カテゴリー「読書感想文」の23件の記事

2016年12月11日 (日)

「完全版 新宿駅大解剖」(横見浩彦・監修 宝島社・刊)表紙トップの上越新幹線ネタを検証してみる

 「完全版 新宿駅大解剖」(横見浩彦・監修 宝島社・刊)という本が先月出版された。http://tkj.jp/book/?cd=02599701

 表紙にデカデカと「タカシマヤ タイムズスクエア直下に幻の新幹線駅が!?」とある。

 また、第2章に「上越新幹線の新宿駅乗り入れ計画とは?」という項が、第7章に「輸送量の頭打ちとタカシマヤ タイムズスクエアの開業」という項があり、「タカシマヤ タイムズスクエア直下に幻の新幹線駅が」あるというようなことを書いている。

 果たしてそうなのか検証してみたい。

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■タカシマヤタイムズスクエアの地下はどうなっているのか?

タカシマヤタイムズスクエア

 上記断面図は、「近代建築」51巻1号に掲載された「作品 タイムズスクエアビル 設計監理 日建設計」から引用したものである。

 新宿高島屋は地下1階までしか営業していないので、「地下3階に新幹線ホーム、地下2階に上越新幹線のコンコースがある」という考えを呼びやすいのではないかと思っているのだが、ご覧のように地下4階まで機械式駐車場がビッチリと設置されている。

 その様子は日産自動車のウェブサイト内の記事「新宿高島屋の地下にハイテクな駐車場があった!」http://www.nissan.co.jp/CARWINGS/kuruma_aruki/par_01_02.htmで紹介されている。

 このどこに新幹線駅用のスペースがあるというのだろうか?

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■タイムズスクエアの駐車場の更に下に新幹線のホーム用のスペースがある可能性はあるのか?

 「地下4階まで駐車場だからといってその下にスペースが確保されている可能性だってあるじゃないか」という向きもいらっしゃるかもしれない。

上越新幹線新宿駅構想 (5)

 上図は、「完全版 新宿駅大解剖」でも紹介されている国鉄の「新宿駅貨物敷活用基本構想」に掲載されている図面であるが、上越新幹線が地下3階、その下の地下4階に中央新線(現在、京葉線の延伸部と言われている路線と思われる。)、更にその下の地下5階に都営新宿線が走っている。「貨物敷開発ビル」が現在のタイムズスクエアであろう。

 この絵でも新幹線は「貨物敷開発ビル」の西側に位置しているのが分かるがそれはひとまず置いておいて、タイムズスクエアの地下駐車場の下の深さにホームを作ると上越新幹線は都営新宿線の上を通れないのである。

 細かいところは以前http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-9452.htmlに書いたのでお目通しいただければ幸甚である。

 ということで「タイムズスクエアの駐車場の更に下に新幹線のホーム用のスペースがある可能性はない」と言って差し支えないのではないか?

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■「新宿駅貨物敷活用基本構想」では、どこに上越新幹線ホームがあることになっているのか?

 「完全版 新宿駅大解剖」の「上越新幹線の新宿駅乗り入れ計画とは?」という項では、「新宿駅貨物敷活用基本構想」には地下に3面6線のホームが載っている旨書いてある。

上越新幹線新宿駅構想 (1)

 私のブログでさんざんネタにしたものである。

上越新幹線新宿駅構想 (25)

 平面図では地下3階の上越新幹線ホームはこのように位置している。図面の上部にある「貨物敷開発ビル」とは切り離されている(=「タカシマヤ タイムズスクエア直下に幻の新幹線駅が」ない)ように見えるのではないか?

上越新幹線新宿駅位置図

 このイメージ図でも「貨物敷開発ビル」の地下には自動車駐車場らしきものが見て取れ、上越新幹線のホームは、現在の埼京線・湘南新宿ラインのホームの直下にあるように見える。

上越新幹線新宿駅構想 (29)

 タカシマヤ タイムズスクエアの敷地は「地上・地下ともに活用可能な用地」とされている。上越新幹線のホームが設置されるなら、左端の都営新宿線や中央の中央新線上部箇所のように「地下の活用」には制約が加わるはずだ。

 「新宿駅貨物敷活用基本構想」に絶対従わないとダメとまで言うつもりはない(この「基本構想」も「貨物駅敷地を処分するにあたりどこまでは鉄道事業用地としてキープして、どこからは処分をしてもよいかを決めるための仮想設計」にすぎないと思われる。また、「中央新線ホーム」のように実際には考慮されていないと思われる部分もあり、その意味ではあくまでも「基本構想」にすぎず最終決定事項でもない。)のだが、表紙にまで「タカシマヤ タイムズスクエア直下に幻の新幹線駅が!?」と書いておきながら、本文中にはさらりと矛盾する資料をつまみぐいのように紹介するのは、編集方針として如何なものだろうか?

 監修者の横見浩彦氏の考えを聞いてみたいものである。(「そこは監修者の仕事じゃないよ。」ということであればそれまでなのであるが。)

 しかも「完全版 新宿駅大解剖」には上記のような図面は引用されていないのであるから、私のブログを見ない読者はその矛盾に気が付くことはないだろう。

 他方、「タイムズスクエアの直下にホームが計画されている。」という根拠は、私の読解力の範囲では、「完全版 新宿駅大解剖」には載っていないように思われる。

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■そもそもタイムズスクエアの下に新幹線ホームがあるってどこにソースがあるの?

 以前のブログ記事http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/index.htmlでも探してみたのだが、この明確な根拠にたどりつけていない。

 yahoo!知恵袋では「新宿駅の地下空間(高島屋、タイムズスクウェア下)が新幹線用に確保されているというのは有名な話です」となっているのだが。

 「新宿駅はなぜ1日364万人をさばけるのか」の著者・田村圭介氏もこうツイートしているのだからどこかに根拠がありそうなものだが。

 やっと見つけたのが草町義和氏の「鉄道計画は変わる」第1章 東京~大宮間鉄道計画の変転 「最後に残った上越新幹線新宿乗り入れはどうなる?」 掲載の下記の一文である。

新宿駅南東側のタカシマヤタイムズスクエアの真下に、新幹線ホームの建設スペースが確保されているといわれているが、実現する日は来るのだろうか

 

「鉄道計画は変わる」草町義和・著 交通新聞社・刊から引用

 ただ、これも「いわれる」とあるだけでその根拠は示されていないように見受けられる。

 「完全版 新宿駅大解剖」担当者にはこれで十分なのかもしれないが、国鉄の図面として「最終的にはタイムズスクエアの下にホームを確保することとなった」というようなものがあったりはしないのだろうか?

 もしご存知の方がいらっしゃれば是非ご教示ください。

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■(独り言)そもそも俺のブログと構成が似ているんですが

 

 (※ここから下は雑談なので、読まなくてもいいです。独り言ですので。)

 「完全版 新宿駅大解剖」の「上越新幹線の新宿駅乗り入れ計画とは?」では

・東京都と国鉄の間での駅設置位置の協議

・新宿までのルートが決定した当時の報道

・「新宿駅貨物敷活用基本構想」

てな具合で話が進んでいくのであるが、

・東京都と国鉄の間での駅設置位置の協議

  ↓

 俺のブログで出ているなあ。http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-6883.html

上越新幹線新宿駅構想 (19)

・新宿までのルートが決定した当時の報道

  ↓

 俺のブログで出ているなあ。http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-d5ec.html

上越新幹線新宿駅乗入れ (1)

・「新宿駅貨物敷活用基本構想」

  ↓

 俺のブログで出ているなあ。http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-6225.html

上越新幹線新宿駅構想 (1)

 「完全版 新宿駅大解剖」には「新宿駅貨物敷活用基本構想」は運輸省のものと書いているが実際には国鉄のものですよね。そこは見なかったんですかね。(http://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa58/ind020103/003.htmlの(5) 収入の確保) 中(関連事業,資産処分による増収策)を参照されたし。

 とまあ、被害妄想にすぎないのだろうがモヤモヤしてしまうのである。全部公開されている資料だし誰でもちゃんと調べれば書けるはずではあるのは分かっているのだけれどもね。

 だが「新宿駅貨物敷活用基本構想は一体どこから探してきたんですか?」とは聞いてみたいものだ。この資料を上げている人は私と、(なぜか掲載している新聞記事まで私のブログと同じ部分になっている)このブログhttp://ameblo.jp/milkyht2/entry-12156318050.htmlくらいのものではないか。自力で調べたのであればどこにあったか答えられるはずだ。

 

 最近DeNAの「キュレーションサイト」等が問題となっていて、ライターや「キュレーター」が書いた(「リライト」した)記事について「専門家の監修が必要」とも言われている。

 ライターが「リライト」して、「専門家」の「監修」でお墨付きを与えたような本の作りになっていないことを願うばかりである。

 なお、下記のような指摘もでていることも付言しておきたい。

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 <追記>

 「完全版 新宿駅大解剖」(横見浩彦・監修 宝島社・刊)105頁に「上越新幹線の経路だが、荒川付近から地下を通り、池袋駅付近では地下鉄有楽町線と副都心線のトンネルの間に新幹線トンネルがあるようだ。」とあるが、これは川島令三の妄想をコピペしただけのインチキ記述にすぎず、当時の新聞も調べていないようだ。

 詳しくは、「上越新幹線新宿駅-大宮駅間ルート「川島令三案」を徹底検証してみた」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/--a64d.htmlをご覧ください。

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 宜しければ過去に書いた上越新幹線新宿駅関係の記事にお目通しください。「新宿駅貨物敷活用基本構想」等関係資料をいろいろ探索しております。それらの生資料をお読みの上、「完全版 新宿駅大解剖」と突き合わせてみては如何でしょうか?

 その1 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-6225.html

 その2 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-6883.html

 その3 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-d383.html

 その4 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-f365.html

 実際のところどうなっているのか? http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-9452.html

 国会でどのように答弁されてきたのか? http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-6db4.html

 報道をまとめてみた(その1) http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-d5ec.html

 報道をまとめてみた(その2) http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-a27d.html

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2016年11月22日 (火)

「東京道路奇景」(川辺謙一・著)を読んでいて「東京都市高速道路の建設について」に関心を持った方に全部見せちゃう。

 「東京道路奇景」川辺謙一・著 草思社・刊 を読んでいて引用されている「東京都市高速道路の建設について」に関心を持った方もいらっしゃるだろう。太っ腹な私がそんなあなたに全部見せちゃう。

 ただスキャンするだけじゃアレなのでところどころにネタというか解説も突っ込んでいこう。自分も過去にこの資料をネタに幾つかブログの記事を書いているので併せてご紹介したい。

東京都市高速道路の建設について (1)

 首都高速道路公団ではなく、その設立前に東京都が作成している。

東京都市高速道路の建設について (2)

東京都市高速道路の建設について (3)

東京都市高速道路の建設について (4)

 「昭和40年の交通危機」という言葉が出てくるが、首都高速は東京オリンピックを目指して計画されたのではなく、もともと、昭和40(1965)年ごろには道路交通がパンクするため、対策を講じなければならないということで着手されたものなのだ。

東京都市高速道路の建設について (7)

東京都市高速道路の建設について (8)

 皇居の堀が見えているので日比谷交差点の風景かな?

 戦前にここに防空壕の機能も兼ねた地下道の計画(宮城外苑地下道計画)があった。

宮城外苑地下道計画1

「山田正男「宮城外苑地下道計画案に就いて」」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-6c82.htmlに紹介している。

東京都市高速道路の建設について (5)

東京都市高速道路の建設について (6)

 「都市高速道路は高架式が普通です。」と見出しをつけておきながら、写真は掘割部である。都心の河川を干拓して高速道路を作るにあたって、関係者にこの写真を見せて「こんな風に出来ます」と説明していたのだろうか。(尤も、この写真は片側3車線なので随分イメージが異なるが。)

東京都市高速道路の建設について (9)

 当初は、首都高速は「インターチェンジ」と「ジャンクション」ではなく、「ランプ」と「ジャンクション」だった。平成初期まではそうだったはず。

 この写真も「高速道路同士を立体交差で接続するときはこうなるんですよ。これをインターチェンジというんです」なんて言いながら見せていたんだろうか。

昔の首都高のインターチェンジとランプ

(「ワイドミリオン全東京1/1万」東京地図出版・刊 1992年1月発行 から引用)

東京都市高速道路の建設について (10)

 昭和28年4月28日に、首都建設委員会は「首都高速道路に関する計画」の勧告を発表している。 その路線図に着色して分かり易くしたものが下記の路線図である。

昭和28年の首都高速道路網図

 詳細は「昭和28年の首都高速道路計画」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/28-7e37.htmlをご覧いただきたい。

東京都市高速道路の建設について (11)

 上段部分が、路線選定の考え方を紹介している。首都高速はオリンピックに間に合わせるために河川や運河の上を通ったのではなく、オリンピック決定のはるか前から河川や運河の上を通る計画だったことが分かる。

 また、下段部分の「附帯意見」では

「2 皇居の南側において国会方面から銀座方面に通づる路線の計画につき検討する。」とある。

 これの名残が、現在のJR有楽町駅付近の日比谷地下道である。

日比谷地下道

三原橋地下街を潰すはずだった銀座地下道計画

(「都市計画と東京都」都政調査会発行(1960)から引用)

 ※日比谷地下道は、上記「附帯意見2」の首都高路線の代わりに、都道として計画されたが、紆余曲折あって今のような中途半端な地下道ができたのである。

 ブログでは「東京五輪関連:地下鉄と競合して未成となった銀座の地下自動車専用道路にして首都高速計画線の名残」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/--4890.htmlに記してあるのでご覧いただきたい。

 同様に「3 外濠と日本橋河を利用する区間については神田川との治水上の関連を真重(ママ)に検討のうえ可能ならば河川を通すこと」としており、昨今非難されがちな「日本橋の上を通る首都高」は、本来は「日本橋の下を通る首都高」となるはずだったのである。

首都高と日本橋の位置関係

(「東京の都市計画に携わって-元東京都首都整備局長・山田正男氏に聞く」84頁から引用)

東京都市高速道路の建設について (12)

東京都市高速道路の建設について (13)

東京都市高速道路の建設について (14)

 首都高の一番最初の路線網である。これの大判の青焼き図面を早大大学史資料センターで見たことがある。

首都高速道路初期の青焼き図面 (2)

 右上に赤鉛筆で「大将用」と書いてある。西武鉄道の堤康次郎個人用ということだ。堤康次郎は多くの高速道路関係資料を収集していた。その目的は西武建設の名神高速建設工事であり、近江鉄道バスの名神高速への乗り入れであったりするのだが。

首都高速道路初期の青焼き図面 (1)

 赤ペンで印が入っているのは芝のプリンスホテル等であろうか?

東京都市高速道路の建設について (15)

 「民地の買収による都民の迷惑をできる限りさける」「多少の線形の屈曲を犠牲」とある。首都高はカーブが多くてなんだ!とお怒りの方は「都民の迷惑」も少しは考えた方がいいのかもしれない。

 「高架構造物の路下を建築物として利用」という点についてはおって触れたい。

東京都市高速道路の建設について (16)

 「あれ?都心環状線が無いぞ?」と気が付いた方はいらっしゃるだろうか?

 実は、本来は放射路線となっている2号、3号、4号の一部が、通称「都心環状線」を形成しているのである。

伸びゆく首都高速道路 (35)

(「伸びゆく首都高速道路」首都高速道路公団・刊から引用)

東京都市高速道路の建設について (17)

東京都市高速道路の建設について (18)

 「高架下は軌道がない限り、駐車場に利用」って、軌道すなわち路面電車とは並存する気だったのか。東急玉川線と首都高3号渋谷線は結局玉川線が地下化して首都高と一体構造として整備ということになったが、都電もそのまま残す余地があったのだろうか?

東京都市高速道路の建設について (19)

 「新しい街路にそつた土地の建物を中高層化して共同で店舗,住宅等に利用」というのはオリンピック前の青山通りの拡幅等でも採用された手法だ。

東京都市高速道路の建設について (20)

 首都高では、結局高架下に建築が入ったのは箱崎のTCAT等少数に留まったのだが、当初は積極的に高架下に建物(住宅までも!)を作って積極的に利用する計画だったようだ。

 首都高の高架下利用の経緯については「森口将之氏「首都高速ではない首都高速? 無料で走れるKK線が生まれた理由」は勉強不足」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/kk-9f0e.htmlにまとめてある。

IMG_8117

 上記は実際に首都高が高架下に店舗を建築した例である。

東京都市高速道路の建設について (21)

東京都市高速道路の建設について (22)

 掘割式が「都市の美歓(ママ)上も、工事の点からも最も望ましい構造」だとのことである。

東京都市高速道路の建設について (23)

東京都市高速道路の建設について (24)

 こんな光景は実際には見られないような気がするがどうだろうか。。。

東京都市高速道路の建設について (25)

東京都市高速道路の建設について (26)

 先にも述べたように、オリンピック対策ではなく、昭和40年までに首都高速が出来ないと、都内の道路交通がパンクしてしまうのでその予防のための工程である。

東京都市高速道路の建設について (27)

 首都高速道路公団ができる前に、日本道路公団が2号線等の一部に着工していた。

首都高速道路は日本道路公団が建設開始していた

 「首都高速道路を当初建設着手したのは日本道路公団(JH)だった」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-a9d4.htmlにそのあたりのことを書いてある。

東京都市高速道路の建設について (28)

 当初構想では、1回70円程度の料金を10年前後徴収する計画だったようだ。ここが今とは随分違う点だ。

東京都市高速道路の建設について (29)

東京都市高速道路の建設について (30)

 「東京都市高速道路の建設について」については以上である。振り返ってみると、川辺謙一氏だけではなく私も随分ネタに使っていることだよ。

(追記)

 首都高速の設立当初のパンフレットを下記のとおりUPしたので併せてご覧いただければ。

・首都高初期のパンフ「首都高速道路公団のあらまし」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-2f3b.html

・首都高初期のパンフ「伸びゆく首都高速道路」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-8798.html

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 「東京都市高速道路の建設について」とは関係ないが、「東京道路奇景」では、東京高速道路(KK線)を「都政七不思議」の観点から取り上げている。大変素晴らしい。

 21世紀に入ってからというものの、「都市計画家・石川栄耀―都市探求の軌跡」中島直人、初田香成、佐野浩祥、津々見崇、西成典久・著 鹿島出版会・刊や 「自動車と建築-モータリゼーション時代の環境デザイン」堀田典裕・著 河出書房新社・刊 のように、ロクに調べもせずに、東京高速道路は素晴らしい!石川栄耀マンセー!な本ばかりなところで貴重なスタンスである。最近では「都政七不思議」にからめて東京高速道路を論じていたのは、素で私のブログくらいしかなかったから喜ばしいことである。

 東京高速道路以外の「都政七不思議」に関心を持たれた方は、私の記事「「安井都政の七不思議」って結局どの七つなのか調べてみた。」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-c0c2.htmlを是非見ていただきたい。

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2016年11月 4日 (金)

森口将之氏「首都高速ではない首都高速? 無料で走れるKK線が生まれた理由」は勉強不足

 森口将之氏が「首都高速ではない首都高速? 無料で走れるKK線が生まれた理由http://getnavi.jp/vehicles/80733/という一文をGetNaviwebという媒体で発表しているのがひっかかった。

 ざっくりまとめると「東京高速道路株式会社線(KK線)は、ビルの賃貸料収入で運営しているので無料だ。首都高も一部でも導入していれば高速料金が安くなったのに」ということらしい。

 どうも、ツッコミどころ満載である。

東京高速道路

■ 無料ならなんでもいいのか?

 森口将之氏はこう記す。

銀座でKK線の脇を歩いたことがある人なら、下に飲食店などが入っていることを知っているはず。実はこれらのお店からの賃貸料収入で運営しているのだ。KK線が部分開業したのは1959年で、首都高速より早いのだが、そうとは思えないほど先進的な思想にあふれた道なのである。

 東京高速道路のなりたちを全く知らないような素朴な書きぶりだ。

 では、私お得意の国会議事録から東京高速道路が建設された当時にどのような扱いになっていたかを紹介してみよう。

■ 東京高速道路(KK線)は自民党議員からも「利権道路」と呼ばれていた

○久野(忠治)委員 今日交通需要が限界に達しておることは衆目の見るところでございます。こうした点から一部経済人がこれに目をつけまして、御存じの通り新橋―京橋間に東京高速自動車道路の建設が計画をされ、目下この事業が進行中でございまするが、数年前に計画されたこの事業が今もって完成をしないのであります。しかも当建設委員会におきましては、この高速自動車道路の建設については多分な疑惑の目をもって見ておりまして、そうしてこの内容についても幾多の質疑が発せられました。そのとき――この問題には関係ありませんけれども、重要でありますから一つお尋ねをいたしたいと思うのであります。その際私が質問をいたしましたことはこういうことでありました。その下部の利用は一体何にするかという質問に対して、当時の東京都の副知事――名前はちょっと忘れましたが、副知事はこう答えました。倉庫もしくはガレージに利用する、こう言ったのであります。万一その利用目的が変った場合にはどういう処置をとるかという質問に対して、撤去を命ずる、こう言いました。それからもう一つ、この都市計画全体からいって、下水あるいは雨水の排水のための重要な都市水路であるから、これは残しておくべきではないかという意見もそのときに出たのであります。その質問に対しては、地下はいわゆる水路として残しておくように設計をされておる、万一それを埋め立て等にする場合があれば、これまた当初の設計に反するものであるから撤去を命ずるということを、現に当委員会で言明をされたのであります。それは当時の建設委員会の速記録をお調べになればよくわかることでございます。ところが今日でき上りましたものを拝見いたしますると、堂々たるキャバレーができたり、あるいは飲食店ができたり、事務所ができたり、倉庫というのは名ばかりで、今ガレージなどというのは名目的に一、二カ所あるだけでございます。それから私たちが指摘をいたしましたように、地下の水路はすでに埋め立てをいたしてしまいまして、そうしてこれを地下の倉庫に利用しようといたしております。そうして莫大な利権を握って、東京都の交通難を緩和するという美名に隠れて利権のちまたにこれがなろうとしていることは、衆目の見るところであります。

○西村委員長 それからこれは今日私風評で聞いておるのでありますが、設計変更の認可もないうちに高速自動車の私営のやつが行われている。しかもこれは世間では利権道路と言っているということ、そういうことからくる都の機構、あるいはその行政の運営に対しての疑惑というものも世間に伝えられている

 この久野委員も西村委員長も自民党である。野党が政府を追及しているわけではない。

 「テナント料で費用を賄っているので高速道路料金はタダ!民間の知恵だ!PFIの先駆けだ!」と持て囃されているKK線であるが、当時の国会では与野党こぞっての「利権」集中砲火であった。

 なお、今のコリドー街やGINZA9等を考えると上記で「倉庫、ガレージ」と議論しているのは違和感を感じるが、「もともと倉庫、ガレージにしか使わせない」という目的で許可を得ておきながら後で知らぬ間に飲食、店舗等に使わせることになっていたというのも世間から指弾された点である。

 こんなことは、国会議事録で検索すればすぐ分かる話だ。

 ちなみに、当時の新聞記事ではこんな扱いである。

疑惑の東京高速道路KK線 (1) 

1956(昭和31)年9月6日付読売新聞から引用

 東京高速道路は「利権の長城」と呼ばれていたと書いてある。

 書籍ではどのように扱われているかも見てみよう。

 とくに革新系の庁内誌「都政新報」社がつくったパンフレット「東京の七不思議-裏から見た都政」は、都内の一般書店でも販売されて都民の反響が大きく、安井都政の汚職批判はかなり都民に浸透した。

 この「七不思議」のうち、もっとも有名なのはすでにのべた数寄屋橋の下の濠を埋め立て、いま京橋から新橋へかけて高速道路が走っているが、この高速道路建設の名目でその下につくれらた(ママ)貸ビルの問題である。安井知事は、このためにできた「東京高速道路株式会社」なる民間会社に、この外濠の埋立権を与え、六千坪の土地に地上二階地下一階の貸ビルをつくって営業してもよいことにしてしまった。(一九五七年七月、フードセンター、数寄屋橋ショッピングセンターなど開業。)埋め立ての費用は都が負担し、この会社からとる地代は月坪四百円。当時この辺は坪当たり地価五万円といわれていたから、会社は店子から莫大な家賃や権利をとれるはずだ

東京都知事」日比野登著 41~42頁から引用

 都民の公共資産である外堀の埋め立て地を特定の企業が安価に都から手に入れて高額なテナント料を手に入れる・・・そのおこぼれとしての料金無料なのである。

 東京高速道路は、35年たてば東京都に寄付されるはずだったが、それを拒んだため東京都が東京高速道路を相手取り、訴訟を提起した。結果は第一審から最高裁まですべて都が勝訴。結果的に東京高速道路が都から買収する形で現在に至っている。このズブズブが森口将之氏のいうところの「先進的な思想にあふれた道」なのである。

疑惑の東京高速道路KK線 (2)

1988(昭和63)年6月22日付読売新聞から引用

 コンプライアンス的に言えば、東京高速道路株式会社は、超ブラック企業である。森口将之氏はブラックだろうが利権だろうがタダになれさえすれば「先進的」と言うのだろうか。なんとも貧しいおこぼれ頂戴根性であろうか。

 

■ 首都高速は一部でもKK線のような高架下建築を導入していないのだろうか?

 森口将之氏はこう記す。

なぜ首都高速はKK線のようなビジネススタイルを取り入れなかったのだろうか。一部でも導入していれば高いと言われる料金が少しは安くなったのではないだろうか。

 首都高速も高架下への建築は「一部」くらいは導入している。

 箱崎の東京シティエアターミナル(T-CAT)等がその例だ。首都高の高架下に道路法に基づく占用許可によって設置されており、道路側に占用料収入が入っているはずである。

TCATと首都高速道路

 また、数は少ないものの高架下に建物を首都高が作り、テナントを入れている。

IMG_8117

 赤羽橋のあたりを走っていると上記のような高架下建築が見える。

東京都の「平成15年度財政援助団体等監査報告書」には下記のとおり記されている。
http://www.kansa.metro.tokyo.jp/PDF/03zaien/15zaien/15zaien362.PDF

 本事業は、2号目黒線高架下において、移転困難な地権者に対し、昭和43年から公団が施設(事務所・店舗用、駐車施設等)を設置し賃貸しているものであり、平成14年度の総収益は6,208万余円で、前年度に比べ232万余円(3.6%)減少している。一方、総費用は4,576万余円で、311万余円(7.3%)増加したため、当期利益金は1,631万余円となり前年度と比較して543万余円(25.0%)減少している。

■ 首都高速は、実はやる気マンマンであった

 下記は、1959(昭和34)年に東京都が作成した「東京都市高速道路の建設について」という冊子からの引用である。首都高設立に向けての東京都のPR資料と思われる。

首都高速道路当初の高架下建築計画

 このように現在と異なり、首都高速は東京高速道路株式会社と同様に高架下建物の建設に積極的だったように見える。これが実際にはT-CATと「移転困難な地権者向け」等に縮小してしまった(もっとも駐車場や公園としての活用はされているが。)。

 なぜ、そうなったのだろうか?

 冒頭に引用した国会議事録は首都高速道路計画の審議の際の発言である。それだけ都市内高速道路の建設にあたっては、「利権道路」東京高速道路がトラウマになっており、「KK線の再現は許さない」空気があったのではないか。事実、首都高速道路公団法案の国会審議には何度となくKK線についての質疑がなされ、東京高速道路社長まで参考人で呼び出されている。

 また、タイミングの悪いことに、国鉄でも「ガード下疑惑」のようなものが持ち上がっていた。鉄道会館事件や京急デパート事件のように身内に便宜を図ったり、ガード下にテナントが入れるように便宜を図ることで国鉄職員が収賄で逮捕されるといった疑惑・汚職を招く一方、アメ横のガード下等は転貸に転貸を重ね、地主である国鉄も管理できないありさまであった。別の記事でも触れているが国会の場で当時の総裁が何度も陳謝している状況である。

国鉄ガード下汚職

1954(昭和29)年10月9日付朝日新聞から引用

(参考)「小林一郎著「ガード下」の誕生-鉄道と都市の近代史(祥伝社新書)が糞だった(その2)」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/--c177.html

 このように世間は「高架下(ガード下)利権許すまじ」の情勢があったのは間違いない。そこに運悪く首都高が巻き込まれて高架下の積極的な利活用に制限がかかってしまったのではないか

 そして、建設省は「高架道路の路面下の占用許可について」(昭和40年8月25日付け建設省道発第367号建設省道路局長通達。平成17年廃止)を発出し、道路の高架下利用を非常に限定的に行うこととした。鉄道のバラエティあふれる高架下の利用に対して、道路の高架下の利用が公園、駐車場等が主であり、商業用施設が極めて限定されてきたのはこの通達によるものである。

(この直前に、新幹線の高架下利用が問題となっており、その影響があったのかもしれない。)

新幹線ガード下不当利用

1964(昭和39)年5月4日付朝日新聞から引用

高架下利用は抑制

(「建設のうごき」No.109号11頁から引用。)

 直接的な証拠が見つけられておらず、個人的な感想にとどまるのであるが、「KK線が高架下の活用ができているのに首都高はできない」のではなくて、「KK線や国鉄がやりすぎたので、そのあおりをくらって首都高は大した高架下の活用ができなくなった」のではないかと思っている。

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 ところでKK線は役に立っているのだろうか?

 「山田天皇」と呼ばれた東京都元首都圏整備局長の山田正男氏は下記のように述べている。

疑惑の東京高速道路KK線

(「時の流れ・都市の流れ」24頁から引用)

 「1km余で取付道路がどちらも並木通りではどうにもならないが」「遅まきながら」後付けで首都高のネットワークに取り込んでやって解決したということだ。

 商業利用が期待できる箇所だけのおいしいところどりの1km余ではどうにもならなかったのを都が救済してやったということである。

 森口将之氏は何を書いている人なのか実はよく知らないのだが、交通機関やその社会的背景等を真面目に勉強してから、書いてみた方が宜しいのではないか?

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2016年10月30日 (日)

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線だった?

 建設省→日本道路公団→コンサルタントと戦後の道路建設に携われていた武部健一氏の遺著「道路の日本史 - 古代駅路から高速道路へ (中公新書) 」については、今更私ごときが語るべきものではない名著であるのだが、小田原厚木道路について触れており、「ああこのことは書いても問題ないのだな」と思ったので、表記のタイトルになったわけである。

 

 先に、「清水草一氏の「中途半端な目黒線と第三京浜、実は渋滞解消の特効薬? ヒントはパリに」に係る考察(4)」で引用した「道を拓く 高速道路と私」に、その題名もズバリ「河野号令にびっくり」ということで小林 元橡氏(建設省道路局高速道路課長等を歴任)が下記のように述べている。

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線だった2

 (武部氏の記述よりも小林氏の記述の方が詳しいのは、実際に建設省の課長として直接河野大臣と対峙したからなのであろうか?)

1962(昭和37)年8月7日付朝日新聞では下記のように報じられている。

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線だった3

 小林氏の高速道路課長在任期間は、1962(昭和37)年8月10日から1965(昭和40)年1月16日までということだから、整合性はとれる。

 しかし、通常の公共工事は、大まかに言うと、前年の夏に概算要求→前年の年末に大蔵省(当時)予算折衝→政府予算案決定→年度末の国会で予算決定→新年度から予算執行できる・・・という経緯が必要なのに、8月の記者会見で「有料道路として今年末にも着手させる意向」とは驚きだ。

 もっとも、小林高速課長には「調査3日、計画設計3週間、工事3か月で完成」と下命したというのだからもっと驚きだ。

 また、「日本道路協会50年史」に収録されている座談会「富樫凱一氏を囲んで」では、下記のやりとりが収録されている。

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線だった

 富樫凱一氏、高橋國一郎氏ともに、建設省道路局長及び日本道路公団総裁を歴任している。文中の「名神高速のルート」は、「東名高速のルート」の誤植ではないか

 河野一郎氏の地盤は小田原周辺である。河野洋平氏を経て現在も孫の河野太郎氏が地盤を引き継いでいる。

 河野一郎氏は「東名を自分の方(小田原)にもってこい」というようなことを建設大臣就任時に主張して、それをはねつけた富樫凱一日本道路公団副総裁(当時)が更迭されたと読める。

 土木学会のサイトによると富樫凱一氏は「1962年日本道路公団副総裁、1966年より1970年まで総裁」とあり、コトバンクによると「(昭和)37年三菱地所取締役、39年菱和不動産社長を経て、41年日本道路公団総裁」とある。

 対談中の「河野一郎さんの頼みをはねつけてしばらくやめられた」というのが「37年三菱地所取締役、39年菱和不動産社長」という時期にあたるのか?

 河野一郎氏は、1965(昭和40)年に亡くなっているから、河野氏の没後に富樫氏は復権(道路公団総裁就任)したということか?

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 時系列で再整理してみよう。

1962(昭和37)年7月18日  池田改造内閣成立・河野一郎建設大臣就任

1962(昭和37)年8月7日 記者会見で「東海道新バイパス」の建設を発表

1963(昭和38)年3月22日 道路審議会 小田原厚木間だけを二級国道に指定するよう答申

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線  (1)

1963(昭和38)年3月30日 二級国道の路線を指定する政令を改める政令で二級国道271号小田原厚木線だけを追加

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線  (3)

 自分の選挙区に自分で国道を引っ張て来るだけの政令に署名。これぞ「ザ・政治路線」って感じですな。

https://www.digital.archives.go.jp/das/image-j/F0000000000000113272

1963(昭和38)年4月1日 上記政令施行

1964(昭和39)年1月23日 一般有料道路小田原厚木道路 事業許可

1965(昭和40)年7月8日 河野一郎氏死去

1966(昭和41)年 富樫凱一氏 日本道路公団総裁に就任(道路公団に復帰)

1969(昭和44)年3月19日 一般有料道路小田原厚木道路 供用開始

 

 いやはや物凄く短期間で異例である。

 通常、国道昇格にあたっては2年程かけて調整し、数十本の国道をまとめて昇格させるのだが、大臣の記者会見から半年で道路審議会から政令制定まで終わって、政令制定から施行も通常1年後なのに2日後に施行である。それも271号小田原厚木線一本のためだけの手続きなのである。

 すさまじいのは、法令審査の短期間ぶりだ。3月25日に道路審議会の答申があった後、同日付で建設省が内閣法制局に持ち込み、法令審査を3月28日に終え、3月29日に閣議という超綱渡りスケジュールである。はっきり言ってこんな短期間の審査はありえない。並みの政治路線ではない。

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線2

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線  (2)

 当該資料は、国立国会図書館デジタルアーカイブで見ることができる。

https://www.digital.archives.go.jp/das/image/M0000000000001454032

小田原厚木道路は河野一郎の政治路線  (4)

 法令審査資料に添付されている図面には「厚木-小田原線」と書いてある。

 かねがね、「なぜ厚木起点ではなく小田原起点なのだろうか?」と疑問を持っていたのだが、やっぱり厚木起点だよねえ。河野一郎に配慮して小田原起点にしたのかしらん。それとも一級国道1号から分岐する方を起点とすることが法令上のテクニックとして重視されたのだろうか?

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 実は、この記事は「道路の日本史」出版前に「道を拓く 高速道路と私」で当該記述を見つけて着手していたのだが、「道路の日本史」であらかた出てしまった。そこでこのままではわざわざブログに書く意味がなくなってしまうのでチマチマと補足資料を追加していったので公開に時間がかかってしまった。(その間にwikipedia等にも出てしまい、記事としてはおもしろみが半減してしまったので残念である。)

 「道路の日本史」発売直後にコピペして金をとる記事にしてしまうような佐藤健太郎氏のような厚顔無恥ではないのでな。(「国道者」参照のこと。サイエンスライターって楽な商売だねえ。。。)

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2016年4月25日 (月)

階段国道の真相は国交省のウェブサイトに書いてある~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その8)

 青森県と北海道を結ぶ国道339号の龍飛崎付近にはいわゆる「階段国道」がある。

 日本広しといえども、階段の国道というのはここにしかない。なぜこんな変なものができたのだろうか?よく言われるのは「役人が現地を見ずに地図だけ見てここを国道に決めてしまったため」という話だが、これはいわゆる都市伝説の類らしい。青函トンネルの工事のため、いずれバイパスを作る予定があり、階段と知りながら暫定的に国道指定したというのが真相ということだ(松波成行著『国道の謎』による)。

 

 「ふしぎな国道」 佐藤健太郎著 18頁から引用

 私は松波さんとは時々お酒もご一緒させていただくようなおつきあいをさせていただいているのだが、ここについては納得はしていない。

 そもそも松波さんは市井の一趣味者でいらっしゃり、あくまでも「松波説」であり「真相」と断言できるものなのか?検証もせずに「真相ということだ」と書くのが自称サイエンスライターのエビデンスとはその程度のものなのか?(そもそも「真相ということだ」という文章自体がよくわからん。真相なのか違うのか。サイエンスライターさんが書く文章は違うねえ。)

 

 実はこれには「公式見解」が国土交通省東北地方整備局のウェブサイトに掲載されている。

広報紙「T-com」のハガキを通した読者の方々からの質問に対する回答内容について紹介しております。

ということでQ&Aの形式となっている。その「みち編」の「一般国道」にずばり下記のようなQ&Aが掲載されている。

Q

青森県津軽半島の三厩村に、階段国道(339号)がありますが、曲がりくねった幅の狭い石段が国道になっているのはどうしてなのでしょうか。 (山形県/長谷部さん)

 

A

一般国道339号は、弘前市から五所川原市を経由し、一般国道280号に接し、津軽半島を周遊することのできる幹線道路です。国道の指定は道路法で規定されており、この通称「階段国道」もこの法律に基づき指定されています。

この「階段国道」も国道に指定されるまでは階段はなく、狭く急な坂道でした。この坂道の周辺には竜飛中学校や小学校があり、学校の登下校時に児童・生徒らが頻繁に利用することから、怪我をしないようにと青森県により階段が整備されました

平成5年から平成8年まで青森県の整備事業として、更なる階段の整備が行なわれ現在に至っております。

この路線は昭和49年11月12日に重要な路線であることから国道指定されました。

当時から当該区間を車両が通行できるよう整備する必要があったのですが、近傍の林道等の整備により車両が通行できる迂回路が確保され、国道としての整備の緊急性が低くなったことから、現在も「階段国道」として残っているものです。

(路政課/土井 浩)

http://www.thr.mlit.go.jp/tohokunet/tiikiwotukuru/html/Q-A_michi-ipan.html

 「階段と知りながら国道指定した」のではなく、「坂道だったところを国道指定後に階段を整備した」というのが国土交通省東北地方整備局の回答だ。

 都市伝説を潰したつもりが新たな都市伝説を広めるあたりが流石サイエンスライターだなと感心する次第である。せめてネットで国交省のサイトの検索くらいしてから本を書くべきではないのか?サイエンスライター界ではそんなものを調べる必要もないというのが定石ということなのだろうか。

階段国道は当初は坂道だった

 TO698Y-C1-1という国道指定前1969(昭44)年9月20日に撮影された空中写真を掲載しておくが皆さんはどのように見えるだろうか?

 ところで、バスタ新宿は国道20号なので、バスタ新宿の階段も「階段国道」ではあるのだが。

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2016年4月17日 (日)

国道の番号の付け方はいい加減なのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その7)

Q.本書を読んでみて改めて思ったのですが、国道の番号の付け方やら選定方法はいい加減ですね。車が通行不能や階段や登山道、アーケードが国道指定されたりして、どうしてこんなことに?

A.道路というのは生き物で、都市の発展に合わせてどんどん姿を変えていきます。あまり細かい規則で縛ると、不都合が生じた時に変更が面倒になってしまいます。ちょっとした経路変更のたびに、いちいち国会で議決が必要となったら、手間がかかって仕方ないですからね。まあそういうゆるさが、政治色の強い道路の建設につながってしまっている面はありますが……。

 しかしそのわりに、国道起終点の規定などはやけに厳格に守られていたりして、こういう変さ加減もウォッチャーとしては面白いところです。

 

現代新書『ふしぎな国道』著者 佐藤健太郎氏インタビュー マニア歴17年のサイエンスライターが語る、あまりにディープな国道♥愛の世界

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40766?page=2

 せっかくなので、「第1回 高速道路ナンバリング検討委員会 配付資料」http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/doc01.htmlからもう一つ。

 「ナンバリングルールの検討」http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/pdf01/7.pdfという資料に「我が国の国道番号(1桁・2桁)ナンバリングの経緯」「我が国の国道番号(3桁)ナンバリングの経緯」 という資料が載っている。

我が国の国道番号(1桁・2桁)ナンバリングの経緯

我が国の国道番号(3桁)ナンバリングの経緯

 国土交通省としては、このように系統づけて国道には付番しているということだ。

 「国道の番号の付け方やら選定方法はいい加減ですね。」と断定するまでいい加減なのかは皆さんのお考えであろうが。

 

 ところで余談となるが、一級国道と二級国道の区分廃止後にもかかわらず、「鹿児島市と那覇市を結ぶ国道58号がなぜ一級国道並の番号を後から付番されたのか」という問いに対する答えが「道路セミナー」1972年6月号「沖縄における一般国道について」建設省道路局路政課長補佐末吉興一・著に掲載されている。

国道58号はなぜ一級国道並の番号を与えられたのか

昭和37年(1962年)の<第3次指定>で44~57号が「県庁所在地、北海道の支庁を連絡する路線を北から付番」としているので、鹿児島県庁所在地である鹿児島市と沖縄県庁所在地となる那覇市は「県庁所在地、北海道の支庁を連絡する路線を北から付番」したルールにのっとり58号となることは自然なのであろう。

 余談ついでに、「沖縄における一般国道について」から沖縄の復帰時に国道となった各路線についても「なぜ国道としたのか」が解説されているので紹介しておこう。

沖縄県の国道その1

沖縄県の国道その2

 このように各路線が道路法に定める国道の要件の何号に該当するかを確認できる。「網値」及び「路線値」については、「国道昇格はどのようにして決められるのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その5)」において紹介しているので合わせてご参照いただきたい。

沖縄県の国道その3

 また、類似の規模の他県や全国平均とも比較して妥当であると検証している。

 

 こういう実務者の書いた記事とサイエンスライター佐藤健太郎氏の本とを比較して各人が「国道の番号の付け方やら選定方法はいい加減」かどうかをご判断いただければよいのではなかろうか?

 

 ※「第1回 高速道路ナンバリング検討委員会 配付資料」には、旧道路法時の国道ナンバリングの絵もあって素敵だ。http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/pdf01/9.pdf

旧道路法に基づく国道路線図

 この「旧道路法に基づく国道路線図」では、沖縄の国道は何も線が引いていなくて那覇市附近に「26」と番号がふってあるだけだがどうなっていたのか?「沖縄における一般国道について」によると

沖縄県の国道その4

 路線としては、東京から那覇までと最長だが、実延長は最短の国道ということになるのだろうか。

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 この時(※引用者注:1953(昭和28)年の二級国道制定時)の採番でもうひとつ特徴的なのは、青森発の101号から始まって南下し、本州・四国・九州ときて北海道へ戻るという、何だか妙な順序をとったことだ。(略)。この時北海道が後回しになった理由は、筆者にもちょっとわからない。この後に行われた国道指定では、全て北海道から始まって南へ順に番号が振られている。

 

「ふしぎな国道」91頁

 上記の表を見ると、北海道が後回しになったのは1953(昭和28)年の二級国道制定時ではなく、1952(昭和27)年の一級国道制定時である。ここは佐藤氏の単純な間違いであろう。

 私なりに邪推してみると、上記の「旧道路法に基づく国道路線図」によると、東京からまずは1号で伊勢、2号で鹿児島、3号で大分宮崎周りで鹿児島と、東京から西・南に路線を指定したあとに、4号で札幌と北海道が最後になっている。この旧道路法時代の路線設定の流れを1952(昭和27)年の一級国道制定時に引き継いだのではないだろうか?念のために言うとこれはエビデンスが上記の路線図からの発想以外何もないものである。

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国道246号の永田町枝線はなぜ国道になったのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その6)

Q.本書では、国道にまつわる様々な謎が紹介されていますが、佐藤さんでもまだわからない謎はあるのでしょうか?

A.たくさんあります。たとえば国道246号永田町バイパスです。2006年に、永田町付近の都道が、いつの間にか国道246号の枝線に指定されていました。こういうケースは、他ではほとんど見たことがありません。で、この枝線は、途中で不自然に曲がっています。なんでこのルートなんだろうと地図をよくよく見てみたら、どうやら自民党本部と首相官邸の間を結んでいるように見えます。何か意味があるんだろうなと思いますが、謎ですね。

 

現代新書『ふしぎな国道』著者 佐藤健太郎氏インタビュー マニア歴17年のサイエンスライターが語る、あまりにディープな国道♥愛の世界

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40766?page=3

 図書館で調べれば分かる話を「不思議不思議」といってデマを書き散らしているのに「佐藤さんでもまだわからない謎はあるのでしょうか?」とは正直乾いた笑い以外何も出ないのだが、現代新書を発行する講談社のプロモーション記事(提灯記事)だからやむを得ないか。いしいひさいちの「前戯なき戦い」では、音羽会はもうちいと骨があったんじぇけどのお。

 

 ところで、国交省の「第1回 高速道路ナンバリング検討委員会 配付資料」http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/pdf01/7.pdfに、この「246号の枝線が国道となった理由」があっさりと書いてあった。

国道246号枝線の国道昇格理由 佐藤健太郎「ふしぎな国道」の不思議を一つ解決

 http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/numbering/pdf01/7.pdf

「〇三宅坂交差点への本線とは別に、平河町交差点から国会議事堂、首相官邸方面への分岐あり。

〇重要施設へのアクセスの向上、被災時の的確な対応等のため。」

 とのことである。

 これで「国道のふしぎ」が一つ解決だ。

 秋庭大先生なら「官邸と永田町を結ぶ地下道ネットワークは国家機密に関するため国が直接管理する必要があるのだ。」とか言ってくれそうなものだが、そんなにロマンティックなものではないようだ。

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2016年3月24日 (木)

国道昇格はどのようにして決められるのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その5)

 前の記事で1970(昭和45)年の国道昇格について紹介し、更に内閣法制局で審議した資料を読めばその考え方が分かる旨書いたが、何分読みづらいし、分量も多い。
 そこで道路業界誌から、その考え方を説明した記事を紹介したい。
 
 引用元は「道路セミナー」1969年12月号46~49頁である。引用にしてはちょっと長いがお許し下され。

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八ちゃんの勉強記(1)

<国道昇格の巻>

(筆記者) 愛野寿三

(略)

先生 (略)建設省は、十一月十四日(引用者注:昭和44年)に七一路線、延長五、八〇〇キロの国道昇格を発表したんだよ。そのことは新聞に出ていたからよく知っているだろう。

ハチ それくらいは知っていますよ。しかし、詳しくは知らないので、素人にもわかるようにひとつ教えてくださいよ。

先生 国道といえば、東名高連、名神高速とか高速道路も国道のうちだが、普通、国道というときは、「一般国道」のことをいうがね。この一般国道は昭和四十二年度末で全国に延長二万七、五〇〇キロメートルあるんだが、建設省は昭和六十年には、これを六万キロまで伸す計画なんだ。この六万キロには、東名、名神などの高速自動車国道計画の七、六〇〇キロメートルも含めての話だから、一般国道は差引き五万二、六〇〇キロメートルの計画というわけだ。

ハチ 昭和六十年というと一五年先だナ。えらく先まで考えるもんだね。というと、一般国道は、だいたい今の二倍にする計画ということになるナ。それだけの分を国道に昇格させる計画というわけだね。

 だけど、だいたい昭和六十年で国道六万キロで大丈夫ですかね。一五年先の六万キロはどうしてきめたんです?

先生 昭和六十年のことは、今でも道路整備は遅れているのに、一五年先を考える計画は大丈夫かという皮肉かね。昭和六十年頃には自動車保有台数がピークになると想定されているのも一つの理由だが、まあいいや。これはね、むつかしくいうとまず「昭和六十年における社会経済水準にふさわしい幹線道路網体系」を考えたわけだ。これは人間の血管にたとえると大動脈、動脈に当たるというわけだ。

 この幹線道路網体系は、いろいろ計算の結果想定すると日本国土全体において四十万四、六〇〇キロになるんだ。まあ大動脈、動脈は四十万キロメートルと覚えておくんだね。地球から月までの距離が約三十八万キロだから、相当の距離だということがわかるだろう。

 この幹線道路が四十万キロのうち、国道として、国が責任をもって整備すべきものをヨーロッパ諸国の例を参考にして六万キロメートルとしたんだよ。

ハチ ヨーロッパの何を見習うんですかね。

先生 先進ヨーロッパ諸国の幹線道路のうち、国道の占める割合をみると、イギリス、西ドイツ、フランス等は現在約一五%が国道なんだ。我国もこれにならって幹線道路四〇万キロの一五%とすれば六万キロが国道として整備するということになるんだよ。

ハチ というと昭和六十年になって現在のヨーロッパ並みになるというのかね。面白くネエが、外国に負けない立派な道路をつくってくれりゃ我慢しよう。頼みますよ。

 ところで、こんど国道へ昇格した五、八〇〇キロとはどういう関係ですかね。

先生 これは昭和六十年度に国道六万キロとなるには、まえに国道昇格した昭和三十七年以来こんどの昭和四十四年迄には、少くともGNPの伸びに応じた分だけは、つまり約六千キロメートルは国道昇格と……。

ハチ 一寸一寸まった、英語を使わずに話してくださいよ。なんですかそのGNPとは……。

先生 あっ、すまん、すまん。GNPとは国民総生産という略語で、この伸びが、いわば国全体の経済の伸び、ひいては国の発展状況の目安となるものだよ。だから六千キロメートルというのは、昭和三十七年から四十四年迄の七年間の国力の伸びに応じた分に当るわけだ。

 だから、建設省は今回六千キロを強硬に主張し、大蔵省と折衡の結果、大臣折衝まで行なわれ、ほぼ主張通りの総枠五、八〇〇キロメートルときめられたものだよ。

ハチ というとこれまでの七年間に経済成長した分だけを、後から追いかけてゆく国道昇格というようにきこえますな。これだといつも後手、後手ということになりませんかね。心配ですナー。(略)

(略)

先生(略)こんどの昇格要望は実に百八十九路線延長一万四、二三三キロあったんだよ。

ハチ じゃあ国道がどんどん増えるのは、建設省の責任範囲が増えることにもなるが、その地域の人々は喜ばれることになるんですね。

 こんど国道昇格は七年振りとさきほどきいたが、遠慮せすに毎年ドンドンやればいいじゃないか。

先生 すぐ調子にのるんじゃないよ。記録をみると、昭和二七年に道路法が制定以来一七年になるが、これまで国道昇格は三回しか行なわれていない。こんどで四回目だよ。そうすると平均四年に一回の割、まあオリムピックみたいなものかな。

 建設省も昭和六十年迄に国道六万キロ整備という目標を掲げているから、こんごはどんどん昇格したいが、その裏付けを国民全体で考えて……。

ハチ 建設白書の高福祉高負担だナ。まあ国民の負担はできるだけ軽くしてもらいたいナ。ところで、こんどの昇格五、八〇○キロは昇格要望の約三分の一に当るが、ウラミっこなしで全国一率に電子計算機かなんかでハジキ出すんですかね。

 それとも陳情の強い順とか……。

先生 君は役所の仕事を知らなすぎるよ。物事をきめるのには必ず法律に基づく基準があるんだよ。こんどの国道昇格は、むつかしくいえば道路法第五条の国道の資格要件に該当するものから選定されるんだよ。まずこの道路法第五条をみてみ給え……。

ハチ あー成る程、国道の資格が書いてあるですな……。「高速自動車国道とあわせて全国的な幹線道路網を形成し」ていて、しかも「県庁所在地と重要都市を連絡する道路」「重要都市、人口十万以上の市と重要国道を連絡する道路」「二以上の市を連絡……」「特定重要港湾、重要な飛行場、国際観光上重要な地……」「国土の総合的な開発……」……。

 こう読んでみると、全国的な道路網とそれを結ぶ重要な都市、港湾などとの関係を重要視しているんですね。そうすると全国からの要望路線を一本一本審査することになるんですね。前言全面取り消させて頂きます。

先生 だんだんわかってきたな。しかし、法律の要件だけでは選定の基準が大まかすぎるので、この法の精神にのっとり、更に詳しい基準があるんだよ。ハチ公ならどんな基準を考えるかね。

ハチ えーと、国道はかた寄ってはいけないので国全体の平均しなければならんと思うね。だからまず全国平均の網の目は必要だね。だけど、まてよ、全国平均の道路網といっても、面積の割に人口の多いとこと、少いところを同じじゃ不公平だナ。それから自動車が多いところは道路が必要だね。だけど、人口も多い自動車も多いところも道路が必要だね。そうすると全国平均の網の目が片寄ってしまうし……。

 いやまてよ、今は人口も自動車も少ないけど、将来の高速道路ができ自動車が急激に増えることが予想されるのも考えねばならんね。今は資源が眠っていて人口も減っていっているが、資源闘発に必要な道路もある……。 だんだんむつかしくなってきたな。

先生 だいたい議論のポイントは外れていないよ。だんだんわかってきたようだね。建設省は、国道昇格基準として「網価」、「路線価」という考えをとり入れてきたんだよ。

 この「網価」というのは、人口と面積と国道延長との関係を指数化したもので、この数字が大きいということは人口、面積の割にこれまでの国道網があらかったこと―つまり国道が少なかったということだね。

 従って網価が大きいものから優先ということになるんだね。

 「路線価」というのは、予定路線の沿線の人口、農工業生産額、交通量を数字で表わしたもので、その道路の利用価値だね。この路線価が大きいものから優先ということだね。

ハチ わしの考えも満更悪くはないんですね。ひらたくいうと全国平均の道路網、北海道も東北地方も四国も九州も平均した道路網が必要だというのは、「網価」の大きいもがとり入れればいいな。これは一つの過疎対策ともいえるな。「路線価」は人口や自動車の多い過密地域むけだナ。「路線価」だの「網価」というからややこしいがまあわしらの常識と同じだナ。だけど、「路線価」や「網価」が数字としていくら低くても、将来の資源開発とがは必要なのはどうするのかね。

 こんなのは国道にするのが国が当然とるべき政策と思うがね。

先生 鋭く切りこんできたね。ハチ公の出来が予想以上にいいそ。その調子その調子……。

 まあ、こんどの国道昇格は、要望路線の路線価が三〇〇以上、網価が五万以上のものを一応の合格点とするが、たとえ路線価、網価が低くとも、重要な飛行場とか観光地とか、資源の闘発に特に必要なものとか、将来の交通需要の著しい増大が明らかに予想されるものは、君のいうように当然とり入れて昇格させたんだよ。

(略)

ハチ (略)ところで、いつから正式に昇格が決るんですかね。

先生 建設省の原案が発表されたが、これから、建設大臣から道路審議会に諮問され、その答申をえて、各省との折衝をえて「政令」として内閣として正式決定になると思う。十一月下旬には正式決定をみるものと思っているよ。しかし、これが実際に施行され効力が発生するのは新年度の昭和四十五年四月一日からだよ。

(引用終わり)

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 上記の考え方が、前回の記事で紹介した国立公文書館デジタルアーカイブにて公開されている政令制定に係る資料にも実際に出てくるのだ。

http://jpimg.digital.archives.go.jp/pdf/H1530a01110000/091504425635.pdf

 例えば、「先生」が国道昇格の細目の基準として紹介している「網価」「路線価」の実際の数値が上記PDFの103枚目以降に網羅されている。(ただし、記事では「網価」「路線価」となっているが、PDFでは「網値」「路線値」となっている。)

 また、127枚目には「昭和44年における一般国道の昇格の延長枠」

 128枚目には「一般国道への昇格選定基準」といった興味深い項目が踊る。

国道昇格の基準 (1)

国道昇格の基準 (2)

国道昇格の基準 (3)

国道昇格の基準 (4)

国道昇格の基準 (5)

国道昇格の基準 (6)

 また、134枚目には「国道昇格について 道路局」というコンパクトにまとまったペーパーもある。

国道昇格の基準 (7)

国道昇格の基準 (8)

 「国道昇格路線をどうやって選定するか」を本当に知りたい方は、佐藤健太郎氏の本なんかに金を払うよりは無料で上記のPDFを読んだ方が絶対役に立つこと間違いなし。

 

※都道府県道の路線認定基準は、道路行政セミナーに、古い規定の解説が掲載されている。

・都道府県道の路線認定基準について(その1)

http://www.hido.or.jp/14gyousei_backnumber/1992_data/seminar9211.pdf

・都道府県道の路線認定基準について(その2)

http://www.hido.or.jp/14gyousei_backnumber/1992_data/seminar9212.pdf

・都道府県道の路線認定基準について(その3)

http://www.hido.or.jp/14gyousei_backnumber/1992_data/seminar9302.pdf

・都道府県道の路線認定基準について(その4)

http://www.hido.or.jp/14gyousei_backnumber/1992_data/seminar9303.pdf

・都道府県道の路線認定基準について(その5)

http://www.hido.or.jp/14gyousei_backnumber/1993_data/seminar9304.pdf

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佐藤健太郎氏は「ふしぎな国道」のなかで、

「国道458号自体、国道が通っていない山形県の自治体の請願によって指定された道といわれ、国道としての必然性に欠ける面は否めない」(29頁)

「このように、国道はあちこちでぽつぽつと五月雨式に指定されるのではなく、10年に一度くらいのペースで、全国でまとめて一気に昇格する。国道指定は政令などの改正を必要とするため、まとめて決めてしまわないと効率が悪いのだ。」(103~105頁」

 といった浅薄な書き方をしているが、上記の先生とハチ公の会話を見ているとそんなに世の中単純なものではないということが分かるだろう。

 そして、1992(平成4)年の国道昇格でここにいう国道の目標約6万キロは達成されているのである。このことは以後国道昇格が行われていない事と大いに関係しているのである。これはおって紹介したい。

 「先生」に言わせれば「佐藤健太郎は役所の仕事を知らなすぎるよ」ということか。ハチ公のように「サトケンの出来が予想以上にいいぞ。」と言われる日は果たしてくるのだろうか??

 

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2015年2月22日 (日)

フリーウェイは、高速道路とはちょっと違う概念なのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その4)

「ふしぎな国道」講談社現代新書2282(佐藤健太郎著)の、気になる点を整理してみる続きものの4回目である。

 フリーウェイというのは高速道路とちょっと違う概念なのだけども

「ふしぎな国道」佐藤健太郎著236頁

 なにが、「ちょっと違う」のかは、この本には一切触れていない。佐藤健太郎氏の「ふしぎな国道」には、このように「思わせぶり」に書いておきながら「検証不可能」」な書き方が目につく。小保方さんの一件で、日本の科学界における検証可能性についていろいろ議論されたところであるが。。。

 私は英語は得意ではないので、参考著書を小まめに調べて引用するしか能がないので下記をご覧いただきたい。

1-1 高速自動車国道の意義及び路線指定

a 高速道路とは

(略)

 「高速道路」は昭和30年代の新造語であるが、これはエキスプレスウェイ(EXPRESSWAY)という米語の訳語と云ってよい。米国の各州道路行政官協会(AA・SHOと略称されている)によれば、「全面的または部分的に出入制限を行い、一般的には交差点を立体交差とした、通過交通用の、往復分離した幹線道路」と定義されている。出入制限とは、「沿道の土地の所有者あるいは居住者その他の者が、その道路に近接し、乗下車する権利、空中権あるいは眺望権を、公共の権力によって全面的にもしくは部分的に制限すること」とされている。

 さらに、全面的な出入制限においては、選ばれた公共道路とは接続路(これがインターチェンジである)を設け、かつ平面交差や私設の出入路の取付を禁ずることによって通過交通に都合がよいようにするものであり、また部分的な出入制限においては、選ばれた公共道路との接続路のほかに若干の平面交差や私設の出入路の取付が認められ、通過交通に優先権を与えたものだと説明されている。完全な出入制限をした高速道路をフリーウェイ(FREEWAY)とも呼んでいるが、その意味からは、わが国の高速道路はすべてフリーウェイである。部分的出入制限は、わが国でも自動車専用道路に関して認められており、例えば横浜新道や小田原厚木道路などの一般有料道路に幾つも例がある。

 わが国での法律上の名称である高速自動車国道は、欧州系の呼び名に近く、英国の高速道路のモーターウェイ(MORTORWAY)、ドイツのアウトバーン(AUTOBAHN)、イタリーのアウトストラーダ(AUTOSTRADA)、フランスのオートルート(AUTOROUTE)など(いずれも直訳すれば自動車道路の意)に通じている。通称は米国系、法律上の名称は欧州系、というと、自らわが国の高速道路が両者の影響の所産であるという歴史的経緯が示されているようである。ついでに、高速道路に関係のある外国語を少し御紹介しておこう。パークウェイ(PARKWAY)は、高速道路の一種であるが、特にトラック、バスなどの商業車の通行を禁止したもので、通常公園または公園状に開発された地帯に設けられたもので、ニュージャージー州のガーデンステートパークウェイなどは有名であるが、この名称は有料制には関係がない。

 有料道路はトルロ一ド(TOLLROAD)と総称されるが、かつて料金所に踏切遮断機のようなポールをおいて、料金を支払ったらこれをはね上げて通過させる方式がとられたことから、ターンパイク(TURNPIKE)、つまり回転ポールという意味の語が有料道路の名称になり、米国ではペンシルヴァニアターンパイクなどの有名な高速道路の名称に使われている。わが国の高速道路は、すべて有料制で運営されているから・ターンパイクと云ってもよいかも知れないが、方針として料金所には遮断機を設けないことにしている。

 ハイウェイ(HIGHWAY)というのは、幹線の都市間道路の総称であり、ローマン・ロードが、高く盛り上げて造られたところから発していると云われている。高速道路もハイウェイの一部ではあるが、出入制限の性格が盛られていない点が物足りない。わが国の高速道路を、ちょっとしゃれて英語で呼びたいと思われる方々には、やはり「フリーウェイ」をおすすめしたい。

高速道路のプランニング」日本道路公団理事 三野 定 監修 全国加除法令出版刊 1~2頁

 三野氏は、建設省でワトキンス調査団に携わり、後に日本道路公団に転じた高速道路建設の創世記から実施段階まで勤めたエキスパートである。

 そこでは「わが国の高速道路はすべてフリーウェイである。」「わが国の高速道路を、ちょっとしゃれて英語で呼びたいと思われる方々には、やはり「フリーウェイ」をおすすめしたい」と述べている。

 一冊だけでは偏っているかもしれないので、他の論文も探してみようと思う。

7. 高速道路の問題と今後の路面交通の在り方

 路面交通需要に対して, 積極的な供給策は駐車場の整備と, 高速道路の建設である。 高速道路は他の一切の交通路線とは立体交叉をなし, 沿道とも絶縁された高速で走行しうる構造をもつた自動車専用道路である。 これは一般街路に比して, 高速性, 安全性, 大量性で秀れている。 欧州では自動車道路 (Motor Way英, Reichoutobahnen独, Autostrade伊) と言われ, 米国ではExpress way, Park way, Throughfare, Free wayなどと都市によつて夫々呼称が違つている。 最近特にFree wayと呼ぶ都市が多くなつたが, この言葉が高速道路の性格を最も適確に表現している。 即ちFree wayとは『沿道の土地所有者が採光, 換気, 出入に対し一切の権利を有しない帯状の交通用の公共用地である』。 つまり一切の障碍から自由な高速度自動車専用道路というべきものである。 これは鉄道と同じように通行料金をとる有料道路 (Turnpike) の場合が多い。自動車文化の国といわれる米国は, 又道路文化の国といつても差し支えたい。 即ち自動車の発達と道路の発達とが連鎖反応式過程を経て今日に及んだからである。 わが国が鉄道網によつて国の大本を支えているように, 米国では巨大な国土の交通と, 混乱した都市交通を支えているものは高速道路網である。

「大都市の都心路面交通の諸問題」清水馨八郎・著

 清水氏の政治的な立場はさておき、本来の専門分野の話である。

 「最近特にFree wayと呼ぶ都市が多くなつたが, この言葉が高速道路の性格を最も適確に表現している」んだそうだ。まあ最近とはいってもこの論文は随分古いのだが。

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 上述したように佐藤健太郎氏が、何をもって「ちょっと違う」と言っているか分からないのだが、私の調べたところでは、実務者も学者も「フリーウェイ」がよいと言っているようだ。

 ところで、佐藤健太郎氏の記事は、道路にちなんだ楽曲を紹介するなかで、松任谷由実(荒井由実)の「中央フリーウェイ」について触れたものであるが、「中央道は有料道路だから、フリーウェイじゃないよ」とドヤ顔でおっしゃる方をネット上等でお見かけすることがある。

 上記の清水馨八郎氏の論文にもあるように、「free」は「一切の障碍から自由な高速度自動車専用道路」という文脈で使われており、「無料」という意味ではない。

 英英辞典でしらべてみよう。

free‧way

a very wide road in the US, built for fast travel [↪ motorway, expressway, highway]:

http://www.ldoceonline.com/

 

freeway

(in the US) a wide road, where traffic can travel fast for long distances. You can only enter and leave freeways at special ramps

http://www.oxfordlearnersdictionaries.com/

 

freeway

a wide road for fast-moving traffic, especially in the US, with a limited number of places at which drivers can enter and leave it:

http://dictionary.cambridge.org/

 

freeway

a wide highway that is built for fast travel

Full Definition of FREEWAY

1: an expressway with fully controlled access

2: a highway without toll fees

http://dictionary.cambridge.org/

 「a highway without toll fees」という用例もあるので、「無料道路」でも間違いではないが、「フリーウェイ=無料道路」と決め打ちせずに文脈をよく考えて使った方がよさそうだ。

 「文字通りフリーウェイである」という書き方を見かけるが、果たしてどうだろうか?

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 蛇足だが、日本道路公団は「Japan Highway Public Corporation」

JH日本道路公団

 民営化後の高速道路会社は「NEXCO:Nippon Expressway Company」だ。

NEXCO

 「通称は米国系、法律上の名称は欧州系」と「高速道路のプランニング」には書いてあるが、現場の看板は、「高速道路」も「自動車道」もまとめて「EXPWY = expressway」だ。

 「高速道路のプランニング」の43頁には、「英文字で表示する場合、「自動車道」の部分はEXPRESSWAY(標識ではEXPWYと略す。)とする。」と書いてある。

高速道路も自動車道もexpressway

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2015年1月21日 (水)

圏央道はなぜ高速道路ではなく一般国道なのか?~「ふしぎな国道(佐藤健太郎著)」の不思議(その3)

 

「ふしぎな国道」講談社現代新書2282(佐藤健太郎著)の、気になる点を整理してみる続きものの3回目である。

 第三京浜道路、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)、東海環状自動車道などは、ほとんどの区間が制限速度80kmあるいは100kmで、どこからどう見ても高速道路だが、実際にはそれぞれ466号・468号・475号というナンバーを持った一般国道だ。これらは東名高速や中央自動車道などと、何がどう違うのだろうか?

「ふしぎな国道」佐藤健太郎著14頁

高規格幹線道路の体系

http://www.mlit.go.jp/road/ir/kihon/25/3.pdf

 

 この高規格幹線道路を、高速道路(上記でいう東名高速や中央自動車道等)と一般国道自動車専用道路(圏央道、東海環状道路等)に振り分ける基準等について国会で建設省道路局長(当時)が答弁をしているので引用してみる。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/109/1350/10908251350003a.html

 

参議院 建設委員会 - 3号

昭和62年08月25日

○太田淳夫君 この四全総で高幹道路網の整備を打ち出しているわけですけれども、この高規格幹線道路という概念はどういうものであるのか、あるいは従来の高速自動車道とはどのように違っているのか、あるいは今回の法改正の対象となっている国土開発幹線自動車道とはどのような関係になっているのか、あるいはまたその高規格幹線道路となる路線の要件はどのような基準になっているのか、説明してもらいたい。

○政府委員(鈴木道雄君(引用者注:建設省道路局長)) 高規格幹線道路につきましては、第三次の全国総合開発計画、三全総で一万キロの高規格幹線道路網を将来策定していくというときに提言されておりまして、その定義でございますが、私どもといたしましては、全国の各都市間を結ぶ自動車専用道路ということで考えております。したがいまして、現在の国土開発幹線自動車道は当然国土を縦貫し横断している路線でございますから、高規格幹線道路の一つに入るわけでございますし、また、本州四国連絡橋も同じ高規格幹線道路でございますし、また、国土を縦貫あるいは横断をしない路線でありましても、各地域を結ぶ一般国道の自動車専用道路もこの高規格幹線道路ということで私ども定義しておりまして、まとめて申し上げますと、高規格幹線道路の中には、従来の国土開発幹線自動車道、それから本州四国連絡橋、一般国道の自動車専用道路、この三種類があるということになります。

 それから、構造的にはどうかということでございますが、いずれも定義のときに申し上げましたように自動車専用道路でございまして、そういった観点からいえば、一般国道の自動車専用道路も国土開発幹線自動車道路も自動車専用道路でございますので、構造規格からいえば、一級とか二級とか、その程度の差はありますけれども、同じ自動車専用道路ということで、同じ構造でございます。

○太田淳夫君 この一万四千キロの高規格幹線道路につきましては、国土開発幹線自動車道と一般国道の自動車専用道、このいずれかに振り分けて整備されることになっているんですが、この一系統の整備体系にした理由はどのような理由なのか。また、振り分けの基準というのは一体何か。さらに、そのいずれかに振り分けられることによって生ずるメリット、デメリット、こういうものはどういうような状況でしょうか。

○政府委員(鈴木道雄君) 二つといいますか、国土開発幹線自動車道と一般国道の自動車専用道路の差でございますが、国土開発幹線自動車道の定義といたしましては、国土を縦貫し横断する全国的な枢要な自動車道路網をなすという定義でございまして、今回選びました一万四千キロにつきましては、全国の各地から一時間で高規格幹線道路に達成できるというようなネットワーク的な面から選んでおりますので、必ずしも国土を縦貫しあるいは横断をしている分野に入らないということでございまして、そういう道路につきましては一般国道の自動車専用道路でやるということで、路線の性格に応じてこの両者を分けたわけでございます。

 それからもう一つは、国土開発幹線自動車道路になりますと、従来の所掌でございますと日本道路公団で全線プールということでやってきているわけでございますが、先ほど来御審議いただいておりますように、やはり道路公団の施工能力ということにも限度がございますし、国土開発幹線自動車道路で道路公団となりますと原則として有料道路ということになるわけでございますが、今度行うものにつきましては、過疎地帯においては必ずしも有料道路になじまない路線もあるということもありますし、また建設省の直轄の施行主体も大いに活用しようということもこの二つに分けた理由のうちの一つでございます。

 この鈴木道路局長の答弁を私なりに整理してみると、高規格幹線道路を国土開発幹線自動車道(いわゆる高速道路)と一般国道の自動車専用道路に振り分ける基準は

1) 「国土を縦貫し横断する全国的な枢要な自動車道路網をなす」という国土開発幹線自動車道の定義に合致するか?

 佐藤健太郎氏は、道路法第5条による国道の要件は説明するものの、国土開発幹線自動車道建設法第1条の「国土を縦貫し、又は横断する高速幹線自動車道」という定義には触れていない。「どこからどう見ても高速道路(ふしぎな国道14頁)」でも、国土開発幹線自動車道建設法の要件を満たしていないと「高速道路」とは認められていないようだ。

(国土を縦貫しあるいは横断をしている分野に入らない道路は、一般国道の自動車専用道路)

2) 有料道路としての採算から日本道路公団(当時)の全国プール制になじむか?

(過疎地の道路等は採算上有料道路として全国プール制になじまないので一般国道の自動車専用道路)

3) 施行体制として建設省(当時)が直轄工事をするか?

(建設省が直轄工事をする場合は、一般国道の自動車専用道路)

※3)は、新直轄制度導入後の現在は異なってくる。

というくくりになりそうだ。

 また、道路局長は「一般国道の自動車専用道路も国土開発幹線自動車道路も自動車専用道路でございますので、構造規格からいえば、一級とか二級とか、その程度の差はありますけれども、同じ自動車専用道路ということで、同じ構造でございます。」と答弁している。

 道路構造令を確認すると下記のとおりである。

道路構造令における自動車専用道路

http://www.mlit.go.jp/road/sign/pdf/kouzourei_2-1.pdf

ということで、「一見すると高速道路にしか見えない道路が一般国道(ふしぎな国道105頁)」であっても何ら不思議ではないわけだ。

 そして、高規格幹線道路のうち一般国道の自動車専用道路に振り分けたものを国道昇格の際に整理していくこととなる。

 

○一井淳治君 ちょっと質問を変えさせていただきます。

 県道等の国道昇格の時期でございますけれども、たしか昭和五十五、六年ごろに行われまして、それからなされてないわけでございます。そろそろ一斉昇格の時期が来ているのではないかというふうに思いますが、その時期やそれをなさる場合の進行順序についての御説明をお願いしたいと思います。

○政府委員(鈴木道雄君) 国道昇格につきましては、前回の昭和五十七年の四月一日に五千五百四十八キロを国道昇格しております。それで、現在、高規格幹線道路網が一応決定をいたしまして、今後具体的に第十次の道路整備五カ年計画でそれが事業に進めるわけでございますので、そういった中で当然全体の道路網の再編成という問題が出ております。来年、六十三年以降、五カ年計画の中で国幹道の拡大あるいは国道昇格を考えているわけでございますので、五カ年計画の前半の時期に、都道府県の要望等をも踏まえまして、今御質問の国道昇格の選定を行いたいと考えております。

http://www.hido.or.jp/14gyousei_backnumber/1992_data/seminar9204.pdf

の「一般国道の路線を指定する政令の一部を改正する政令について」でこの国道昇格の説明がされており、一般国道の自動車専用道路については下記のように整理されている。

高規格幹線道路のうちの一般国道自動車専用道路  

※ 余談だが、圏央道は、国道468号となる前は、国道16号として建設されていた。

圏央道は国道16号だった

 そして、後に路線番号を変更しているのである。

国道番号の変更

 この辺を佐藤健太郎氏の「ふしぎな国道」から引用すると

 またこの時の国道指定では、圏央道(国道468号)、東海環状自動車道(国道475号)、京都縦貫自動車道(国道478号)など、一見すると高速道路にしか見えない道路が、一般国道の名のもとに指定を受けた。第三京浜道路(中略)も、建設から28年目にして国道昇格し、466号を名乗ることとなった。このあたり、いろいろ大人の事情があったことが窺われるが、詳細は表に出てこない。というわけで、450号以降の国道は、いわゆる高速道路に相当する道と、酷道区間を抱えた道(国道471号・477号など)が入り混じって現れるという、奇妙な状態になっている。

「ふしぎな国道」佐藤健太郎著105~106頁

 その1、その2と異なり、その3ではインターネットに公開されている資料で佐藤健太郎氏が言う「いろいろ大人の事情があったことが窺われるが、詳細は表に出てこない」「奇妙な状態」を説明してきたが、「ふしぎ」は解消されただろうか?(第三京浜の国道昇格の理由については私もわからないのだが)

 なお、第三京浜については、日本道路公団の「第三京浜道路工事報告」(神奈川県立図書館等で閲覧できる)に、建設時に「第三京浜を国道にしたくて縷々検討したが要件を満たさなかったので東京都道・神奈川県道にした」という趣旨のことが書いてあるが、それがどうしてひっくりかえったのかは私も関心があるところだ。

 

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