Wikipedia「中央自動車道」の項で怪しい記述があったので検証する
Wikipedia「中央自動車道」の項で怪しい記述がある。
開通当初は東名高速や名神高速と同様に中央高速道路を名称として用いていたが、開通当初の暫定2車線対面通行でなおかつ中央にセンターポールも分離帯もないという状態であった上、追越しも許されている(中央線が破線)という有様であったにもかかわらず、「高速」という呼称によって速度超過が多発したことによる交通事故が頻発してしまったために[3]、当時の日本道路公団が1972年9月30日付の官報告示で中央高速道路を「高速道路」を用いない中央自動車道に改称すると発表した(ただし一部の情報板等の標識に「中央高速」の表記を使用しているものもある)[5]。また、この事故を受けて「自動車道」の名称使用が正式に決まるまでに開通した他の高速自動車国道は、政令による路線名を暫定的に道路名としてそのまま使用していた[注釈 3]。なお、その後開通した高速道路では、東名・名神のバイパスとなる新東名高速・新名神高速を除いては道路名称に「○○高速道路」が用いられることはなく「○○自動車道」に統一されている[5]。
[注釈 3]
^ 1970年に開通した中国自動車道や、1971年に開通した九州自動車道はそれぞれ中国縦貫自動車道、九州縦貫自動車道という道路名で供用開始している。
2021年2月1日閲覧
「この事故を受けて「自動車道」の名称使用が正式に決まるまでに開通した他の高速自動車国道は、政令による路線名を暫定的に道路名としてそのまま使用していた」とは、初耳である。
[注釈 3]では、「1970年に開通した中国自動車道や、1971年に開通した九州自動車道はそれぞれ中国縦貫自動車道、九州縦貫自動車道という道路名で供用開始している」
以下検証していきたい。
--------------------------------------------------------------------
上記は、「国立国会図書館インターネット資料収集保存事業」に保存されている「日本道路公団 平成15年年報」https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/234260/www.jhnet.go.jp/publish/nenpou/H15/pdf/4-02.pdfから、高速道路の開通経緯を示すものである。
果たして、wikipediaのいうように「この事故を受けて「自動車道」の名称使用が正式に決まるまでに開通した他の高速自動車国道は、政令による路線名を暫定的に道路名としてそのまま使用していた」かどうか、順をおって確認していきたい。
右上の中央道(多治見~小牧JCT)までの間に開通した高速道路がどのような名称で開通していっただろうか?
--------------------------------------------------------------------
■近畿自動車道(門真~吹田) 1970(昭和45)年3月1日供用開始
<政令による路線名>高速自動車国道近畿自動車道
■中国自動車道(中国吹田~中国豊中) 1970(昭和45)年3月1日供用開始
■中国自動車道(中国豊中~宝塚) 1970(昭和45)年7月23日供用開始
<政令による路線名>高速自動車国道中国縦貫自動車道
1970(昭和45)年3月の供用開始時から「政令による路線名=中国縦貫自動車道」ではなく、「中国自動車道」となっていることが分かる。
上記「ヌ)供用予定」の項から、1970(昭和45)年春頃に出版されたものと推測される。
せっかくなので、万博中央駅に向かう北大阪急行電鉄の線路が新御堂筋から分岐して中国自動車道や大阪府道中央環状線とどんな位置関係で走っていたかが分かる図面も添付しておこう。
勿論、「中国縦貫自動車道」ではなく、「中国自動車道」と記載されているのだが。
--------------------------------------------------------------------
■九州自動車道(植木~熊本) 1971(昭和46)年6月30日供用開始
<政令による路線名>高速自動車国道九州縦貫自動車道
「日本道路公団30年史」から引用
開通式のアーチに「九州自動車道」と書かれている。
「高速道路と自動車」1971(昭和46)年8月号から引用
「(1)開通後の名称 九州自動車道」と書かれている。
「略称」というビミョーな位置づけだが、一般メディアも「九州縦貫自動車道」と峻別した形で「九州自動車道」の名称を報じていることが分かる。
--------------------------------------------------------------------
■新空港自動車道(宮野木JCT~富里) 1971(昭和46)年10月27日供用開始
<政令による路線名>高速自動車国道東関東自動車道
「道路」1971(昭和46)年11月号から引用
「道路」1971(昭和46)年11月号から引用
当該区間は、現在は「東関東自動車道」の道路名称で営業しているが、供用当初は、京葉道路から分岐する宮野木JCTから「新空港自動車道」の道路名称で営業しており、高速道路の延伸に伴い、「新東京国際空港線」である成田~新空港を「新空港自動車道」に残したまま、その他の区間は「東関東自動車道」に名称変更している。
--------------------------------------------------------------------
■道央自動車道(千歳~北広島) 1971(昭和46)年12月4日供用開始
<政令による路線名>高速自動車国道北海道縦貫自動車道
「日本道路公団 年報 昭和45年度」から引用
「開通後の名称は道央自動車道」と書かれている。
ちなみに標識は「HOKKAIDO EXPWY」だった。
「道路」1972(昭和47)年1月号から引用
キャプションは「北海道縦貫自動車道」だが、開通式のアーチには「道央自動車道」と書かれている。
--------------------------------------------------------------------
交通統計ではどのように扱われているだろうか?
「道路」1972(昭和47)年4月号から引用
「高速道路と自動車」以外の業界誌での記載状況ということで、「中央自動車道への名称変更前の中央高速道路」と「政令による路線名ではない道路名」が併用されていることがよくわかる資料である。
wikipediaに言うような「正式決定前の暫定使用」が行われていたのであれば、「新空港自動車道」や「道央自動車道」が使われるはずがない。
--------------------------------------------------------------------
このように、wikipediaの言うような「この事故を受けて「自動車道」の名称使用が正式に決まるまでに開通した他の高速自動車国道は、政令による路線名を暫定的に道路名としてそのまま使用していた」「1970年に開通した中国自動車道や、1971年に開通した九州自動車道はそれぞれ中国縦貫自動車道、九州縦貫自動車道という道路名で供用開始している」は、全く該当しない。
あえて言えば、近畿自動車道が「政令による路線名」だが、これは「暫定的」ではなく「恒久的」なものである。
一体、編者は何を根拠にこのような書き込みをしたのだろうか?
是非ともご開示願いたいものである。
--------------------------------------------------------------------
ところで、実際に高速道路の名称はどのように定められるのだろうか?
「高速道路のプランニング」 から、関係個所を引用してみる。
ここでも中央高速道路から中央自動車道への名称変更について触れられている。この本は日本道路公団の職員によって執筆されたものであり、日本道路公団の公式見解的な位置づけとして受け止めて差し支えないのではないかと思われる。
実際には、「中央高速道路」から「中央自動車道」への道路名称の変更は下記のように案内されている。
wikipediaでは「当時の日本道路公団が1972年9月30日付の官報告示で中央高速道路を「高速道路」を用いない中央自動車道に改称すると発表した」 とあるが、それ以前の「高速道路と自動車」1972(昭和47)年6月号に掲載されている。
これは推測にすぎないが、それ以前に日本道路公団が公表し、その結果を同誌に掲載しているのではないだろうか。 この記事が載ったコーナーは「国内ニュース」という表題であり、国内の高速道路関係記者発表等をクリッピングする役割だったと思われる。
また、wikipediaでは「この事故を受けて「自動車道」の名称使用が正式に決まるまでに開通した他の高速自動車国道は、政令による路線名を暫定的に道路名としてそのまま使用していた」とあるが、もしこのように「暫定的」に使用していたのであれば、この記事での中央自動車道の道路名称決定にあわせて中国自動車道や九州自動車道の道路名称を「正式に」決定していなければならないと思われるが、そのような扱いにはなっていない。しかも同じ頁内の先の記事に「九州自動車道」「新空港自動車道」「道央自動車道」といった「政令による路線名」がそのまま扱われている。
上記がWikipediaで言うところの「当時の日本道路公団が1972年9月30日付の官報告示で中央高速道路を「高速道路」を用いない中央自動車道に改称すると発表した」とする官報である。
ところで、ここの記事を編集した方がなんか勘違いされているようだが、官報は道路名称を「発表」するような広報紙でもなんでもない。法令上の「こういう項目は官報に載せて国民に知らせる手続きを取りなさい」という定めに従っているのであって、本件は当該官報公告( 「告示」じゃないよ)にも書いてあるように、当時の道路整備特別措置法第14条第1項の規定
| (料金の額及び徴収期間の公告又は公示) 第14条 公団は、料金を徴収しようとするときは、あらかじめ、その額及び徴収期間(第5条第1項の許可を受けて料金を徴収しようとするときは、徴収開始の日。以下この項において同じ。)を官報で公告しなければならない。当該料金の額又は徴収期間を変更しようとするときも、同様とする。 |
に基づいて、料金の額を公告したものであって、この公告において道路名称は法律上全く意味を持たない単なる早見表にすぎない。
あくまでもこの後に続く「料金の額」が本体なのである。
--------------------------------------------------------------------
長々と書いてしまったが、「嘘を書くより、嘘を証明する方が手間がかかる」のである。どうやらかなり長期に渡ってWikipediaに掲載されていたようでもあるので、しっかりと潰しておく必要があると考えた次第である。
この記事を編集した方が自発的に修正していただけると宜しいのではないか。
| 固定リンク | 2
« 日本の初期高速道路7,600kmの路線網が定められた背景と裏話 | トップページ | 東北新幹線は、埼玉で反対されていたなら、上越新幹線新宿ルートを先取りして東北貨物線に建設すればよかったのではないか。何故やらなかったのか?そしてそこに見える国鉄幹部の発言の軽さ、無責任さ。 »
「道路」カテゴリの記事
- 上越新幹線燕三条駅と北陸自動車道三条燕ICの命名経緯を検証する(2023.06.24)
- 毎日新聞【⿊川晋史記者】「五輪が来たニッポン︓1964→2021 都市の姿、環境優先へ」とプロジェクトX「空中作戦」(2021.08.08)
- 階段国道339号に公共交通機関(JR津軽線と路線バス)で行く方法(2021.05.03)
- 階段国道339号にまつわる謎にチャレンジしてみた(2021.05.02)
























コメント
この版 (https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E9%81%93&diff=52231520) で追記されたようですね。
該当する記述を追加した TOKAITRIO 氏は「多重アカウントの不正利用」で無期限ブロックされており、氏に記述の修正を求めることは難しそうです。
なお、氏は他の記事にも無出典での加筆を行っており、他の利用者から注意を受けていたようです。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85%E2%80%90%E4%BC%9A%E8%A9%B1:TOKAITRIO#%E5%87%BA%E5%85%B8%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E7%A2%BA%E8%AA%8D)
投稿: 610CH-405 | 2021年3月21日 (日) 18時56分
610CH-405様 コメントありがとうございます。
「札付き」のウィキペディアンの方だったのですね。
それでも6年以上そのままなのですね。
悩ましい。。。
投稿: 革洋同 | 2021年3月29日 (月) 22時35分