理がつかないということで、事実上なかなかお話し合いが進展していないということはございます。
まあ、「沿線に言われたから速度を落としました」と言うと、上記答弁を見ても分かるとおり、名古屋等に波及するから死んでもそうは言えないという事情も上記答弁から見てとれるけどね。そういう意味では、東北・上越新幹線ユーザーは名古屋新幹線訴訟の捨て石になったわけですな。
騒音縛りにすると全国に波及しちゃうけど、「あくまでも地形上、線形上どうしてもスピードが出せない」だとここだけに限定できるんでしょうね。東海道新幹線のスピードを落とさないために、東北・上越新幹線にはスピードの縛りをつけたと。
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ところで、下記は、紛争中の1979(昭和54)年12月18日付読売新聞に掲載された国鉄側の主張である。
国鉄東京第三工事局の坂本真一次長は「大宮市から南はカーブや急こう配があって110キロのスピードでしか走れない」「とにかく国鉄を信用してほしい」と語っている。
では、国鉄は信用に値するのか?
この記事では、複数の国鉄文書で「線形上110キロしかでない」と書いているということを紹介してきたが、違う書き方をしているものもあるのだ。
「急カーブが多く当面最高速度が110km/hとなっている」
「最高速度 当面110km/h」
「列車速度 当面 最高速度110km/h 将来 最高速度160km/h」
これらの出典は、「東北新幹線:上野大宮間電気工事誌」日本国有鉄道東京電気工事局・東京システム開発工事局編(昭和61年2月発行)である。
国鉄東京第三工事局長が公文書で「急カーブ急勾配が多いので110km/h以下である」と東京都に提出し、
国鉄東京第三工事局次長が新聞のインタビューで「とにかく国鉄を信用してほしい」と語る一方で、
国鉄東京電気工事局・東京システム開発工事局は「列車速度 当面 110km/h 将来 160km/h」と書いているのである。開通後に。
ここで、このブログの以前の記事も思い出していただきたい。
「 JR東海が静岡のリニア水涸れ問題で約束を守るかどうかが話題ですが、国鉄須田寛常務(現JR東海相談役)が東北新幹線で埼玉県にどう対応したかを見てみましょう」
http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-0a9c65.html
この記事の冒頭で紹介した畑和埼玉県知事(当時)の四条件の1つである「全列車の大宮駅停車」に対する、須田寛国鉄常務(当時)の国会での答弁がこれである。
○須田説明員 埼玉県の皆様方から大宮全列車停車ということが、工事に関係いたしまして非常に強い御要望があったことは承知をいたしておりますし、当方が現地で地元の皆様方にそういったいろいろお話を申し上げる中で、大宮につきましては全列車停車可能な構造になっていることはこれは事実でございますし、今も可能なわけでございますが、そういうことを御説明いたします過程で、あるいはそういう御印象を与えたことがあったかということは必ずしも否定をいたしません。
ただ、やはりその後のいろいろ列車のダイヤを考えてまいります中で、どうしても今申し上げましたようなことで、東北・上越新幹線全体として一番効用の高いダイヤというものを考えました中で、御案内のようなことになった次第でございますので、いろいろそういうふうなことで誤解を与えたりあるいは御説明のまずかった点は、これはおわび申し上げなければいけないと思いますが、何とぞ御理解をいただきたいというふうに考えます。
「とにかく国鉄を信用してほしい」の結果がこれなんである。
「新幹線とほぼ同程度」のはずの埼京線の騒音問題も同根なのだろうか。
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(余談)
「埼玉県のプロ市民のせいで東北新幹線の開通が/速度が遅くなった」と憤る方がいらっしゃるが、
埼玉県民が和解して工事が進んだ後も、最後までルート上の赤羽八幡神社に団結小屋を建てて抵抗したのは東京都民なので、ご参考まで。
1984(昭和59)年10月4日付読売新聞から
埼玉県民はこんな「団結やぐら」まで建てていない。東京都民だけだ。
https://www.jreast.co.jp/press/2018/20180507.pdf
今般、東北新幹線の埼玉県内が110km/hから130km/hに最高速度向上されるという記者発表があったが、荒川以南の都内区間は110km/hになっているのは、上記の和解条項が影響していることが考えられる。北区議会の議事録を読むと、北区に対してもJR東日本は同様の速度向上の打診をしていることは明言されている。にもかかわらずなんである。
ということで、今後は東京都が沈む順番だな。
もともと東京都北区は区をあげて東北新幹線に反対していた。一部サヨクとかプロ市民だけではない。
「左翼の美濃部都知事のせいで、東北新幹線は遅れ、成田新幹線は開通できなかった」という方もいらっしゃるが、それぞれ反対運動の先頭に立った小林北区長も江戸川区長も「土着保守」政治家である。(成田新幹線に反対した沼田千葉県知事も保守。)
新幹線建設の「最後のカベ」は東京都民だったということで、この記事はおしまい。
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