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2020年3月に作成された記事

2020年3月31日 (火)

国鉄が東北新幹線反対派を誹謗中傷するビラを社内配布し、謝罪したが、地元との交渉のパイプが切れてしまった件

 「東北・上越新幹線の大宮駅以南の開業が遅れたのはプロ市民が反対したからだ」

と憤るネット正義民の方がいらっしゃる。

 中には「活動家」と呼ぶ方もいる。

 

 ところで、工事が遅れたのは住民側だけではなく、国鉄側にも責任がある大失策もあったという件のご紹介でも。

 それも、ネットなんちゃらの如く、国鉄の中の人が、沿線住民の方を「活動家」呼ばわりしたせいで。

国鉄による東北新幹線反対派誹謗中傷ビラ事件

 1974(昭和49)年9月18日付朝日新聞によると、東北新幹線工事を担当する国鉄東京第三工事局内で、反対派住民に対して「反対派は、革命、金、売名、選挙が目的だ」というビラを作成して社内で供覧していたというもの。

 なんで、そんな一文の得にもならんことをしたのか理解に苦しむが、国鉄の内田隆常務理事が住民側に陳謝して、「一応ケリがついた」と報じている。

 

 ところが「ケリ」はついていなかったようである。

国鉄による東北新幹線反対派誹謗中傷ビラ事件2

「運輸関連施設の円滑な実施のための条件分析調査」 財団法人・運輸経済研究センター・刊 43頁から引用

 折あしく「新提案(当初の南埼玉トンネル案を変更して高架にするもの)」を地元に提示して、事態が膠着している時期にわざわざ追加の炎上ネタを提供したわけだ。

 内田常務理事が陳謝したまではいいものの、「その折りになされた説明に出向く旨の約束が結果的に食言化し、国鉄と住民のパイプが切れてしまうこととなった。」とある。

 

 国鉄幹部が現地に説明に行くという約束を実行できないものだから、現場の担当も「それより、いったいいつになったら局長さんは説明に来るのだ?」と問われたりして地元に出入りしづらくなって、結果として交渉パイプが切れてしまったということか。

 こういう国鉄の失策による工期の延期みたいなのは、国鉄の工事誌には載らないもんな。

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 ところで、ネット上では「左翼プロ市民」といった用語を安易につかうアンポンタンが見受けられるが、例えば戸田市の反対運動の構成はこんな感じだったらしい。

新幹線反対運動はプロ市民か

「運輸関連施設の円滑な実施のための条件分析調査」 財団法人・運輸経済研究センター・刊 35頁から引用

 

 「古くから住む地付きの保守派」、代々の地主層ということか。

 「あんなところは埼京線が走る前はたいして家もなかったくせに何が住民運動だ」という見方は誤りで、宅地開発される前の地主層を怒らせたということなのだろうか。

 

 これは、成田新幹線の反対運動も同様だ。東京都江戸川区の成田新幹線反対運動を評した記事がこう語っている。


 広い土地を持つ元農家など、反対運動に参加している「住民代表」は、ほとんど地元の有力者。「役所と有力者の組合せでは、ほんとうの住民運動とはいえない」と疑問を投げかける人もあり、下町特有の土地柄に根ざした住民パワーといえる。

 

「広がる不信感”新幹線公害”」溝部忠増・著 地方自治職員研修第5巻第7号 特集「新幹線その建設の問題点を衝く」 35頁から引用 

「ほんとうの住民運動とはいえない」と言われても、地主層からすれば、「俺らこそが本当の江戸川の住人だ」ということだろう。

 「プロ市民」による住民運動というと、都市部のリベラル(サヨク?)系の新住民が起こしそうなイメージがあるが、戸田市や江戸川区はそうではなく、地付きの保守層旧住民の利害に不用意に触れた故の「住民運動」ということか。

 成田新幹線は、せっかく保守地主層が長年作り上げてきた江戸川区の区画整理事業地に事前調整をつけずにいきなりぶち込んできたのだから。

 江戸川区の成田新幹線反対運動

「国は重大な誤りを犯している」中里喜一・著 地方自治職員研修第5巻第7号 特集「新幹線その建設の問題点を衝く」 27頁から引用 

 この江戸川区葛西に建つ成田新幹線反対の立て看板も後ろは無人で反対する者は「葛西土地区画整理組合」であることが象徴的だ。 

 反対運動の先頭に立った江戸川区の中里区長(当時)も、そのような人の利益を代表するような「地付き保守政治家」だ。上記の「広がる不信感”新幹線公害”」の記事には「区を思う名主さま。下町の政治家に多い、よくも悪くも古いタイプ」とある。

 

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東北新幹線よりも埼京線がうるさいのは正当なのか検証してみる

 例えば、Twitterで「埼京線、新幹線、騒音」と検索してみると、下記のようなツイートが上位に出てくる。

 この辺りの経緯はどうなっているか検証してみる。

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 埼京線(通勤新線)が、東北・上越新幹線を受け入れる代償とされていることについては、私のブログの読者には説明不用であろう。(尤も、国鉄は東北貨物線の旅客化等の増強策は検討していたし、埼玉県は都営地下鉄三田線の北進を検討していたので、埼京線が突然代償として湧いてきたわけではない。)

 しかし、埼京線の騒音が東北・上越新幹線よりもうるさいことについて上記のように揶揄するものが多い。

 実際にはどうなのか?試しに東京都の測定結果を見てみよう。

埼京線と東北新幹線の騒音 (7)

埼京線と東北新幹線の騒音 (8)

 都内での埼京線の騒音の測定結果は上記のとおりである。ちなみに当時の電車は後掲のように205系であり、開通当初の103系の頃は更にうるさかったものと推測される。

 では東北新幹線との比較ではどうか?

 東京都が同一の場所で測定した結果を比較してみよう。

埼京線と東北新幹線の騒音 (9)

埼京線と東北新幹線の騒音 (10)

埼京線と東北新幹線の騒音 (1)

 なるほど、東北新幹線よりも埼京線(205系)の方がうるさかったことがデータで確認できる。

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 では、建設当時に国鉄は地元自治体へどのように説明したかを見てみよう。

 ここでは、東京都へ国鉄東京第三工事局が公文書で申し入れたものを見ていく。

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (14)

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (3)

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (5)

埼京線と東北新幹線の騒音 (6)

 国鉄は、東京都に対して「通勤別線の騒音・振動は、新幹線と同程度のものになる」と説明している。だから環境を守れるので工事させてくださいという位置づけの文書である。

 

 埼玉県ではどうか?

埼京線と東北新幹線の騒音

「東北・上越新幹線問題関連年表」畠中宗一・編 沖縄コレギア研究会・刊 33頁から引用

 

 戸田市には「通勤新線との複合騒音公害は基準以下を保つ

 浦和市議会には「通勤新線との併設で公害(騒音)はどうなのか」という質問に対して「両線とも70ホンづつで、併設すると3ホンのアップになる。しかし110kmなら70ホンでいける

 とそれぞれ説明している。

 

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 東北新幹線の騒音については、東京都民が提起した訴訟の和解で時速110キロと定められているが、埼京線についてはどうか?

埼京線と東北新幹線の騒音 (12)

「東北新幹線 上野・大宮間工事誌」から引用

 新幹線とは異なり、在来線については具体の数字は入っていない。

 これについて、東京都民側は下記のように説明している。

埼京線と東北新幹線の騒音 (4)

 「被害を未然に防いで」北区新幹線対策連合協議会・編 29頁から引用

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  浦和市議会に説明した「70ホン」は、とうてい遵守できていなかったとみられる。

  では、沿線住民は抗議しなかったのか?

埼京線と東北新幹線の騒音 (2)  

 「新幹線を「ノー」といった人たち-与野市における新幹線反対運動の足跡-」与野市新幹線対策住民委員会・編 148-149頁から引用

 埼玉県与野市(現・さいたま市中央区)では、国鉄に抗議し、国鉄は「誤算であったこと」を認め、車両整備等の対応をさせたという。 

  

埼京線と東北新幹線の騒音 (5)  

  「被害を未然に防いで」北区新幹線対策連合協議会・編 30頁から引用 

  また、東京都北区での交渉経緯について興味深いのは、国鉄民営化に伴い、環境問題について約束した当事者である国鉄東京第三工事局が交渉する当事者能力を失い、うやむやにされてしまったという点である。

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 このような流れからすると、埼京線が東北新幹線よりうるさいのは、当初の国鉄の約束をやぶってorなあなあにしていることが問題であろう。

 

埼京線と東北新幹線の騒音 (11)

1979(昭和54)年12月18日付読売新聞から

 建設当時に、東京都北区の住民が「国鉄は”環境は守るから”とだまし、開通させてしまえば”多少のオーバーは我慢しろ”という」と危惧したとおりになったわけである。

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 ところで、埼京線の地元東京都北区議会で興味深い問答が行われているのでご紹介したい。 


平成14年  6月 定例会(第2回) 06月19日-07号 

 

◆三十七番(中川大一君) 

 私は、大きく分けて二点について質問いたします。

 その第一は、新幹線及び在来線の環境問題等についてであります。 そもそも、東北・上越新幹線問題は、一九七一年に工事実施計画が許可され、翌年の一九七二年九月八日には、区民、区議会、北区の三者が一体となり、新幹線現在計画反対区民協議会を結成し、北区の総力をあげた、公害に反対し生活環境を守る大運動がスタートいたしました。


 その後、幾つかの曲折はありましたが、当時の国鉄が、住民や北区、北区議会に多くの約束をしたことによって、通勤別線、つまり、埼京線と併設で供用が開始されました。


 特に、環境問題について言いますと、北区新幹線対策連合協議会が、六年に及ぶ工事差止訴訟の中で、一九八四年十月三日に、東京地裁において、六項目の和解として成立したのであります。


 その主な内容は、一つに、騒音については七十ホン以下、振動については七十デシベル以下、北区内における列車速度は時速百十キロメートル以下とする。二つには、在来線の騒音振動対策としてロングレール化、レールの重量化、枕木のコンクリート化、ゴムパットの使用及び鉄桁対策等に努力するとともに、各種発生源対策の技術開発に努めるなどとなっております。


 この和解は、新幹線及び在来線鉄道について、住民と国鉄との間で取り交わされた全国初の公害防止協定であり、事実上、裁判の判決と同じ重みをもつものであります。


 その後、経営体がJR東日本に変わりましたが、和解内容を守る義務は継続しており、協定を一方的に破ることは絶対に許されないことは明瞭であります。


 これらの経過を踏まえ、今、北区政に求められているのは、新幹線の騒音、振動、速度など、その約束が全面的に守られてきたのか。科学的な検証が必要であります。特に在来線の騒音、振動対策は、その発生源対策の技術開発にも立ち入って到達点を検証することが重要であります。

(略)

 

 

 

◎生活環境部長(谷川勝基君)

(略)

 次に、在来線の速度、騒音、振動測定と、対策の検証につきましては、新設線や大規模改良線の指針を除きまして、在来線につきましては、環境基準等が設定されておりません。この点につきましては、特別区長会として、国に対し、これまでも、在来線の騒音対策として、環境基準等を設けて、新幹線に準ずる防止対策を行うよう適切な措置を講じられたいとの要望をしてきているところでございます。

 

 「在来線については、一部を除いて環境基準等が設定されていない。しかし、東京都の特別区長会は、在来線の騒音について新幹線同様の基準を設けるよう、国に要望している。」ということである。 

  これが当初からできていれば、「埼京線の方が東北新幹線よりもうるさい」という事象は起きなかった可能性があるのではないか。

  

  何かで「東京都北区住民と国鉄の和解で、新幹線は規制の数字を書き込めて、在来線は書けなかったのは、国の環境基準の違い(新幹線はあるけれど、在来線はない)によるもの」という趣旨のことを読んだような気がするけれども、はっきり思い出せない。

 

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 ところで、下記のようなことを本当に国鉄関係者が言ったのだろうか? 

 

  もし実際に記載されている書籍等が分かれば是非ご教示いただきたい。

 

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東北新幹線大宮以南の速度が遅いのは、「プロ市民」のせいなのか、線形のせいなのか検証してみる

 「東北・上越新幹線の大宮以南の速度が時速110キロに抑えられているのは、「プロ市民」のせいだ。」

 と憤るネット正義マンの方は多く見受けられる。

 

 

 ところで、畑和埼玉県知事(当時)は、後にこのように語っている。


 国鉄からは、大宮-上野間は相当路線が曲がりくねっているので速度はせいぜい110キロが限度という話を聞いていたので、速度110キロ地点を調べたら、騒音はたいしたことはなかった。これで私も、やっと大丈夫だ」という確信を持った。この結果をもとに、その年(引用者注:1977年)の12月県議会の答弁の中で、通勤新線の建設、全列車の大宮駅停車、環境基準の達成、新交通システムの実現という打開のための四条件を提示した。

 

 日本経済新聞「私の履歴書」 1986年10月30日付「新幹線建設-国と住民の板ばさみ」畑和 から引用

 では、国鉄の言い分はどうか?

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (2)

東北新幹線工事誌 上野・大宮間 880頁から引用

 平仄はとれている。

 実際にはどんなものなのか?国鉄東京第三工事局が作成した図面で確認してみよう。

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (6)

 画面構成上縦長で展開すると下記のとおりである。スマホやタブレットでご覧いただいている方は画面を横にしていただければ。

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (9)

 とはいってもPCでは横にするのも大変なので、PCの方は下記をどうぞ。 

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (8)  

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (11)

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (13)

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (15)  

 カーブの連続具合がお分かりであろうか?東京~大宮間では、殆ど直線が無いような感じである。 

  ちなみに、この図面に添付されていた標準の建設基準がこちら。

 古市憲寿氏東京五輪負の遺産 (4)

  最小曲線半径が4000mとされているところを、大宮以南は半径600mや800mで走っているのである。

  「じゃあ、”プロ市民”が反対しなければ、速度は出たのか?」ということだが、私はしがない文系事務職なのでそんなことは分からない。

 だが、以前Twitterでお詳しい方にいろいろ見解を頂戴したので、その辺は下記をあわせてご覧いただきたい。 

 「東北新幹線 東京駅-大宮駅間は、東京都民との110キロ規制の和解がなければスピードアップできるのか?」

https://togetter.com/li/1207624 

  

 ちなみに、大宮以北となると、標準どおりの半径4000mとなっている。

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (16)

  ぶっとばしている栃木県内だとこんな感じ。

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (17)  

  大宮以南とは全く線形が違うことがお分かりであろう。

 

  勾配(縦断線形)については、東北新幹線工事誌から引用しておこう。

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (21)

 標準の最急勾配が15パーミルのところ20や25パーミルといった数字が見てとれる。 

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 では、なぜこんなに急カーブが多いのか? 

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (22)  

「上野~大宮間建設工事の概要」藤田 昌宏(日本国有鉄道新幹線建設局工事課) から引用 

 https://www.jstage.jst.go.jp/article/coj1975/23/4/23_6/_pdf/-char/ja

  「住宅密集地を避けてルートを選定したため、急カーブの連続となった」としている。これは「プロ市民」のせいではない。

 本来は、東北新幹線の大宮以南は地下を延長約10キロの南埼玉トンネルで抜けるはずだった(そして、地下ルート公表後に現在の高架に変更したから更に地元がこじれた)ということをご存知の方はいらっしゃると思うが、国鉄の東北新幹線工事誌に掲載された変更前後の図面が下記のとおり。 

 東北新幹線大宮以南の線形の変更

  国鉄が当初のとおり地下に南埼玉トンネルを掘っていれば、もっと真っすぐな線形だったのである。

東北新幹線大宮以南の速度  

 「運輸関連施設の円滑な実施のための条件分析調査」財団法人運輸経済研究センター・刊

 ここからは、当初の南埼玉トンネル案でいけば、「最小曲線半径4,000m、速度210km/時」で走れた可能性があるが、高架(ここでいう「新提案」)になると規格が落ちて110km/時となったことが分かる。

 当時の報道も確認してみよう。

東北新幹線が埼玉県内で遅いわけ

読売新聞1980(昭和55)年1月12日付夕刊

旧ルートと違って変更ルートは、カーブの多いのが特徴。沿線の小、中、高校などへの騒音公害を少なくしようとルートを曲げたためで、東京-大宮間は時速110キロ以上の高速走行はできなくなる。」

 当初の計画どおり地下のままなら真っすぐ線路を引けたのだが、国鉄の都合で地上に出た結果、学校を除けざるをえなくなりカーブが増えて速度が落ちたのだ。これは国鉄の責任であって地元の責任ではないだろう。

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  では、東北新幹線の最高速度時速110キロというのは、どんな形で決められているのか?

 今度は、お役所的な公文書の世界でも確認してみよう。 

  下記は、国鉄が東京都に提出した公文書だ。

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (14)  

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (4)  

  「西日暮里・荒川間」というのは、国鉄東京第三工事局の東京都内の担当区間という意味だ。

  ここでも「急カーブ急勾配が多いので110km/h以下である」と、国鉄が東京都に公文書で申し入れているのである。

  もっとかみ砕いていうと、「東北新幹線は線形上110キロ以上でないので、環境は守られるので、工事させてください」と国鉄が東京都にお願いをしているのだ。

 ついでに、「新幹線よりうるさい埼京線(通勤新線)」についてもこの文書では触れていて、 

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (5)  

  「新幹線とほぼ同程度」と説明している。このお約束が守られているか「万全を尽くした」のかはまたおって

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 東京都北区住民と国鉄との間の訴訟に伴う和解条件については、東北新幹線工事誌には下記のように掲載されている。 

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (18)  

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (19)

  「プロ市民との不当な和解で東北新幹線は110キロに抑えられている」と憤る方も見受けられるが、前出の国鉄からの東京都へのお願い文書を「おさらい」しただけであると言える。

  また、「こんな不当な和解は破棄してしまえ」とおっしゃるかたも見受けられるが、これは「訴訟上の和解」なので、確定判決と同様の効力を持つのである。勝手に破棄などできない。国鉄がそういう形の和解を自分の意志で選んだのだ。

  なお、和解条項の3で在来線の騒音についても触れられているが、埼京線でそれが遵守されているかは??

  あわせて、東京都住民側のこの和解についての声明も添えておこう。

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (20)  

 「被害を未然に防いで」北区新幹線対策連合協議会・編 149頁から引用

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  東京都内だけではなく、埼玉県内でも住民に同様の説明をしている。

 与野市民への東北新幹線速度等説明

 
「新幹線を「ノー」といった人たち-与野市における新幹線反対運動の足跡-」与野市新幹線対策住民委員会・編 142-143頁から引用

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 また、国会ではどう答弁しているかもあわせて見てみよう。

 1980(昭和55)年5月9日 衆議院 公害対策並びに環境保全特別委員会

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (23)

 


○野口(幸一)委員

 現に、東北新幹線の場合における新聞発表では、こういうことをお述べになっております。大宮-東京間においてはおよそ百十キロ程度で走らせたい、このことによって沿線住民の同意を得たいということを当局が言っておられます。最高速度を時速百十キロに抑える、上野駅を新設する云々、以下こういう条項があるわけであります。そうすると、後からできるところの沿線住民については、そういう沿線住民の福祉、騒音対策というものに対しては非常に考慮を払われるが、もうできたところはほっておけ、こういうことになるわけですか。そういった矛盾は全国の各地で起こるじゃありませんか。

 

○従野(武邦 日本国有鉄道環境保全部長)説明員 まず、先生御指摘の東北新幹線ではというお話に対してお答えをしたいと思います。

 大宮から南につきまして、確かに速度が遅いということで建設されているわけでございますが、これはあくまでも地形状況、その他の諸要素から、線形上どうしてもそれ以上スピードを出せないという面があるということでございまして、これはたとえば東京で言えば、東京から多摩川の間というようなものと合致しているわけでございまして、その辺の御理解を賜りたいと思います。

 と国鉄環境保全部長も国会で「これはあくまでも地形状況、その他の諸要素から、線形上どうしてもそれ以上スピードを出せない」旨答弁している(つまり、沿線から反対されたからではない)ので、東北・上越新幹線の利用者の皆様も「その辺の御理解を賜りたい」。

 

 まあ、「沿線に言われたから速度を落としました」と言うと、上記答弁を見ても分かるとおり、名古屋等に波及するから死んでもそうは言えないという事情も上記答弁から見てとれるけどね。

騒音縛りにすると全国に波及しちゃうけど、「あくまでも地形上、線形上どうしてもスピードが出せない」だとここだけに限定できるんでしょうね。

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  ところで、下記は、紛争中の1979(昭和54)年12月18日付読売新聞に掲載された国鉄側の主張である。

東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (1)  

  国鉄東京第三工事局の坂本真一次長は「大宮市から南はカーブや急こう配があって110キロのスピードでしか走れない」「とにかく国鉄を信用してほしい」と語っている。

  では、国鉄は信用に値するのか?

 

  この記事では、複数の国鉄文書で「線形上110キロしかでない」と書いているということを紹介してきたが、違う書き方をしているものもあるのだ。

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (10)

 「急カーブが多く当面最高速度が110km/hとなっている」 

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (12)

 「最高速度 当面110km/h」

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (7)

「列車速度 当面 最高速度110km/h 将来 最高速度160km/h」 

 これらの出典は、「東北新幹線:上野大宮間電気工事誌」日本国有鉄道東京電気工事局・東京システム開発工事局編(昭和61年2月発行)である。

 

  国鉄東京第三工事局長が公文書で「急カーブ急勾配が多いので110km/h以下である」と東京都に提出し、

  国鉄東京第三工事局次長が新聞のインタビューで「とにかく国鉄を信用してほしい」と語る一方で、

  国鉄東京電気工事局・東京システム開発工事局は「列車速度 当面 110km/h 将来 160km/h」と書いているのである。開通後に。

  

  ここで、このブログの以前の記事も思い出していただきたい。

「 JR東海が静岡のリニア水涸れ問題で約束を守るかどうかが話題ですが、国鉄須田寛常務(現JR東海相談役)が東北新幹線で埼玉県にどう対応したかを見てみましょう」

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-0a9c65.html

  この記事の冒頭で紹介した畑和埼玉県知事(当時)の四条件の1つである「全列車の大宮駅停車」に対する、須田寛国鉄常務(当時)の国会での答弁がこれである。


○須田説明員 埼玉県の皆様方から大宮全列車停車ということが、工事に関係いたしまして非常に強い御要望があったことは承知をいたしておりますし、当方が現地で地元の皆様方にそういったいろいろお話を申し上げる中で、大宮につきましては全列車停車可能な構造になっていることはこれは事実でございますし、今も可能なわけでございますが、そういうことを御説明いたします過程で、あるいはそういう御印象を与えたことがあったかということは必ずしも否定をいたしません。

 ただ、やはりその後のいろいろ列車のダイヤを考えてまいります中で、どうしても今申し上げましたようなことで、東北・上越新幹線全体として一番効用の高いダイヤというものを考えました中で、御案内のようなことになった次第でございますので、いろいろそういうふうなことで誤解を与えたりあるいは御説明のまずかった点は、これはおわび申し上げなければいけないと思いますが、何とぞ御理解をいただきたいというふうに考えます。

 

  「とにかく国鉄を信用してほしい」の結果がこれなんである。

 「新幹線とほぼ同程度」のはずの埼京線の騒音問題も同根なのだろうか。

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 (余談)

  「埼玉県のプロ市民のせいで東北新幹線の開通が/速度が遅くなった」と憤る方がいらっしゃるが、

  埼玉県民が和解して工事が進んだ後も、最後までルート上の赤羽八幡神社に団結小屋を建てて抵抗したのは東京都民なので、ご参考まで。

 東京都民による東北新幹線建設反対の団結小屋

 1984(昭和59)年10月4日付読売新聞から 

 埼玉県民はこんな「団結やぐら」まで建てていない。東京都民だけだ。

 東北新幹線東京大宮間110キロ規制と線形 (24)

 https://www.jreast.co.jp/press/2018/20180507.pdf

  今般、東北新幹線の埼玉県内が110km/hから130km/hに最高速度向上されるという記者発表があったが、荒川以南の都内区間は110km/hになっているのは、上記の和解条項が影響していることが考えられる。北区議会の議事録を読むと、北区に対してもJR東日本は同様の速度向上の打診をしていることは明言されている。にもかかわらずなんである。

  

 ということで、今後は東京都が沈む順番だな。

  もともと東京都北区は区をあげて東北新幹線に反対していた。一部サヨクとかプロ市民だけではない。

 東京都北区による東北新幹線反対運動

 「左翼の美濃部都知事のせいで、東北新幹線は遅れ、成田新幹線は開通できなかった」という方もいらっしゃるが、それぞれ反対運動の先頭に立った小林北区長も江戸川区長も「土着保守」政治家である。(成田新幹線に反対した沼田千葉県知事も保守。)

 新幹線建設の「最後のカベ」は東京都民だったということで、この記事はおしまい。

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【関連記事】

●東北新幹線よりも埼京線がうるさいのは正当なのか検証してみる

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-9924c0.html

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 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-732934.html

●JR東海が静岡のリニア水涸れ問題で約束を守るかどうかが話題ですが、国鉄須田寛常務(現JR東海相談役)が東北新幹線で埼玉県にどう対応したかを見てみましょう 

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●川島令三の上越新幹線新宿ルートの変遷を追う 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-159396.html 

●上越新幹線 新宿-大宮間ルートの経緯を整理してみる

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-6d67.html 

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2020年3月29日 (日)

西武社内報に掲載された「西武電車、地下鉄乗入れせざるの弁」

 西武鉄道が地下鉄に相互乗り入れを長らくやらなかったことについては、色々と私見を述べる方はいらっしゃるのだが、西武の公式見解はどんなものだったのだろうか?

 西武の社内報の1958(昭和33)年9月15日号に、下記のような文が掲載されているので、ご紹介したい。


西武電車、地下鉄乗入れせざるの弁

 私鉄の郊外線を地下鉄で延長して都心乗入れの出願をすることが近来の流行になつており、西武電車を除いて六社が申し合わせた様に殆ど同時に免許申請をしている。

 一体これらの郊外電車が我も我もと都心に乗入れを実現した場合、首都殊に都心の形態はどうなるであろうか。現在丸の内大手町、八重洲口を中心とする方二キロ内外の状態はどうであろうか

 政治、経済、文化の中心から百貨店、卸小売の店舗から飲食、娯楽の中心迄ここに集中して、日本の中心の中心と云った格好で車も人も全く身動きならぬ実情である。

 これに加えて営団や都が環状線から内方、この都心に向けて地下鉄を建設する計画をたて、逐次これを実現しつつあり、国鉄も又京浜、山手、中央の各線を始め大規模の改良を行つて、輸送力の拡大を使用としているので、弥々以て都心の昼間人口は恐るべき速度を以て増加して行く事であろう。

 それに更に私鉄が都心に地下鉄で乗入れるなど、とんでもない事である。

 副都心(サブセンター)と衛星都市を育成することは、近代大都市の定石である。近郊から或いは衛星都市から首都への公私の用向きはその殆どが池袋、新宿、渋谷と云つた副都心で間に合う様に首都の計画を立案すべきものであろうと思うのである。

 かかる計画の下にあつては、郊外電車は副都心にターミナルを置き、大部分の客はここで乗降して用を足すのを建前とし、更に都心に向う必要のあるものの為には、最も乗換の便をよい様にしてやることが望ましいことであると思うのである。これ即ち西武電車が地下鉄で延長して都心に乗入れると云う出願を敢えてしない理由である。

 

「復興社の事ども(7)」 事業部長 加藤肇

 まあ、「西武沿線のマーケットは西武のターミナルで囲い込みますよ」と言っているだけとも考えられないこともないが、堤康次郎御大が健在中の社内報に掲載されているだけに、堤康次郎のグループ経営方針を示しているのであろう。

 なお、後に堤康次郎は、中村橋で西武池袋線と接続することとされていた営団地下鉄有楽町線を更に椎名町で分岐させ、野方で西武新宿線に接続するよう陳情書(案)を作成している。

 (参考)「堤康次郎は、目白経由だった有楽町線のルートを池袋経由に曲げて、西武池袋線と新宿線を乗入れさせようとしていた?」

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-4e5b.html

 この陳情書(案)の中で「数年前迄は比較的楽観的観測をして居りまして、特に環状山手線外に地下鉄を導入せずとも道路の新設、改良等による路面交通の収容力増大等も考え合わせ輸送需要に十分応じ得るものと判断して居ったのでありますが、西武池袋線は上述の様な逼迫した状態にありますので、答申第6号10号線の通り当線の中村橋以遠の乗客を可及的多く地下鉄道により吸収する様路線を選定せられることは当然であり当社としては、これに賛成し協力を惜しまないものであります。」としている。

 読み間違っちゃった。てへぺろ。というところか。

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2020年3月21日 (土)

首都高横浜環状北西線開通記念「昭和41年横浜市高速道路計画案」~当時は横浜市中心部は都心環状線だった~

 ついに、明日2020年3月22日に、首都高速道路横浜環状北勢線もとい北西線が開通する。

 ※素で変換すると「北勢線」がでてきた。北勢線ならこれになってしまうではないか。

北勢線  

 ところで以前「昭和45年横浜市高速道路網計画案」をUPした。http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-a6c9f9.html

1970年の横浜周辺高速道路地図 (2)

 実は、更に古い計画図面を持っている。

 今度は、「昭和41年の横浜市高速道路網計画案」である。もう50年以上前だ。

 先にUPしたものとは、4年しか違わないはずだが、随分路線図が異なっているのだ。

横浜都市高速道路網計画案 (2)

 一番の違いは、都心部分である。

横浜都市高速道路網計画案 (6)

 桜木町→日ノ出町→黄金町→石川町→関内→桜木町と一方通行の都心環状線が走っているのである。

 それも大岡川等の川の上を首都高の東京都心の様に高架橋を建ててである。関内附近も地下化等していない。

 また、神奈川の首都高では有名な未成線である磯子線の他に弘明寺線がある。

 狩場線は花見台線という名称だ。

 

横浜都市高速道路網計画案 (3)

 横浜横須賀道路は昔は「南横浜バイパス」という名称だったことは、道路マニアの中では知られているが、この図面では「横浜南バイパス」とされている。そして、保土ケ谷バイパスまでも「横浜南バイパス」である。

 

横浜都市高速道路網計画案 (1)

 横羽線の横浜都心部は「臨港線」という名称だ。

 

横浜都市高速道路網計画案 (5)

 湾岸線は、今の横浜横須賀道路金沢支線のように西進するのではなく、杉田横須賀線として南進している。

 

横浜都市高速道路網計画案 (4)

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【参考】第四京浜道路計画があった。1963年の横浜市高速道路計画

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-da36.html

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 ところで、このような横浜市内の高速道路計画の変遷について、「NPO法人 田村明記念・まちづくり研究会」がその研究成果を取りまとめている。 

https://www.machi-initiative.com/research-materials/%E9%AB%98%E9%80%9F%E9%81%93%E8%B7%AF%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E5%8C%96-undergrounded-motorway/ 

  ここでしか見られない貴重な資料が満載である。

田口俊夫『横浜市都心部における高速道路地下化事例にみる自治体プランナーの役割』https://www.machi-initiative.com/app/download/10778880579/%E5%85%A8%E6%96%87%E7%94%B0%E5%8F%A3%E9%AB%98%E9%80%9F%E9%81%93%E8%B7%AF%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E5%8C%96%E8%AB%96%E6%96%87.pdf等は是非お目通しを。 

 

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住宅公団の団地内店舗設置基準に関する研究結果

 本来は団地マニアではないのですが、周囲にいろいろと団地マニアのお知り合いが出来たのでいろいろと気になってくるところです。

 以前、けんちんさんに、某団地でのイベントにご案内いただき、行ってみたところ、団地内の店舗がいろいろ工夫されていて関心を持っていたのだが、先日「団地内店舗経営に関する研究」という日本住宅公団が作成した資料に出会うことができた。

 日本住宅公団が、日本の団地の仕様を事実上決めていったことは有名だが、店舗の設置基準についても、どのようにして決めていったか、実地調査と理論上の係数を突き合わせながら作っていった様子がうかがえる。

 著作権の関係もあり全てうpすることは妥当ではないが、私が気になった部分だけでもどうぞ。

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (1)

 石原舜介東工大名誉教授等もからんでいるのね。

日本住宅公団団地内店舗研究 (2)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (3)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (4)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (5)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (6)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (7)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (8)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (9)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (10)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (11)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (12)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (13)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (14)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (15)

 

日本住宅公団団地内店舗研究 (16)

  いろいろ団地マニアの方の声もうかがいながら、引き続き記事は充実させていきたい。

 

 

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2020年3月15日 (日)

JR東海が静岡のリニア水涸れ問題で約束を守るかどうかが話題ですが、国鉄須田寛常務(現JR東海相談役)が東北新幹線で埼玉県にどう対応したかを見てみましょう

 静岡県とJR東海とのリニアモーターカーの水涸れ問題の先行きが見えない。

 JR東海は、通常の30年間の補償以上を示唆するが、静岡県は「そもそも被害認定がされないのではないか」との懸念を払しょくできないようだ。

 

 そこで、国鉄時代に地元となかなか決着しなかった東北新幹線の埼玉県との協議について振り返ってみたい。

 畑和埼玉県知事(当時)は、東北新幹線を受け入れるにあたって、

その年(注:1977年)12月県議会の答弁の中で、通勤新線の建設、全列車の大宮駅停車、環境基準の達成、新交通システムの実現、という打開のための4条件を提示した。(日本経済新聞1986年10月30日(私の履歴書)から引用)」

 元々は、新幹線の大宮駅全列車停車というのは、大宮市での新幹線反対運動の妥協の着地点である。 

東北新幹線大宮での反対運動 (1)  

1976(昭和51)年8月23日付読売新聞から 

  東北新幹線の埼玉県内での反対運動については、いわゆる県南3市(与野、浦和、戸田)ばかりが注目されているが、大宮も反対していた。起工式の際には大宮で反対のデモがあったりしたのだが、新幹線停車で儲かる商工業者が途中から賛成に回ったのである。

東北新幹線大宮での反対運動 (2)  

1975(昭和50)年6月11日付読売新聞から

 そういう意味では、埼玉県内反対派切り崩しのためには、大宮駅全列車停車は、賛成に転じた大宮の商工業者にとっても大事なオミヤゲのはずである。 

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 ところが、東北新幹線の上野開業の際に早速大宮を通過する列車が登場した。

 当然、地元は「国鉄はなんだ」ということになる。

 国会でも追及があった。その議事録は下記のとおりである。

東北新幹線大宮駅通過に係る国鉄須田寛常務の答弁


○須田説明員 埼玉県の皆様方から大宮全列車停車ということが、工事に関係いたしまして非常に強い御要望があったことは承知をいたしておりますし、当方が現地で地元の皆様方にそういったいろいろお話を申し上げる中で、大宮につきましては全列車停車可能な構造になっていることはこれは事実でございますし、今も可能なわけでございますが、そういうことを御説明いたします過程で、あるいはそういう御印象を与えたことがあったかということは必ずしも否定をいたしません。

 ただ、やはりその後のいろいろ列車のダイヤを考えてまいります中で、どうしても今申し上げましたようなことで、東北・上越新幹線全体として一番効用の高いダイヤというものを考えました中で、御案内のようなことになった次第でございますので、いろいろそういうふうなことで誤解を与えたりあるいは御説明のまずかった点は、これはおわび申し上げなければいけないと思いますが、何とぞ御理解をいただきたいというふうに考えます。

 要するに

●地元から大宮駅全列車停車って要望があったのは知ってるよ。

●大宮駅は全列車停車可能な構造だよ。

●全列車停車可能な構造だとは言ったけど、全列車が大宮駅に停車するとは言ってないよ。

●そういう印象を与えたことは必ずしも否定しないよ。

●誤解を与えたことは謝るけど、大宮駅を通過する列車があることは理解してね。

 というものである。

 で、この答弁をした国鉄の「須田説明員」の近影はこちら。

JR東海須田寛

 なるほど、京都生まれの京都育ちという京都人の品格が十二分に発揮されたものであるなあ。

 で、須田寛氏は、その後JR東海の社長になられ、現在も相談役でいらっしゃる。

 

 静岡県の関係者の方々も、JR東海とリニアの大井川水涸れ補償問題で交渉する際には、後になって「そういうことを御説明いたします過程で、あるいはそういう御印象を与えたことがあったかということは必ずしも否定をいたしません。」「いろいろそういうふうなことで誤解を与えたりあるいは御説明のまずかった点は、これはおわび申し上げなければいけないと思いますが、何とぞ御理解をいただきたい。」と須田相談役に言われないように、しっかりと確認していく必要がありそうだ。

 ぼーーっと生きてるとJR東海にやられちゃうぞ。

 交渉の際には、この記事を是非印刷してお持ちくだされ。

 

<関連記事>

JR東海リニア担当副社長はかつて「リニアができると新幹線は大赤字で、公的資金が必要」と書いていた 

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/jr-5037.html

 

キョエちゃんが選んだ傑作編「チコちゃんに叱られる!」の「高齢者のことをシルバーというのは銀色の布が残っていたから」という話は再検証が必要です

https://togetter.com/li/1310276

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2020年3月12日 (木)

ダイヤ改正にあたって、中央線東京口の複々線化未成案を振りかえってみる

 来たるJRのダイヤ改正で、中央線の早朝深夜の東京駅までの各駅停車が無くなるという。


 そもそもは、東京駅~御茶ノ水駅間の複々線化がコケたから、変則的な運用になっているわけだ。


 


 ということで、その区間を複々線化するために、どのような検討を経てきたかをかいつまんで紹介したい。


 ネタ元は、国鉄の「停車場技術講演会記録 第13回」掲載の報文「中央線、中野-三鷹間線増について」(東京工事局線増課 宇野浩彰氏)である。


 ルート案は、こんな感じ。


中央線緩行線東京駅複々線化ルート案


 


 国鉄では、中央線の混雑緩和の対応策の1つとして、急行線と緩行線の分担率を均衡化するために、東京駅までの複々線化を検討した。


 


 国鉄東京工事局は、下記のような案をだしている。


中央線東京口複々線化未成線案 (1)


併設案


 


中央線東京口複々線化未成線案 (2)


ループ案


 


中央線東京口複々線化未成線案 (3)


信濃町神田短絡案


  


中央線東京口複々線化未成線案 (4)

 中央総武縦貫案有楽町

  


中央線東京口複々線化未成線案 (5) 


 縦貫案北行


  この案の東側は、現在の総武快速線の東京~錦糸町に引き継がれていると思われる。


 -------------------------------------------------------------------- 


  これらの案から、まず併設案と、中央総武縦貫案(市ケ谷-九段下-呉服橋-錦糸町)の二つに絞られた。


 そして、国鉄社内部局との調整が行われている。


  審議室からは併設案と縦貫案の他に「短絡案(市ケ谷-東京-西銀座)の提案が追加された。


 中央線複々線化未成線


  


  また、施設局からは、「地下鉄5号ルート」案が提示された。


 地下鉄5号線とは、営団地下鉄(東京メトロ)の東西線である。中央線のラッシュ対策のために、国鉄が部分的に先食いしようというのだ。 


中央線東京口複々線化未成線案 (7) 


5号線ルート 


  


 1957(昭和32)年11月の国鉄理事会で、併設案が採用され、昭和33年3月には運輸大臣の工事認可も得られた。 


  


  しかし、地元の千代田区から猛反対の声が上がったのである。


 千代田区の反対


  


  国鉄では別ルートを検討することとなった。


中央線東京口複々線化未成線案 (8) 


 九段短絡案


 1960(昭和35)年6月に国鉄理事会は、短絡案への変更を了承した。 


 


 一方で、営団地下鉄は地下鉄5号線(東西線)建設の検討を進め、同年7月に営団総裁から国鉄総裁へ中央線の東西線乗り入れを提案するに至った。


 これにより、都心部の混雑緩和が見込まれ、東京駅付近の複々線化よりも、中野以西の複々線化が先行することとなったのである。


 


 このような経緯を経て、下記のような現在に至る中央線快速線、緩行線、東西線の運転パターンが形成されたのである。


中央線各駅停車


 この運転パターンもダイヤ改正に伴い、あと数日となったわけだ。


 


 なお、余談であるが、この運転パターンの検討資料が下記のようになっている。


中央線運転パターン検討


 右端の項に「この案では、高円寺、阿佐ケ谷、西荻窪が不便となり、用地買収が難航する」って書いてあるなあなんて燃料を投下してこの記事を終了したい。






































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2020年3月 6日 (金)

成田新幹線の詳細なルート図面をうpしてみる

 最近、成田新幹線関係のルートの話がTL上を流れていったので、資料をうpしてみる。

 

 未成となった成田新幹線の経路って未だによく分からない扱いをされているようなのだが、それなりにあるところにはある。

 成田新幹線は、日本鉄道建設公団によって建設されることになっていた。

 その鉄建公団が1972(昭和47)年に発行した建設概要資料の抜粋でも。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (1)

 成田新幹線の必要性を説いている部分でもどうぞ。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (2)

 

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (3)

 「成田新幹線が来るから」と京成の成田空港駅を遠くに追いやっておいて、「京成は1キロ離れていてバスへの乗り継ぎが必要」だから、成田新幹線を建設しなければならないとする理屈はなんとも。。。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (4)

道路に出てくる「第二京葉道路」については、「幻の「第二京葉道路」の痕跡を探る」https://togetter.com/li/1468959もあわせてどうぞ。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (5)

 理屈としては、道路も鉄道も当時計画中のものも含めてマヒするから成田空港への輸送には約に立たないので、成田新幹線が必要という理屈だ。

 

 続いては、成田新幹線のルートである。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (6)

 

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (7)

 もっと海岸の方へ持っていけと言われたことに対して一応反論しているようだ。実際には京葉線が建設できているので、今となってはあまり説得力がないようにも思える。

 

 標準的な断面がこちら。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (8)

 よく「ここは成田新幹線の遺構では?」みたいな話があるが、幅が11mあるかどうかが真偽を判断する基準となりそうだ。

 

 この「成田新幹線工事の概要」に付いている路線図がこちら

 成田新幹線と上越新幹線新宿延伸ルート図面 (9)

 明確に上越新幹線の新宿延伸区間への接続を示しているところが興味深い。 

 上越新幹線の新宿-大宮間の経緯については、こちらもあわせてご参照いただきたい。

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-6d67.html

(ところで、yahoo!知恵袋で「成田新幹線は中央新幹線へ乗り入れる計画でした」って自信満々に書いている回答が多いのだけど、何が根拠なのだろう。。。※そういう構想があったこと自体は承知じておりますが。)

  とりあえず鉄建公団の「成田新幹線工事の概要」からの抜粋はおしまい。

 --------------------

  成田新幹線のルートについては、上記資料よりも詳細なテキストがある。

  

 「電気車の科学」1972(昭和47)年4月号 に日本鉄道建設公団新幹線部の 延原陽氏が「成田新幹線の建設計画」という報文を載せている。

  そこから成田新幹線のルートについての説明部分を抜粋してみる。

 成田新幹線ルート図面 (1)

  長くてすまんな。

  しかしこれではイメージできない方も多かろう。

  

 ということで、決定版の成田新幹線の路線がよく分かる素面をUPしよう。 

  その名もずばり「成田新幹線東京・成田空港間線路平面図」である。

  日本鉄道建設公団が1974(昭和49)年に作成したものだ。

  なお、皆様は北総鉄道等と並走している部分は今更興味もないだろうから、東京駅から千葉ニュータウンの間の図面を公開しよう。

 成田新幹線ルート図面 (3)

 画面の関係から図面の縦横を逆にしてみた。 

  見づらいかもしれないので、切り出してみよう。

成田新幹線ルート図面 (2)  

 成田新幹線の東京都中央区、江東区附近の路線計画図面 

 成田新幹線ルート図面 (4)

 成田新幹線の東京都江東区、江戸川区附近の路線計画図面 

 成田新幹線ルート図面 (5)

 成田新幹線の東京都江戸川区、千葉県浦安町(浦安市)、市川市附近の路線計画図面 

成田新幹線ルート図面 (6)  

 成田新幹線の千葉県市川市、船橋市附近の路線計画図面  

 成田新幹線計画図面 (1)

 成田新幹線の千葉県市川市、船橋市附近の路線計画図面

 成田新幹線計画図面 (2)

 成田新幹線の千葉県船橋市、鎌ヶ谷市附近の路線計画図面

 成田新幹線ルート図面 (7)

 成田新幹線の千葉県船橋市、白井町(白井市)附近の路線計画図面

成田新幹線ルート図面 (8)  

 成田新幹線の千葉ニュータウン附近の路線計画図面

  

  とりあえずこんなところで。

  

  皆様、今まで想像していたルートとの相違等如何だろうか?

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ところで、成田新幹線が東京駅の地下に入っていた構想が生きている間、京葉線はどこに入るはずだったかというと新橋駅の地下である。 

 京葉線の都心新宿三鷹方面への乗り入れ計画 総武開発線 (2)

「京葉線はかつて新橋経由で都心(新宿、三鷹)に乗り入れる計画だった。」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-1315.html 

 

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