カテゴリー「未成道・未成線」の136件の記事

2020年4月 6日 (月)

大鳴門橋の四国新幹線関係鉄道資産の簿価は1円だった。

 「減損」ってご存知だろうか?

 最近経済記事で「買収した会社が予想通りの業績をあげないので、のれんを減損した」というような記事がDeNAとかソフトバンクとかで流れたりするが、鉄道資産も減産したりするというお話。

大鳴門橋も鉄道(新幹線)建設をやめるはずだった6

小学3年生1985(昭和60)年4月号から

 きっかけは以下のツイートである。

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JR瀬戸大橋線は、国鉄民営化の際には、工事中止が議論されたくらいなのに、どうして今は黒字なのか?

 ああ、またクドイ、長い題名をつけてしまった。

 

 先日の国土交通省からJR四国への経営改善の指導をきっかけに、JR四国の経営について、ネットでも議論が飛び交っているところだ。

 その際に、「JR四国の唯一の黒字路線は瀬戸大橋だ。」というのがよく引き合いに出されている。

 ところで、私の過去の記事で「JR30周年記念:国鉄改革で本四備讃線(瀬戸大橋線)は建設中止になるはずだった!?」というものがある。

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/jr30-0cd3.html

 行政改革、国鉄民営化の議論の際には、「瀬戸大橋線は作っても赤字だから建設を中止せよ」という議論がなされていたのだ。

  

 瀬戸大橋線は赤字か黒字か

「瀬戸大橋にかける夢」石合六郎(山陽新聞社記者)・著 国際交通安全学会誌 14巻1号9頁から引用 

 https://www.iatss.or.jp/common/pdf/publication/iatss-review/14-1-02.pdf

  

  上記の記事を一読して理解できた方は、これから下の部分は読まなくても大丈夫。

  これから私なりに「瀬戸大橋線は黒字なのか赤字なのか」を整理してみたい。

 JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (1)

  そもそも、本四公団とJR四国と国鉄はどのような関係なのか、ざくっとパワポ一枚にぶちこんでみた。

JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (2)  

  そして、これが本四架橋における道路と鉄道の費用負担の考え方だ。

 JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (3)

 JR四国は、橋を所有する本四公団(今は高速道路保有・債務返済機構)に対して利用料を払って鉄道施設を利用するのだが、もともとその利用料が、四国の鉄道に対して莫大なものだったのだ。 

 JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (4)

  本来は現在のJR四国の鉄道売り上げの倍の利用料を払う必要があったのだ。こんな事業が民営化された一般企業で成り立つわけがない。だから建設中止が臨調で議論された。

JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (5)  

  結局その利用料相当額はJR四国ではなく、国民が負担することとなった。

 JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (6)

 左下に「本四公団債務」とあるのがそれだ。 

 JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (7)

 本四公団が民営化されるまではこのような仕組みでお金が動いていた。大鳴門橋で先行して建設された鉄道部分は、JRのような収入が発生しないので、維持費用も含めて税金で対応している。 

 JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (8)

 実際には、国鉄清算事業団を通して金が動いている。 

 JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (9)

  国民負担になった金額はこちら。 「四国の人が払った税金も使って他の地方では整備新幹線を作ったのだから、今度は四国に全国の人の税金を使って四国新幹線を作る順番ですね」といった主張を目にすることがあるが、実は、大鳴門橋の新幹線施設部分と瀬戸大橋の新幹線施設部分には、国鉄が支払うはずだった利用料の代わりに、既に全国の国民の税金が使われているのである。

 JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (10)

  今度は、JR四国のサイトから。「瀬戸大橋線の加算運賃100円は、建設費の回収ではなく維持管理費」と明記してある。結構ここを知らない人が多い。100円で建設費も回収していると誤解しているのだ。

JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (11)  

  では、建設費も含めた加算運賃は幾らになるか、ザックリ試算してみよう。

 「こんな加算運賃では、他の交通機関に対してJRが勝負にならないじゃないか?鉄道のことを重視すべき」と考える方もいらっしゃるかもしれない。逆に言うと、他の交通機関に対して、JRが税金でこれだけゲタをはかせてもらっているのだ。 

 JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (12)

 一応、裏取りも兼ねて、JR四国のサイトからも利用料関係の頁をご紹介。 

JR瀬戸大橋線は赤字なのか黒字なのか (13)  

 現在の鉄道施設利用料の根拠はこちら。 

  「JR四国の経営が苦しいから、利用料を減免してもらうべき」という声もあるようだが、ご覧いただいて分かるように、現在の利用料の内訳は、瀬戸大橋のメンテナンスに係る費用や公租公課といった実費の道路と鉄道の費用分担の自己負担分なのである。じゃあ、誰が肩代わりするのか?

 なお、冒頭の「瀬戸大橋にかける夢」では、利用料の分は三島基金に上積みされているとある。それであれば、減免の要望が仮にあったとしても、よほどその額が乖離していない限りは難しいのではないか? 

 

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2020年3月21日 (土)

首都高横浜環状北西線開通記念「昭和41年横浜市高速道路計画案」~当時は横浜市中心部は都心環状線だった~

 ついに、明日2020年3月22日に、首都高速道路横浜環状北勢線もとい北西線が開通する。

 ※素で変換すると「北勢線」がでてきた。北勢線ならこれになってしまうではないか。

北勢線  

 ところで以前「昭和45年横浜市高速道路網計画案」をUPした。http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-a6c9f9.html

1970年の横浜周辺高速道路地図 (2)

 実は、更に古い計画図面を持っている。

 今度は、「昭和41年の横浜市高速道路網計画案」である。もう50年以上前だ。

 先にUPしたものとは、4年しか違わないはずだが、随分路線図が異なっているのだ。

横浜都市高速道路網計画案 (2)

 一番の違いは、都心部分である。

横浜都市高速道路網計画案 (6)

 桜木町→日ノ出町→黄金町→石川町→関内→桜木町と一方通行の都心環状線が走っているのである。

 それも大岡川等の川の上を首都高の東京都心の様に高架橋を建ててである。関内附近も地下化等していない。

 また、神奈川の首都高では有名な未成線である磯子線の他に弘明寺線がある。

 狩場線は花見台線という名称だ。

 

横浜都市高速道路網計画案 (3)

 横浜横須賀道路は昔は「南横浜バイパス」という名称だったことは、道路マニアの中では知られているが、この図面では「横浜南バイパス」とされている。そして、保土ケ谷バイパスまでも「横浜南バイパス」である。

 

横浜都市高速道路網計画案 (1)

 横羽線の横浜都心部は「臨港線」という名称だ。

 

横浜都市高速道路網計画案 (5)

 湾岸線は、今の横浜横須賀道路金沢支線のように西進するのではなく、杉田横須賀線として南進している。

 

横浜都市高速道路網計画案 (4)

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【参考】第四京浜道路計画があった。1963年の横浜市高速道路計画

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-da36.html

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 ところで、このような横浜市内の高速道路計画の変遷について、「NPO法人 田村明記念・まちづくり研究会」がその研究成果を取りまとめている。 

https://www.machi-initiative.com/research-materials/%E9%AB%98%E9%80%9F%E9%81%93%E8%B7%AF%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E5%8C%96-undergrounded-motorway/ 

  ここでしか見られない貴重な資料が満載である。

田口俊夫『横浜市都心部における高速道路地下化事例にみる自治体プランナーの役割』https://www.machi-initiative.com/app/download/10778880579/%E5%85%A8%E6%96%87%E7%94%B0%E5%8F%A3%E9%AB%98%E9%80%9F%E9%81%93%E8%B7%AF%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E5%8C%96%E8%AB%96%E6%96%87.pdf等は是非お目通しを。 

 

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2020年3月15日 (日)

JR東海が静岡のリニア水涸れ問題で約束を守るかどうかが話題ですが、国鉄須田寛常務(現JR東海相談役)が東北新幹線で埼玉県にどう対応したかを見てみましょう

 静岡県とJR東海とのリニアモーターカーの水涸れ問題の先行きが見えない。

 JR東海は、通常の30年間の補償以上を示唆するが、静岡県は「そもそも被害認定がされないのではないか」との懸念を払しょくできないようだ。

 

 そこで、国鉄時代に地元となかなか決着しなかった東北新幹線の埼玉県との協議について振り返ってみたい。

 畑和埼玉県知事(当時)は、東北新幹線を受け入れるにあたって、

その年(注:1977年)12月県議会の答弁の中で、通勤新線の建設、全列車の大宮駅停車、環境基準の達成、新交通システムの実現、という打開のための4条件を提示した。(日本経済新聞1986年10月30日(私の履歴書)から引用)」

 ところが、東北新幹線の上野開業の際に早速大宮を通過する列車が登場した。

 当然、地元は「国鉄はなんだ」ということになる。

 国会でも追及があった。その議事録は下記のとおりである。

東北新幹線大宮駅通過に係る国鉄須田寛常務の答弁


○須田説明員 埼玉県の皆様方から大宮全列車停車ということが、工事に関係いたしまして非常に強い御要望があったことは承知をいたしておりますし、当方が現地で地元の皆様方にそういったいろいろお話を申し上げる中で、大宮につきましては全列車停車可能な構造になっていることはこれは事実でございますし、今も可能なわけでございますが、そういうことを御説明いたします過程で、あるいはそういう御印象を与えたことがあったかということは必ずしも否定をいたしません。

 ただ、やはりその後のいろいろ列車のダイヤを考えてまいります中で、どうしても今申し上げましたようなことで、東北・上越新幹線全体として一番効用の高いダイヤというものを考えました中で、御案内のようなことになった次第でございますので、いろいろそういうふうなことで誤解を与えたりあるいは御説明のまずかった点は、これはおわび申し上げなければいけないと思いますが、何とぞ御理解をいただきたいというふうに考えます。

 要するに

●地元から大宮駅全列車停車って要望があったのは知ってるよ。

●大宮駅は全列車停車可能な構造だよ。

●全列車停車可能な構造だとは言ったけど、全列車が大宮駅に停車するとは言ってないよ。

●そういう印象を与えたことは必ずしも否定しないよ。

●誤解を与えたことは謝るけど、大宮駅を通過する列車があることは理解してね。

 というものである。

 で、この答弁をした国鉄の「須田説明員」の近影はこちら。

JR東海須田寛

 なるほど、京都生まれの京都育ちという京都人の品格が十二分に発揮されたものであるなあ。

 で、須田寛氏は、その後JR東海の社長になられ、現在も相談役でいらっしゃる。

 

 静岡県の関係者の方々も、JR東海とリニアの大井川水涸れ補償問題で交渉する際には、後になって「そういうことを御説明いたします過程で、あるいはそういう御印象を与えたことがあったかということは必ずしも否定をいたしません。」「いろいろそういうふうなことで誤解を与えたりあるいは御説明のまずかった点は、これはおわび申し上げなければいけないと思いますが、何とぞ御理解をいただきたい。」と須田相談役に言われないように、しっかりと確認していく必要がありそうだ。

 ぼーーっと生きてるとJR東海にやられちゃうぞ。

 交渉の際には、この記事を是非印刷してお持ちくだされ。

 

<関連記事>

JR東海リニア担当副社長はかつて「リニアができると新幹線は大赤字で、公的資金が必要」と書いていた 

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/jr-5037.html

キョエちゃんが選んだ傑作編「チコちゃんに叱られる!」の「高齢者のことをシルバーというのは銀色の布が残っていたから」という話は再検証が必要です

https://togetter.com/li/1310276

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2020年3月12日 (木)

ダイヤ改正にあたって、中央線東京口の複々線化未成案を振りかえってみる

 来たるJRのダイヤ改正で、中央線の早朝深夜の東京駅までの各駅停車が無くなるという。


 そもそもは、東京駅~御茶ノ水駅間の複々線化がコケたから、変則的な運用になっているわけだ。


 


 ということで、その区間を複々線化するために、どのような検討を経てきたかをかいつまんで紹介したい。


 ネタ元は、国鉄の「停車場技術講演会記録 第13回」掲載の報文「中央線、中野-三鷹間線増について」(東京工事局線増課 宇野浩彰氏)である。


 ルート案は、こんな感じ。


中央線緩行線東京駅複々線化ルート案


 


 国鉄では、中央線の混雑緩和の対応策の1つとして、急行線と緩行線の分担率を均衡化するために、東京駅までの複々線化を検討した。


 


 国鉄東京工事局は、下記のような案をだしている。


中央線東京口複々線化未成線案 (1)


併設案


 


中央線東京口複々線化未成線案 (2)


ループ案


 


中央線東京口複々線化未成線案 (3)


信濃町神田短絡案


  


中央線東京口複々線化未成線案 (4)

 中央総武縦貫案有楽町

  


中央線東京口複々線化未成線案 (5) 


 縦貫案北行


  この案の東側は、現在の総武快速線の東京~錦糸町に引き継がれていると思われる。


 -------------------------------------------------------------------- 


  これらの案から、まず併設案と、中央総武縦貫案(市ケ谷-九段下-呉服橋-錦糸町)の二つに絞られた。


 そして、国鉄社内部局との調整が行われている。


  審議室からは併設案と縦貫案の他に「短絡案(市ケ谷-東京-西銀座)の提案が追加された。


 中央線複々線化未成線


  


  また、施設局からは、「地下鉄5号ルート」案が提示された。


 地下鉄5号線とは、営団地下鉄(東京メトロ)の東西線である。中央線のラッシュ対策のために、国鉄が部分的に先食いしようというのだ。 


中央線東京口複々線化未成線案 (7) 


5号線ルート 


  


 1957(昭和32)年11月の国鉄理事会で、併設案が採用され、昭和33年3月には運輸大臣の工事認可も得られた。 


  


  しかし、地元の千代田区から猛反対の声が上がったのである。


 千代田区の反対


  


  国鉄では別ルートを検討することとなった。


中央線東京口複々線化未成線案 (8) 


 九段短絡案


 1960(昭和35)年6月に国鉄理事会は、短絡案への変更を了承した。 


 


 一方で、営団地下鉄は地下鉄5号線(東西線)建設の検討を進め、同年7月に営団総裁から国鉄総裁へ中央線の東西線乗り入れを提案するに至った。


 これにより、都心部の混雑緩和が見込まれ、東京駅付近の複々線化よりも、中野以西の複々線化が先行することとなったのである。


 


 このような経緯を経て、下記のような現在に至る中央線快速線、緩行線、東西線の運転パターンが形成されたのである。


中央線各駅停車


 この運転パターンもダイヤ改正に伴い、あと数日となったわけだ。


 


 なお、余談であるが、この運転パターンの検討資料が下記のようになっている。


中央線運転パターン検討


 右端の項に「この案では、高円寺、阿佐ケ谷、西荻窪が不便となり、用地買収が難航する」って書いてあるなあなんて燃料を投下してこの記事を終了したい。






































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2020年3月 6日 (金)

成田新幹線の詳細なルート図面をうpしてみる

 最近、成田新幹線関係のルートの話がTL上を流れていったので、資料をうpしてみる。

 

 未成となった成田新幹線の経路って未だによく分からない扱いをされているようなのだが、それなりにあるところにはある。

 成田新幹線は、日本鉄道建設公団によって建設されることになっていた。

 その鉄建公団が1972(昭和47)年に発行した建設概要資料の抜粋でも。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (1)

 成田新幹線の必要性を説いている部分でもどうぞ。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (2)

 

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (3)

 「成田新幹線が来るから」と京成の成田空港駅を遠くに追いやっておいて、「京成は1キロ離れていてバスへの乗り継ぎが必要」だから、成田新幹線を建設しなければならないとする理屈はなんとも。。。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (4)

道路に出てくる「第二京葉道路」については、「幻の「第二京葉道路」の痕跡を探る」https://togetter.com/li/1468959もあわせてどうぞ。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (5)

 理屈としては、道路も鉄道も当時計画中のものも含めてマヒするから成田空港への輸送には約に立たないので、成田新幹線が必要という理屈だ。

 

 続いては、成田新幹線のルートである。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (6)

 

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (7)

 もっと海岸の方へ持っていけと言われたことに対して一応反論しているようだ。実際には京葉線が建設できているので、今となってはあまり説得力がないようにも思える。

 

 標準的な断面がこちら。

成田新幹線計画日本鉄道建設公団 (8)

 よく「ここは成田新幹線の遺構では?」みたいな話があるが、幅が11mあるかどうかが真偽を判断する基準となりそうだ。

 

 この「成田新幹線工事の概要」に付いている路線図がこちら

 成田新幹線と上越新幹線新宿延伸ルート図面 (9)

 明確に上越新幹線の新宿延伸区間への接続を示しているところが興味深い。 

 上越新幹線の新宿-大宮間の経緯については、こちらもあわせてご参照いただきたい。

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-6d67.html

(ところで、yahoo!知恵袋で「成田新幹線は中央新幹線へ乗り入れる計画でした」って自信満々に書いている回答が多いのだけど、何が根拠なのだろう。。。※そういう構想があったこと自体は承知じておりますが。)

  とりあえず鉄建公団の「成田新幹線工事の概要」からの抜粋はおしまい。

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  成田新幹線のルートについては、上記資料よりも詳細なテキストがある。

  

 「電気車の科学」1972(昭和47)年4月号 に日本鉄道建設公団新幹線部の 延原陽氏が「成田新幹線の建設計画」という報文を載せている。

  そこから成田新幹線のルートについての説明部分を抜粋してみる。

 成田新幹線ルート図面 (1)

  長くてすまんな。

  しかしこれではイメージできない方も多かろう。

  

 ということで、決定版の成田新幹線の路線がよく分かる素面をUPしよう。 

  その名もずばり「成田新幹線東京・成田空港間線路平面図」である。

  日本鉄道建設公団が1974(昭和49)年に作成したものだ。

  なお、皆様は北総鉄道等と並走している部分は今更興味もないだろうから、東京駅から千葉ニュータウンの間の図面を公開しよう。

 成田新幹線ルート図面 (3)

 画面の関係から図面の縦横を逆にしてみた。 

  見づらいかもしれないので、切り出してみよう。

成田新幹線ルート図面 (2)  

 成田新幹線の東京都中央区、江東区附近の路線計画図面 

 成田新幹線ルート図面 (4)

 成田新幹線の東京都江東区、江戸川区附近の路線計画図面 

 成田新幹線ルート図面 (5)

 成田新幹線の東京都江戸川区、千葉県浦安町(浦安市)、市川市附近の路線計画図面 

成田新幹線ルート図面 (6)  

 成田新幹線の千葉県市川市、船橋市附近の路線計画図面  

 成田新幹線計画図面 (1)

 成田新幹線の千葉県市川市、船橋市附近の路線計画図面

 成田新幹線計画図面 (2)

 成田新幹線の千葉県船橋市、鎌ヶ谷市附近の路線計画図面

 成田新幹線ルート図面 (7)

 成田新幹線の千葉県船橋市、白井町(白井市)附近の路線計画図面

成田新幹線ルート図面 (8)  

 成田新幹線の千葉ニュータウン附近の路線計画図面

  

  とりあえずこんなところで。

  

  皆様、今まで想像していたルートとの相違等如何だろうか?

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ところで、成田新幹線が東京駅の地下に入っていた構想が生きている間、京葉線はどこに入るはずだったかというと新橋駅の地下である。 

 京葉線の都心新宿三鷹方面への乗り入れ計画 総武開発線 (2)

「京葉線はかつて新橋経由で都心(新宿、三鷹)に乗り入れる計画だった。」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-1315.html 

 

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2020年2月18日 (火)

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか

 先週の日曜日は雨が降っていて外出する気にならなかったので、ちょいと前回の東京オリンピックとドボクのネタをまとめてみた。

 また、前々回の記事の際にTwitterでアンケートをとったところ、「レイアウトを工夫しない読みづらい」との声を結構いただいた。

 

 なので、今回はパワポ型式で作ってみたのでどうぞ。

 実際にこれでどこかプレゼンするという予定は一切ない。

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (1)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (2)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (3)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (4)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (5)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (6)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (7)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (8)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (9)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (10)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (11)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (12)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (13)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (14)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (15)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (16)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (17)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (18)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (19)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (20)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (21)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (22)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (23)

 

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (24)

 

 東京都庁議の詳細はこちら→http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/31228-d1e1.html

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (25)

  ここは読みづらいので、テキストを抜き出しておこう


 

首都整備局長(山田正男君) 

 

(略)

 最後に、三原橋─日比谷間の地下の自動車道路計画の問題について、経緯のご質問があったわけでございます。実はこの問題につきましては、都心部の道路交通を解決いたしますために、地下鉄の二号線を建設いたします際に同時に地下の一階に自動車道路を作る必要がある、こういう立案をいたしまして、数年来営団当局と協議を進めて参ったわけでございますが、営団当局がどうしても同意をいたしませんために、この計画については、建設・運輸両省並びに首都圏整備委員会が問題を取り上げまして、この三者の間で都の案について検討が行なわれたのでございます。そうしてその三者の間で技術委員会を作っていろいろ検討いたしたわけでございますが、東京都の主張にもかかわりませず地下の一階に道路を作ることを否定いたしまして、地下鉄のレベルと同じ地下の三階に自動車専用道路全作ることが適当であろう、こういう決定がされたわけでございます。その決定の理由は、地下の一階に道路を作る費用と地下の三階に作る費用とは、それほど費用の差がないということが主たる理由のようであったわけでございます。そこで、この決定を受けまして、都といたしましては、はたしてその決定の通りであろうかどうか、費用がその程度でできるかどうかということを検討して参ったのであります。特に地下鉄二号線の建設を急ぎますので、営団当局と鋭意協議を進めて参ったのでございます。当初十八億余で地下の三階に自動車道路ができるということであったのでございますが、いよいよ実際に協議してみますと、あるときは二十五億円といい、あるときは三十六億円といい、最近に至っては五十億円もかかるというような申し出があったわけであります。これでは都といたしましては自動車道路を作る投資効率、投資に対する効果が少ない、こういうことで建設省当局に、一応そういう決定がされたけれども投資効率が少ないんだ、さてどうするか、こういう協議をいたしておる際に、たまたま河野建設大臣からのご注意がありました。そういう決定がかって行なわれたけれども、実際にそういう投資効率が低いならば、最初想定されたよりも工事費が非常に高いならば、もっと再検討するべきである、こういうご発言かあった次第であります。現在建設運輸両省及び首都圏整備委員会と東京都の間で検討いたしておる途中でございますが、おそらく三階に地下自動車道路を作ることは、投資効率の点からいって必ずしも採用すべき性質のものでないと考えております。しかし、この都心部の道路交通能力をこのままで放置しておくことは適当でないのでございまして、これにかわる対策を目下関係者間で協議中でございます。いずれ遠からず決定を見るものと存ずるのでございます。

 

1962.09.29 : 昭和37年第3回定例会(第14号) 

 

 

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (26)

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (27)

  

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (28)  

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (29)

  

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (30)  

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (31)

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (32)

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (33)

 

 

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (34)

  

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (35)  

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (36)

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (37)

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (38)

  

東京オリンピックに向けて銀座の地下で(39)  

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (40)

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (41)

  

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (42)  

  

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (43)  

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (44)

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (45)

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (46)

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (47)

  

東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (48)  

  

 東京オリンピックに向けて銀座の地下で何が起こっていたのか (49)

  パワポで作ったからといって、どこかで講演するつもりもないのだが、まあお試しということで。

 HTMLをいじるよりも、ベタベタパワポで切り貼りしちゃった方が楽ちんなのだが、SEOとしては弱いやね。 

  

 ---関係ブログ---

 アド街・日比谷特集記念/日比谷地下道はなぜ一方通行なのか?

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/post-f494.html

三原橋地下街に係る疑獄について(その1)

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/cat23477491/index.html

 三原橋地下街に係る疑獄について(その2)

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-554e.html 

三原橋地下街と銀座シネパトス さようなら 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-60c3.html 

三原橋地下街 銀座シネパトス最終日 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-f962.html 

日経新聞 「東京ふしぎ探検隊」河尻定氏記事「東銀座に地下広場出現 現役最古の地下街は閉鎖へ」に係る疑義 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-0de1.html 

 三原橋地下街や観光センターの経営者の新東京観光株式会社についてのメモ

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-8445.html

三原橋地下街や橋上のビルに係る経緯の公式見解(都議会議事録)にたどり着いた 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-4930.html 

三原橋地下街等をめぐる経緯を年表にしてみた 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-2781.html 

三原橋地下街の当初占用許可に係る東京都庁議公文書 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-3f36.html 

昭和31年2月28日東京都庁議「三原橋」問題の処理について→関係局間においてなお検討すること 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/31228-d1e1.html 

 三原橋(6月15日時点)

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/615-23dc.html 

三原橋の建物は、地元から撤去せよとの訴訟を起こされていたというお話 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-81bb.html 

東京五輪関連:地下鉄と競合して未成となった銀座の地下自動車専用道路にして首都高速計画線の名残 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/--4890.html 

三原橋ビル(三原橋観光館)解体中(その1) 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-7702.html 

 三原橋地下街 カレーコーナー三原最終営業日

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-8f73.html 

三原橋ビル(三原橋観光館)解体中(その2) 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-30b7.html 

三原橋ビル(三原橋観光館)解体中(その3) 

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-7114.html 

 「安井都政の七不思議」と山田正男と三原橋地下街

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-740c.html

斉藤 理 山口県立大学准教授の「川がない橋が秘めた東京の履歴」を読んで 

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-924f.html

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2020年2月 9日 (日)

首都高横浜環状北西線開通記念「昭和45年横浜市高速道路計画案」~当時は横浜環状線ではなく第二外郭環状道路だった~

 間もなく首都高速道路横浜環状北西線が開通する。

 https://www.shutoko.jp/ss/hokusei-sen/about/gaiyo.html

 ということで、手持の横浜環状線ネタをご披露。

 

1970年の横浜周辺高速道路地図 (2)

 横浜市が昭和45(1970)年3月に作成した「横浜市高速道路計画網図」だ。

 この段階では、現在、首都高速道路、東日本高速道路及び国土交通省が分担して施工している横浜環状線は存在しない。

 横浜環状北線、北西線は、「第二外郭環状道路(第二外環)」となっている。

1970年の横浜周辺高速道路地図 (1)

 

1970年の横浜周辺高速道路地図 (3)

 国道246号の自動車専用道路のような「東京厚木道路」という計画線も見える。

1970年の横浜周辺高速道路地図 (4)

 一方、圏央道の一部をも構成する横浜環状南線と横浜横須賀道路金沢支線は「横浜小田原道路」と名乗っている。

 「横浜県央道路」は、現在の武相幹線か。

 「第二横浜新道」は、以前ブログで取り上げた日本道路公団の未成有料道路だ。

 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-efa9.html

  「南横浜バイパス」は、現在横浜横須賀道路という名称だ。

 1970年の横浜周辺高速道路地図 (5)

 

  東京湾環状道路の高速部分は八景島を越えて横浜横須賀道路に接続する構想となっている。

  首都高神奈川3号線(磯子線)も健在だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年1月25日 (土)

第三京浜が首都高に繋がっていないのは「懲罰」だったと東大工学部名誉教授が語っている

 第三京浜道路の起点、東京側は玉川インターチェンジで途切れていて、首都高速道路等には接続していない。


 1960(昭和35)年8月18日付読売新聞に第三京浜道路の着工を報じる記事が掲載されているが、そこには「公団としては、将来玉川野毛町から渋谷までも同様の自動車専用道路を作って結ぶ考え」とある。


第三京浜道路は玉川から渋谷まで延伸する計画があった


 また、「東京都道路整備10ケ年計画について」( 「時の流れ・都市の流れ」山田正男・著) 560頁には下記のような路線図も掲載され、首都高速3号線が東名ではなく、第三京浜に接続することとされている。


第三京浜と首都高速道路3号線が直結している路線図


 このあたりについては、過去にもブログで調査結果を整理してきた(末尾参照)。


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 ところで、鈴木信太郎氏の「私の都市計画生活」に興味深い話が書いてあった。


 著者は、1948(昭和23)年に東京都に入庁し、山田正男氏の部下時代も含め東京都の都市計画畑を歩み、首都高速道路の計画、建設等にも深く携わった方である。


 その中で、鈴木氏の講演の聴衆とのやりとりが残されている。


第三京浜道路が首都高速に直結しない理由 (1)


 「私の都市計画生活」鈴木信太郎・著、山海堂(2003年)68-69頁


 「第三京浜は道路局が勝手に作った」「都市局と相談がない」「道路局との戦争」といった剣呑な言葉が並んでいる。


 道路利用者にとってはどうでもいいことだが、旧建設省において、日本道路公団と本州四国連絡橋公団は道路局が監督し、首都高速道路公団と阪神高速道路公団は都市局が監督していた。


 第三京浜はそのシマを荒らしたということなのか?それともルート選定にあたって都市計画の手続きを怠った?ため、都市局から勝手にやれと突き放されてしまったのだろうか?


 鈴木氏のやり取りの中で、青線で囲った部分がある。井上孝氏は、建設省、首都高速道路公団、東京大学教授等、都市計画の実務、理論双方の現場を担当された方であり、経歴等にご関心のあるむきはこちらを参照されたい。→https://www.cpij.or.jp/com/50+100/his/inoue.pdf


 その井上氏がこう語っている。


第三京浜道路が首都高速に直結しない理由 (2)


 「都市計画を担う君たちへ 」 井上孝 [述]、井上研究会 編 計量計画研究所(2002年)刊 63-64頁


 曰く「都市局に相談なく第三京浜を作り出したから」「環八へくっつけて中へ入れない」「いわば一つの懲罰」ということである。


 一般のユーザーからすれば、役所の中の仁義なのか縄張り争いなのか分からないのだが、ともかく、東大の名誉教授としても東京都の技監としても語り残さなければならない重大事だったようである。


 


 ところで、井上氏の文中、「外かく環状線で受ける」というのは、上記の山田正男氏の「道路構想図」にもあるように、東名と首都高が直結せず、一旦外環道を経由してから連絡するということである。


 高速自動車国道が時速100キロで郊外から走ってきて、時速60キロの首都高速道路に直結することの是非等が背景にあったようである。実際には井上氏が語るように、「直結させる派」が勝ってしまったようだが。


 第三京浜道路も、直接都心には入れなくても、外環経由で都心に入っていけばよいという発想があったのかもしれない。しかし現在も第三京浜と外環道は接続していないのだが。


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 その他、第三京浜道路と首都高速道路2号線の関係等は下記のような記事を書いているのであわせてお目通しいただければ幸いである。


第三京浜道路調査報告書を読む~玉川ICは、何故そこにあるのか?~


http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-79c0.html


清水草一氏の「中途半端な目黒線と第三京浜、実は渋滞解消の特効薬? ヒントはパリに」に係る考察(1)


http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-067b.html


 清水草一氏の「中途半端な目黒線と第三京浜、実は渋滞解消の特効薬? ヒントはパリに」に係る考察(2)


 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-4c24.html


 清水草一氏の「中途半端な目黒線と第三京浜、実は渋滞解消の特効薬? ヒントはパリに」に係る考察(3)


 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-4f1f.html


 清水草一氏の「中途半端な目黒線と第三京浜、実は渋滞解消の特効薬? ヒントはパリに」に係る考察(4)


http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-4f1f-1.html 


 清水草一氏の「中途半端な目黒線と第三京浜、実は渋滞解消の特効薬? ヒントはパリに」に係る考察(5)


 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-e59d.html


 清水草一氏の「中途半端な目黒線と第三京浜、実は渋滞解消の特効薬? ヒントはパリに」に係る考察(6)


 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-fb53.html


 清水草一氏の「中途半端な目黒線と第三京浜、実は渋滞解消の特効薬? ヒントはパリに」に係る考察(7)


 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-dc79.html


 

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都庁幹部が語る西武乗り入れ中止の背景~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(22)

 西武新宿線が国鉄新宿駅ビルへの乗り入れを中止した背景としては、「6両編成しか入らなかったから」とされている。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (71)

1965(昭和40)年3月16日付の朝日新聞

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (19)

「新宿サブナード30年のあゆみ」 新宿地下駐車場株式会社・発行 37頁から引用

 しかし、下記のとおり西武も少なからぬ額を投資している。簡単に撤退するものだろうか?

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (35)

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 「私の都市計画生活」鈴木信太郎・著、山海堂(2003年)刊という本がある。

 著者は、1948(昭和23)年に東京都に入庁し、山田正男氏の部下時代も含め東京都の都市計画畑を歩み1980(昭和55)年に技監で退庁された方である。この本は鈴木氏の喜寿を記念した講演会の記録である。

 そこに、下記のように西武新宿線の新宿駅乗り入れ断念の経緯が聴衆とのやりとりとして残されている。

東京都職員が語る西武新宿線の国鉄新宿駅乗入れ断念経緯 (1)

 

東京都職員が語る西武新宿線の国鉄新宿駅乗入れ断念経緯 (2)

  東京都の都市計画部局としては、西武乗り入れのために必要な行政手続きを順調に進めていたところ突然西武側からキャンセルされたという認識である。

  ただし、その理由は噂話レベルのことしか語られていなく、明確ではない。

 「例の西武のワンマンの言い分」と述べられているが、乗り入れ断念を公表した1965(昭和40)年の前年に、堤康次郎は亡くなっているあたりからもどうも腑に落ちない。

  「必要な行政手続きをとっている都庁の窓口ですら、理由はよく分からない」ということが分かった程度か。。。

 

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