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2017年3月15日 (水)

大阪・中津高架下訴訟の判決は2017年3月30日(追記あり)

中津高架下 (1)

 「高架下建築のエルドラド」こと大阪中津の高架下では、耐震補強工事を実施するため、占用許可の更新を行わず退去を進めているところ、反対する者が大阪市を相手取り、「占用許可義務付け訴訟」を大阪地方裁判所にて提起していることは、以前ご説明したところである。

大阪の中津高架下建築に係る現状のまとめ(その1)http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-3ea3.html

大阪の中津高架下建築に係る現状のまとめ(その2)http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-44fe.html

大阪の中津高架下建築に係る現状のまとめ(その3)http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-8111.html

 その判決が、もうすぐ出るようだ。

中津高架下行政訴訟 平成26年2月17日提訴

 国道176号線の中津から淀川に続く中津高架橋の高架下は、戦前から、約700mにわたり、倉庫、工場、商店、劇場、飲食店等に利用されてきた日本でも最大規模の高架下です。その歴史は古く、昭和10年頃、関市長時代の大阪市が、広大な高架下空間の有効活用のため、民間事業者を招致して、高架下の使用と管理を委ね(道路法上の占用許可)、それ以来、占用者らは、約80年にわたって、占用使用料を収め、占用利用を継続してきました。ところが、大阪市は、橋下市長が就任した直後の平成24年1月、中津高架橋の耐震補強等工事を名目として、高架下の占用者らを立ち退かせる方針を内部で決め、平成25年5月、占用者らに対し、一方的に、1年後の翌26年3月末までに退去するよう要求しました。

 しかし、建築・土木の技術が進化した今日、鉄道の運行への支障が殆どないまま、鉄道の耐震補強等工事が行われていることからも分かるように、中津高架下の占用利用を継続したまま、もしくは、短期間の明渡しにより、工事を進めることは可能ですし、一旦明渡をさせた後に再度の占用利用を認めることに何の問題もありません。しかし、大阪市は、占用の継続は、工事の支障となり、かつ、工事後はスペースが小さくなるので、再占用は認められないという説明を繰り返し、強引に立ち退きを迫りましたので、丸甲倉庫株式会社等の一部の占用者らが立ち上がり、平成26年2月、占用許可の不許可処分の取消を求める訴訟を提起しました。原告らは、約3年の審理を経て、大阪市の言い分に正当性がないことを明らかにし、29年3月30日に判決が予定されています。

緑風法律事務所ウェブサイトから引用

http://www.ryokufuu-law.com/%e7%a4%be%e4%bc%9a%e7%9a%84%e5%bd%b1%e9%9f%bf%e3%81%8c%e3%81%82%e3%82%8b%e5%a4%a7%e5%9e%8b%e8%a8%b4%e8%a8%9f%e3%81%ae%e7%b4%b9%e4%bb%8b/

中津高架下 (8)

 担当する弁護士の事務所では「大阪市の言い分に正当性がないことを明らかにし」とは書いてあるが、道路法の占用許可には道路管理者の裁量が認められていることや、そもそも義務付け訴訟という無理ゲーな訴訟であることから、大阪市が負けることはありえないとは思うが。

 3月30日に判決言い渡しというのも如何にも年度内に手持ちの件数を減らしたい裁判官の気持ちが表れているな。

 

 また「国道176号線中津高架下(昭和レトロ街)占用存続を求める会」のfacebookhttps://www.facebook.com/pg/%E5%9B%BD%E9%81%93%EF%BC%91%EF%BC%97%EF%BC%96%E5%8F%B7%E7%B7%9A%E4%B8%AD%E6%B4%A5%E9%AB%98%E6%9E%B6%E4%B8%8B%E6%98%AD%E5%92%8C%E3%83%AC%E3%83%88%E3%83%AD%E8%A1%97%E5%8D%A0%E7%94%A8%E5%AD%98%E7%B6%9A%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%82%8B%E4%BC%9A-469317439858388/posts/には、

国道176号中津高架下「建物収去土地明渡等請求事件」及び「道路占用更新許可処分の義務付等請求事件」の期日が、大阪地方裁判所で下記の日時において判決の予定です。

・「建物収去土地明渡等請求事件」・・・・・・・・・・3月7日(火)13時10分~

・「道路占用更新許可処分の義務付等請求事件」・・・・3月30日(木)13時10~

とある。

 いつのまにか「建物収去土地明渡等請求事件」という訴訟も起きているのだな。大阪市は道路管理権限を行使して行政処分で撤去できるのにわざわざ民事訴訟で争っているのだろうか?解せない。3月7日に既に判決言い渡しがなされているようだが、ぐぐっても出てこない。大阪市が勝訴しているとは思うが。

 

※訴訟に係る法律的な説明については、http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-3ea3.htmlの下の方に書いてあるので関心のある方は読んでちょ。

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(追記)

判決関係の報道はこちら

http://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20170330/5016401.html

(魚拓)http://megalodon.jp/2017-0403-0129-04/www3.nhk.or.jp/kansai-news/20170330/5016401.html

www.yomiuri.co.jp/osaka/news/20170331-OYO1T50006.html

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170330-00000011-kantelev-l27

(魚拓)http://megalodon.jp/2017-0403-0131-42/https://headlines.yahoo.co.jp:443/hl?a=20170330-00000011-kantelev-l27

http://www.mbs.jp/news/kansai/20170330/00000069.shtml

(魚拓)http://megalodon.jp/2017-0403-0133-42/www.mbs.jp/news/kansai/20170330/00000069.shtml

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2017年2月20日 (月)

高速道路ナンバリングの一覧表を作ってみた

 今週末の圏央道開通にあわせて高速道路のナンバリングが実施される。

 必要な省令や通達も出そろったようであるが、国土交通省のウェブサイトの非常に深い位置にPDFで載っているだけなので、利用者サービス的には不完全である。

 そこで、暫定的に私が国交省に代わってお客様サービスに努めてあげよう。問い合わせの電話やメールが減るかもしれないぞ。

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高速道路ナンバリングの導入について」国道企第55号平成29年2月14日道路局長通達

 http://www.mlit.go.jp/road/sign/numbering/files/numbering_tsuchi002.pdf

 訪日外国人をはじめ、すべての利用者にわかりやすい道案内の実現を進めるため、「高速道路ナンバリング の実現に向けた提言」(平成28年10月24日高速道路ナンバリング検討委員会とりまとめ)を踏まえ、我が国の高速道路ネットワークにおいて、路線名による案内に併せ、別紙の図表のとおり、路線番号により案内する高速道路ナンバリングを導入する。道路標識、文書又は音声による案内(ウェブサイトを利用するものを含む。)において、高速道路ナンバリングを活用し、わかりやすさの改善を推進されたい。

【都道府県、政令市あて】

 なお、貴管内道路管理者に対しても、この旨周知方お取り計らい願いたい。

 図 高速道路ナンバリング全国図

高速道路路線番号 ナンバリング 一覧

 表 高速道路ナンバリングの路線番号・路線名対応表

路線番号 路線名
E1 東名高速道路名神高速道路
E1A 新東名高速道路新名神高速道路伊勢湾岸自動車道
E2 山陽自動車道
(※引用者注 広島岩国道路、山口宇部道路等含むか?)
E2A 中国自動車道関門自動車道
E3 九州自動車道
E3A 南九州自動車道
E4 東北自動車道
E4A 東北縦貫自動車道八戸線(安代~青森)
(※引用者注 八戸自動車道・青森自動車道か?)
E5 北海道縦貫自動車道
(※引用者注 道央自動車道、名寄バイパス等か?)
E5A 北海道横断自動車道(黒松内~札幌)
(※引用者注 札樽自動車道、黒松内道路等か?)
E6 常磐自動車道仙台東部道路三陸沿岸道路(仙台港北~利府)、
仙台北部道路
E7 日本海東北自動車道秋田自動車道(河辺~小坂)
E8 北陸自動車道
E9 京都縦貫自動車道、鳥取豊岡宮津自動車道、山陰自動車道
E10 東九州自動車道(北九州~清武)宮崎自動車道
(※引用者注 椎田道路、宇佐別府道路含むか?)
E11 徳島自動車道(徳島~鳴門)高松自動車道松山自動車道(川之江~松山)
E13 東北中央自動車道(相馬~福島北)東北自動車道(福島北~福島)東北中央自動車道(福島~横手)
E14 京葉道路、館山自動車道、富津館山道路
E16 横浜新道(新保土ヶ谷~狩場)、横浜横須賀道路
E17 関越自動車道
E18 上信越自動車道
E19 中央自動車道(小牧~岡谷)長野自動車道
E20 中央自動車道(高井戸~岡谷)
E23 東名阪自動車道伊勢自動車道
E24 京奈和自動車道
E25 名阪国道、西名阪自動車道
E26 近畿自動車道阪和自動車道(松原~和歌山)
E27 舞鶴若狭自動車道
E28 神戸淡路鳴門自動車道
(※引用者注 山陽自動車道(三木~神戸西)含むか?)
E29 中国横断自動車道姫路鳥取線(播磨~鳥取)
(※引用者注 播磨自動車道・鳥取自動車道等か?)
E30 瀬戸中央自動車道
(※引用者注 山陽自動車道(倉敷~早島)含むか?)
E31 広島呉道路
E32 徳島自動車道(徳島~川之江東)高知自動車道(川之江~高知)
E34 大分自動車道(日出~鳥栖)長崎自動車道、ながさき出島道路
E35 西九州自動車道
E38 北海道横断自動車道根室線(千歳恵庭~釧路東)
(※引用者注 道東自動車道・釧路外環状道路か?)
E39 旭川・紋別自動車道
E41 東海北陸自動車道能越自動車道
E42 近畿自動車道紀勢線(勢和多気~和歌山)
(※引用者注 紀勢自動車道・阪和自動車道等か?)
E44 北海道横断自動車道根室線(釧路東~根室)
E45 三陸沿岸道路(利府~八戸)
(※引用者注 三陸自動車道・八戸久慈自動車道等か?)
E46 釜石自動車道東北自動車道(花巻~北上)秋田自動車道(北上~河辺)
E48 仙台南部道路、東北自動車道(仙台南~村田)山形自動車道
E49 磐越自動車道
E50 北関東自動車道、東水戸道路、常陸那珂有料道路
E51 東関東自動車道水戸線(市川~茨城町)
E52 新東名高速道路清水連絡路中部横断自動車道(新清水~双葉)中央自動車道(双葉~長坂)中部横断自動車道(長坂~佐久小諸)
E54 尾道自動車道松江自動車道
E55 四国横断自動車道(徳島~阿南)、阿南安芸自動車道、高知東部自動車道
E56 四国横断自動車道(高知~大洲)松山自動車道(大洲~松山)
(※引用者注 高知自動車道・宇和島道路等か?)
E58 沖縄自動車道那覇空港自動車道
E59 函館・江差自動車道
E60 帯広・広尾自動車道
E61 北海道横断自動車道網走線(本別~網走)
E62 深川・留萌自動車道
E63 日高自動車道
E64 津軽自動車道
E65 新空港自動車道
E66 首都圏中央連絡自動車道(栄~戸塚)
E67 中部縦貫自動車道
E68 中央自動車道(大月~河口湖)、東富士五湖道路
E69 新東名高速道路引佐連絡路三遠南信自動車道
E70 伊豆縦貫自動車道
E71 関西空港自動車道、関西国際空港連絡橋
E72 北近畿豊岡自動車道
E73 岡山自動車道中国自動車道(北房~落合)米子自動車道
E74 広島自動車道中国自動車道(広島北~千代田)浜田自動車道
E75 東広島呉自動車道
E76 尾道福山自動車道瀬戸内しまなみ海道今治小松自動車道
E77 九州横断自動車道延岡線
E78 東九州自動車道(清武~加治木)
(※引用者注 隼人道路含むか?)
E80 あぶくま高原道路
E81 日光宇都宮道路
E82 千葉東金道路
E83 第三京浜道路、横浜新道(保土ヶ谷~戸塚)
E84 新湘南バイパス(茅ヶ崎~茅ヶ崎海岸)、西湘バイパス
E85 小田原厚木道路
E86 のと里山海道(千鳥台~徳田大津)
E87 知多半島道路(大高~半田中央)、セントレアライン
E88 京滋バイパス
E89 第二京阪道路
E90 堺泉北有料道路
E91 南阪奈有料道路、南阪奈道路、大和高田バイパス(弁之庄~四条)
E92 第二阪奈有料道路
E93 第二神明道路
E94 第二神明道路(北線)
E95 播但連絡道路
E96 長崎バイパス
E97 日出バイパス、大分空港道路
E98 一ツ葉有料道路(南線)
C3 東京外環自動車道
C4 首都圏中央連絡自動車道(釜利谷~木更津)
(※引用者注 新湘南バイパス(藤沢~茅ヶ崎)含むか?)
CA 東京湾アクアライン、東京湾アクアライン連絡道
C2 名古屋第二環状自動車道
C3 東海環状自動車道

(※道路局長通達はここまで)

(※高速自動車国道を赤高規格幹線道路のうち一般国道の自動車専用道路を緑で着色してみた。)

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 この他、道路地図やカーナビでの使い方の指針となると思われる「高速道路ナンバリングの表示方法・読み方ガイドライン」http://www.mlit.go.jp/road/sign/numbering/files/numbering_guideline.pdfも公表されている。

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■ここからは、ナンバリングのルールを「高速道路ナンバリング検討委員会 配付資料」http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/pdf99/1.pdfから引用

 ナンバリングルールで基本とする事項としては、以下のとおりとする。

1.親しみ

・地域でなじみがある、かつ、国土の根幹的な路線の既存の国道番号を活用

2.シンプルでわかりやすく

・原則2桁以内

・同一起終点など、機能が似ている路線のグループ(ファミリー)化

・道路種別や機能をアルファベットで表現

3.国土の骨格構造を表現

・主要な国道番号で、国土の骨格構造を表現できるように、路線の起終点を設定

 

 ナンバリングの具体的ルール(抄)

〇1桁・2桁国道に並行する路線は、当該国道番号を付番

〇首都圏、名古屋圏の環状道路は、アルファベットで区別。その際、既存の都市高速道路の環状道路との整合性にも配慮(首都高速道路都心環状線は C1 、首都高速道路中央環状線は C2、 名古屋高速道路都心環状線は R)

〇高速道路の近傍にはないものの、1桁・2桁国道で、かつ、同一地域内で高速道路と大きな方向が一致している路線は、並行路線として扱い付番

〇並行する国道が3桁番号である、又は並行する国道の国道番号を別路線に付番する路線で、隣接して2桁国道がある場合は、当該2桁番号を延伸して付番

〇その他の路線は、以下に従い、1桁・2桁国道に並行する路線、1桁国道とグループ(ファミリー)化する路線、環状道路、1桁・2桁国道に並行する路線の対象を拡大して付番する路線以外の対象路線に付番する。

・付番されていない高規格幹線道路について、59 番以降の番号を沿道の都道府県コード及び市区町村コード順に基づき付番。

・付番されていない高規格幹線道路以外の路線について、他の路線に付番の後、80 番以降の番号を沿道の都道府県コード及び市区町村コード順に基づき付番。

〇一般国道や都市高速道路と区別するため、数字の先頭に、高速道路(Expressway)を意味する「E」を付けたものを高速道路の路線番号とする。ただし、環状道路(C3等)については、既存の都市高速道路の路線番号との整合性、シンプルさを考慮し、「E」は付与しない。

高規格幹線道路以外の路線でナンバリングの対象となった道路は下記のとおり。

高速道路ではないのに路線番号 ナンバリング の対象となった路線一覧

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■ここからは、革洋同による検討等

〇欠番となった路線番号

 並走する国道を原則としたので、どうしても欠番が出るのはやむを得ない。以下の番号が欠番となった。

 12号(札幌市-旭川市)

 15号(東京都中央区-横浜市)

 21号(瑞浪市-米原市)

 22号(名古屋市-岐阜市)

 33号(高知市-松山市)

 36号(札幌市-室蘭市)

 37号(北海道山越郡長万部町-室蘭市)

 40号(旭川市-稚内市)

 43号(大阪市-神戸市)

 47号(仙台市-酒田市)

 53号(岡山市-鳥取市)

 57号(大分市-長崎市)

 このうち、12号、36号、37号及び40号については、実際には、北海道縦貫自動車道(道央道)が並走しているにもかかわらず、「北海道縦貫自動車道は、国土全体及び北海道の骨格構造を表現する路線であることから、全線を5号と付番」とされたため、あえなく欠番となった。

 北海道横断自動車道(札樽道、道東道)は、E5A、E38とE44に分割されている点とは対照的だ。

 

〇一本の路線が複数の路線番号に分割されたもの

 北海道横断自動車道 E5A(黒松内~札幌)、E38(千歳恵庭~釧路東)、E44(釧路東~根室)

 秋田自動車道 E7(河辺~小坂)、E46(北上~河辺)

 東九州自動車道 E10(北九州~清武)、E78(清武~加治木)

 徳島自動車道 E11(徳島~鳴門)、E32(徳島~川之江東)

 松山自動車道 E11(川之江~松山)、E56(大洲~松山)

 横浜新道 E16(新保土ヶ谷~狩場)、E83(保土ヶ谷~戸塚)

 中央自動車道 E19(小牧~岡谷)、E20(高井戸~岡谷)、E68(大月~河口湖)

 阪和自動車道 E26(松原~和歌山)、E42(和歌山以南)

 高知自動車道 E32(川之江~高知)、E56(高知以東)

 三陸沿岸道路 E6(仙台港北~利府)、E45(利府~八戸)

 新東名高速道路 E1A、E52(清水連絡路)、E69(引佐連絡路)

 圏央道 E66(栄~戸塚)、C4(釜利谷~木更津)

 新湘南バイパス E84(茅ヶ崎~茅ヶ崎海岸)、C4(藤沢~茅ヶ崎)

※ 「横浜新道って国道16号区間もあるの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、保土ケ谷バイパスの新保土ケ谷ICと横浜横須賀道路の狩場ICの間は、国道16号横浜バイパスの無料区間である。

 

〇同一の区間に複数の路線番号が重複しているもの

 東北自動車道(福島北~福島) E4とE13

 東北自動車道(花巻~北上) E4とE46

 東北自動車道(仙台南~村田)、E4とE48

 中央自動車道(双葉~長坂) E20とE52

 中国自動車道(北房~落合) E2AとE73

 中国自動車道(広島北~千代田) E2AとE74

※この論法でいくと、東北自動車道(岩舟~栃木都賀)もE4とE50(北関東道等)で重複していなければならないと思うのだが、何故かそうなっていない。

 

〇一番多くの路線番号を持つ道路

 中央自動車道 E19、E20、E52、E68

 東北自動車道 E4、E23、E46、E48(上記のように北関東道との重複を押さえていれば、東北道が一位だった。)

 

〇距離が一番短い路線番号

 圏央道 E66(栄~戸塚)・・・・横浜市内(栄区と戸塚区)におさまってしまう。2キロしかない。

※沖縄道と那覇空港道は途中で分岐しているにもかかわらずE58一本にまとめてあるのに、何故ここだけわずか2キロのために別番号を持たせるのかよくわからん。

 

〇重複した路線番号

 C3 東京外環自動車道と東海環状自動車道

 名古屋圏の環状道路については、首都高速道路都心環状線 C1 、首都高速道路中央環状線はC2であるのに対して、名古屋高速道路都心環状線はRであることから、名二環状をR2、東海環状道をR3とする検討も行われていたが、採用されなかった。

名古屋地区の環状道路ナンバリングの別案

 第5回 高速道路ナンバリング検討委員会 配付資料http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/pdf05/3.pdfから引用

 

〇ナンバリングと引き換えに無くなりそうなもの

 きゅうまるいち(@QOIQOIQOI )さんが指摘している。

 実際にフランスで撮影した高速道路のサイン(路線番号標識もわかるよね)

ヨーロッパの高速道路のサイン

〇E14は京葉道路と東関東道のどっち?

 千葉と東京を結ぶ国道といえば14号だが、有料道路としては京葉道路と東関東道の2本がある。どちらにE14をつけるのが相応しいのかはともかく、実際には京葉道路がE14となり、東関東道はE51を名乗った。

 京葉道路は国道14号の有料バイパスであり、まあ妥当であろう。一方東関東道のE51のもととなる国道51号は、本来千葉市-成田市-水戸市を結ぶ路線であり、東京-千葉間は路線に含まれない。

 なお、E14は館山道経由で富津館山道路をその終点とした。富津館山道路は一般国道127号(館山市-木更津市)の有料バイパスである。14号であり、127号でもあるというわけだ。

 

〇先祖返りの番号?

 いわゆる「B路線」(高規格幹線道路の一般国道自動車専用道路:上記表の緑色着色路線)については、1991年の一般国道の路線を指定する政令において、オリジナルの路線番号を持つ路線と既存の国道のバイパスとして整備されるものとが分けられた。

高規格幹線道路のうちの一般国道自動車専用道路

 この際に、例えば圏央道は国道16号から468号へ、京都縦貫自動車道は国道9号から478号へ、西九州自動車道は国道35号から497号へ変更された。

国道番号の変更

 それが今回のナンバリングで京都縦貫道はE9、西九州道はE35というように元の並行する国道の番号に戻ってしまった。いわば先祖返りである。

 他方、圏央道はE16ではなく環状道路ということでC3になった。E16を名乗るのは横浜横須賀道路+横浜新道(狩場-保土ケ谷)である。「東京環状」とも呼ばれる国道16号であるが、高速道路ナンバリングでは三浦半島+αにおさまってしまった。

 B路線でもう一つ先祖返りがある。上記表に「西神自動車道 28号 神戸市-三木市」という路線がある。「そんな高規格道路聞いたことはない」という方がほとんどであろう。実際には三木JCTから神戸西ICまでは山陽自動車道に、神戸西IC以南は神戸淡路鳴門自動車道として整備された。神戸淡路鳴門自動車道は国道28号の有料バイパスという位置付けだからE28で違和感は無いのだが、三木JCTから神戸西ICまでは高速自動車国道山陽自動車道になったので国道28号ではなくなってしまった。それが(おそらく)E28を名乗ると思われる。(表を見ても明示されていない。)

 

〇「A’」はどうなるの?

 「A’」とは「高速自動車国道に並行する一般国道自動車専用道路」のことであり、山陽道における広島岩国道路、山口宇部道路、東九州道における椎田道路、宇佐別府道路、延岡南道路、隼人道路、館山道における富津館山道路のような道路である。

 今回の「高速道路ナンバリングの路線番号・路線名対応表」では、その辺の扱いがはっきりしない。まちまちである。

 例えば、E14であれば「京葉道路、館山自動車道、富津館山道路」とA’路線である富津館山道路をE14とすることが明記されているが、E2では「山陽自動車道」とだけ書いてあるためA’路線である広島岩国道路や山口宇部道路がE2となるのかが明らかではない。

 おそらくネットワークからすると含まれるのだろうが、これがE4Aの「東北縦貫自動車道八戸線(安代~青森)」だと、NEXCOが営業する百石道路は当確にしても、青森県道路公社が営業するみちのく有料道路や第二みちのく有料道路が含まれるかは悩ましいところである。

 「東北縦貫自動車道八戸線(安代~青森)」のように道路名ではなく高速自動車国道の路線を指定する政令の路線名で記載している路線は、A’を含むという見方もできるのだろうか?

E5A 北海道横断自動車道(黒松内~札幌)、E29 中国横断自動車道姫路鳥取線(播磨~鳥取)等がそうである。

また、E56のように「四国横断自動車道(高知~大洲)、松山自動車道(大洲~松山)」という書き方の路線がある。四国横断自動車道(高知~大洲)は、高速自動車国道の路線を指定する政令の路線名であり、「松山自動車道」は、高速自動車国道の路線を指定する政令の路線名では四国縦貫自動車道であり、その道路名が「松山道」なのである。同じ枠の中に違う性格の道路名称が使われている。これはE56の四国横断道(高知~大洲)の区間内に高速自動車国道の高知道に加え、A’路線の宇和島道路、大洲道路等も含まれるからではないだろうか?一方四国縦貫道(大洲~松山)は全区間が高速自動車国道の松山道である。

 

〇また気が付いた点があれば追加していきたい。

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2016年12月 4日 (日)

首都高と河川利用と景観

 先日、首都高初期のパンフ「首都高速道路公団のあらまし」首都高初期のパンフ「伸びゆく首都高速道路」をUPしたところであるが、「日本橋の景観が(ry」という点について再度整理してみたい。

首都高速道路公団事業のあらまし  (1)

 首都高が設立され、その「事業のあらまし」を紹介するパンフに「日本橋を高架橋が乗り越えていく箇所」を持ってきたところに、首都高側の「これこそ首都高の象徴となるシーン」とする意向、姿勢が伺い知れる。

 大山総裁にもお喜びいただけた。

伸びゆく首都高速道路 (27)

 「完成時にはそのダイナミックなスケールと、そのメカニックな美しさのため東京の新名所となることでしょう。」というあたり、「これこそ新時代の美しさなのだ」という提起をしており、後付けで「オリンピックのために景観を無視した」という批判はあたらないのではないだろうか?

 当時の報道等も気にして見ているのだが、河川上(若しくは干拓)の利用による道路整備を批判したものには(私の探索努力不足もあろうが)あまり目立たない。むしろ下記のような論調のものを見つけたりした。

河川活用による高速道路建設

 (読売新聞 1962(昭和37)年1月25日付夕刊から引用)

 読売新聞の主張をざくっとまとめてみると

・新しくできる阪神高速は河川敷を上手く使うことになっているが、首都高の場合は、東京で戦災の残土処理のために多くの河川を埋め立ててしまったので大きな阻害になっている。

・首都高の河川敷利用が少ないため用地買収等に必要以上の経費がかかっているうえ、住民の反対で工事が遅れている。交通事故が多発する交通事情を改善するために一日も早い道路整備が必要だ。

・河川が不要になったら干拓して掘割式の自動車道路を建設したり、河川を廃止できなくても高架の自動車道路を建設したりするのが世界各国の大都市における実情だ。

・戦災復興の埋め立ては景観上問題ありとしながら、高速道路による河川利用についてはそのような指摘がないことからすると、当時の読売新聞としては、高速道路による河川利用は景観上はセーフだったのだろうか?

 

 最近のマスコミ等の論調では「都心の高架の高速道路や水辺を潰す高速道路は世界的に珍しく、考えられない」といった趣旨がよく見受けられるが、当時のマスコミは、それこそ世界の大都市の実情だとして河川敷を活用した一日も早い道路整備を主張しているのである。その背景には交通事故等の事情が逼迫していたことも記事から読み取れる。

 マスコミが勝手なところは、自社のこういった過去の主張は無視して、その時々でええかっこするし、「世界の実情」も自分の都合のいい断面で切り取って持ってくるあたりかなと。

 読売新聞が「首都高の景観が~」と言い出したら、この記事についての感想をまず語っていただきたいものだ。

 私も価値観が時代によって変化することを否定するわけではないが、まあ自社の主張についても一定の整理をしたうえでマスコミさんにも偉そうなことを言ってほしいなと。

河川活用による高速道路建設2

 ちなみに、毎日新聞1965(昭和40)年8月3日付の記事では、「高速道路建設にあたって京橋をどうするかをめぐって地元町会と話し合ったが、予想に反して反対意見が少なかったため取り壊した」とある。地元の意識も当時はそんなものだったのだろう。

 この記事もノスタルジーの面ではとらえているが、景観の面には一切触れていない。

 この他にも、「首都高の高架下にドブ川を残すより、この際埋めて活用しよう」という地元の意向もあった旨の記事も見た記憶がある。

伸びゆく首都高速道路 (18)

 とはいっても、6号線の隅田川沿いに高架橋を立てるにあたって「セーヌ河畔にも河川敷を利用したモーター・ウェイがあります」とするのは悪ノリのような気がする。いくら私でもあれとこれは違いすぎるだろうと思うぞ。

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 記事の趣旨とは異なるが、首都高速の河川利用にあたって河川管理者側の経緯をまとめた報文がなかなか興味深いので、この機会にぜひお目通しいただきたい。

「日本橋における首都高速道路の上空占用に至る経緯」

http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/content/000021817.pdf

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2016年11月23日 (水)

首都高初期のパンフ「伸びゆく首都高速道路」

 先の記事でUPした「首都高速道路公団のあらまし」よりも後に作られたパンフレットのようで、建設事業が進んでいることが伺えるものだ。

伸びゆく首都高速道路 (1)

 いわゆる「表4」の部分が柿色である。表紙が建設中の鉄骨を映していることを考えると、錆止めの柿色が当時の首都高を象徴するカラーだったということだろうか。

伸びゆく首都高速道路 (2)

伸びゆく首都高速道路 (3)

伸びゆく首都高速道路 (4)

伸びゆく首都高速道路 (5)

 皇居前のオート3輪!

伸びゆく首都高速道路 (6)

「首都高速道路の必要性」

伸びゆく首都高速道路 (7)

伸びゆく首都高速道路 (9)

伸びゆく首都高速道路 (8)

「首都高速道路公団の誕生」

伸びゆく首都高速道路 (10)

伸びゆく首都高速道路 (12)

 汐留付近は、首都高速道路公団設立前から、日本道路公団が建設に着手していたため、この頃では最も工事が進んでいるようだ。

伸びゆく首都高速道路 (11)

伸びゆく首都高速道路 (13)

伸びゆく首都高速道路 (15)

 都心の運河を掘割式の高速道路に施工中の様子が分かる。

伸びゆく首都高速道路 (14)

「首都高速道路構造別平面図」

伸びゆく首都高速道路 (16)

 隅田川にクレーン船が多数取り付いて6号線の施工をしている様子。

伸びゆく首都高速道路 (18)

 「記念病院」とあるのは、同愛記念病院かな?

伸びゆく首都高速道路 (17)

伸びゆく首都高速道路 (19)

 「首都高速道路公団のあらまし」にも出てきた東京タワー周辺のフォトモンタージュ

伸びゆく首都高速道路 (21)

伸びゆく首都高速道路 (20)

伸びゆく首都高速道路 (22)

伸びゆく首都高速道路 (24)

 今話題の築地市場付近のフォトモンタージュ

 「迂回は有楽町線。」の記述が気になる。8号線を有楽町線と呼んでいたのだろうか?

伸びゆく首都高速道路 (23)

 こちらは、渋谷駅付近で山手線を跨ぐ箇所のフォトモンタージュ

伸びゆく首都高速道路 (25)

伸びゆく首都高速道路 (27)

「立体交差」 完成時にはそのダイナミックなスケールと、そのメカニックな美しさのため東京の新名所となることでしょう。

 「日本橋を跨ぐことで景観が(略)」というのは、やはり後付けの理屈で、当時はこれこそが「美しさ」だったのだ。

伸びゆく首都高速道路 (26)

「首都高がないと、将来一般道だけでは渋滞してこんなに時間がかかっちゃいますよ」というグラフ

伸びゆく首都高速道路 (28)

「用地などの補償について」 自転車で用地買収の交渉に行ってきまーす

伸びゆく首都高速道路 (30)

伸びゆく首都高速道路 (31)

「駐車場整備計画」

伸びゆく首都高速道路 (33)

伸びゆく首都高速道路 (32)

伸びゆく首都高速道路 (34)

伸びゆく首都高速道路 (36)

 オリンピックまでに供用する路線のなかで2号線もあげられているが、地元の反対運動もあって間に合わなかった。

伸びゆく首都高速道路 (35)

「首都高速道路案内図」

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首都高初期のパンフ「首都高速道路公団のあらまし」

 早大大学史資料センターに、首都高速の立ち上げのころのパンフがあったのでUPしてみる。背景等はさんざん前の記事でやったので、淡々とUPするだけ。これも西武の堤康次郎が保管していたもの。

首都高速道路公団事業のあらまし  (1)

 表紙は、日本橋を渡るところだ。「景観が(略)」と言われがちなところであるが、首都高も意識していたのか、それとも逆に「日本橋を高架橋が乗り越えていくところこそ首都高の象徴となるシーン」と考えていた(世間もそれを受け入れていた)のかなとも思う。

首都高速道路公団事業のあらまし  (34)

首都高速道路公団事業のあらまし  (35)

 今は、首都高の英訳は「Metropolitan Expressway」であるが、当初路線は都内(23区内)しかなかったからなのか「Tokyo Expressway」である。

 左下の「HEIBON」は何だろうか。気になる。

首都高速道路公団事業のあらまし  (2)

 旧標識好きな方にはお喜びいただけるのではないか。走行していてこれを瞬時に判別できるかどうかは微妙だが。

首都高速道路公団事業のあらまし  (4)

 「首都高速道路の必要性」

首都高速道路公団事業のあらまし  (3)

首都高速道路公団事業のあらまし  (5)

首都高速道路公団事業のあらまし  (7)

首都高速道路公団事業のあらまし  (6)

「人口の増加」

首都高速道路公団事業のあらまし  (8)

首都高速道路公団事業のあらまし  (9)

 橋が見えるのでどこかの川を締め切って工事をしているところだろうか?

首都高速道路公団事業のあらまし  (10)

「自動車の激増」

首都高速道路公団事業のあらまし  (11)

首都高速道路公団事業のあらまし  (13)

「ビルラッシュと住宅団地の発達」

首都高速道路公団事業のあらまし  (14)

首都高速道路公団事業のあらまし  (16)

首都高速道路公団事業のあらまし  (15)

「首都高速道路公団の誕生」

首都高速道路公団事業のあらまし  (17)

東京タワー周辺のフォトモンタージュ

首都高速道路公団事業のあらまし  (19)

首都高速道路公団事業のあらまし  (18)

首都高速道路公団事業のあらまし  (20)

首都高速道路公団事業のあらまし  (22)

「首都高速道路案内図」

首都高速道路公団事業のあらまし  (21)

「首都高速道路公団の事業内容」

首都高速道路公団事業のあらまし  (23)

首都高速道路公団事業のあらまし  (25)

「首都高速道路建設路線」

首都高速道路公団事業のあらまし  (24)

「首都高速道路の建設計画」

首都高速道路公団事業のあらまし  (26)

首都高速道路公団事業のあらまし  (28)

「首都高速道路はどんな道路か」

 気になるのは「B」の「一般宅地の上を通る場合」

 先に紹介した「東京都市高速道路の建設について」は積極的に高架下に住宅、店舗を導入するイメージだったのに、それについての言及が無くなっている。イラストは建築物が入りそうな感じではあるが。

首都高速道路当初の高架下建築計画

首都高速道路公団事業のあらまし  (27)

首都高速道路公団事業のあらまし  (29)

首都高速道路公団事業のあらまし  (31)

「首都高速道路の資金計画」

「用地などの補償について」

首都高速道路公団事業のあらまし  (30)

「駐車場整備計画」

首都高速道路公団事業のあらまし  (32)

首都高速道路公団事業のあらまし  (33)

「一般道路と高速道路を走行した場合の比較効率」

首都高速道路公団事業のあらまし  (36)

「首都高速道路ができた場合の効果」

 

 次は「伸びゆく首都高速道路」という、これよりも後年に発行されたと思われるパンフを紹介したい。http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-8798.html

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2016年11月22日 (火)

「東京道路奇景」(川辺謙一・著)を読んでいて「東京都市高速道路の建設について」に関心を持った方に全部見せちゃう。

 「東京道路奇景」川辺謙一・著 草思社・刊 を読んでいて引用されている「東京都市高速道路の建設について」に関心を持った方もいらっしゃるだろう。太っ腹な私がそんなあなたに全部見せちゃう。

 ただスキャンするだけじゃアレなのでところどころにネタというか解説も突っ込んでいこう。自分も過去にこの資料をネタに幾つかブログの記事を書いているので併せてご紹介したい。

東京都市高速道路の建設について (1)

 首都高速道路公団ではなく、その設立前に東京都が作成している。

東京都市高速道路の建設について (2)

東京都市高速道路の建設について (3)

東京都市高速道路の建設について (4)

 「昭和40年の交通危機」という言葉が出てくるが、首都高速は東京オリンピックを目指して計画されたのではなく、もともと、昭和40(1965)年ごろには道路交通がパンクするため、対策を講じなければならないということで着手されたものなのだ。

東京都市高速道路の建設について (7)

東京都市高速道路の建設について (8)

 皇居の堀が見えているので日比谷交差点の風景かな?

 戦前にここに防空壕の機能も兼ねた地下道の計画(宮城外苑地下道計画)があった。

宮城外苑地下道計画1

「山田正男「宮城外苑地下道計画案に就いて」」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-6c82.htmlに紹介している。

東京都市高速道路の建設について (5)

東京都市高速道路の建設について (6)

 「都市高速道路は高架式が普通です。」と見出しをつけておきながら、写真は掘割部である。都心の河川を干拓して高速道路を作るにあたって、関係者にこの写真を見せて「こんな風に出来ます」と説明していたのだろうか。(尤も、この写真は片側3車線なので随分イメージが異なるが。)

東京都市高速道路の建設について (9)

 当初は、首都高速は「インターチェンジ」と「ジャンクション」ではなく、「ランプ」と「ジャンクション」だった。平成初期まではそうだったはず。

 この写真も「高速道路同士を立体交差で接続するときはこうなるんですよ。これをインターチェンジというんです」なんて言いながら見せていたんだろうか。

昔の首都高のインターチェンジとランプ

(「ワイドミリオン全東京1/1万」東京地図出版・刊 1992年1月発行 から引用)

東京都市高速道路の建設について (10)

 昭和28年4月28日に、首都建設委員会は「首都高速道路に関する計画」の勧告を発表している。 その路線図に着色して分かり易くしたものが下記の路線図である。

昭和28年の首都高速道路網図

 詳細は「昭和28年の首都高速道路計画」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/28-7e37.htmlをご覧いただきたい。

東京都市高速道路の建設について (11)

 上段部分が、路線選定の考え方を紹介している。首都高速はオリンピックに間に合わせるために河川や運河の上を通ったのではなく、オリンピック決定のはるか前から河川や運河の上を通る計画だったことが分かる。

 また、下段部分の「附帯意見」では

「2 皇居の南側において国会方面から銀座方面に通づる路線の計画につき検討する。」とある。

 これの名残が、現在のJR有楽町駅付近の日比谷地下道である。

日比谷地下道

三原橋地下街を潰すはずだった銀座地下道計画

(「都市計画と東京都」都政調査会発行(1960)から引用)

 ※日比谷地下道は、上記「附帯意見2」の首都高路線の代わりに、都道として計画されたが、紆余曲折あって今のような中途半端な地下道ができたのである。

 ブログでは「東京五輪関連:地下鉄と競合して未成となった銀座の地下自動車専用道路にして首都高速計画線の名残」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/--4890.htmlに記してあるのでご覧いただきたい。

 同様に「3 外濠と日本橋河を利用する区間については神田川との治水上の関連を真重(ママ)に検討のうえ可能ならば河川を通すこと」としており、昨今非難されがちな「日本橋の上を通る首都高」は、本来は「日本橋の下を通る首都高」となるはずだったのである。

首都高と日本橋の位置関係

(「東京の都市計画に携わって-元東京都首都整備局長・山田正男氏に聞く」84頁から引用)

東京都市高速道路の建設について (12)

東京都市高速道路の建設について (13)

東京都市高速道路の建設について (14)

 首都高の一番最初の路線網である。これの大判の青焼き図面を早大大学史資料センターで見たことがある。

首都高速道路初期の青焼き図面 (2)

 右上に赤鉛筆で「大将用」と書いてある。西武鉄道の堤康次郎個人用ということだ。堤康次郎は多くの高速道路関係資料を収集していた。その目的は西武建設の名神高速建設工事であり、近江鉄道バスの名神高速への乗り入れであったりするのだが。

首都高速道路初期の青焼き図面 (1)

 赤ペンで印が入っているのは芝のプリンスホテル等であろうか?

東京都市高速道路の建設について (15)

 「民地の買収による都民の迷惑をできる限りさける」「多少の線形の屈曲を犠牲」とある。首都高はカーブが多くてなんだ!とお怒りの方は「都民の迷惑」も少しは考えた方がいいのかもしれない。

 「高架構造物の路下を建築物として利用」という点についてはおって触れたい。

東京都市高速道路の建設について (16)

 「あれ?都心環状線が無いぞ?」と気が付いた方はいらっしゃるだろうか?

 実は、本来は放射路線となっている2号、3号、4号の一部が、通称「都心環状線」を形成しているのである。

伸びゆく首都高速道路 (35)

(「伸びゆく首都高速道路」首都高速道路公団・刊から引用)

東京都市高速道路の建設について (17)

東京都市高速道路の建設について (18)

 「高架下は軌道がない限り、駐車場に利用」って、軌道すなわち路面電車とは並存する気だったのか。東急玉川線と首都高3号渋谷線は結局玉川線が地下化して首都高と一体構造として整備ということになったが、都電もそのまま残す余地があったのだろうか?

東京都市高速道路の建設について (19)

 「新しい街路にそつた土地の建物を中高層化して共同で店舗,住宅等に利用」というのはオリンピック前の青山通りの拡幅等でも採用された手法だ。

東京都市高速道路の建設について (20)

 首都高では、結局高架下に建築が入ったのは箱崎のTCAT等少数に留まったのだが、当初は積極的に高架下に建物(住宅までも!)を作って積極的に利用する計画だったようだ。

 首都高の高架下利用の経緯については「森口将之氏「首都高速ではない首都高速? 無料で走れるKK線が生まれた理由」は勉強不足」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/kk-9f0e.htmlにまとめてある。

IMG_8117

 上記は実際に首都高が高架下に店舗を建築した例である。

東京都市高速道路の建設について (21)

東京都市高速道路の建設について (22)

 掘割式が「都市の美歓(ママ)上も、工事の点からも最も望ましい構造」だとのことである。

東京都市高速道路の建設について (23)

東京都市高速道路の建設について (24)

 こんな光景は実際には見られないような気がするがどうだろうか。。。

東京都市高速道路の建設について (25)

東京都市高速道路の建設について (26)

 先にも述べたように、オリンピック対策ではなく、昭和40年までに首都高速が出来ないと、都内の道路交通がパンクしてしまうのでその予防のための工程である。

東京都市高速道路の建設について (27)

 首都高速道路公団ができる前に、日本道路公団が2号線等の一部に着工していた。

首都高速道路は日本道路公団が建設開始していた

 「首都高速道路を当初建設着手したのは日本道路公団(JH)だった」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-a9d4.htmlにそのあたりのことを書いてある。

東京都市高速道路の建設について (28)

 当初構想では、1回70円程度の料金を10年前後徴収する計画だったようだ。ここが今とは随分違う点だ。

東京都市高速道路の建設について (29)

東京都市高速道路の建設について (30)

 「東京都市高速道路の建設について」については以上である。振り返ってみると、川辺謙一氏だけではなく私も随分ネタに使っていることだよ。

(追記)

 首都高速の設立当初のパンフレットを下記のとおりUPしたので併せてご覧いただければ。

・首都高初期のパンフ「首都高速道路公団のあらまし」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-2f3b.html

・首都高初期のパンフ「伸びゆく首都高速道路」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-8798.html

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 「東京都市高速道路の建設について」とは関係ないが、「東京道路奇景」では、東京高速道路(KK線)を「都政七不思議」の観点から取り上げている。大変素晴らしい。

 21世紀に入ってからというものの、「都市計画家・石川栄耀―都市探求の軌跡」中島直人、初田香成、佐野浩祥、津々見崇、西成典久・著 鹿島出版会・刊や 「自動車と建築-モータリゼーション時代の環境デザイン」堀田典裕・著 河出書房新社・刊 のように、ロクに調べもせずに、東京高速道路は素晴らしい!石川栄耀マンセー!な本ばかりなところで貴重なスタンスである。最近では「都政七不思議」にからめて東京高速道路を論じていたのは、素で私のブログくらいしかなかったから喜ばしいことである。

 東京高速道路以外の「都政七不思議」に関心を持たれた方は、私の記事「「安井都政の七不思議」って結局どの七つなのか調べてみた。」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-c0c2.htmlを是非見ていただきたい。

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2016年11月 4日 (金)

森口将之氏「首都高速ではない首都高速? 無料で走れるKK線が生まれた理由」は勉強不足

 森口将之氏が「首都高速ではない首都高速? 無料で走れるKK線が生まれた理由http://getnavi.jp/vehicles/80733/という一文をGetNaviwebという媒体で発表しているのがひっかかった。

 ざっくりまとめると「東京高速道路株式会社線(KK線)は、ビルの賃貸料収入で運営しているので無料だ。首都高も一部でも導入していれば高速料金が安くなったのに」ということらしい。

 どうも、ツッコミどころ満載である。

東京高速道路

■ 無料ならなんでもいいのか?

 森口将之氏はこう記す。

銀座でKK線の脇を歩いたことがある人なら、下に飲食店などが入っていることを知っているはず。実はこれらのお店からの賃貸料収入で運営しているのだ。KK線が部分開業したのは1959年で、首都高速より早いのだが、そうとは思えないほど先進的な思想にあふれた道なのである。

 東京高速道路のなりたちを全く知らないような素朴な書きぶりだ。

 では、私お得意の国会議事録から東京高速道路が建設された当時にどのような扱いになっていたかを紹介してみよう。

■ 東京高速道路(KK線)は自民党議員からも「利権道路」と呼ばれていた

○久野(忠治)委員 今日交通需要が限界に達しておることは衆目の見るところでございます。こうした点から一部経済人がこれに目をつけまして、御存じの通り新橋―京橋間に東京高速自動車道路の建設が計画をされ、目下この事業が進行中でございまするが、数年前に計画されたこの事業が今もって完成をしないのであります。しかも当建設委員会におきましては、この高速自動車道路の建設については多分な疑惑の目をもって見ておりまして、そうしてこの内容についても幾多の質疑が発せられました。そのとき――この問題には関係ありませんけれども、重要でありますから一つお尋ねをいたしたいと思うのであります。その際私が質問をいたしましたことはこういうことでありました。その下部の利用は一体何にするかという質問に対して、当時の東京都の副知事――名前はちょっと忘れましたが、副知事はこう答えました。倉庫もしくはガレージに利用する、こう言ったのであります。万一その利用目的が変った場合にはどういう処置をとるかという質問に対して、撤去を命ずる、こう言いました。それからもう一つ、この都市計画全体からいって、下水あるいは雨水の排水のための重要な都市水路であるから、これは残しておくべきではないかという意見もそのときに出たのであります。その質問に対しては、地下はいわゆる水路として残しておくように設計をされておる、万一それを埋め立て等にする場合があれば、これまた当初の設計に反するものであるから撤去を命ずるということを、現に当委員会で言明をされたのであります。それは当時の建設委員会の速記録をお調べになればよくわかることでございます。ところが今日でき上りましたものを拝見いたしますると、堂々たるキャバレーができたり、あるいは飲食店ができたり、事務所ができたり、倉庫というのは名ばかりで、今ガレージなどというのは名目的に一、二カ所あるだけでございます。それから私たちが指摘をいたしましたように、地下の水路はすでに埋め立てをいたしてしまいまして、そうしてこれを地下の倉庫に利用しようといたしております。そうして莫大な利権を握って、東京都の交通難を緩和するという美名に隠れて利権のちまたにこれがなろうとしていることは、衆目の見るところであります。

○西村委員長 それからこれは今日私風評で聞いておるのでありますが、設計変更の認可もないうちに高速自動車の私営のやつが行われている。しかもこれは世間では利権道路と言っているということ、そういうことからくる都の機構、あるいはその行政の運営に対しての疑惑というものも世間に伝えられている

 この久野委員も西村委員長も自民党である。野党が政府を追及しているわけではない。

 「テナント料で費用を賄っているので高速道路料金はタダ!民間の知恵だ!PFIの先駆けだ!」と持て囃されているKK線であるが、当時の国会では与野党こぞっての「利権」集中砲火であった。

 なお、今のコリドー街やGINZA9等を考えると上記で「倉庫、ガレージ」と議論しているのは違和感を感じるが、「もともと倉庫、ガレージにしか使わせない」という目的で許可を得ておきながら後で知らぬ間に飲食、店舗等に使わせることになっていたというのも世間から指弾された点である。

 こんなことは、国会議事録で検索すればすぐ分かる話だ。

 ちなみに、当時の新聞記事ではこんな扱いである。

疑惑の東京高速道路KK線 (1) 

1956(昭和31)年9月6日付読売新聞から引用

 東京高速道路は「利権の長城」と呼ばれていたと書いてある。

 書籍ではどのように扱われているかも見てみよう。

 とくに革新系の庁内誌「都政新報」社がつくったパンフレット「東京の七不思議-裏から見た都政」は、都内の一般書店でも販売されて都民の反響が大きく、安井都政の汚職批判はかなり都民に浸透した。

 この「七不思議」のうち、もっとも有名なのはすでにのべた数寄屋橋の下の濠を埋め立て、いま京橋から新橋へかけて高速道路が走っているが、この高速道路建設の名目でその下につくれらた(ママ)貸ビルの問題である。安井知事は、このためにできた「東京高速道路株式会社」なる民間会社に、この外濠の埋立権を与え、六千坪の土地に地上二階地下一階の貸ビルをつくって営業してもよいことにしてしまった。(一九五七年七月、フードセンター、数寄屋橋ショッピングセンターなど開業。)埋め立ての費用は都が負担し、この会社からとる地代は月坪四百円。当時この辺は坪当たり地価五万円といわれていたから、会社は店子から莫大な家賃や権利をとれるはずだ

東京都知事」日比野登著 41~42頁から引用

 都民の公共資産である外堀の埋め立て地を特定の企業が安価に都から手に入れて高額なテナント料を手に入れる・・・そのおこぼれとしての料金無料なのである。

 東京高速道路は、35年たてば東京都に寄付されるはずだったが、それを拒んだため東京都が東京高速道路を相手取り、訴訟を提起した。結果は第一審から最高裁まですべて都が勝訴。結果的に東京高速道路が都から買収する形で現在に至っている。このズブズブが森口将之氏のいうところの「先進的な思想にあふれた道」なのである。

疑惑の東京高速道路KK線 (2)

1988(昭和63)年6月22日付読売新聞から引用

 コンプライアンス的に言えば、東京高速道路株式会社は、超ブラック企業である。森口将之氏はブラックだろうが利権だろうがタダになれさえすれば「先進的」と言うのだろうか。なんとも貧しいおこぼれ頂戴根性であろうか。

 

■ 首都高速は一部でもKK線のような高架下建築を導入していないのだろうか?

 森口将之氏はこう記す。

なぜ首都高速はKK線のようなビジネススタイルを取り入れなかったのだろうか。一部でも導入していれば高いと言われる料金が少しは安くなったのではないだろうか。

 首都高速も高架下への建築は「一部」くらいは導入している。

 箱崎の東京シティエアターミナル(T-CAT)等がその例だ。首都高の高架下に道路法に基づく占用許可によって設置されており、道路側に占用料収入が入っているはずである。

TCATと首都高速道路

 また、数は少ないものの高架下に建物を首都高が作り、テナントを入れている。

IMG_8117

 赤羽橋のあたりを走っていると上記のような高架下建築が見える。

東京都の「平成15年度財政援助団体等監査報告書」には下記のとおり記されている。
http://www.kansa.metro.tokyo.jp/PDF/03zaien/15zaien/15zaien362.PDF

 本事業は、2号目黒線高架下において、移転困難な地権者に対し、昭和43年から公団が施設(事務所・店舗用、駐車施設等)を設置し賃貸しているものであり、平成14年度の総収益は6,208万余円で、前年度に比べ232万余円(3.6%)減少している。一方、総費用は4,576万余円で、311万余円(7.3%)増加したため、当期利益金は1,631万余円となり前年度と比較して543万余円(25.0%)減少している。

■ 首都高速は、実はやる気マンマンであった

 下記は、1959(昭和34)年に東京都が作成した「東京都市高速道路の建設について」という冊子からの引用である。首都高設立に向けての東京都のPR資料と思われる。

首都高速道路当初の高架下建築計画

 このように現在と異なり、首都高速は東京高速道路株式会社と同様に高架下建物の建設に積極的だったように見える。これが実際にはT-CATと「移転困難な地権者向け」等に縮小してしまった(もっとも駐車場や公園としての活用はされているが。)。

 なぜ、そうなったのだろうか?

 冒頭に引用した国会議事録は首都高速道路計画の審議の際の発言である。それだけ都市内高速道路の建設にあたっては、「利権道路」東京高速道路がトラウマになっており、「KK線の再現は許さない」空気があったのではないか。事実、首都高速道路公団法案の国会審議には何度となくKK線についての質疑がなされ、東京高速道路社長まで参考人で呼び出されている。

 また、タイミングの悪いことに、国鉄でも「ガード下疑惑」のようなものが持ち上がっていた。鉄道会館事件や京急デパート事件のように身内に便宜を図ったり、ガード下にテナントが入れるように便宜を図ることで国鉄職員が収賄で逮捕されるといった疑惑・汚職を招く一方、アメ横のガード下等は転貸に転貸を重ね、地主である国鉄も管理できないありさまであった。別の記事でも触れているが国会の場で当時の総裁が何度も陳謝している状況である。

国鉄ガード下汚職

1954(昭和29)年10月9日付朝日新聞から引用

(参考)「小林一郎著「ガード下」の誕生-鉄道と都市の近代史(祥伝社新書)が糞だった(その2)」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/--c177.html

 このように世間は「高架下(ガード下)利権許すまじ」の情勢があったのは間違いない。そこに運悪く首都高が巻き込まれて高架下の積極的な利活用に制限がかかってしまったのではないか

 そして、建設省は「高架道路の路面下の占用許可について」(昭和40年8月25日付け建設省道発第367号建設省道路局長通達。平成17年廃止)を発出し、道路の高架下利用を非常に限定的に行うこととした。鉄道のバラエティあふれる高架下の利用に対して、道路の高架下の利用が公園、駐車場等が主であり、商業用施設が極めて限定されてきたのはこの通達によるものである。

(この直前に、新幹線の高架下利用が問題となっており、その影響があったのかもしれない。)

新幹線ガード下不当利用

1964(昭和39)年5月4日付朝日新聞から引用

高架下利用は抑制

(「建設のうごき」No.109号11頁から引用。)

 直接的な証拠が見つけられておらず、個人的な感想にとどまるのであるが、「KK線が高架下の活用ができているのに首都高はできない」のではなくて、「KK線や国鉄がやりすぎたので、そのあおりをくらって首都高は大した高架下の活用ができなくなった」のではないかと思っている。

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 ところでKK線は役に立っているのだろうか?

 「山田天皇」と呼ばれた東京都元首都圏整備局長の山田正男氏は下記のように述べている。

疑惑の東京高速道路KK線

(「時の流れ・都市の流れ」24頁から引用)

 「1km余で取付道路がどちらも並木通りではどうにもならないが」「遅まきながら」後付けで首都高のネットワークに取り込んでやって解決したということだ。

 商業利用が期待できる箇所だけのおいしいところどりの1km余ではどうにもならなかったのを都が救済してやったということである。

 森口将之氏は何を書いている人なのか実はよく知らないのだが、交通機関やその社会的背景等を真面目に勉強してから、書いてみた方が宜しいのではないか?

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2016年10月30日 (日)

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線だった?

 建設省→日本道路公団→コンサルタントと戦後の道路建設に携われていた武部健一氏の遺著「道路の日本史 - 古代駅路から高速道路へ (中公新書) 」については、今更私ごときが語るべきものではない名著であるのだが、小田原厚木道路について触れており、「ああこのことは書いても問題ないのだな」と思ったので、表記のタイトルになったわけである。

 

 先に、「清水草一氏の「中途半端な目黒線と第三京浜、実は渋滞解消の特効薬? ヒントはパリに」に係る考察(4)」で引用した「道を拓く 高速道路と私」に、その題名もズバリ「河野号令にびっくり」ということで小林 元橡氏(建設省道路局高速道路課長等を歴任)が下記のように述べている。

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線だった2

 (武部氏の記述よりも小林氏の記述の方が詳しいのは、実際に建設省の課長として直接河野大臣と対峙したからなのであろうか?)

1962(昭和37)年8月7日付朝日新聞では下記のように報じられている。

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線だった3

 小林氏の高速道路課長在任期間は、1962(昭和37)年8月10日から1965(昭和40)年1月16日までということだから、整合性はとれる。

 しかし、通常の公共工事は、大まかに言うと、前年の夏に概算要求→前年の年末に大蔵省(当時)予算折衝→政府予算案決定→年度末の国会で予算決定→新年度から予算執行できる・・・という経緯が必要なのに、8月の記者会見で「有料道路として今年末にも着手させる意向」とは驚きだ。

 もっとも、小林高速課長には「調査3日、計画設計3週間、工事3か月で完成」と下命したというのだからもっと驚きだ。

 また、「日本道路協会50年史」に収録されている座談会「富樫凱一氏を囲んで」では、下記のやりとりが収録されている。

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線だった

 富樫凱一氏、高橋國一郎氏ともに、建設省道路局長及び日本道路公団総裁を歴任している。文中の「名神高速のルート」は、「東名高速のルート」の誤植ではないか

 河野一郎氏の地盤は小田原周辺である。河野洋平氏を経て現在も孫の河野太郎氏が地盤を引き継いでいる。

 河野一郎氏は「東名を自分の方(小田原)にもってこい」というようなことを建設大臣就任時に主張して、それをはねつけた富樫凱一日本道路公団副総裁(当時)が更迭されたと読める。

 土木学会のサイトによると富樫凱一氏は「1962年日本道路公団副総裁、1966年より1970年まで総裁」とあり、コトバンクによると「(昭和)37年三菱地所取締役、39年菱和不動産社長を経て、41年日本道路公団総裁」とある。

 対談中の「河野一郎さんの頼みをはねつけてしばらくやめられた」というのが「37年三菱地所取締役、39年菱和不動産社長」という時期にあたるのか?

 河野一郎氏は、1965(昭和40)年に亡くなっているから、河野氏の没後に富樫氏は復権(道路公団総裁就任)したということか?

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 時系列で再整理してみよう。

1962(昭和37)年7月18日  池田改造内閣成立・河野一郎建設大臣就任

1962(昭和37)年8月7日 記者会見で「東海道新バイパス」の建設を発表

1963(昭和38)年3月22日 道路審議会 小田原厚木間だけを二級国道に指定するよう答申

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線  (1)

1963(昭和38)年3月30日 二級国道の路線を指定する政令を改める政令で二級国道271号小田原厚木線だけを追加

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線  (3)

 自分の選挙区に自分で国道を引っ張て来るだけの政令に署名。これぞ「ザ・政治路線」って感じですな。

https://www.digital.archives.go.jp/das/image-j/F0000000000000113272

1963(昭和38)年4月1日 上記政令施行

1964(昭和39)年1月23日 一般有料道路小田原厚木道路 事業許可

1965(昭和40)年7月8日 河野一郎氏死去

1966(昭和41)年 富樫凱一氏 日本道路公団総裁に就任(道路公団に復帰)

1969(昭和44)年3月19日 一般有料道路小田原厚木道路 供用開始

 

 いやはや物凄く短期間で異例である。

 通常、国道昇格にあたっては2年程かけて調整し、数十本の国道をまとめて昇格させるのだが、大臣の記者会見から半年で道路審議会から政令制定まで終わって、政令制定から施行も通常1年後なのに2日後に施行である。それも271号小田原厚木線一本のためだけの手続きなのである。

 すさまじいのは、法令審査の短期間ぶりだ。3月25日に道路審議会の答申があった後、同日付で建設省が内閣法制局に持ち込み、法令審査を3月28日に終え、3月29日に閣議という超綱渡りスケジュールである。はっきり言ってこんな短期間の審査はありえない。並みの政治路線ではない。

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線2

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線  (2)

 当該資料は、国立国会図書館デジタルアーカイブで見ることができる。

https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000001454032

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線  (4)

 法令審査資料に添付されている図面には「厚木-小田原線」と書いてある。

 かねがね、「なぜ厚木起点ではなく小田原起点なのだろうか?」と疑問を持っていたのだが、やっぱり厚木起点だよねえ。河野一郎に配慮して小田原起点にしたのかしらん。それとも一級国道1号から分岐する方を起点とすることが法令上のテクニックとして重視されたのだろうか?

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 実は、この記事は「道路の日本史」出版前に「道を拓く 高速道路と私」で当該記述を見つけて着手していたのだが、「道路の日本史」であらかた出てしまった。そこでこのままではわざわざブログに書く意味がなくなってしまうのでチマチマと補足資料を追加していったので公開に時間がかかってしまった。(その間にwikipedia等にも出てしまい、記事としてはおもしろみが半減してしまったので残念である。)

 「道路の日本史」発売直後にコピペして金をとる記事にしてしまうような佐藤健太郎氏のような厚顔無恥ではないのでな。(「国道者」参照のこと。サイエンスライターって楽な商売だねえ。。。)

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2016年10月 3日 (月)

バスタ新宿の成功に味を占めた国交省道路局がバスタプロジェクトを立ち上げて全国にバスタを作る構想がでてきた

 これまでバスタ新宿については幾つかの記事を書いてきた。

 ここで、国土交通省が「バスタプロジェクト」を立ち上げて全国にバスタを作る構想がでてきた

 2016年9月27日に開催された社会資本整備審議会道路分科会第55回基本政策部会http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/road01_sg_000316.html における資料を見てみよう。

バスタ新宿に味を占めた国交省がバスタプロジェクト展開の構想 (1)

 複数の交通機関の結節点「マルチモードバスタ」

バスタ新宿に味を占めた国交省がバスタプロジェクト展開の構想  (7)

 高速道路のSAPAを活用した「ハイウェイバスタ」

バスタ新宿に味を占めた国交省がバスタプロジェクト展開の構想  (6)

 道の駅等を活用した「地域の小さなバスタ」

バスタ新宿に味を占めた国交省がバスタプロジェクト展開の構想  (2)

を道路事業として推進していくのだという。

(上記資料はいずれもhttp://www.mlit.go.jp/common/001146884.pdfから引用)

 上記でも紹介したブログ記事バスタ新宿は、やっぱり国道20号だった。を追認するかのように、バスタ新宿の立体道路区域についての紹介資料も掲載されている。

バスタ新宿に味を占めた国交省がバスタプロジェクト展開の構想 (3)

 国土交通省道路局としては、立体道路制度を積極的に活用して交通結節点整備を進めていくようだ。http://www.mlit.go.jp/common/001146885.pdf

バスタ新宿に味を占めた国交省がバスタプロジェクト展開の構想 (4)

 

 なお、「交通ジオメディアサミット 〜 IT×公共交通 2020年とその先の未来を考える〜」 でも指摘された「国土数値情報におけるバス停情報の古さ」については問題意識がもたれている模様である。

バスタ新宿に味を占めた国交省がバスタプロジェクト展開の構想 (2)

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※ 上記審議会資料に添付されている モーダルコネクトの強化「バスを中心とした道路施策(たたき台)」参考資料集

http://www.mlit.go.jp/common/001146881.pdf

 は、バスを中心とした公共交通網について脳内妄想を垂れ流すのが大好きな方にはこたえられない資料が満載なのでマニアックな方は是非。

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2016年9月28日 (水)

関西空港道・阪神高速湾岸線 りんくうジャンクション

関西空港道 りんくうJCT (1)

関西空港道 りんくうJCT (2)

関西空港道 りんくうJCT (3)

関西空港道 りんくうJCT (4)

関西空港道 りんくうJCT (5)

関西空港道 りんくうJCT (6)

関西空港道 りんくうJCT (7)

関西空港道 りんくうJCT (8)

関西空港道 りんくうJCT (9)

関西空港道 りんくうJCT (10)

関西空港道 りんくうJCT (11)

関西空港道 りんくうJCT (12)

関西空港道 りんくうJCT (13)

関西空港道 りんくうJCT (14)

関西空港道 りんくうJCT (15)

関西空港道 りんくうJCT (16)

関西空港道 りんくうJCT (17)

関西空港道 りんくうJCT (18)

関西空港道 りんくうJCT (19)

関西空港道 りんくうJCT (20)

関西空港道 りんくうJCT (21)

※この料金は、空港連絡橋利用税課税前のもの。

空港連絡橋利用税(関空橋税)についてhttp://www.city.izumisano.lg.jp/topics/riyouzei.html

空港連絡橋利用税(関空橋税)に関する質問http://www.city.izumisano.lg.jp/kakuka/somu/zeimu/menu/sizei/riyouzei/QA.html

※関空連絡橋は、道路法の道路ではない道路(旧運輸省管轄の空港の道路)が、道路法の一般国道になった稀有な事例である。

 もともと関西国際空港株式会社の所有物だった橋が国による支援策のなかで、一般国道として管理することとし、NEXCO西日本の一般有料道路となったもの。

 ちなみに関西空港自動車道は、「高速自動車国道」、阪神高速湾岸線は「大阪府道」だ。

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