カテゴリー「学問・資格」の3件の記事

2018年1月 8日 (月)

シン・ゴジラと条文の書き方

 今更「シン・ゴジラ」ネタでもないかもしれないのだが、一点野暮なネタでも。

シン・ゴジラと条文の書き方 (1)

 ゴジラに対して自衛隊をどういう理屈で出動できるのかを関係各省の官僚が議論するシーンがあり、そこに自衛隊法の条文がだーっと出てくる

 私は法律をちょこっと齧ったことがあるので、この字面のレイアウトが気になった。

シン・ゴジラと条文の書き方 (2)

 正確に書くならこうである。

 シン・ゴジラの出来には満足しており、ケチをつけるつもりは毛頭ないのだが、「せっかくならこの辺も気合入れてくれると約1名が喜びましたよー」というだけである。

 あ、でもそれを分かっていたうえで、「例のフォントで画面いっぱいに文字を埋め尽くすことの様式美」を追求した可能性もあるな。それならそれで美しいかもしれない。

 

 ちなみに、読み方はこうなる。

シン・ゴジラと条文の書き方 (3)

 時々、「76条の一」とか「76条の2」といった書き方・読み方をする方が見受けられるが、「アラビア数字の2」は「第2項」であり、「漢数字の二」は「第二号」という決めである。

 「第1項のアラビア数字の1は無いのか?」という方もいるかもしれないが、「日本の法令の書き方では、通常、第1項の1は書かないが、私企業の社内文や契約書では書いてもいいんじゃないの?」ということになる。

 この際覚えていただけるとおじさんは嬉しい。

 

 ついでに書くと、マイクロソフトワードで「項」、「号」の条文を書くときにスペースを入れて調整する人がいるが、それをやると修正するときに一字ずつずらさなければならなくなるので大変うっとおしいし、ミスを誘発する可能性もある。

シン・ゴジラと条文の書き方 (5)

 「行間のオプション」を選択し、

シン・ゴジラと条文の書き方 (4)

 「インデント」を設定するとうまくいくぞ。

 ゴジラとは全く関係なくなってしまった。

 ちなみに私は、郵研社の「公文書作成の手引」を愛用しています。

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2017年9月 1日 (金)

昭和15年 東京帝国大学 行幸奉迎次第書

 亡くなった身内の遺品から東京帝国大学の「行幸奉迎次第書」なるものが出てきた。

昭和天皇東京帝国大学行幸 (12)

 東大のウェブサイトhttp://www.u-tokyo.ac.jp/history/03_03_02_j.htmlによると「紀元二千六百年関係行事」として「十月の天皇行幸」が確かにある。そのときの手順のマニュアルなのであろう。

 私には価値は分からんので、どなたか価値が分かる方に届け~ということでUPしてみる。

昭和天皇東京帝国大学行幸 (13)

 これは挟み込んであった別紙。

昭和天皇東京帝国大学行幸 (14)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (15)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (16)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (17)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (18)

 今の東大構内図と比べてみよう。http://www.k2.t.u-tokyo.ac.jp/location/photo/restaurantmap.png

東大構内

昭和天皇東京帝国大学行幸 (19)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (20)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (21)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (22)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (23)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (24)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (25)

 各学部ごとに昭和天皇に奏上するわけだが、このメニューが当時の最先端の学問だったのだろうか?

昭和天皇東京帝国大学行幸 (26)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (27)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (28)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (29)

 古畑種基の「血液型の研究」が上奏されている!(※「A型は真面目でB型はいい加減」ということを研究しているわけではありませぬ。)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (30)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (31)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (32)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (33)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (34)

 ここからは動線を示した図面集。

昭和天皇東京帝国大学行幸 (35)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (36)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (37)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (38)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (39)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (1)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (2)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (3)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (4)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (5)

 昭和天皇東京帝国大学行幸 (5)

 ポスターセッションみたいな感じでぐるぐる回っていたのかな?

昭和天皇東京帝国大学行幸 (6)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (7)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (8)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (9)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (10)

昭和天皇東京帝国大学行幸 (11)

 天皇行幸を伝える1940(昭和15)年10月9日付読売新聞

昭和天皇東京帝国大学行幸 (40)

 同じく1940(昭和15)年10月10日付読売新聞

昭和天皇東京帝国大学行幸 (41)

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2015年2月16日 (月)

國學院大學とシブヤ経済新聞がドヤ顔でやらかす

 國學院大學の受験生用イメージアップ目的と思われる「渋谷学生探偵団Z」というシブヤ経済新聞とのタイアップ記事がウェブで公開されている。

 現役の学生さんとシブヤ経済新聞西樹編集長の「渋谷の町を良く知っている最強タッグ?」が渋谷の街を探検してネタを紹介して、学生さんを呼び込もうとしているようだ。

http://kokugakuin-univ.jp/tanteidan/20150114/

魚拓は下に

http://megalodon.jp/2015-0216-2126-33/kokugakuin-univ.jp/tanteidan/20150114/

後ろに見えるのは、西武百貨店のA館とB館です。実はここには宇田川が流れていて、ちょうど私たちが立っている付近で渋谷川と合流しているのです。宇田川の上流には、『春の小川』のモデルになった河骨(こうぼね)川があります。

「あ、そうか!」もう一人のカメラ担当、可奈子が叫びました。「川が流れているから、A館とB館を結ぶ地下通路がないのですね」。おー、1年生なのに鋭い視点を持っていますねー。感心しました。

「その通りです」。西編集長がうなずきました。ちなみに、東急百貨店東横店の旧東館も川の上に建てたために地下フロアが造れなかったそうです。百貨店の構造まで左右するとは、宇田川も渋谷川もなかなかの強者(つわもの)ですね。

 ああ、やっちゃった。

 私のブログを読んでいる方ならご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、西武百貨店のA館とB館を結ぶ地下通路はある。

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/ab-3cd6.html

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/ab-9a88.html

西武百貨店渋谷店A館とB館を結ぶ地下通路2

西武百貨店渋谷店地下通路2

(上記はいずれも建築界1968年7月号「SKビル(西武渋谷店)の施工」から引用)

 普通のライターさんならともかく、「渋谷のことは全部任せておけ」的なところがタッグを組んだはずなのに、両方とも実際には取材も確認もせずに記事にしていたのがばれてしまった。

 一時期は、何かあると「小倉(元)渋谷区長は國學院OB!」といってた國學院は区役所に確認できなかったのか。(この地下通路は渋谷区が設置の許可をしております。)

 シブヤ経済新聞は西武百貨店渋谷店に取材ルートはないのか。

 それぞれ地元のはずなのに。

 まあ灯台下暗しともいいますしね。

 渋谷区にあるからといって渋谷のことに詳しいとは限りませんし。センター街方面なんか行かずに、学バス降りたらまっすぐ電車に乗って帰宅してるかもしれませんし。

 おまけに、とあるツイートを。

西武百貨店渋谷店地下通路 従業員メッチャ歩いてるから

 シブヤ経済新聞さんには、是非、潜入ルポをお願いしたい。

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