カテゴリー「モノレール・新交通システム」の20件の記事

2017年1月30日 (月)

東北新幹線は浦和市営モノレールの導入空間を空けて今でも待ってる

 「浦和市営モノレール」でぐぐっても1件もヒットしない。「なんじゃあこりゃああ!(ジーパン刑事)」な人がほとんどであろう。

都市モノレール・新交通システム 未成線及び事業化路線一覧

 これは、「公共事業ガイドシリーズ 都市モノレール・新交通システム事業」公共投資ジャーナル社編集部 編 に掲載された1973(昭和48)年から1983(昭和58)年までの「都市モノレール等調査実施箇所と事業化状況」という一覧表である。

 この54年度に「川口・浦和線」が載っているのが分かるだろう。

 東北新幹線は、このモノレールとの交差に関して浦和市と設計協議を行い、東北新幹線の高架下に浦和市営モノレールが通れるよう導入空間を空けたのである。

 

浦和市営モノレール計画線と東北新幹線の交差

 「東北新幹線工事誌(上野大宮間)」432頁に掲載された当該箇所に係る部分である。

 「事業主体である浦和市とモノレール交差の技術的検討に加え、(略)昭和56年12月12日の3者会議(モノレール委員会、浦和市、東三工)の席において(略)交差断面スケルトンが決定した。

 

 ここで、「浦和市営モノレールなんて聞いたこともないし、グーグルで検索しても出てこないぞ」とおっしゃる方がいるかもしれない。

 ところが私は、モノレールと聞くと社団法人モノレール協会の機関誌「モノレール」を探せばいいと勘づくぐらいには鍛えられているので、さっそく国会図書館で探索すると、下記のような図面がでてきた。

浦和市営モノレール計画線

 「モノレール」42号(1980(昭和55)年11月)「今年度部市モノレール等調査都市の交通事情--浦和市の都市交通の現状と課題 / 井上竹明(浦和市企画部交通対策室副参事) ・著」から引用

 ついでに川口市営モノレールについては、下記のような図面がでてきた。

川口市営モノレール計画線

 「モノレール」41号(1980(昭和55)年7月)「今年度都市モノレール計画調査都市の交通事情--川口市の都市モノレール等予備調査 / 大野順四郎(埼玉県川口市企画審議室理事) ・著」から引用

 浦和市と川口市で連携して環状モノレールのようなものを計画していたようだ。

 

 このモノレールが通る空間を準備して待ち続けていた場所を探してみるとどうやらここのようだ。

 前後に比べるとスパンが長い。

浦和市営モノレールが東北新幹線の下をくぐるはずだった道場三室線

 モノレールもできるはずだった都市計画道路にしては随分寂しい光景だと思ったら、まだ東北新幹線に届いてすらいないのね。。。

http://www.city.saitama.jp/001/010/018/007/005/p007073_d/fil/h22_doujou.pdfから引用。

 これができていれば南与野駅は埼京線と浦和市営モノレールの乗換駅として賑わっていたのだろうか。

※追記

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2016年5月 8日 (日)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その9)

 自分が都市と交通の問題に関心を持つようになったきっかけは、約30年前に出会った岡並木氏の「都市と交通」、田村明氏の「都市ヨコハマをつくる」ともう一冊、これが書名も出版社名も全部忘れており探しあぐねていた。

 ところがあっさりと歩いていける図書館にあったのだ。おお懐かしい。

地域交通を歩く

 大西隆氏の「地域交通をあるく」。大西氏が東大教員になる前にODみたいな形で開銀にいたころの著作だ。全国の様々な交通問題を抱える街を歩いてトヨタ系の雑誌に連載していたものをまとめたものだという。

札幌-地下鉄とバス、マイカーの結合を

沢内・湯田-集落移転と山村生活の改善

仙台-地下鉄は切札たりうるか

郡山-拠点性を高める交通都市

筑波-デュアル・モード・バスの社会実験

高崎・前橋-競い合う双子都市の将来

長岡-ビッグプロジェクトが集中して

金沢-非戦災都市という「災褐」

長野-成功するか「セル方式」

岐阜-計画の自立性と推進力をどう確立するか

掛川-地方の時代の郷土づくり

矢作川-水がとりもつ「共同体」

和歌山-恵まれた交通環境の将来展望

鳥取-過疎の足バスの運命は

岡山・香川(その一)-「本四架橋悲願」の彼方に

岡山・香川(その二)-本四架橋の陰影にも光を

高知-三○万都市への飛躍

北九州-都市の足、モノレール第一号

長崎-突端の町を行く路面電車

宮崎-試練の秋か、パーク・アンド・ライド方式

那覇-ナナサンマルを越えて新しい交通体系を

 おお、「筑波-デュアル・モード・バスの社会実験」があったではないか。ということで、いつまでも終わらない『終わる終わる詐欺』「土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その9)」をいってみよう。

筑波に新交通は本当に必要なのか

 今回のテーマである筑波での新交通システム-デュ アル・モード・バスシステム-の実用化の問題もまた概成期以後の筑波の進むべき道と密接に関連してくる。 すなわち、新交通システムは筑波に本当に必要な都市施設として建設されるのか、それとも研究都市にふさわしい社会実験として試みられるのかである。

 筑波研究学園都市は、職住近接の街である。東京への通勤交通は街の生命線ではない。総事業費一兆円を超えるプロジェクトだけあって、道路の整備状態はよく、九〇%を越す保有率のマイカー交通を支えている。これに路線バス、ハイヤー、自転車、徒歩が加わり、筑波の交通体系が構成されている。「地区内交通の現在の課題 は、自転車専用道網の整備」(石黒氏)といわれるように比較的恵まれた交通環境にある。土浦方面への交通に しても、道路(土浦学園線)にまだ余裕があり、公共交通もバスの増便で対応できそうである。

 つまり、現状は少なくとも都市交通の必須の手段として新交通システムが他の諸都市に先駆けて優先的に敷設されなければならないという状態ではない。しかし、現状はそうであるにしても将来はどうなのか。そこで概成期以後の筑波の将来が、新交通システムをめぐって重要となってくるのである。

東京のベッドタウンにすれば七万人の不足分ぐらいすぐに埋められる、といった乱暴な声もある。筑波の理想を真っ向から否定するため、さすがに大きな声になり難いが、もしこうなれば、たちまち新交通システムは住宅 地と国鉄ターミナルを結ぶ通勤幹線となる。

「地域交通をあるく」50頁から引用

 いきなりであるが、「筑波に新交通は本当に必要なのか」ときた。本来職住接近型の学園研究都市だし道路もしっかりしているので新たな公共交通はいらないのではないかというもの。確かに下図の都市名を見ても多くは既存市街地の路面電車置き換えやニュータウン等のバス・自動車では飽和してしまうような箇所が多そうだ。

都市モノレール・新交通システム 未成線及び事業化路線一覧

公共事業ガイドシリーズ 都市モノレール・新交通システム事業」公共投資ジャーナル社編集部 編から引用。

しかも「七万人の不足」である。これはどういうことかというと、学園研究都市の計画人口約10万人に対して、当時は約3万人に止まっているということである。

 一旦事業化されながら、採算性が合わなくて事業中止になったのはここにポイントがあるのかもしれない。10万人を見込んで事業化したが実際にはその3分の1しか住民がいないので採算がとれないと。。。

デュアル・モード・バスシステムの特性

 こうした中での新交通システムの登場である。計画は研究学園地区の中心部から、常磐線土浦駅まで約一五キロメートル。このうち、研究学園地区内の大学病院-ターミナル間一・五キロメートルが事業決定され、総工費四二億円をかけて着工されようとしている

 筑波の新交通システムは、デュアル・モード・バスシステムと呼ばれ、専用軌道(ガイドウェイ)と一般道路 を同一車両が走り分ける。ガイドウェイ上ではコンピュータのコントロールで無人走行し、一般道路では通常のバスと同様の有人走行となる。ガイドウェイを走行する新交通システムの試みは大阪の南港や神戸のポートアイ ランド等で工事が進められているから、筑波での試みは、デュアル・モード・システムとして初めてのものとなる。

 実は、このデュアル・モード・バスシステムと研究学園都市とはとりわけ縁が深い。学園都市内に移転した建設省土木研究所で、実験コースが設けられ、技術開発が進められてきたからである。「昭和五十三年度末で必要な研究はすべて終わり、あとは実用の段階に入った」(神崎紋郎·建設省土木研究所新交通研究室長)。

 その第一弾が、研究学園都市となったというわけである。

 しかし、建て前は研究学園都市のデュアル・モード・バスシステムが実用化第一号であっても、内実は土木研究所内での実験から、一般市街地での社会実験という性格を持つことは否定できない。「無人運転のガイドウェイ上での客扱いがどうなるか」 (神崎室長)など、研究開発陣も社会実験に強い関心を寄せている。

 事業決定された筑波でのデュアル・モード・バスシステムが、実験的性格を持つといわれるのは技術的領域についてだけではない。デュアル・モード・バスシステム は、どのような都市にどのような目的で適用されるべきか、というソフトウェアの核心に、何らかの解答を引き出すことも社会実験の重要なねらいに違いない。実際今度事業決定された一・五キロメートルは広幅員の街路や歩行車専用道が既設され、ガイドウェイを敷設する必要性は最も少ない地区である。また土浦駅までの延伸計画にしても、職住近接、低密度の研究学園都市を前提とすれば、交通計画的にどれほどの緊張性があるか疑問であろう。そこでの事業化はあくまでも今後の全国的適用のためのパイロット事業的性格を持つのは当然であろう。

 

「地域交通をあるく」51~53頁から引用

 既存の交通手段では飽和していないにもかかわらず、新交通システムを事業化した理由は、筑波にある建設省機関が従前から研究していた「デュアル・モード・バス」が使い物になるかどうかの「パイロット事業的性格を持つ」のだという。

 ところで、筑波での「社会実験」を前にしたデュアル・モード・バスシステムは、どのような特性を持っているのだろうか。

 第一に、電車の定時性とバスの利便性を兼ねる点で画期的なシステムである。ガイドウェイ上は専用軌道であるから最小ヘッド間隔一○秒間で、時速四○キロメート ルの定速走行が可能である。一般路上では、通常のバスとほぼ同じ機能を発揮。ダイヤ走行やデマンド走行で、住宅地や業務地できめ細かいサービスが可能である。

 第二に、地下鉄に比べ三分の一か四分の一のコストで建設できる。しかも、インフラ部分-つまりガイドウェイと支柱-は街路事業とされ、高率の国庫補助制度が適用されるため、施設者、利用者の負担軽減が図れ る。

 第三に、省力化である。ガイドウェイ上の完全無人走行システムが開発されている。運転者はモードインターチェンジと呼ばれる一般道路とガイドウェイの接合点までバスを入れればよい。あとはコンピュータに管理されながら誘導装置に従ってガイドウェイ上を無人走行す る。

 第四に、電気バス方式による無公害化である。バスはガイドウェイ上で送電のほか、バッテリーへの充電を受け、一般道路ではバッテリー走行する。

 こうした特性のデュアル・モード・バスシステム。その適用地として、土木研究所では、①住宅団地と鉄道駅 ②空港や港湾と都心、③鉄道駅とレクリエーション地域などをあげている。つまり、二地点間にある程度まとまった量の交通需要があり、かつ各端末では最終目的地が分散しているケースである。

 

「地域交通をあるく」53~55頁から引用

 「デュアルモードの導入促進に関する調査業務報告書」によると、 「2001年 3 月 23 日、国内初の実用路線として名古屋ガイドウェイバス志段味線(ゆとりーとライン)が開業。」

デュアルモードバス1

デュアルモードバス2

 こんな感じのものが筑波にできる目論みだったということだ。

 「地下鉄に比べ三分の一か四分の一のコストで建設できる。しかも、インフラ部分-つまりガイドウェイと支柱-は街路事業とされ、高率の国庫補助制度が適用されるため、施設者、利用者の負担軽減が図れ る。」というメリットがあるものの、これは建設に係るコストが削減されるだけである。日々の運用の赤字を補填してくれるわけではない。そもそも「筑波に新交通は本当に必要なのか」というような情勢のなかで、新交通システムを運用するに値する需要が疑問視されるような状態では「収支見通しがつかない」として事業中止になるのもむべなるかなといったところだ。

 なにせ、10万人住む計画が3万人しかいなかったのだから。

 そうなると、土浦ニューウェイが想定している「4両編成分の新交通システム」というのは遥かにオーバースペックのような気がする。バス1台でも採算が取れなかったのに。

土浦ニューウェイ (5)

日本交通計画協会機関誌「都市と交通」1985年6号「土浦高架街路」(茨城県土木部都市施設課長 田沢 大・著)から引用。

 そして、筑波でのデュアル・モード・バスシステムの実用化の最も大きな役割は、こうした既存の、あるいは開発途上にある他のシステムや対策との比較に十分耐えられるような生きたデータを社会実験の中から得ることである。将来の適用を考えてデュアル・モード・システムに関心を寄せる人々が欲するデータは、例えば次のような事項であろう。

 道路上に高架建設されるガイドウェイの景観への影響。ガイドウェイの設置可能な道路幅員の目安。ガイド ウェイ上の走行システムの維持管理の容易さ。デュアル・モード・バスの普及によるガイドウェイへの自由乗入れ方式の可能性。片端末、両端末で一般道路走行する場合での運転者の必要数、等々・・・・・・。

 

「地域交通をあるく」56頁から引用

 

 ところで、都市形成の点からも、新交通システムの点からも、概成期という転機を迎えている筑波研究学園都市には、いま科学技術博覧会待望論が起こっている。昭和六十年に科学技術博(万国博)を誘致し、五、〇〇〇億円とも一兆円ともいわれる関連公共投資により、懸案を一気に片付けようというわけである。そうなれば土浦駅から会場までの足として新交通システムも整備されようし、周辺の開発ピッチが上がる。確かに研究学園都市 を中心とする茨城県南部に大きな変化をもたらすだろう。しかし、科学技術博待望論から生まれる帰結は、東京への時間距離の短縮によるベッドタウン化ではないのか。もしそうであるならば、かつては東京一〇〇キロメートル圏を断念し、五○キロメートル圏の筑波に立地決定したとき、当時のプランナーたちの胸をかすめた「過密助長につながりはしないか」という危惧は、はからずも適中することになる。この道は避けなければならない。

 

「地域交通をあるく」56~57頁から引用

 ネット上では「科学万博の足として新交通システムの導入が検討された」という話が散見されるが、この部分を見ても「新交通システムの事業化が先、万博の誘致が後」ということが分かる。

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土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その2)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その3)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その4)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その5)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その6)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その7)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その8)

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2016年1月24日 (日)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その8)

 土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その7) で「やめたいのに?やめられない土浦ニューウェイのネタであるが、多分これが本当に最後。(でもね、多分、きっと。) 」と書いたが、またネタが出てきました。というかこんなにネタがあるのに、なんで調べもせずにデタラメばっかり書く人が多いのん?

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム) (3)

 『東工』90年のあゆみ (日本国有鉄道東京第一工事局)から引用

 なぜ国鉄の工事局の記念誌に載っているのかよく分からないのだが、今までいろいろ探した中で完成予想図はこれしか見たことが無い。

 

 ところで、「60プロジェクトによむ日本の都市づくり」日本都市計画学会 編・朝倉書店 刊http://www.asakura.co.jp/books/isbn/978-4-254-26638-2/の23章が土浦高架街路を紹介している。

■1 時代背景と事業の意義・評価のポイント

1.1 土浦市と筑波学園都市の一体化

 茨城県土浦市は、首都東京より北東60km、筑波研究学園都市から南東10kmに位置し、人口12万人を擁する県南地域の経済・教育・文化の中心都市として発展してきた。首都改造構想(素案、1983)において、土浦市と筑波研究学園都市は、東京を取り巻く自立都市圏の核となる業務核都市に位置づけられており、両市が適切に機能分担しながら一体化する構想であった。土浦市は国鉄常磐線の特急停車駅を擁し、筑波研究学園都市の表玄関口として、都市再開発事業、駅前広場整備等が計画されていた。一方、研究学園都市における大学、国の研究機関等の移転は相当に進歩していたが、都心部の熟成が進んでおらず、全体として都市的な魅力に乏しい状況にあった。筑波における国際科学技術博覧会 (科学万博:1985年3〜9月) は、研究学園都市の今一段の充実を期して誘致したものであった。

1.2 筑波新交通システムの段階整備構想

 筑波研究学園都市の新開発地区は縦長で、北端に位置する筑波大学と中央に位置するセンター地区とを結ぶ、新交通システムの導入が1972年頃から構想され、 将来的には土浦駅まで延伸、結節させる構想 (図1) が示されていた。筑波新交通システムは、1978年には国庫補助による都市モノレール等整備事業(筑波研究学園線、延長1.5km)として採択され、事業化に向けた導入システム、採算性の検討ならびに詳細設計が開始され た。

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム) (4)

 また、筑波研究学園都市建設法に基づき、1980年に策定された「筑波研究学園地区建設計画」において 「新交通システム筑波研究学園線を整備する」ことが謳われた。しかしながら事業化区間である研究学園都市の都心部の熟成が未だしの状況にあること、延伸構想区間である土浦・研究学園都市間の都市開発の見通しも立たないことから、当初はバス又は簡易ガイドウェイバスを走らせ、需要が高まってきた段階で新交通システムに転換する段階的な整備が必要とされ、1982年に至り国庫補助に基づく都市モノレール等整備事業そのものは休止の扱いとなった。 なお、広く県南地域についてみると、首都圏の他の方面と比べ放射方向の鉄道網の密度が低く、国鉄常磐線に集中する交通需要を分散させるとともに、沿線地域の開発を促進することを企図して、常磐新線が構想されていた。しかしながら、当時の国鉄財政は破滅的な状況であり、国鉄を事業主体と想定した構想は暗礁に乗り上げていた。

 

「60プロジェクトによむ日本の都市づくり」日本都市計画学会 編・朝倉書店 刊「23 土浦高架街路」

 そして、上記の「国庫補助による都市モノレール等整備事業(筑波研究学園線、延長1.5km)として採択され」た路線は下図のとおりである。

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム) (2)

公共事業ガイドシリーズ 都市モノレール・新交通システム事業」公共投資ジャーナル社編集部 編 から引用

 ここでも「収支見通しがつかない」とされている。

 また、その断面図は下記のとおりである。

筑波新交通システムの標準幅員

(自動車技術1979年4月号「筑波研究学園都市の新交通システム」大川勝敏・著から引用)

 

1.3 プロジェクトの意義・目的

 本プロジェクトは、土浦市街部区間において、複断面(高架・平面) 構造の街路を計画・建設したもので、 その意義・目的は次の4つである。

(1)中心市街地の交通混雑解消と商業の活性化

 土浦駅東口駅前広場整備とあわせて、都市計画街路の一部を高架構造で整備することにより、一般平面街路上の通過交通を削減し、平面街路の交通混雑を緩和し、あわせて都心部商業地域へのアクセス性を向上させ商業活動の活性化を図る。

(2) 筑波研究学園都市と土浦市を結ぶ交通軸の形成

 当面、土浦駅東口と筑波研究学園都市を結ぶバスのサービスレベルの向上を図る。将来は新交通システムをこの交通軸上に導入し得るよう、高架街路は新交通システムの下部構造として転用し得るよう必要な設計諸元をもたせる。

(3) 国際科学技術博覧会開催時の観客輸送

 科学万博の開催時、土浦駅東口から万博会場へスムーズにバス輸送するため、高架街路は科学万博の開催までに開通させる。

(4) ショッピングモールの設置

 高架街路のうち土浦駅に近い区間は、旧来からの沿道商店街を縦断する形で計画するため、立ち退きを迫られる商店街の移転と中心市街地の活性化を視野に入れたより積極的な対策として、商店街を収容する建物整備と周辺の歩行者空間整備を実施する。

1.4 プロジェクトの評価

 本プロジェクトは、計画及び事業の両面から当時高く評価された。まず計画面では、本プロジェクトは新交通システムの段階的整備の考え方の先行事例であって、高架橋は交通混雑緩和対策 としての単なる高架橋ではなく、将来新交通システムのインフラとして転用し得るよう、計画・建設された点であった。新交通システムの経営には沿線の交通需要が十分に高まる必要が不可欠であるが、需要の低いうちは高架街路上のバスサービスで対応し、需要の高まりを見極めてから、高架街路上に新交通システムの走行路、電力線、通信線等を付加し、従来のバス停を新交通システムの駅へと改造することが段階整備の眼目である。この考え方は、交通需要の相対的に小さい地方中核都市および大都市圏内の周辺都市において、現在も適用可能な考え方である。 次に事業面での第一は、土浦市が実施したショッピングモール事業 (川口ショッピングモール、通称モール505) は、移転を迫られる店舗を一括して高架橋の沿道残地に新築した商業ビルに収容したばかりでなく、高架橋の足下周りに造成された歩行者空間と相侯って、中心市街地に新しい賑わいの都市空間を創出した点である。高架街路上のバス停から直接モールにエスカレーターで連絡したことも併せ、本プロジェクトの計画に反対していた住民からも評価を受けた。 事業面の第二は、高架橋のユニークな設計で、小手先のお化粧の美しさではなく、基本構造型式の根本から景観に配慮して設計した点にあった。完成した高架橋は圧迫感があるのではないかとの事前の予想を超えて軽やかであったし、高欄のデザイン、橋梁の色彩などのデイテールまでの配慮は、その後の各都市における市街地の高架橋設計の手本の一つと目された。

 

「60プロジェクトによむ日本の都市づくり」日本都市計画学会 編・朝倉書店 刊「23 土浦高架街路」

 ネットで検索してみると、「土浦ニューウェイは、土浦の商店街を衰退においやった元凶」という評価が見られるが、その一方で都市計画の世界では高く評価されているのである。

 この事業は、日本都市計画学会の1985(昭和60)年度石川奨励賞を受賞している。

http://www.cpij.or.jp/com/prize/award/list.html

 この「石川奨励賞」とは「都市計画に関する独創的または啓発的な業績により、今後の都市計画の進歩、発展に寄与しうる貢献をした個人または団体を対象とする(会員に限らない)。」ものだそうだ。石川とは私のブログでは三原橋とか都政七不思議で取り上げている「石川栄耀」氏である。

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム) (5)

http://www.cpij.or.jp/com/prize/upload/file/1985.pdf

 学者の評価と市民の評価が正反対であるというのもなかなか興味深いものだ。

 下記の写真はかつての土浦市中心街(「新しい日本」国際情報社刊から引用)

土浦市中心街

■2 プロジェクトの特長

2.1 新交通システムを考慮した高架街路

 本事業は、都市計画道路土浦駅東学園線の土浦駅東口駅前広場 (8,500m2) から市外縁部の桜川に架かる 学園大橋手前までの延長約3km区間を整備したものである。標準断面構成は、平面街路部2~4車線 (幅 25~30m)、高架部2車線(幅7.5m)で、途中高架橋上3箇所にバス停留所を設置している。

 事業の区分は、市道区間である土浦駅東口から桜町4丁目交差点までの延長約1.3km区間が土浦市施行、 県道である同交差点から学園大橋までの延長約1.7 kmが茨城県施行であった。なお、県施工区間、市施工区間とも国庫補助の街路事業として実施されたが 国庫補助金以外の地元負担分は、住宅・都市整備公団が負担した。

 土浦高架街路に係る都市計画決定は、1983年4月に行われたが、その後当該計画に反対する住民による公害調停および都市計画事業認可取り消し訴訟が出された。これらの対応を終え工事着手からわずか約420日で工事を終え、1985年3月科学万博開催前の供用にこぎつけたものである。

 なお、将来の新交通システムとしては、1編成4両(1両当たり75人)、満車時重量18tのものであれば、高架街路をそのまま新交通システムのインフラとして転用することが可能なよう、平面線形および橋梁構造を検討した上で設計した。また、将来の転用に備えて新交通システムの走行路等の設置に必要な鉄筋の受け口を舗装面下に設置済みである。

2.2 移転店舗のためのショッピングモール事業

 高架街路と併せてモール事業を行った区間は、土浦市の中心街の東側の道路の沿線に、旧来からの商店が雑然と並び、それら商店街の裏側は、昼間でも薄暗い一団の街並みを形成していた。高架街路建設を契機として、それら商店街の面目を一新する方向で市と商店街の間に話合いがまとまった。その結果、商業用建物 59棟(RC構造物33戸、鉄骨構造8戸、木造18戸)を高架街路脇に新設した3階建ての線状ビルへ一括移転することが短期間に実現した。また、中心市街地の狭い道路に接して設置されていた市営駐車場を土浦駅 東の霞ケ浦ドック埋立地に移転し、その跡地に高架街路と一体となった線状の歩行者広場整備を行った。多数の樹木、水路・池等を配置するほか、市民が集い 催し物ができるようイベント広場やお祭り広場を設置した。歩行者広場の上を通っている高架橋上には、バスで中心商店街へ来る人達のためにバス停留所が設けられ、停留所から広場へスムーズに乗降できるようエスカレーター2基が取り付けられている。

2.3 都市景観に配慮した軽やかな高架橋

 高架橋の設計にあたっては、施工性や工事の簡易さよりも景観を優先した。

①上部工は、T桁等により底版面の暗さを無くするため、主桁とスラブが一体となったPCホーロースラブ橋とした。また下部工形状との一体感と合わせて柔らかさを出すため、曲線ハンチの入れた逆台形型とした。

②下部工は、コンクリートの固いイメージを取り除き スマートに見せるよう、三味線のバチを立てたような形状とした。 ③また橋面排水のためのドレーンの設置については、橋脚面に10cmの凹みを付け、そこにコンクリートと調和す る亜鉛メッキを施した排水パイプを収納した。

④高欄は、壁高欄とし、外側の水平方向に2本の目地ラインを入れ、視線を横方向に誘導することにより、高 欄の幅広さを感じさせないようにした。

⑤主要道路との交差点、曲線部となる箇所に使用した鋼橋の塗装の色彩決定にあたっては、 シミュレーションを実施したり、模型を作ったりして、明るいソフトな色調で塗装した。

 

「60プロジェクトによむ日本の都市づくり」日本都市計画学会 編・朝倉書店 刊「23 土浦高架街路」

 反対運動を報じる当時のものとして下記のものがある。

土浦高架街路 反対派が阻止行動/ 筑波學生新聞 (19) 1983-12-10筑波大学学生新聞会

https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=19620&item_no=1&attribute_id=17&file_no=1

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム) (1)

■3 プロジェクトのその後

3.1 学園都市における立体街路と新交通システム

 科学万博終了後、筑波研究学園都市は概成し熟成の秋を迎え、1991年度に研究学園都市における新住宅市街地開発事業等を終了することになった。これを契機として、1991年に筑波研究学園地区において立体街路が計画・整備され、1995年に供用された。この立体街路は土浦高架街路の対として位置づけられ、当面は従来型のバスが通行するが、将来は土浦と研究学園都市を結ぶ新交通システムの学園地区におけるインフラ部として転用しうるよう設計された。

 立体街路は、都市計画道路土浦学園線の竹園高校付近から同学園中央通り線の交通ターミナル付近までの延長約1km区間に堀割・地下トンネル形式の2車線街路(幅7.5m) を整備するもので、途中にバス停を 1箇所設置している。また、この立体街路を受け入れるため、都市計画街路学園中央通り線を約1kmにわたって40mに拡幅する事業が行われた。事業主体は茨城県であった。この立体街路の完成により、将来両都市を結ぶ新交通システムの受け入れ体制が両中心市街地においてできあがったこととなった。

 しかしながら未だに新交通システムの導入は実現に至っておらず、2010年末現在、土浦高架街路上には高速バスを中心として5路線、1日12〜13往復のバスが運行されるにとどまっている。

つくば花室トンネルと新交通システム、土浦ニューウェイの関係

 

「60プロジェクトによむ日本の都市づくり」日本都市計画学会 編・朝倉書店 刊「23 土浦高架街路」

 つくば花室トンネルの経緯も書いてある。ここも土浦ニューウェイと同様に「当面は従来型のバスが通行するが、将来は土浦と研究学園都市を結ぶ新交通システムの学園地区におけるインフラ部として転用しうるよう設計された」ものであるとされている。

 巷間で言われるような「新交通システムの作りかけ」ではないことが分かる。

 花室トンネルの様子は、こちらのブログに詳しいので是非ご覧いただきたい。

研究学園の生活 【幻の新交通システム(1)】花室トンネルにある謎のバス停!

http://sciencecity.tsukuba.ch/e240810.html

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土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その2)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その3)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その4)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その5)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その6)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その7)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その8)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その9)

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2016年1月12日 (火)

幻のゆりかもめ「東京駅延伸計画」

 「ゆりかもめ」といえば、豊洲駅でその先に伸びたそうにしているところである。

ゆりかもめ豊洲駅

 東京都が2015年3月6日に発表した「交通政策審議会答申に向けた検討の中間まとめ」では、豊洲から晴海を経て勝どきまでの路線が「目標年次(平成 27 年)までに整備着手することが適当である路線」とされているようだ。

ゆりかもめ延伸

 では勝どきの先はどうするのだろうか?

 現在、東京都では都心から勝どきを経由して臨海副都心に至るBRTの具体化を進めているところである。

 しかしかつては、東京都は勝どきから都心へ向けてゆりかもめを延伸することを計画していたのである。

 それは東京都が1989年3月に発行した「大都市幹線街路調査報告書(昭和63年度)」に掲載されている。

 これはまさにバブル期で「その後青島都政が都市博覧会を中止する」なんてことが想像もできない時期であるが、臨海副都心への将来の交通をどうさばくかといった検討資料であり、題名のとおり幹線となる道路計画を検討したものである。

 そのメニューの一つとして新交通システム「ゆりかもめ」を更に都心へ延伸する可能性、高架について検討している。

ゆりかもめ延伸計画

■東京駅ルート

補助305号線及び放射33号線を利用し、東京駅に接続する。

ゆりかもめ延伸東京ルート2

 東京、兜町、新川、大川端、月島の5駅を新設することとなっている。

ゆりかもめ延伸東京ルート1

 東京駅にはこのように乗入れることを想定していたようだ。

ゆりかもめ東京駅乗入れ

 

■有楽町ルート

 晴海通りを利用し、JR駅に最短距離で接続する。

ゆりかもめ延伸有楽町ルート2

 新築地、東銀座、有楽町の3駅を新設することになっている。

ゆりかもめ延伸有楽町ルート1

 備考(問題点)にもあるように晴海通りには地下鉄が埋設されているため、門型橋脚で通過することになる。銀座の和光前等を高架でふさいでしまうことになる。

 

■新橋ルート

都営地下鉄12号線(大江戸線)と接続し、ゆりかもめを環状線にすることが可能。

ゆりかもめ延伸新橋ルート2

新築地、築地市場、新橋の3駅を新設することになっている。

ゆりかもめ延伸新橋ルート1

 報告書によると、大江戸線と上下一体構造となる高架橋を想定していたようだ。

 バブルもはじけてしまい、ゆりかもめの延伸は当分出番はなさそうである。

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2015年10月25日 (日)

松浦 晋也氏「 日本でなぜそんなにモテる? 実は我が国は「モノレール大国」だった」「同じようでも実は違う! 大阪と東京、二都を走るモノレール」について(その3)

 日経トレンディネットの「新モビリティビジョン 」という連載(執筆:松浦 晋也氏)に「 日本でなぜそんなにモテる? 実は我が国は「モノレール大国」だった」「同じようでも実は違う! 大阪と東京、二都を走るモノレール」という記事が掲載され、触発されたので、私も松浦氏のモノレールネタに便乗した記事の第3弾である。

沖縄モノレール首里駅

 松浦氏は、環状線をキーワードに「同じようでも実は違う! 大阪と東京、二都を走るモノレール」と比較している。 ところで、多摩モノレールは環状線ではないのだろうか?

 公共事業ガイドシリーズ「都市モノレール・新交通システム事業」公共投資ジャーナル社・刊 24頁掲載の「都市モノレール等実施箇所と事業化状況」によると、昭和54年度の東京都の調査路線は「多摩環状線」となっている。東京都も環状路線であることについて意識はしていたようだ。今の路線と54年度の路線の相違が分からないので何とも言えないが。(川崎市は「多摩連環線」だ。環状と連環の違いってなんだ??)

都市モノレール・新交通システム 未成線及び事業化路線一覧

 松浦氏は「現在の北側の終着駅である上北台駅から真っ直ぐ北に向かうと、多摩湖を越えて埼玉県に入り、距離2kmほどで西武線・西武球場前駅がある。環状線の機能を優先するなら、こちらにまっすく路線を延ばすべきだ。」と主張するがどうだろうか。

 現在この区間は西武ライオンズの試合がプリンスドームで開催される際の臨時バスしかないはず。一度、交流戦の埼玉西武ライオンズ対横浜ベイスターズ(田代監督代行のとき!)を観戦する際に乗ったが、環状線の需要があるような沿道の雰囲気ではなかったような。村山貯水湖の堤体に橋脚を建てるわけにもいかないし。。。

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 ところで、東京の環状モノレール構想といえば、私のブログの読者の方ならご存知の方もいらっしゃるかもしれないのだが、「東京都の未成モノレール計画(環5、環6、環7、環8、江東)」ですよ、奥様。

都営モノレール計画(環5、環6、環7、環8、江東)

 東京都首都整備局「モノレール開発計画報告書」から引用。

 松浦氏が「モノレールと新交通システム、仰ぎ見た未来とやってきた現実」で取り上げておられる「エイトライナーとメトロセブン」と路線が一緒じゃないか!と思うが、よく考えるとどちらも環七、環八の上か下を走るのだから当たり前か。。。

(環五モノレールと大江戸線の関係も気になるのだが、この辺は「鉄道計画は変わる。―路線の「変転」が時代を語る」で大江戸線の路線の変遷の経緯を書いた草町義和氏がお詳しいのだろうとブン投げておく。)

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 東京、大阪といけば、名古屋には環状モノレール構想はあらへんのか?というところだが、道路セミナー1976年10月号「新道路交通システムに関する調査費について」建設省道路局路政課課長補佐 沢山民季・著によると、下記のように名古屋の環状二号線沿いに環状新交通システムの調査を行ったようだ。北側には、城北線があるが、東側ということである。

名古屋環状新交通システム

 なお、城北線は、過去の「むにゃむにゃ」な経緯を踏まえて複線非電化で単行のディーゼルカーが大阪モノレールのように環状高速道路(名古屋第二環状自動車道)の横をブリブリいわせながら走る楽しい路線である。

城北線と名二環

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 松浦氏は「大阪モノレールの万博記念公園駅にある入れ替え軌条。雄大で未来感あふれる景観だが、大規模な入れ替え軌条を必要とするのは、モノレールの欠点」と日本でなぜそんなにモテる? 実は我が国は「モノレール大国」だったで述べているが、単に分岐点を見るだけならば、多摩モノレールの車庫への分岐点が楽しい。

多摩モノレールのジャンクション!

多摩モノレールのジャンクション!2

多摩モノレールを満喫し終わったら、立川駅北口のサイゼリアで打ち上げだ。ここの窓際席は、超モノレールビューである。

立川のサイゼリア

この項終わり

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松浦 晋也氏「 日本でなぜそんなにモテる? 実は我が国は「モノレール大国」だった」「同じようでも実は違う! 大阪と東京、二都を走るモノレール」について(その2)

 日経トレンディネットの「新モビリティビジョン 」という連載(執筆:松浦 晋也氏)に「 日本でなぜそんなにモテる? 実は我が国は「モノレール大国」だった」「同じようでも実は違う! 大阪と東京、二都を走るモノレール」という記事が掲載され、触発されたので、私も松浦氏のモノレールネタに便乗した記事の第2弾である。

 前回は、法制面で書き散らかしたが、今回は導入空間について書き散らかしてみる。

大阪モノレール大阪空港駅

環状線という基本構想を貫いた大阪モノレール

(略)

 大阪モノレールはこの2つの条件をかなり満たしている。きついカーブは大阪空港駅から中国自動車道に沿って走るまでのあたりに集中していて、残る路線はかなりの部分が高速道に沿うようにほぼ直線で敷設されていて速度を出しやすい。(中略)

 大阪モノレールで持ち上がっている延伸計画は門真市駅から、東大阪市の瓜生堂まで南へ9km延ばすというもの。延伸区間には4つの駅を新設し、大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線、JR西日本・学研都市線、近鉄けいはんな線、近鉄奈良線の4つの放射状路線との乗り換えを可能にする。環状線という基本コンセプトに忠実な延伸なので、完成するとより大阪モノレールはよりいっそう便利に使えるようになるだろう。

同じようでも実は違う! 大阪と東京、二都を走るモノレール」松浦 晋也著  から引用

 以前、別の記事(「大阪モノレール南伸と都市モノレール死屍累々の調査路線」)でも書いたのだが、大阪モノレールは、もともと北大阪急行の千里中央駅から近鉄の久宝寺口駅までの構想だった。

 「きついカーブ」の大阪空港関連部分は当初の構想外だ。千里中央以南については、大阪の方はお分かりだと思うが、松浦氏の言うような「高速道路に沿うように」というより厳密には「大阪府道中央環状線の上に」走っていることが多い。前回の道路法の理屈でいけば、日本道路公団(当時)の高速道路の附属物ではなく、「府道中央環状線の附属物」としてのモノレールということだろう。下記写真のように場所によってはかなり変態的に窮屈な高架橋の上に軌道が載っている。

大阪モノレールと中央環状線と近畿自動車道

 そして近畿道の門真ICから久宝寺口までは、近畿道と中央環状線の間に場所を空けて待っているかのような空間がある。

 なぜ、門真ICを境に扱いが違うのか?実は、近畿道の門真IC以北及び中国道の中国池田IC以東は、1970年の大阪万博に間に合わせるためにわずか2年の突貫工事で作った区間である。

大阪万博アクセス図

 都市モノレール法が成立したのは、万博の後の1972年であるから、門真IC以南を作る際には、中央環状線にモノレール分の導入空間を最初から取っておいたということだろうか?

 なお、一定年齢層以上の日本人男性にとっては、モノレールといえばやっぱりこいつなのである。

大阪万博モノレール

(「日本万国博覧会公式ガイド」257頁から引用)

バス代替を目指したが、課題を抱える多摩都市モノレール

 表定速度は26.7km/h。主に都道の上を通っているために急なカーブが多く、駅間距離が短いので速度を出せるところも少ない。もうすこし真っ直ぐ路線を通せなかったものかと思うが、大阪モノレールのようにちょうどいい環状に走る高速道路などはないし、この地域はもともとこれらの都道を中心に発達してきたので、乗客のニーズを考えても都道の上に路線を作るしかなかったのだろう(もちろん前回述べた、下の道路と一体と考えて、モノレールに補助金を出すという政策も関係してはいる)。乗ってみると感覚は、郊外のバスそのものである。

同じようでも実は違う! 大阪と東京、二都を走るモノレール」松浦 晋也著  から引用

 

 大阪のようなちょうどいい環状の道路(高速道路じゃなくて府道ね)がないので、「東京は都道の上に路線を作るしかなかったのだろう」と松浦氏は書いているが、実際には都道すらないところをまずは区画整理を実施して公共減歩で都道自体の敷地をひねり出したと思われるような区間が散見される。

多摩モノレールと用地買収

用地ジャーナル1995年10月号「多摩都市モノレール整備事業について」から引用)

 下記は甲州街道駅及び万願寺駅周辺の地形図の新旧比較である。もともと都道すら無かったのがよくお分かりであろう。

 そして下記は区画整理実施中(一部仮換地済)と思われる万願寺駅周辺の地図である。

多摩モノレール万願寺駅付近

(「ワイドミリオン全東京10,000市街道路地図帖」東京地図出版株式会社(1992年1月10日発行)から引用)

 「飛び地」というレベルではない状態。これだけ地名がぐちゃぐちゃということはそれなりに必然があって、土地の権利関係もそれを相応に反映してぐちゃぐちゃなのだろうか。これを区画整理して今のような綺麗な地形に仕上げたということについて地権者をはじめ関係者の御苦労がうかがいしれるものだ。(ちょうど地図の左下に「東京都新都市建設公社(現・公益財団法人 東京都都市づくり公社)万願寺区画整理事務所」という記載が見える。また余談だが、公益財団法人 東京都都市づくり公社には「まちづくり資料室」があってモノレールの資料等も閲覧できそうだ。平日に八王子駅まで行くのはへっぽこサラリーマンにはつらいものがあるが。)

 (その1)では、建設省都市局(当時)の関与については、深く触れなかったのだが、このような土地区画整理事業といった街づくりと一体的に整備していく根拠を与えたというところに都市モノレール法第3条の意義があるのだろう。

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 ところで、都市モノレールではなく、新交通システムなのだが、場所を空けてあったのに、事業化もされたのに、結局工事着手できずに幻の導入空間となったものがある。

 筑波研究学園都市~土浦駅の新交通システムは、1978年度に全体構想のうち桜村(当時)内の区間が事業化され、国の予算もついたのだが、結局採算性の問題から工事着手することなく休止されてしまった。 事業化された区間は下記のとおりである。

筑波研究学園都市新交通システム事業化部分

(公共事業ガイドシリーズ「都市モノレール・新交通システム事業」公共投資ジャーナル社・刊 103頁から引用)

※参考

http://sim.nilim.go.jp/Tsukuba/plan/cp81c.jpg

 また、その断面図は下記のとおりである。

筑波新交通システムの標準幅員

(自動車技術1979年4月号「筑波研究学園都市の新交通システム」大川勝敏・著から引用)

 現在も空地になっている筑波研究学園都市内の新交通システム導入空間については、下記のブログが詳細なレポートを掲載しておられるので是非ご参照のほどを。

研究学園の生活「【幻の新交通システム(5)】センター~大学病院間は用地も確保されていた!

 ところで、私も松浦氏も「死屍累々」という言葉を使っているのだな

その3)へ続く

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松浦 晋也氏「 日本でなぜそんなにモテる? 実は我が国は「モノレール大国」だった」「同じようでも実は違う! 大阪と東京、二都を走るモノレール」について(その1)

 日経トレンディネットの「新モビリティビジョン 」という連載(執筆:松浦 晋也氏)に「 日本でなぜそんなにモテる? 実は我が国は「モノレール大国」だった」「同じようでも実は違う! 大阪と東京、二都を走るモノレール」という記事が掲載され、触発されたので、私も松浦氏のモノレールネタに便乗した記事を書いてみたい。

 別に松浦氏と何か勝負しようというわけではなく、インスパイヤされて私が書きたいことをただグダグダと書き散らかすだけであるが。

 

 ところで日本でモノレールが増えた理由は、モノレールが本当に便利だからというだけではなかった。政府が1972年に都市モノレールの整備の促進に関する法律を制定して、モノレールが市街地の道路の上に非常に作りやすくしたのである。

 見る通り、この法律は非常にざっくりとしたもので、具体的な施策は行政に委ねられていた。そこで運輸省(当時)は、道路法で道路が「トンネル、橋、渡船施設、道路用エレベーター等道路と一体となつてその効用を全うする施設又は工作物及び道路の附属物で当該道路に附属して設けられているものを含む」と定義されていることを利用して、モノレール線路を下の道路の付属物と見なすようにした。こうすると、道路整備関連の豊富な財源をモノレール建設に振り向けることが可能になる。

日本でなぜそんなにモテる? 実は我が国は「モノレール大国」だった」松浦 晋也著  から引用

 道路法は建設省(当時)所管の法律だし、道路特定財源(当時)は建設省所管の財源だ。運輸省が目を付けたからといって勝手に振り向けられるものなのか?

 そこで、「都市モノレールの整備の促進に関する法律」をもう一度よく見てみる。

都市モノレールの整備の促進に関する法律 (1)

都市モノレールの整備の促進に関する法律 (2)

都市モノレールの整備の促進に関する法律 (3)

 運輸大臣と建設大臣が連名で署名している。つまり運輸省所管の法律でもあり建設省所管の法律でもある(共管)わけだ。勝手に運輸省が見做すことなどできない、建設省が決めるのだ。ちなみに建設省の中ではどうなるかというと、第3条は「都市計画において定める」とあるので建設省都市局(当時)の所管、第5条は「道路管理者は~」とあるので建設省道路局(当時)の所管となる。

 さて、道路財源から支出するとなれば、それは道路側にメリットがなければ、整理がつかないのであるが、モノレールに手を出すことに道路側にとってどういう整理がされて、モノレールに対して道路財源の支出を正当化したのか?

 当時の業界誌「道路セミナー」の昭和49年度道路局予算を道路局職員が解説した記事に下記のようなくだりがある。

都市モノレールと道路

道路セミナー1973年11月号83頁から引用

 

 つまり、こういうことか。

路面電車と都市モノレールの関係

 余談だが、都市モノレールのインフラ部分は斯様に「道路」なので、このような3層構造の「道路」も北九州では見ることができる。

北九州モノレールと都市高速道路

 JR小倉駅の中も道路法の道路が入り込んでいる。

北九州モノレール小倉駅1

モノレール小倉駅は道路だった

(財)道路空間高度化機構の「立体道路事例集」115頁から引用(日比谷図書館にあります。)

ここも道路だよ メーテル。。。

北九州モノレール小倉駅 (2)

(この小倉駅のど真ん中にモノレールの駅=道路を設置する際の補償や権原設定の考え方に興味のある方は、「用地ジャーナルアーカイブ」にログインして「モノレール」で検索すると報文が出てくるのでどうぞ。)

 余談だが、トヨタCMの「神打撃」も小倉駅だ。

 他方、都市モノレールでは、ぞれ以前のモノレールのような家の真ん中に橋脚を建てることもない。

姫路モノレール

 では、都市局の関与についてはどうなのか?まとめるのが面倒なので、関心がある方は、「都市と交通」にやたらと新交通システムや都市モノレールの記事が載っているのでその辺にお目通しいただきたい。

 「運輸省が道路財源に目をつけた」というより、「建設省がこれから伸びると思われるモノレールに権限を確保した」とも読めるのかな?或は両省の思惑が一致したと。

 なお、松浦氏が「モノレールと新交通システム、仰ぎ見た未来とやってきた現実」で「良く分からない」とした埼玉のニューシャトルや「間違った未来、新交通システム(その1) 新交通システムは軽便鉄道である」でとりあげた「山万が運営するユーカリが丘線と、西武が運営するレオライナー山口線」は、道路の上を走る「都市モノレール(新交通システム)」ではない。(神戸のポートライナーと大阪南港のニュートラムも港湾区域の上は道路法の道路の上にはないので、軌道法として道路財源でインフラ部を整備するのではなく、鉄道事業法として港湾の金=運輸省の金でインフラ部を整備している。)

 ところで、松浦氏は「政府が1972年に都市モノレールの整備の促進に関する法律を制定」と記しているが、厳密にいうとこれは議員立法である。「この法律は非常にざっくりとしたもの」となっている理由もその辺にあるのかもしれない。「都市モノレールは、建設省都市局と道路局がカネも口も出すよ」と言ってるだけの法律だ。

 「道路法は田中角栄の議員立法で利権がうんたら」とおっしゃる方がいらっしゃるが、都市モノレールが何故に議員立法になったのか、そこに利権はないのか?(提案議員がナントカ製作所とかナントカ重工から政治献金を貰ったりしていないのか?)とかはお好きな方がどうぞ。え、さっきの法律の画像に「総理大臣 田中角栄」って書いてあるって??うーん。総理なら自分で政府にやらせるわなぁ。。。

その2)へ続く。

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2015年7月27日 (月)

大阪モノレール南伸と都市モノレール死屍累々の調査路線

大阪モノレール9キロ延伸計画、府と東大阪市合意へ

 大阪モノレール(大阪空港―大阪府門真市)の延伸計画で、府と東大阪市が負担額について大筋で合意し、今年度内にも事業化を決めることになった。東大阪市は府との協議で、66億円を市で負担する案を検討。今後、70億円程度を上限に、最終調整を進める。松井一郎府知事と野田義和東大阪市長が22日午後に会談し、正式に発表する。

 大阪モノレールは府の第三セクター「大阪高速鉄道」(OKT)が運行する。延伸計画は、現在の終点の門真市駅から、東大阪市瓜生堂(うりゅうどう)まで南に約9キロ。大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線やJR学研都市線、近鉄奈良線などと接続させるために4駅を新設する。

2015年7月22日12時55分

http://www.asahi.com/articles/ASH7Q36T8H7QPTIL007.html

http://megalodon.jp/2015-0727-2218-46/www.asahi.com/articles/ASH7Q36T8H7QPTIL007.html

 「東大阪市瓜生堂」ってどこや?なんで近鉄の駅の真ん中に作るんや?って考えたら、中央環状線と近鉄奈良線の交点なのだな。

大阪モノレール延伸計画

「道路セミナー」から引用(何年何月号かメモが行方不明。。。前後の記事の文脈から1977(昭和52)年頃と思われる。)

 もともと、大阪モノレールは、中央環状線に沿って、近鉄大阪線久宝寺口駅までの計画なのだ。大阪空港は廃港しようとしていたからか当初計画にはなかった模様。

 そのため地図を見ると近畿自動車道と中央環状線の間に、導入空間らしきものが久宝寺口駅まで準備されているのが分かる。(言い方を変えると、久宝寺口駅から美原ロータリーの間は、近畿道と中央環状線の間に導入空間は無い。モノレールの堺延伸を言うのは簡単かもしれないが、現状では設置する場所が無いのではないか。)

 ところで、モノレールについては、

成田山のモノレール未成線 http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-b50b.html

東京都の未成モノレール計画(環5、環6、環7、環8、江東) http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-62f0.html

東京湾横断道路併用モノレール(未成線) 新横浜~アクアライン~かずさアカデミアパーク http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-cece.html

と未成線について記事を書いてきたし、未成新交通システム関連の「土浦ニューウェイ」については飽きるほど書いてきたところである。

http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-85e8.html

 

 先日、「公共事業ガイドシリーズ 都市モノレール・新交通システム事業」公共投資ジャーナル社編集部 編 という本にたまたま出合った。

 そこに1973(昭和48)年から1983(昭和58)年までの「都市モノレール等調査実施箇所と事業化状況」という一覧表が載っているので引用させていただく。

都市モノレール・新交通システム 未成線及び事業化路線一覧

 36都市について建設省(当時)の補助金を使って都市モノレール又は新交通システムの導入調査をしたところ、事業化にこぎつけたのはわずかに?8都市でそのうち1都市は着手せずに事業中止されている(筑波学園都市線については、別頁に「収支見通しがつかないため再検討中。」と書かれている。)。

 また、岐阜市、熊本市、岡山市、鹿児島市といった路面電車を持つ都市がモノレールやガイドウェイの調査を行っていたことも興味深い。

 川崎市の「多摩連環線」とは、前述の「道路セミナー」の記事によると下記のようなもののようだ。

川崎モノレール未成線

 建設省の補助事業となる都市モノレール以前のモノレール構想としてはこちらが興味深い。広報ひめじ昭和39年2月15日号

日本のモノレール一覧

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2015年6月14日 (日)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その7)

 やめたいのに?やめられない土浦ニューウェイのネタであるが、多分これが本当に最後。(でもね、多分、きっと。)

 土木学会関東支部茨城会さんのサイトに「いばらきの建設文化を語る懇談会」という冊子が掲載されている。

 その「第1部 基調講演「茨城の道路づくり」講師:立原信永(元土木部総括技監)」に、ニューウェイのことが書いてあったのでご紹介したい。

 

 次に、土浦高架道路である。西大通の事業手続きを順調に進めていたが、これだけでは不安もあったのか、建設省街路課から仮設駅(臨時駅)から立体街路を造る気があれば協力してもよい旨の話があった

 ① 仮設駅はあくまで臨時のものであり博覧会後は撤去するものである。

 ② 平面道路でも対応できるよう計画している。

として立体街路を造るなら県南の核となっている商業業務都市土浦市と筑波学園都市との連携を強化するため、土浦駅東口広場から市街地を抜けるまでの間(3km)に造りたいと申し入れた。この土浦にできる高架街路で博覧会会場へのバス輸送に使用すれば、サブシステムとしても有効であった。建設省も快く理解していただいた

 立体街路の約半分は土浦市の事業であり、市も是非やりたいということで早速取り掛かったのである。しかし博覧会の始まりまで3年を切っていた。用地買収、補併(※補償の誤植か?)交渉など市区間の方が多かったのである。市は全庁を挙げてこれにあたった。設計にあたっては市街地のため、東京にある首都高速のような構造でなく美観を重視し橋脚を鉄筋コンクリート製のY字型のスレンダーなものとした。上部構造もこれと一体感をもたせたプレストレスト・コンクリート構造とした。一部鋼構造としたがコンクリート色に塗装し一体感をもたせた。実質的工期は1年3ケ月余りで完成した。

 事業の執行にあったては、県土木部の出先である国際博関連公共事業建設事務所(初代所長石崎瑛男、二代目小沼寛)が関連事業の一切を実施していたが、既に実施中の事業で手一杯なので、土浦土木事務所(当時岩間昌平所長)がこの執行機関となり事務所を挙げてあたった。

 博覧会時には東口広場から立体街路を使って、県内のバス会社が50人乗りの普通バスで輸送にあたったのである。

 この街路の意義は、とかく中心市街地の交通混雑解消のため外部にバイパスを造ることばかりでなくこの様に高架あるいは地下トンネルという事もあることを立証したのではないか。間もなく開通する水戸市街地の水戸トンネル、これから造る常陸太田市の市街地のトンネルも同じような役割を果たすものと期待できる。

 

「茨城の道路づくり」立原信永 11頁から引用

 建設省が、科学万博にあわせて万博中央駅から会場へ高架道路の建設を検討したところ、地元としては、一旦は採算性の問題から断念していた新交通の想定ルートにおいて建設を要望したという経緯のようだ。

 なお、この報文には花室トンネルについても触れている箇所がある。

 その後広い幹線道賂も年々交通量が増大し、土浦方面から東大通りの交差点での右折も多くなり、トンネルの道路などもできた。このトンネルは将来土浦学園間に新交通やライトレールを導入する場合にその軌道として転用する事も可能であろう。公共交通機関であるバスやタクシーの優先道路としても活用できるであろう

 

「茨城の道路づくり」立原信永 8頁から引用

 

 この「茨城の道路づくり」は、常磐道や北関東道、東関東道の茨城県内ルート決定の経緯等も紹介されているので、ニューウェイに関心がない方も一読されては如何だろうか?

http://www.jsce-ibaraki.com/publication/h14conference.pdf

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土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その2)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その3)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その4)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その5)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その6)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その7)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その8)

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その9)

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土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その6)

 土浦ネタはもうやめようと思ったのだが、ついググったらまた出てきちゃった。ググれば出てくるやん。なんで今まで皆さんちゃんと見やんとwikioediaに嘘ばかり書いとんねん。

 

 土浦市議会の議事録を検索したらいろいろ答弁されている。

【 平成15年 第2回 定例会-06月09日-02号 】

◆26番(川口玉留君)

 それでは,本題に入ります。土浦駅東学園線高架街路事業についてでございます。一つは,高架道が開通して20年,その役割と総括についてご質問をいたします。高架道は,1982年12月10日,立体事業として建設省から80億円の予算の内示と,それに伴う総事業費132億円を明らかにしたのが,1982年12月14日の市議会全員協議会で明らかにされました。これを受けまして,土浦市商工会議所,あるいは商店街連合会,川口地区地権者に対し高架道の計画概要が説明をされました。市民が初めてこの計画を示されたのが,ご案内のとおり12月14日でございました。同時に,新交通システムの導入の布石であると箱根市長が当時強調されました。高架道の建設の目的は,その一つは立ちおくれた土浦市を,この商店街の活性化を図ることが第一の目的でございました。二つ目の目的は,交通体系の整備及び交通の緩和,すなわち新交通システム導入でございました。三つは,筑波研究学園都市との一体化が主な建設計画の骨子でありました。この計画について,即高架道建設に反対する市民の会が結成されましたのが1983年2月1日でございました。この高架道建設反対市民の会には,同時に11町内会の市高架道建設路線変更協議会というものも結成をされました。市長,市議会に対し,陳情,請願,抗議文,あるいは市役所へ抗議のデモ,全戸チラシによる抗議,高架道が抱える問題点を明らかに指摘をしたのでございます。多くの高架道建設に反対する市民の声を無視をして,当時の市長は土浦市活性化のため,そして百年の大計であるとしながら,この高架道建設を強行いたしました。もともと箱根元市長は中国歴史に深い関心を持たれた方でございまして,好きな万里の長城,今も市内に横たわる万里の長城に足が出てきて嫌がるムカデと悪評が言われているのがあの高架道でございます。そこで,お伺いをいたしますが,一つ,高架道は中心市街地活性化のためにお役に立ったでしょうか。二つ,高架道は立ちおくれた土浦市を救ってくれたでしょうか,お伺いをいたします。三つ,学園都市との一体化でございますが,学園都市と一体化されたでしょうか,お伺いいたします。それから,高架道周辺では雨が降ると黒い雨が降るというふうに言われております。この黒い雨は,一体どこから降ってくるのでしょうか,これもお伺いをいたします。また,低周波による環境破壊と公害に悩まされている住民も多くございます。これらについての対応はどのようにされますか,お伺いをいたします。

 2番,新交通システムはやっぱり幻だったのか。高架道の開通が1985年,科学万博開催時期でございましたから,開催後3年以内に新交通システムを開通させると言っておられました。本来であれば,1988年には既に新交通システムが事業化されていなければなりません。しかし,いまだに第6次総合計画,あるいは第5次総合計画,第4次総合計画を見ると,少しばかりちょろっと将来的には新交通システムをと書いてある。たった五つぐらいです。これでこの問題をごまかしているわけでございまして,したがいまして当時から現在にわたって執行部は新交通システムが幻とわかりながら市民をミスリードしたのではないか,この点について指摘をいたしたいと思っておりますので,お答えをいただきたいと思います。

◎都市整備部長(神戸信洋君)

 まず,大きい1番の土浦駅東学園線高架街路事業についてでございますが,この中で1点目,「高架道開通20年,その役割と総括は」,(2),「新交通システムはやっぱり幻だったのか」につきましてお答えをいたします。ご質問の高架道,これは都市計画道路土浦駅東学園線ですが,土浦駅東口から学園大橋まで延長約3キロメートルが昭和60年2月に開通し,ことしで18年が経過いたしました。この間,高架道の利用状況でございますが,開通1年後の昭和61年には1日当たりの交通量は約6,000台前後でありましたが,その後約1万台以上に増加しました。昨年10月現在の調査におきましても同様の交通量となっており,本市の都市基盤を支える極めて重要な都市交通施設として利用が図られているものであります。また,毎年春,秋に開催され,多くの来訪者でにぎわいます,かすみがうらマラソン大会や全国花火競技大会時のシャトルバスの運行路となるなど,本市のまちづくりには欠かせない重要な路線であることはご理解いただけるものと考えております。さらに,高架道を利用する通過交通が生活道路を含む中心市街地に入り込まないことによりまして,市民の安全,安心な生活を確保するとともに,西口周辺の円滑な交通の確保や,物流,情報の伝達にも貢献するなど,中心市街地の活性化に寄与してきたものと考えております。こうしたことからも,高架道の果たしてきた役割や効果は極めて大きなものがあると考えております。まちづくりの基盤施設として地域にも定着した,そういうふうに認識してございます。また,土浦駅周辺地区のまちづくりを考える上では,広域的な位置づけが期待できる発展要素を備えているなど,この高架道は今後も県南の中心都市としてのまちづくりに活用が期待される資産として生かしていきたいというふうに考えております。

 先ほどのご質問の中に,高架道の沿線で雨が降ると黒い雨が降る,あるいは低周波問題が起こっているというご質問がございました。これにつきましては,実はそのお話を聞いたのは初めてでございまして,実情がどうかということについては把握してございませんし,またそういうようなことがあるのかどうかということについて調査はしてみたいというふうに思っております。

 次に,2点目の新交通システムのご質問でございますが,常磐線土浦駅とつくばエクスプレスつくば駅とを結ぶ新交通の導入につきましては,本市の第6次総合計画はもとより,つくば市の総合計画においても位置づけがなされておりまして,将来の両市の発展にとって必要な都市交通施設であると共通の理解をされているということでございます。さらに,新交通システムを利用したまちづくりは,人と環境に優しいまちを将来像とする本市にとりまして,高齢社会にも対応した,自家用車に頼らない良好な都市環境を守っていくためにも欠かせない交通施設であると考えております。しかしながら,現在の経済情勢におきまして具体的な取り組みを行うということは極めて難しいというふうに考えておりまして,土浦駅東学園線の沿線開発の進捗状況など,事業採算性などを見きわめながら,導入につきましてはこれからも研究,検討をしてまいりたいというふうに考えておりますので,よろしくご理解をお願いします。

【 平成17年 第1回 定例会-03月15日-03号 】

◆ 8番(入江勇起夫君)

 土浦市でも,過去に県南の雄都としての土浦市の飛躍的な発展に強力な指導力と熱意で,また人生をかけた市長さんがおられたことを母から聞いたことがございます。その人は,第11,14,15代市長を務められました箱根宏氏でございます。彼の業績の1つに土浦の高架道路があります。この高架道路は,新交通システム計画が目的で建設された道路でございます。目的は,学園都市と土浦市がともに繁栄していくための架け橋であり,両地域の将来のため,昭和56年再選を果たした氏が,当時の竹内知事をはじめに建設省関係者に積極的に働きかけたそうであります。その理由は,1つ,土浦市の活性化をすること。昭和51年には,土浦市の商業力指数が県内1位でしたが,徐々に低下し,昭和57年にはその沈滞傾向が一層強い状態に陥った。2つ,土浦の中心市街地の交通混雑を緩和させ,モール化政策により商店街の魅力を回復させること。3つ,学園都市との人的交流を図り,ともに繁栄するための交通軸とすること。4つ,新交通システムを導入して周辺開発をすること。昭和57年時点では,新交通システム計画は消えた状態でしたが,氏の復活の熱意が建設省に通じ,土浦駅から学園に向けて,将来新交通に切り替え可能な構造を持つ高架橋道路の計画案を県を通して打診されたそうでした。県に対する回答について,市役所内で検討が進められたそうでした。最大の課題は,次の3点でございました。1つ,路線ルートに市街地の中心部が選定されること。2つ,60年の科学万博に使うには2年2カ月しかないこと。3つ,短期間のため,幾多の障害が出た場合,対応に困難が予想されることであったそうでございます。これに対し,氏は,「都市計画部長さん,私についてきてください」と言ったそうであります。

これについては対応する答弁なし

 

【 平成19年 第3回 定例会-09月11日-03号 】

◆21番(竹内裕君)

 次に,新交通システムと高架道ですが,最近は意識的に高架道を走るようにしております。大変すばらしい道路ですよ。もうつくばから守谷,阿見,牛久の方に行くには最高の道路です。まして阿見の方からつくばに行くのも最高の道路です。人は歩いていませんし,渋滞はありませんし,すばらしい道路だなといつも思っております。夜の夜景など,バス停のところに止まって見ますと,本当にたばこを1本2本吸いたいぐらいなきれいな道路です。

 しかし,すばらしい道路で通過道路だけでは大変困るんですね。本当は土浦市のために何ぼか貢献する高架道でなければならないと思うんですが,私は,たしか60年の万博の頃ですから,市の方に当時の高架道に関する何か資料はあるのかと聞いたらば,もうほとんどありません。57年から始まっていますので,ほぼ25年前のことですからほとんどなくて,こんなのがありました。ここには総事業費が当時で約132億円となっておりますが,132億円の内訳の中で,土浦市分と茨城県分とわかると思いますので,それから,いつも気にはなっていますが,高架道の残債はまだあるのだろうか。まだ借金は返しているのだろうか。この辺についてもお述べいただきたいと思うんですが,もうそろそろ返し終わってもいい頃だなと思うんですが,私,最初の当選した頃,当時,砂田市長公室長の頃に聞いたのは随分前ですけれども,その辺について,あと残債と償還年度はどの辺なのか,お答えいただきたいと思います。

 それから,1日約1万台の車両が高架道を通過していると,前神戸部長はいつもここで答弁していましたが,それはエクスプレスが開通する前ですので,エクスプレスが開通した以降は,高架道は1日平均何台の車両が通過しているのか。それから,エクスプレスが開通をした後,私の耳には一番もろに影響をこうむったのが東口立体駐車場と聞いております。定期のお客ががたんと減って,1日の利用者もがたんと減ったと聞いておりますけれども,エクスプレス開通後の東口立体駐車場の状況について,同時に,西口の立体駐車場の動向について。それから,JRの通勤通学の推移ですね。そして,駅前商店街への影響についても,わかる範囲でお答えください。

 本題に入りますが,私が一番問題にしているのは,この613万2,000円で平成17年3月,株式会社アルメックが検討をして,報告をした土浦・つくば間公共交通連携方策検討調査の報告書です。中身は前も本会議でやったことがあるんですけれども,何しろ613万円もの税金を使って作った報告書ですから,私は,これを十分に活かさなければ意味がないだろうと思っております。ここに書かれている内容は,もちろん執行部は御承知だと思います。第六次総ではどういうふうにこれは総括をされて,第七次総ではどういうふうにこれを活かそうとしているのか,御見解をいただきたいと思います。

(中略)

 それから,「新交通システム」という活字は随分昔から出ているんですけれども,第六次総までは,きっちりと新交通システムというのは軌道型の中期輸送力であると書いてありますが,第七次総にいきますと,どこを探しても「新交通システム」という活字はありません。そして,「都市軸の形成」という項目の中に「新たな交通システム」というふうな表現があります。「新交通システム」と「新たな交通システム」の違いについてお話をお願いしたいんですが,どこが違うのかわからないんですけれども,ずっと新交通システムで箱根元市長の頃から来ていたんですが,これがなくなりまして「新たな」になったんですが,これはただ単なる活字の間違いなのか。それとも,新交通システムではない違う形の本当に新たな交通システムを模索するのか。それによってはこの検討調査報告書も大分狂ってきますので,よろしくお願いしたいと思います。

 いずれにしても,あの高架道を有効に活用して,土浦市のために何らかと活かす方策を真剣に考える時期が来たかと思います。(「ないよ,そんなの」と呼ぶ者あり)高架道を有効に活用する方策はないというようなお話も議場から少しありますが,私は,あれだけの巨費を投じて,そしてあれだけの道路が土浦市を縦断して,商店街からさまざまなところの上をただ素通りしていくというのは,いかにも財産を活用していないと思うんです。そういう意味で,あの高架道を有効に活用する方策をみんなで考えていくような,そういう機運を作っていかなければもったいないと思っております。交通体系調査委員会でも愛知県に行かれて,高架道を利用した何とかというのを見てきたそうですが,赤字のところもあるでしょう。しかし,千葉のモノレールだとか,そういうところは黒字のところもありますし,そういうようなことも含めまして,みんなであの高架道を正しくうまく使っていける方策を検討する時期が来たと思いますが,その辺,中川市長はどういうようなお考えなのかと思っております。

◎市長(中川清君)

 最後に,土浦,つくばを結ぶ新交通システムの現状と土浦駅東学園線(高架道)の活用についての中で,土浦・つくば間公共交通連携方策検討調査結果の総合計画への位置付けと新交通システムの第六次総合計画と第七次総合計画の違い,並びに西部地区のまちづくりについて,私の方からお答えをしたいと思います。

 御案内のように,都市計画道路土浦駅東学園線の高架道は,市内の交通混雑の緩和,土浦市中心市街地と周辺部及びつくば市を結ぶ交通体系の強化を目的に,総事業費132億円で,総延長が約3.0キロメートル,そのうち市施行約1.3キロメートルと県施行約1.7キロメートルで整備した高架街路でございます。昭和58年から2カ年で整備して,将来的には新交通システムの導入も視野に入れて施行をしておりまして,昭和60年開催のつくば万博にも輸送路として活用されたところでございます。

 土浦駅・つくば駅間のバスの運行につきましては,現在,往復では1日約170本のバスが運行をされております。高架道利用のバスは57本,内訳は高速バス53本,路線バス4本でございます。つくばエクスプレス,いわゆるTXですけれども,開通前後でほとんど変わりはありません。TXの開通前後の土浦駅とつくばセンター間のバス利用者数は,1日当たりの乗車人員を比較いたしますと,開通前が1,936人,開通後が2,087人と,151人の約8%の増加となっております。また高架道は,春のかすみがうらマラソン大会,秋の花火大会では土浦駅東口と会場の往復を約700本で,約3万7,000人の輸送の実績がございます。このように,催事の際などにシャトルバスの輸送ルートとして活用されるとともに,最近では,土浦駅の東口から成田空港や大宮方面への高速バス路線として利用が図られております。

 さて,御質問の土浦・つくば間公共交通連携方策検討調査についてでございますが,この調査はTX開通の影響や交通対策を検討するため,平成16年度に茨城県やつくば市,バス業者,学識経験者等から成る,「土浦・つくば間公共交通連携方策検討委員会」を設置し,検討を行いました。その結果,土浦駅とつくば駅を結ぶ新交通システム導入につきましては,土浦市とつくば市の連携したまちづくりの進展や,土浦駅東学園線沿線の拠点開発状況,交通需要の増加,事業採算性等を見極めての導入が望ましいとしており,短期的にはシャトルバスシステムの提案が出されております

 現在,土浦駅・つくば駅間のバスの乗降客は,8%程度の増加はあるものの,大きな需要の拡大は難しい状況にありますことから,TX会社,県,つくば市等の関係機関との話し合いはただ今行っておりませんが,土浦市とつくば市の連携強化は大変重要であり,将来,50万都市構想を目指す上からも,その一方策として新交通システムの導入も大きな役割でありますので,第七次総合計画へその位置付けを盛り込んだものでございます。

 次の御質問の第六次総合計画の「新交通システム」と第七次総合計画の「新たな交通システム」の違いでございますが,近年の交通システムの技術進歩により,モノレールばかりではなく,高性能の路面電車,LRTというらしいですが,路面電車,そして線路と道路を走れる車両,DMVというらしいんですが,その開発等が進んでおりますことから,幅広い交通システムということで,新たな交通システムとしたものでございまして,新交通システム導入につきましては第七次総合計画へ引き継いでおります。

 なお,JR常磐線とTXを結ぶ土浦・つくば間の交通体系の強化は,茨城県南を始め,県内全体の公共交通ネットワーク上からも大変重要であります。また,TX利用者が年々増加していることから,このTX利用者を本市へ呼び込むためにも,土浦とつくばを結ぶ交通体系強化の必要性は十分認識しております。今後も,土浦駅東学園線の沿線開発の進捗状況,交通需要の増加,事業採算性などを見極めながら,国や県,関係機関に積極的に働きかけをしてまいりたいと考えております。

 

【 平成20年 第4回 定例会-12月09日-03号 】

◆24番(川口玉留君)

 2番目が,もったいないです。もったいないねと書いたんですけれども,事務局のほうで「ね」は外してくれと言うんです。何でと聞いたら,どうもそれは文章に合わない,こういうことでございます。私の文章には「もったいないね」と入っているんです。もったいないね。高架道川口町に設置されたエスカレーターについて。

 日本にしかない「もったいないね」という言葉ですが,日本ほど使い捨ての国はないと言われております。昔から,「もったいないね。残さんと食べなさい。もったいない」,「まだ使えるのに捨ててしまう。もったいないね」。食べ物やまだ使えるものを容赦なく捨てるのである。今,地球環境は温暖化,あるいは大気汚染,森林破壊など様々な原因の悪化によって,たくさんの生物が絶滅すると言われております。政府や企業が研究や対策を打ち出して,制度化や商品の生産をすることは大事でございますけれども,もったいないはもう少し考える必要があるのではないかと思うのであります。

 そこで,「もったいないね」は,土浦・学園線に架かる高架道川口地内に設置されているエスカレーターであるが,この高架道は総事業費132億円と,当時,膨大な建設費用をかけて建設されました。当時の箱根市長は,1982年,市議会において初めて高架道計画を明らかにしたのであります。その建設の理由の1つは,立ち遅れた土浦の中心市街地の活性化と同時に,新交通システムの導入の布石であると強調されたわけでございます。市民の反対を押し切り強行に強行を繰り返して,でき上がったのは悪評高い高架道であるわけでございます。あわせて,川口モール505へのお客さんの乗り入れのために利便を図るとして設置されたのがあのエスカレーターでございます。利用者がなく,2002年以後休止となっておりますが,もったいないね。再利用はないかお伺いをし,第1回の質問を終わります。

◎都市整備部長(古渡善平君)

 それから,2つ目の御質問でございます。もったいないねということで御質問でございます。御質問のエスカレーターにつきましては,昭和60年3月,これは筑波研究学園都市で行われました科学万博の開催にあわせて整備されました,いわゆる先ほど議員さんから御指摘があった高架道にまたがるエスカレーターでございまして,またぐと申しますか,つながると申しますか,高架道につながる川口一丁目地内バス停留所に設置されているエスカレーターでございます。このエスカレーターは,高架道のバス停と隣接する商業施設モール505及び高架下の川口ショッピングモールを立体的に連結する目的で,エスカレーター4基と,階段4基と,それぞれエスカレーター部分と階段部分と計8基の昇降施設を設置しておりますけれども,歩道部と高架道のバス停との高低差が約9.5メートル,いわゆる地べたから9.5メートルあるということで,この高さの昇降を容易にすることによって利用者が快適に移動できる施設として,上り・下り線両側にそれぞれ2基ずつエスカレーターを設置しているということでございます。

 また,エスカレーターを供用開始しました当時は科学博もやっていましたので,高架道の路線バスの乗降,ショッピングモールなど近隣商業施設への利用者も多数ございまして,このエスカレーターも利用されておりました。

 〔「ない」と呼ぶ者あり〕

◎都市整備部長(古渡善平君) ないということでございますが,これはそれなりの利用者があったという調査結果がございます。しかし,その後に大型店舗が閉鎖になり,次第に利用者も減少します,それに並行して路線バスの運行本数も減ると。

 こういうことでございまして,平成14年には1日9.5往復,それに伴う1日当たりのエスカレーターの利用者数も,休日でも10人弱,そういったふうに落ち込んでいった。さらに,年間の保守点検費用も4基の合計で約540万円,これはこれとしてかさむ。やむなく平成14年の4月に運行を停止して現在に至っておりまして,その間の保守点検も実際してございません。なお,現在は路線バスの運行本数も1日1往復でございます。朝1本,夕1本。朝行って,帰り夕方1本というか,そういう1往復ですね。そうなっています。

 さて,議員御指摘の当該エスカレーターの活用でございますけれども,これは一般論で申しますと,エスカレーターを設置するには,最初に建物などの施設の整備計画を立案して,その用途や規模から需要の予測をして,そして,その検討結果に基づいた配置計画を立てて,設置スペースや階高に合わせた規模を決定して,最後に工場製作し,運搬設置を行う。いわゆる受注生産ということです。

 一方,今度は御指摘の当該エスカレーターの場合は,高架道のバス停に設置されているエスカレーターでございますけれども,一般的な建物に設置されているものに比べまして,先ほど申し上げましたように,階高が大きくて利用勝手はあまりよろしくないということ。今度はそれをもし仮に利用する場合においても,再利用箇所の大規模な補強改造が必要になってくるのかなということがまず1つ。

 それから,メーカーから内々の聞き取りを行ったところによりますと,施設の整備に合わせてエスカレーターをもし仮に新設した場合は,その施設費用というのは1基当たり約1,500万円を要するだろうということです。しかし,今度は,御指摘の当該エスカレーターを移設して再利用した場合は,今の骨組み,それから外装以外の手すりも,駆動装置も,踏み板も,踏み段のチェーンも,安全装置等ほとんどの部品の交換が必要になってくるということで,再利用に要する費用は1基当たり約1,300万円ぐらいかかるのではないかということです。それはそれとして,骨組み,外装以外の,ただいま申し上げましたような交換の部分の部材は撤去費用がかかるということで,1基当たり約500万円ぐらいかかってしまいますということの情報をちょうだいしてございます。

 そもそもエスカレーターの耐用年数というのは,屋内型,屋根かぶりで18年,屋外型で15年と言われているということですけれども,そうはいっても,一般的には約25年程度使用しているのが実情だということでございまして,御指摘のエスカレーターも設置後既に23年を経過しているということを思います時には,仮にすべて再利用が可能であった場合においても,間もなくその更新の時期を迎えることになるのではなかろうかということでございますので,なかなかこのエスカレーターをある施設に当てがって,直ちに再利用するということについては難しいものがあろうということでございますので,御理解賜りたいと思います。

 

◆24番(川口玉留君)

 こんなことは市民は知りませんよ。こういうバスを走らせます,それで格好よく水上交通も作りますなんて言っているんだ。高架道にも新交通システムを導入しますと書いているんだ。導入を検討なんだ。検討する必要はないでしょうよ。今までも60本から90本のバスが土浦駅東口から学園まで走っているんですよ。空気を運んでいるの,空気を。人は乗っていないんですよ。関東鉄道は年間4,000万円の赤字を出しながら,路線廃止できないでいるんですよ。それに新交通システムも検討で,検討しても,何を検討するんですか。古渡部長,何を検討するのかはっきりしてください。

(中略)

 そういう点からすると,この高架道川口線にかかっているエスカレーターは,私が設置当時から再三再四この壇上で取り上げて,1日4名,朝8名,夕方8名しか乗らないエスカレーターを何で年間300万円の経費を費やして必要があるのかというのを再三都市整備部長に追及をして,やっと2002年止めたんです。そうしたら,もったいないねというんです。何で止めたきりですか。部長は,今ではもうこれは任期満了になったという話だな。しかし,使っていないわけですから,専門家にちゃんと検証させるべきです。使っていないから,まだ使えるんですよ。  このプロセスを申し上げますと,1985年,これは科学万博が開催の年ですね,それを遡ること1982年,都市計画審議会というのが土浦市にもございまして,この高架道の基本計画にはエスカレーターの設置はなかったんです,

この計画を一生懸命鉛筆なめなめ書いたのが今の都市整備部長の古渡なんです。古渡も一生懸命エスカレーターを作るために鉛筆なめなめ書いたんです。そして,それを強力に推し進めたのが副市長の瀧ケ崎です。それを万歳したのが箱根宏です。残念ながら亡くなったけれども。

 そういう点で,このエスカレーターについての検証をさらにお願いすると同時に,もう任期満了が来ているというふうな話でございますけれども,まだまだ使えるんですよ。この責任問題と,今後のエスカレーターの活用について,瀧ケ崎副市長は責任があるわけです。具体的な答弁を求めます。

◎副市長(瀧ケ崎洋之君) 川口議員のもったいないねの再質問にお答えをいたします。

 突然60年当時にタイムスリップしまして,高架道計画,鉛筆をなめたのが古渡部長で,それを押し進めたのが瀧ケ崎だと。エスカレーターが使われていないこの責任問題をどう考えるのかという御質問だったかと思います。当時,私は財政課におりました。先ほど132億円のお話がありましたけれども,この資金をどうするか,当時を振り返りますと非常に苦労したことがよみがえってまいります。観光資金というような資金を使いまして,高架道を建設したわけです。エスカレーターは当初に計画はなかったというお話,私もそのように記憶いたしております。平成14年から中止になっておりますが,その理由は先ほど部長のほうから縷々御説明がありました。

 私は,当初の予定どおり公共バスが使われて利用されて,エスカレーターが予定どおり使われているということであればもう万々歳ですけれども,先ほど申し上げたように,14年から利用者がいないというようなことでストップしているということに関しましては,誠に残念であるという言葉一言でございます。議員のほうはもったいないねというような視点で捉えておりますけれども,私は,このエスカレーターが使われていないということについてはまさに残念だという一言でございますので,御理解をいただきたいと思います。

◎都市整備部長(古渡善平君)

新交通システムについては,現在,事務方で具体的な検討というものは実施してございません。

 

【 平成23年 第3回 定例会-09月13日-03号 】

◆23番(竹内裕君)

 さて,②の質問ですが,これはもう過去3回,中川市長に質問と答弁を求めていますが,どなたが見ても,つくばエクスプレスのあの周辺の活況化した状況というのは,子どもが見てもおわかりのようでございます。私は,まだエクスプレスという名前がついていない頃から,常磐新線が開通をしたならば,当然土浦の活性化と土浦を元気にするために何らかの対策を講ずることが必要だろうということを何回か質問いたしました。

 特に平成15年12月,これは市長が初当選をした時ですが,そして市長の1回目の選挙の公約の中にも,「土浦・つくば間交通の延伸」という項目が入っていましたね。多くの市民は,土浦・つくば間の交通を,当選したならば新しい市長はやってくれるだろうという期待もあって票を投じた方もおられると思います。1回目の公約です。

 当選をいたしましたので,当時私は監査委員でしたが,議長の承認をいただいて,あえて一般質問させていただきました。「この公約について,どういうような内容のことを考えているんですか」と。その時の答弁は,「常磐線とのアクセスを図ることは,土浦,つくば地域のみならず,茨城県にとっても必要不可欠なものと考えています。このTXが土浦駅まで延伸されることがベストであると考えています。エクスプレス整備の効果を本市が最大限に生かすための策を講じてまいりたい。エクスプレス延伸や新交通システム導入については,国や県や関係機関と働きかけをしていきたいと考えています」。私はこの時に,「モノレールというのを1つの選択肢の中に入れたらどうだ」という質問をいたしました。「モノレールを実施している自治体は幾つかありますが,ほとんど赤字という話を聞いております。しかし,調査はさせていただきたいと思います」。

 私は,エクスプレスが開通をして,そして当然のように利用者が増える。その方たちが土浦市のほうに出向いてもらって,常磐線から帰る。そしてまちの中もできるだけ歩いてもらう。そういうことがTXの波及効果だろうと思っておりますし,今でも思っております。

 そして,平成17年,また同じような質問をいたしました。市長の代表的な答弁,「モノレール等の中量輸送機関は,高津地区,宍塚大池地区など拠点地区に関する交通需要や両市に重なる発展など,多くの課題が成立要件であると考えています。長期的な視点で検討することが大事です」。この時も,国や県やつくば市,または都市鉄道と私は話し合いをしたほうがいいのではないかということを提案いたしましたが,その時の答弁は,「まだ開通をしていないので,開通をしていない段階で話し合いをしても仕方がないということなので,今はしておりません」。しかし,私はいずれ開通をすることは間違いないんですから,内部で協議をして,外部と交渉するような係を設けて,しっかりとエクスプレスの波及効果を土浦市のほうに呼び込むための対策を具体的に国,県,関係機関と交渉したほうがいいのではないですかということを提案いたしましたが,市長の答弁は,「適切な時期が来たらば,作って,外部との交渉,内部での協議,できるような機関を作るほうがいいのではないかと今時点では思っております」,これは平成17年の9月でございます。

 さて,つくばエクスプレスは開通をいたしました。平成19年9月,もう1度質問をいたしました。常磐線とつくばエクスプレスを結ぶ土浦・つくば間の交通体系,これは6次総にも書いてあるし,7次総にも書いてある,中期輸送力という新交通システムのことを言うんですが,これは土浦市が発行している総合計画です。「県南を始め,県内全体の公共交通ネットワークからも大変重要である。エクスプレス利用者が年々増加していることから,この利用者を本市に呼び込むためには,土浦・つくば交通体系強化は必要だと,十分認識しています」,これは市長答弁ですよ。「今後も国や県,関係機関に積極的に働きかけをしていきたいと思います」。私はこの時に,「できれば花室と高架道の入り口までの沿線の開発,特に高津地区や宍塚地区,西部地区のまちづくりに対して意向調査をしたほうがいいのではないですか」という質問をいたしましたが,西部地区に対しては,「まちづくりの方向性を今後見定めていきたい」というのが答弁でした。過去3回やっていますので,もっともっと大事な答弁もあるんですが,主にこういうのが代表的な答弁だと思っております。

 そこで,質問をいたしますが,エクスプレスは開通してもう6年です。先般,石井という社長の今後のエクスプレスの課題についての新聞報道が大きく載りました。初年度は15万人だったそうですが,昨年は28万人だそうです,利用者は。それで,一層,編成車両を増強して輸送力をもっと増強するんだと新聞の談話に載っております。そして,何をやるかというと,「沿線自治体とこれから観光について力を入れて取り組んでいきたい」と書いてあります。

 そこで,中川市長に,こういう立派な答弁を過去3回やられている,そして選挙の公約でもありますこの課題について,この答弁を踏まえた上で,今まで具体的に2期8年,何をやってきたのでしょうかというのをあたり前ですが,聞かせていただきたいと思います。

 そして,国や県,関係機関,積極的に働きかけをしていきたい,何回も言っていますが,具体的に国や県や関係機関とどういうような働きかけをして,少なくとも8年前から見れば,エクスプレスの利用者を本市へ呼び込むためにこういうようなことをしています,そしてこういうような方向で今後もやっていきます,まさかそういうような答弁がなければ,答弁は整合性があるとは言えません。その場しのぎの答弁をしているとしか言えないので,しっかりとした答弁をお願いしたいと思います。

それから,エクスプレスの利用促進協議会というのがありますよね。年間3万円を負担しています。会長は橋本県知事で,事務局は県の企画部です。こういうような時に,土浦市は3万円の負担金を払って,この8年来ているわけですが,一体何を発言しているんですか,何を他の沿線自治体の皆様に,または県に,どういうような提案をしているんですか。少なくとも私が知っている範囲で,県にも聞きました。いろんなところに聞きましたけど,何にもしゃべっていませんよ,土浦は,言ってはなんですが,来てはいます。でも,しゃべっているのは,つくば,牛久,守谷,つくばみらい,沿線自治体の担当者や首長はよくしゃべっています,土浦は来てはいますけど,具体的に土浦のことも少しは考えてくれとか,土浦も本会議でこういう答弁をしているんで,できれば延伸は鉄道であれ,モノレールであれ,時間はかかるんですよ,しかし,そういう考え方を持っているので,利用促進協議会の沿線自治体の首長さん,茨城県の皆さん,これは会社も入っているんですから,ちょっと聞いてくださいということを言わなければ駄目でしょう。2期8年間,何も言ってないそうではないですか。何のために3万円も負担金を払って出ているんですか。ということについて,市長,市長の公約ですから,しっかりと答えてください。

 それからこの青い紙,「土浦・つくば間公共交通連携方策検討調査」,これは613万2,000円かかったんです。でも,この名簿はすごいですよ。委員長筑波大学大学院システム情報工学,それから東日本旅客鉄道,バス,茨城県企画部,つくば市,当時の新治村,この下にワーキング会議というのもあるんです。これだけの優れた国やら県やら学識経験者やら,一番の入り口であるつくば市やら,これだけのメンバーが入って作ったのがこれです。この613万2,000円で作ったこの成果品を私は具体的に生かすのは市長の役目でしょうというのを前に提案をいたしました。当然,そういうようなことも長期的に見て,国や県や関係機関と積極的に協議をして,ここに書かれている内容についてやっていきたいと言ってはいたんですが,この613万2,000円かけて作ったこの検討調査会の報告書は,一体今どういうふうな取り扱いを受けて,この中に書かれているものを具体的に生かそうとしているのかどうかお聞きしたいんです。

◎市長(中川清君)

 それから,2番目のご質問の土浦・つくば間公共交通連携の考え方について,何点かのご質問がございましたので,順次お答えをしたいと思います。

 まず最初のご質問で,つくばエクスプレス利用者を本市へ呼び込むことに関しましては,平成19年第3回定例会の竹内議員のご質問に対して,「TX利用者を本市に呼び込むためにも,土浦市とつくば市を結ぶ交通体系の強化の必要性は十分に認識をしている」と答弁をさせていただきました。この考えは現在も変わっておりません。

 呼び込むためには,具体的に何をしてきたのかというご質問もございました。議員も先ほど申しておりましたけれども,茨城県つくばエクスプレス等整備利用促進協議会,この協議会は,県及びTXの沿線と周辺の自治体及び商工会議所等で組織をしている団体でございまして,土浦市も参加をしております。

 促進協議会では,TXの茨城エリア沿線に関する観光等の情報誌を作成しておりまして,この活用を図るべく,情報誌の紙面を割いて,「TXつくば駅からバスに乗り換えて土浦方面へ」とか,「ちょっと足を延ばして土浦へ」等のタイトルで土浦市の魅力や観光をPRしているところでございます。この情報誌は,TX各駅管理事務所やTX秋葉原駅構内にある茨城情報ステーション等に配布をした他,イベントでのPR活動等に活用をしておりまして,多くの方々がご覧になっているものと思っております。また,TX秋葉原駅内にある茨城情報ステーションの中に,本市で作成をしております観光パンフレット等も置いてございますので,TX利用者へのPRも行っているところでございます。今後もこのような取り組みを行いながら,土浦市の魅力を内外にアピールして,TXの利用客を少しでも呼び込んでいきたいと考えております。

 次に,つくばエクスプレスの延伸や新交通システム導入に関して,国,県,関係機関等に土浦市の考え方を働きかけてきたかというようなご質問がございました。

 これらに関しては,具体的な働きかけにつきましては,ただいまのところ,そのような状況になく,現在のところ行っていない現状でございます。

 導入につきましては,土浦駅東学園線,これは宍塚地区,そして高津地区の沿線開発等による交通需要の増加,それから事業の採算性等を見極めることが必要不可欠でありますことから,何年も経っているということでございますけれども,時間ではなく,そういうような状況といいますか,その時期が来たら,働きかけを行ってまいりたいと考えているところでございますので,ご理解をいただきたいと思います。

 次に,平成17年3月に策定をいたしました,土浦・つくば間公共交通連携方策検討調査に方針化されたことを今まで具体的に進めるために何をしてきたのかというご質問がございました。この公共交通連携方策検討調査では,目前に,平成17年8月に迫ったつくばエクスプレスの開業,そして県南地域や土浦市やつくば市などのまちづくりへ,より良い形で取り入れていくために,県南地域全体と土浦市,それからつくば市の2つの地域を対象に今後のまちづくりや交通体系の方向性をまとめたものでございまして,両市の連携のシンボルとなる基幹的公共交通について,まずはシャトルバスの運行を優先的に行い,その後はLRTの導入,それからTXの延伸等の段階的な整備計画の提案を行っております。この調査を行ったことにより,土浦・つくば間の新交通システムの導入についての現状把握と課題整理ができまして,長期的にはなりますが,今後の導入に向けた足がかりができたのではないかと考えております。

 具体的に何をしてきたか,進んだかと言われますと,経済状況による宅地需要の落ち込み,それからそういう状況もございまして,具体的には進んでいないことは事実でございまして,当面の間は土浦・つくば間の人の往来を増やす策としてバス路線を充実させることが重要との認識から,既存のバス路線をさらに充実させるべく,先ほど申し上げました観光面のPRや各交通機関の連携しての利用券の発行など,その利用促進を図ってまいりたいと考えておりますので,ご理解をいただきたいと思います。

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土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について

土浦ニューウェイ(筑波研究学園都市新交通システム)について(その2)

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