カテゴリー「西武鉄道新宿線新宿駅乗入れ計画」の23件の記事

2020年1月25日 (土)

都庁幹部が語る西武乗り入れ中止の背景~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(22)

 西武新宿線が国鉄新宿駅ビルへの乗り入れを中止した背景としては、「6両編成しか入らなかったから」とされている。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (71)

1965(昭和40)年3月16日付の朝日新聞

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (19)

「新宿サブナード30年のあゆみ」 新宿地下駐車場株式会社・発行 37頁から引用

 しかし、下記のとおり西武も少なからぬ額を投資している。簡単に撤退するものだろうか?

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (35)

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 「私の都市計画生活」鈴木信太郎・著、山海堂(2003年)刊という本がある。

 著者は、1948(昭和23)年に東京都に入庁し、山田正男氏の部下時代も含め東京都の都市計画畑を歩み1980(昭和55)年に技監で退庁された方である。この本は鈴木氏の喜寿を記念した講演会の記録である。

 そこに、下記のように西武新宿線の新宿駅乗り入れ断念の経緯が聴衆とのやりとりとして残されている。

東京都職員が語る西武新宿線の国鉄新宿駅乗入れ断念経緯 (1)

 

東京都職員が語る西武新宿線の国鉄新宿駅乗入れ断念経緯 (2)

  東京都の都市計画部局としては、西武乗り入れのために必要な行政手続きを順調に進めていたところ突然西武側からキャンセルされたという認識である。

  ただし、その理由は噂話レベルのことしか語られていなく、明確ではない。

 「例の西武のワンマンの言い分」と述べられているが、乗り入れ断念を公表した1965(昭和40)年の前年に、堤康次郎は亡くなっているあたりからもどうも腑に落ちない。

  「必要な行政手続きをとっている都庁の窓口ですら、理由はよく分からない」ということが分かった程度か。。。

 

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思いもつかないところから西武線新宿駅乗入れのカラー想像図が~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(21)

 西武新宿線が国鉄新宿駅ビル2階に乗り入れている絵と言えば、

 ステーションビルの事業案内か

西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (1)

 国鉄の「東建工」に掲載されたパースくらい

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (38)

 しか見たことがなかった。

 (実施段階では、アルミ製のルーバーが外周に設置されたので、見た目は少し違っている。)

 

 ところが、Twitterで、また違った乗り入れ予想イラストを発掘・公開している方がいらっしゃった。

 ほうとうひろし氏によると、「幼稚園」1962年3月号に掲載されたものだという。

 

 更に、ほうとうひろし氏によると「新宿ステーションビル開業直前の1964年5月1日ごろに発行された「幼稚園」1964年6月号の口絵は、新宿西口側から俯瞰した新宿駅の全体像です」とのことである。

 実は、西口側からのイラスト等はここでご教示いただいたものが初めて目にしたものなのだ。

 ということで、あらためて国会図書館で確認してきた。

 西武新宿線が国鉄新宿ステーションビルに乗り入れ (2)

 小学館の幼稚園1962年3月号だ。「これは昭和39年完成予定の東京・新宿駅の想像図です。中央線・山手線・郊外電車・地下鉄が見えます。」とのキャプションがついている。

 西武新宿線が国鉄新宿ステーションビルに乗り入れ (2)-2

  西武新宿線のホームがステーションビル北側の外にあるのがお分かりだろうか。

  そしてもういっちょ。

西武新宿線が国鉄新宿ステーションビルに乗り入れ (1)  

 小学館の幼稚園1963年6月号 だ。「東京の新宿駅は、いま改装工事が行われていますが、この絵は改装後を資料をもとにしてかいたものです。なお、建物の一部は、お子さまが興味をもつように変えてあります。」とのキャプションがついている。

 西武新宿線が国鉄新宿ステーションビルに乗り入れ (3)

  頁を開くと営団地下鉄、小田急、京王の地下ホームも見える。中央線(列車)は、山スカとキハ55、山手線はカナリア色、小田急線は青黄のツートン、京王線は緑色と当時の列車の色がうかがえる。

 西武新宿線が国鉄新宿ステーションビルに乗り入れ (3)-2

 西武新宿線もしっかり新宿ステーションビルに乗り入れている。残念ながらホームとビルの取り付き方の様子はよく分からない。

 いずれにせよ、貴重な(現存する唯一無二?)「新宿駅西口側から見た西武新宿線の国鉄新宿駅乗入れの様子」を描いたイラストである。

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西武新宿線の新宿駅ビル乗り入れの図面を国鉄の内部資料から確認してみる。(その2)~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(20)

 「西武新宿線の新宿駅ビル乗り入れの図面を国鉄の内部資料から確認してみる。~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(19)」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-f353a5.htmlに載せられなかった図面等を(その2)として載せていく。


 出典は引き続き「東建工」の「新宿東口民衆駅」特集号から。


西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (1)


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 実施段階では、西武新宿線の改札は2階と1階に設けることとされたが、検討段階では、地下1階に国鉄と西武新宿線の乗り換え改札を設置する考えもあったことが分かる。


 


 まずは当初案


西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (11)


 地下1階の埒内(ラチ内ってこういう漢字なのか。。)で国鉄と西武新宿線の乗り換え改札が設置されている。


西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (12)


 1階の西武新宿線改札は、高架下の歌舞伎町方に設置されているようだ。


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (13)


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 次いでB案 


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (14)


  ここでも当初案同様に、地下1階に西武新宿線と国鉄の乗り換え改札が設置され、1階の西武新宿線改札は高架下の歌舞伎町方だ。また、吹き抜けは地下1階と1階をつなぐものとなっている。


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (15)


  


西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (16)

 


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 C案


西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (17)

 


  地下1階での西武新宿線と国鉄の乗り換え改札はなくなり、1階の西武新宿線改札は実施形と類似のものとなった。


  


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (18)


  


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (19)


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 D案


西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (42) 


  地下1階と1階をつなぐ吹き抜けが無くなった。


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (43)


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (44)

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E案


西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (20)

 


  設計上申案ということである。


西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (21)

 


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (22)


 


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 実施案


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (23)


  ベルクさんのところが、案内所から現在の形の店舗になっている。


西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (24)

 


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (25)


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  上記が、新宿ステーションビルの地下1階及び1階の施設配置等の変遷である。


  


  ところで、この段階では、いわゆる「アルプス広場」がまだ無い。この待ち合わせ場所の比較検討図面も掲載されている。


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (26)


  この案は、改札の位置をホーム側に下げて、ラチ外にアルプス広場(団体待合ホール)を設けるものだ。


 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (27)


  一方、こちらは、改札の位置はそのままで、ラチ内にアルプス広場を設けるものだ。こちらが採用されたということか。ただし、図面左側の改札の配置が現在とは異なる。


  


 「東建工」からの図面等の紹介はこのへんでお終い。 

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西武新宿線の新宿駅ビル乗り入れの図面を国鉄の内部資料から確認してみる。~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(19)

「東建工」という書籍がある。日本国有鉄道東京建築工事局が 定期刊行しており、国鉄の建築屋さんの報文が載っている。ここに新宿民衆駅特集号があり、西武新宿線の新宿ステーションビル/マイシティ/ルミネエストへの乗り入れの痕跡を探ってみることにした。

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (1)  

  目次は上記のとおりであるが、ここから西武新宿線がどのように乗り入れるのかを拾っていこう。

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (2)  

  建築関係のスペックは上記のとおり。

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  西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (38)

 パースはこのとおり。新宿ステーションビルの左側(北側)に西武新宿線のホームが見える。 

  パースだけでなく、建築模型もいろいろな方向から撮った写真が掲載されている。

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (5)

 図面と対比して如何だろうか。 

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (40)  

 大ガード方向に西武新宿線の高架橋が伸びる様子が分かる。 

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (34)

 上空から見たもの。この角度は初見。貴重なものだ。イメージしづらかった西武線ホームが新宿ステーションビルにどのような形で取り付いていたのかがはっきり分かる。 

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 私のブログでも、高島屋、伊勢丹、西武百貨店、地元商店街の魑魅魍魎の争いについて触れてきたところであるが、国鉄での整理は下記のとおりとなっている。 

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (41)

  

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (33)

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 実施設計の図面は下記のとおり 

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (28)

  

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (29)  

 1階の西武鉄道改札付近を拡大すると下記のとおり。 

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (30)  

  

  2階から上はこんな感じ。

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (31)

 3階にも西武鉄道の駅務室がある。

 なお、鉄道ジャーナル2018年3月号 特集:山手線と新宿駅「新宿 膨張を続けるコングロマリットステーション」岩成政和
には
「新宿東口駅ビルの地下1階から2階に西武の駅施設が準備されていた」

旨書いているが、実際には、西武の駅施設は地下1階には無く、3階にある。

 2階の西武鉄道の改札、ホーム、ビルの吹き抜け付近を拡大すると下記のとおり。

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (32)

  「2階の吹き抜けは西武鉄道が乗り入れるはずだった名残」という俗説があるが、下記の立面図を見ると電車が収まる高さも無い。

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (39)  

 また「回廊部分は、西武鉄道のホームとなるはずだった名残」という俗説もあるが、回廊ができた経緯は下記のようになっている。 

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (4)  

 6階から上の図面もあるけど、記事が冗長になるので省略。リクエストがあればお応えしますが。 

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  新宿ステーションビルの、国鉄、会社(新宿ステーションビル)、西武の費用負担や財産帰属については、下記のとおり整理されている。

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (36)

  見てもさっぱり分からんかも。ご覧になる環境では字が小さくて見えないかも。枢要の考え方の部分を下記に拡大してみる。

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (37)

  ステーションビルの西武専用部分と公衆利用分の一定割合を西武が費用負担して国鉄の財産となっているようだ。

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (35)

 西武鉄道は約5600万円を負担しているようだ。 そして、この部分は乗り入れ断念に伴ってドブに捨てた形になったのだろうか?(上記の考え方によると西武が費用負担しても財産の帰属は国鉄にあるようなので。)

  「西武が乗り入れるために2階の構造は補強されていた」といった説があるのだが、それならこの表の「く体」部分の費用負担割合の考え方にそれが反映されていてもよさそうなんだけど、そんな記載は見当たらない。実際にビル内には電車は入ってこないので大した補強は要らないのではないかなあ??

  私は建築のプロではないので、お詳しい方ご教示いただけますと助かります。

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 西武新宿線の国鉄新宿駅乗入れ等に伴う乗降客の増減は下記のように想定されていたようだ。 

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (7)  

  また、2階の改札と1階の改札に係る動線等は下記のとおり。(肝心の西武線に係る動線が薄くてコピーに写っていない。。。)

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (9)  

  

西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (10)  

  西武線の新宿乗り入れについて述べるメディアには、2階の改札にだけ触れて、1階の改札には触れないものが多いのだが、実際には1階の改札の利用者の方が多いものと想定されている。そりゃ乗換え等を考えたらそうなるやね。

 西武新宿線のマイシティ乗り入れ図面 (6)

  乗降客数の推移については、上記の表も載っているのだが、さっぱり読み方が分かりません。お詳しい方是非ご教示を。。。

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  東建工「新宿東口民衆駅特集号」には、最終案に至るまでの比較検討の図面も掲載されており、そこでは、地下1階の改札で国鉄と西武新宿線の乗り換えを図ろうとしたこともうかがえるのであるが、頁のボリュームの都合から、次の記事へ回すこととしたのでご了解をば。

 

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2020年1月21日 (火)

新宿ステーションビルの店舗募集資料から西武線のホームと吹き抜けの関係を確認してみる~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(18)

 ルミネエスト(旧・マイシティ)の吹き抜けを、西武新宿線乗り入れの名残とするインチキ本は相変わらず多い。

 最近では、交通新聞社の「新しい西武鉄道の世界」がそのインチキに新たに名を連ねたところである。

交通新聞社「新しい西武鉄道の世界」結解喜幸氏の嘘  

 

 先日、「株式会社新宿ステーションビルディング事業案内」を閲覧する機会に恵まれたので、しっかりと検証してみよう。

西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (1)

 カラーで西武新宿線が乗り入れている公式イラストというのは初見である。

 西武線のホームと屋根がビルの左側(北側)に伸びているのがお分かりであろうか?

 西武鉄道新宿線が国鉄新宿駅ビルに乗り入れるイラスト

  

西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (2)

 裏表紙がこんな感じで上空から見た位置関係を示している。

西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (16)

 

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (3)

  

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (4)

 地下2階図面右側上部の広がっていく部分の黒丸は、西武線ホームを支える柱を兼ねているのだろう。

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (5)

  地下1階は、ラチ内のアルプス広場がまだ無く、図面左側の改札が現在と異なる。

西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (6)  

  1階の右側、びゅうプラザの辺りに、西武新宿線の改札が見える。

 よく「2階に西武新宿線の改札が予定されていた」と言われるが、実際には1階もある。国鉄の資料を読んでいると1階改札の利用者の方を多く見込んでいたようだ。

 また、構想段階では地下1階の国鉄改札の横に西武新宿線の改札を設置する案もあったようだ。これは改めて紹介したい。

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (7)

  西武新宿線1階改札付近の拡大図。オレンジの線は、旧駅舎だ。

 改札の前の利用者が滞留するであろう部分とビルとアルタ側から出入りする人の流れが交錯し、とっても使い勝手が悪そうだ。おちおち待ち合わせもできない。

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (8)

  そして、お待ちかねの2階である。

 西武新宿線ホームがビルの右側(北側)に飛び出しており、吹き抜けは全くホームと独立していることがよく分かるだろう。

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (13)

 西武新宿線ホームと吹き抜けがよく分かるように拡大してみよう。

西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (15)

 

 下の図面は、国鉄が作成した図面である。西武新宿線は、ビルの左側に飛び出していることが分かる。

 また、ビルの吹き抜けの中には、西武線の建築限界と支障し、必要な高さが確保できていないことが分かるだろう。

 なぜこういった図面も確認せずに、交通新聞社は恥知らずなムックを出版できるのだろうか?

 「吹き抜けのアーチは、ホームの名残」という人もいるようだが、ホームとアーチは何の関係もないことも分かるだろう。

マイシティの吹き抜けと西武新宿線ホームの図面  

  ルミネエストのフロアマップと当初の図面を並べてみた。

 「ローリーズファーム」や「ニコロン」は、本来は西武新宿線のホームとなるはずだった箇所にあることが分かる。

 ルミネエストの吹き抜けと西武線ホームの位置関係

  西武新宿線の改札付近も拡大してみよう。

 「ホームを設置するために、2階は補強されている」という話も目にするが、図面を見る限りではよく分からない。

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (14)

  4階から上は流していきますかね。

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (9)

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (10)  

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (11)

  役員部分を拡大してみよう。

 濱野会長は地元新宿の実力者、井野社長は地下1階ベルクのオーナーの祖父、飯田氏は高島屋、小島取締役は西武鉄道社長、小菅取締役は伊勢丹社長だ。

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (12)

  

 この資料には、表裏で一枚紙の資料もある。こちらは各区割りの面積や賃貸条件も詳細に書いてある。 

 

西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (18)  

  

 西武鉄道が乗り入れるはずだった新宿ステーションビル (17)  

  主要なテキストを拡大してみよう。

 新宿ステーションビル(マイシティ)入居条件 (1)

  

 新宿ステーションビル(マイシティ)入居条件 (2)  

 

 

 

 

 

 

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2020年1月18日 (土)

西武新宿駅は、元々地下鉄乗換えを考慮して地下に設置する構想だった~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(17)

 相変わらず、西武新宿線の新宿駅乗入れを追っかけている。

 芝の三康文化研究所で西武の社内報を調べていたら、初見の話が出てきたのでご案内する次第。

 表題にあるように、西武新宿駅は現在盛土となっているが、当初は地下に設置する計画となっていたこと、またその盛土は旧日本軍の戸山射撃場跡地の土手を活用したものであること等が新たに分かったのである。

 


復興社の事ども(7) 事業部長 加藤 肇

 

 

 此の線は戦前古くから免許があつたものゝ田(ママ)であるが、一時これが取消されてあつたものを昭和二十三年新に免許を取つたもので、免許線の延長は二.四粁でその終点は現在の西武新宿駅より更に約五百米延長し、国鉄新宿駅東口に達するものである。高jは昭和二十五年に完成されたものであるが、当初新宿への地下鉄乗入線を予想し地下での乗換えの便を考慮して、終点附近は地下に潜ぐる様考えたのであるが、その附近での線路に直行する道路が多くこれを新線で中断することも出来ず、又新線の勾配限度と国鉄山手線の架道橋の関係から、どうしても地上より地下へ潜入する手段がとれずこれを断念し、現在の様に略々国鉄山手線と同一レベルで路線を建設したのである。

 この建設工事の特徴は、前にも触れた架道橋が多く特に新大久保の交通頻繁な箇所に於ける架橋工事と、殆ど全線が比較的高い盛土線で大量の土砂を必要としていたことである。この大量の土砂は幸い旧軍戸山射撃場の高い土手が不用に帰して居ったものを払下げを受けることが出来て、市街地にしては比較的遠距離を運搬することなく用が足りたのである。更にこれにもまして幸であつたことは、国鉄山手線の東側に沿うこの線の計画用地に属するところが、高田馬場の方から云つて社用地、国鉄用地(前記射撃場跡)続いて戦時中の強制疎開地で建物に懸るものが殆どなく、不法占拠の朝鮮家屋が二軒と国鉄倉庫の軒が少し触れる程度であつたことで、環状線内二粁の乗入れとしてはこの上ない幸運であつたと云えよう。但し国鉄が前期の射撃場跡に貨物駅の計画があつたとかで、山手貨物線に併行するこの線の計画に承諾を受ける迄の紆余曲折は相当のものであつたことを附記して置く。

 尚この線の国鉄東口駅舎迄の延長線は当然高架線となり、終点のホームは将来の本駅舎の二階に連なる格好となるが、その大凡の設計も国鉄と都の大体の了解を得て現在新宿で工事中の地下鉄の上部に交差して、近い将来施工することが出来るよう地下鉄の構造物も増強して設計され、唯今その工事中である。

 

 西武社内報 昭和33年9月15日号3頁から引用

 

 この記事を書いた「復興社」とは、現在の西武建設である。

 

 「当初新宿への地下鉄乗入線を予想し地下での乗換えの便を考慮して、終点附近は地下に潜ぐる様考えたのであるが、その附近での線路に直行する道路が多くこれを新線で中断することも出来ず、又新線の勾配限度と国鉄山手線の架道橋の関係から、どうしても地上より地下へ潜入する手段がとれずこれを断念」とあるのが最大の発見か?

 この地下鉄乗り入れとは営団丸ノ内線のことであろう。当時はオープンカットで地下鉄の工事をしていたことから靖国通り等を横断する地下化工事が困難であったということだろうか?

 また、その地下で西武新宿線が営団地下鉄丸ノ内線へ接続した場合には、国鉄新宿駅への西武新宿線への直接の乗り入れはなかったのだろうか?そこについての言及はない。

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 文中の大久保射撃場については、下記のサイトにまとめられているので参照されたい。

〇「大久保射撃場の設計図を入手した。」落合学(落合道人 Ochiai-Dojin)

 https://chinchiko.blog.ss-blog.jp/2011-02-22

〇「陸軍射撃場―西早稲田(旧大久保)キャンパス」大学史資料センター 助手 伊東 久智 早稲田ウィークリー

 https://www.waseda.jp/student/weekly/contents/2011b/1265/265j.html

〇「陸軍射撃場跡」新宿歴史博物館データベース

 https://www.regasu-shinjuku.or.jp/photodb/det.html?data_id=3625

 

 興味深いのは、戸山射撃場跡地の米軍接収解除が1955(昭和30)年、払い下げが1958(昭和33)年というのに、西武新宿線は1952(昭和27)年には、射撃場の土を使って西武新宿駅までの延伸工事を完成させているところである。堤康次郎の政治力あってのことであろうか?

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 「国鉄が前期の射撃場跡に貨物駅の計画があつたとかで、山手貨物線に併行するこの線の計画に承諾を受ける迄の紆余曲折は相当のものであつた」については、草町義和氏が「西武「大久保駅」構想は、なぜ幻となったのか」https://toyokeizai.net/articles/-/85651?page=3に記している「国鉄「戸山原貨物駅」の計画」に関係するのであろう。

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  「現在新宿で工事中の地下鉄の上部に交差して、近い将来施工することが出来るよう地下鉄の構造物も増強して設計」については、「丸ノ内線建設史」下巻https://metroarchive.jp/content/ebook_marunouchi.html/図85も併せて参照されたい。

 西武新宿駅と丸ノ内線

  

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  西武新宿駅といえば、歌舞伎町とも深いかかわりがあるが、西武の社内報にはこんな記事も掲載されている。


復興社の事ども(9) 事業部長 加藤 肇

不動産関係事業その二

区劃整理という事業

 

 堤会長の区劃整理に対する全面的協力は単に池袋東口に対してのみではない。新宿歌舞伎町の第二次区劃整理に対してもそうであり現に北所沢で施工中のものに対しても同様である。(中略)

 そのころ西武電車が高田馬場から今の西武新宿駅まで延長され、会社が新宿に特別密接な関係ができるに及んで、堤会長は歌舞伎町区劃整理組合長鈴木喜兵衛氏その他地元の要請を入れて第二次の区劃整理の事業計画を立て、思い切つた構想のもとに事業の推進を図られたのであるが、その際歌舞伎町発展のもつとも癌とされて居つた都バス車庫の移転先を社有地である淀橋の井伊亭跡として、これを提供するとともに莫大な事業費をも投入してこの区劃整理を遂行せしめ、全く見違えるような今日の歌舞伎町、延いては新宿の繁栄を来たさしめる原動力となつたことは、単に地元新宿区民はもとよりのこと東京都知事以下、心ある都民の斉しく熟知しているところである。

 

 西武社内報 昭和33年11月15日号3頁から引用

 

 

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2020年1月 3日 (金)

西武新宿駅を大江戸線新宿西口駅に直結させる計画が1982年にあった~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(16)

 ネット等では、西武新宿駅が他の鉄道に乗り入れ、直結していない、また地下道でも直結していないことを嘆く声が聞かれるところである。

 私も過去の計画等を「西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。」シリーズでアップしてきたところだ。

 で、最近調べたネタを幾つか追加してみよう。

 

 こんな図面がある。

西武新宿駅地下鉄大江戸線直結計画 (3)

 西武新宿線新宿駅と都営12号線(大江戸線)新宿西口駅がJRの築堤を挟んで「北ターミナル」として直結している。

 そして、地下道も。

西武新宿駅地下鉄大江戸線直結計画 (5)

 西武新宿駅からJR(国鉄)新宿駅まで、サブナードから直進した地下道の絵があるではないか。

 

 この二つの絵が載っているのは、新宿区が1982年に作成した「新宿駅周辺にかかわる諸問題について」の答申付属資料である。

 西武新宿駅地下鉄大江戸線直結計画 (1)

  読んで字のとおり、新宿駅周辺の諸問題について、地元行政である新宿区がいろいろと検討しているなかに、将来的なターミナルの整備等のプランが掲載されているものだ。

  当時は、まだ地下鉄12号線(都営大江戸線)、地下鉄13号線(東京メトロ副都心線)が構想中であり、その受け皿等を検討するための資料なのだろう。

 西武新宿駅地下鉄大江戸線直結計画 (2)

 なお、当時は地下鉄12号線(都営大江戸線)は、今のルートと異なり、国鉄新宿駅には直結せず、国鉄とは代々木駅で接続することとなっている。そのため、現在の新宿西口駅も小滝橋通りを今よりも北に上がったところにあり、そこで西武新宿駅と直結することを考えていたようだ。 

  西武新宿線沿線民からは、「地下鉄直結を求めてたけど、それじゃないよ!」といった声があがってきそうだが、まあ贅沢はいうものではない。

 

 西武新宿駅地下鉄大江戸線直結計画 (4)

 地下の歩行者ネットワーク網では、現在まさに工事中の「東西自由通路」計画が見て取れる。 

 サブナードは、青梅街道、明治通り、国鉄新宿駅直結と三方いn延伸する構想だ。 

  

  以前、「西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(7)地下道による西武新宿駅と営団地下鉄・国鉄新宿駅との連絡」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/jr-aa77.htmlで、過去のサブナードの延伸計画等を取り上げている。その中でサブナードの当初計画も紹介している。

1964(昭和39)年には、サブナード地下街の「基本構想」が策定された。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (17)

 西武新宿駅と地下鉄・国鉄新宿駅を直結する地下道が、第2期計画に盛り込まれていることが分かるだろう。

  これは、地上の道路の幅員不足が原因で実現しなかったものだ。

  しかし、新宿区の計画では、少し位置が違う。どうやら、西武新宿線が新宿ステーションビルに延伸するための敷地に地下道を設置しようとしているのではないか?

  

 しかし、これらの計画は実現しなかった。 

  都営大江戸線はリニアの採用とあわせて新宿駅に直結するルートに変更されてしまった。

  でも、地下道くらいはできてもよかったのではないか?

  

  これは、私の推測(エビデンスなし)なのだが、この新宿区の計画の後に、西武新宿線の複々線化及び新宿地下乗り入れ計画が具体化したためではないだろうか?

  

1987(昭和62)年12月 特定都市鉄道整備事業の事業認定

1989(平成元)年3月 複々線化の事業基本計画の変更認可

1993(平成5)年3月 鉄道施設の変更認可

1993(平成5)年3月 環境影響評価書の告示

1993(平成5)年4月 都市計画の変更告示

 

 

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (74)

(1992(平成4)年5月9日付朝日新聞から引用)

 

  しかし、この地下乗り入れも実現しなかったわけだが。。

 

※ なお、この新宿区の計画に、「上越新幹線の新宿駅乗入れ」は、一言テキストで出てくるだけで具体の中身は一切ありませんでした、この頃にはもう実現性は無かったんですかねえ。。。

 

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2017年7月15日 (土)

「東京 消えた! 鉄道計画」中村建治(著)が怪しい~西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(番外編)

 西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れについては、以前ぎっちりとまとめたところではあるが、「東京 消えた! 鉄道計画」に掲載された新宿駅乗入れの記事がどうも怪しい。というかはっきり言って嘘。著者の中村健治氏は鉄道史学会会員ということらしいが困ったものだ。

「東京 消えた! 鉄道計画 」中村建治 の西武新宿線乗り入れに係る嘘 (2)

「東京 消えた! 鉄道計画 」中村建治 の西武新宿線乗り入れに係る嘘 (1)

 以前も「西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(13)新宿駅東口2階の吹き抜けに西武新宿線が乗り入れるはずだったのか?」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-4221.htmlで怪しいやつをいくつか潰したつもりだが、ここまであからさまな嘘はアカンやろ。

 「建築界」1964年8月号「新宿東口民衆駅・新宿駅東口地下駐車場」に、新宿ステーションビル竣工時の図面が載っているので見てみよう。

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (2)

 この1枚で西武駅(改札の右側にホームが設置されるはずだった)と吹き抜けの関係が全くないことが分かる。

 「狭い駅ビル内ではホームの長さが足りない」もなにも、駅ビル内にホームは乗り入れていないし、「高い天井」は「電車を待ち受け」たりしていないのである。

 現在のルミネ・エストのフロアマップhttp://www.lumine.ne.jp/est/map/#F2と比べてみると、「ローリーズファーム」や「イーハイフンワールドギャラリー」のあたりが、改札、ホーム事務室、出札室となっていることが分かる。「今でも同ビル内には、やや広めの駅スペースがあ」ったりはしないのである。

 参考までにホームと駅ビル、新宿駅全体との位置関係を示すと下記のとおりである。

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (9)

(国鉄停車場技術講演会第14回資料「ターミナルビルの最近の傾向について」318頁から引用)

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (5)

(東工15巻4号「新宿駅改良工事の計画と施工について」21頁から引用)

 ところで改札はビルの2階だけではない。

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (8)

 西武駅に係る部分を拡大してみる。

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (7)

 どうやら東口のびゅうプラザがあるあたりに西武の改札口や出札室が予定されていたようだ。2階の改札はともかく、1階の改札を明らかにした事例は少ないのではないか。そして1階の方がメインのように見える。

 また、3階にも西武駅務室が予定されていた。

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (6)

 フロアマップhttp://www.lumine.ne.jp/est/map/#F3によると、現在「スリーコインズ」があるあたりが駅務室だった。

 なお、鉄道ピクトリアル1964年7月号「近代化した民衆駅…新宿駅ビル誕生」に掲載された写真には、西武駅ホーム接続部分の仮覆い?的なものが見られる。この大きさでホームや電車そのものが乗り入れられるように見えるだろうか?

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (1)

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 やはり諸悪の根源は、河尻正氏の日経東京ふしぎ探検隊「西武新宿駅はなぜ遠いのか 幻の東口乗り入れ計画」の思わせぶりな書き方なのだろうか?

「東京ふしぎ探検隊」河尻正の西武新宿乗り入れ記事が怪しい

http://style.nikkei.com/article/DGXNASFK2103N_S2A121C1000000?channel=DF280120166608&page=2

 「新宿民衆駅ステーションビル」の2階部分の設計図。」は、上記で引用した「建築界」掲載の図面とは形状が異なり、完成形のものではないと思われる。

 また、「ルミネエストの建物は1階の天井が高く、2階はかなり低い。1階の吹き抜けもやたらと広い。かつての設計図を見ると、このフロアの形が西武線乗り入れ計画の名残だとわかる。」とするも、「建築界」掲載の図面と比べてみると、何を根拠に天井高や吹き抜けが「西武線乗り入れ計画の名残」としているのか訳が分からない。

 ちなみに「建築界」に掲載された断面図がこちら。

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (10)

 1階の高さは5000mm、2階は4200mm、3階から上は概ね3800mmである。「2階はかなり低い」わけではない。

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (11)

 拡大してみると、1階の出札や改札口の様子がわかる。

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 ところで地下1階はこんな感じ。西武ホームに沿って右斜め上に柱が入っていることが分かる。

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (3)

 ベルクあたり拡大してみる。

西武鉄道新宿駅 ルミネ(マイシティ)乗り入れ計画図面 (4)

 ベルク店内の柱が西武線ホームの名残であることがよくわかる。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (81)

(「新宿駅最後の小さなお店ベルク: 個人店が生き残るには?」井野朋也・著 スペースシャワーネットワーク ・刊 から引用)

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(1)プロローグ

(2)戦前の新宿駅乗り入れ構想

(3)戦後新宿駅乗り入れの具体化へ

(4) 魑魅魍魎うずまく新宿ステーションビル

(5)新宿ステーションビルへの西武線乗り入れ

(6)新宿ステーションビルへの乗り入れ中止

(7)地下道による西武新宿駅と営団地下鉄・国鉄新宿駅との連絡

(8)西武新宿線の営団地下鉄東西線・有楽町線乗り入れ構想

(9)西武新宿駅の開発

(10)西武新宿線の地下複々線化による新宿駅乗り入れ

(11)西武百貨店堤清二による新宿ステーションビル乗っ取り失敗

(12)高島屋、西武に競り勝ち、新宿へ悲願の進出

(13)新宿駅東口2階の吹き抜けに西武新宿線が乗り入れるはずだったのか?

(14)新宿ステーションビルとベルクと井野家

(15・終)エピローグ

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2016年11月21日 (月)

西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(15・終)エピローグ

 これをもって、連載15回。画像90枚を費やした連載を終了したいと思う。

 いろんな関係者が出てきたが、パワポのプレゼン風に関係者のチャートを作ってみた。

 少しは分かり易くなったかな。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (91)

 

 ところで、これを書いていて思ったんだけど

 俺、西武新宿線の西武新宿駅から電車乗ったこと無いわ。。。。

(追記)

 ベルクの井野店長から過分なお言葉を頂戴しました。ありがとうございます。

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(1)プロローグ

(2)戦前の新宿駅乗り入れ構想

(3)戦後新宿駅乗り入れの具体化へ

(4) 魑魅魍魎うずまく新宿ステーションビル

(5)新宿ステーションビルへの西武線乗り入れ

(6)新宿ステーションビルへの乗り入れ中止

(7)地下道による西武新宿駅と営団地下鉄・国鉄新宿駅との連絡

(8)西武新宿線の営団地下鉄東西線・有楽町線乗り入れ構想

(9)西武新宿駅の開発

(10)西武新宿線の地下複々線化による新宿駅乗り入れ

(11)西武百貨店堤清二による新宿ステーションビル乗っ取り失敗

(12)高島屋、西武に競り勝ち、新宿へ悲願の進出

(13)新宿駅東口2階の吹き抜けに西武新宿線が乗り入れるはずだったのか?

(14)新宿ステーションビルとベルクと井野家

(15・終)エピローグ

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2016年11月20日 (日)

西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(14)新宿ステーションビルとベルクと井野家

 冒頭にも述べたが、このブログをまとめるきっかけになったのが、togetter「幻の西武新宿線のマイシティ(現ルミネエスト)乗入れとベルクさん店内の三本の柱」http://togetter.com/li/984087 にもまとめてある、私の連続ツイートに対するベルク店長井野朋也氏からのリプライである。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (88)

 ベルクさん

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (87)

 確かに太い円柱が見えるがこのままではよく分からない。(店内から撮るのもはばかられるし)

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (81)

(「新宿駅最後の小さなお店ベルク: 個人店が生き残るには?」井野朋也・著 スペースシャワーネットワーク ・刊 から引用)

 この「BERG MAP」には2本しか見えないなあ。。。まあいいか。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (83)

(「建築界」1964年8月号「新宿東口民衆駅の設計計画」 80頁から引用)

 この図面の右上に伸びていくのが西武新宿線のホームに係る柱である。これのどれかにベルク店内の円柱が該当するのであろう。

 ちなみに、上図は完成形だが見ずらい。下図は1959(昭和34)年段階のものなので、詳細な場所は一致しないだろうが、イメージはしやすいのではないか?

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (35)

 「西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(11)西武百貨店堤清二による新宿ステーションビル乗っ取り失敗」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/jr-4b9a.htmlにおいて、西武百貨店(セゾングループ)堤清二氏による新宿ステーションビル乗っ取り工作には、井野家が持つ新宿ステーションビル株が大きな役割を果たしたと述べたところである。

 井野店長の祖父にあたる井野硯哉氏(元衆議院議員、元参議院議員、元法務大臣)は、高島屋が新宿民衆駅に進出しようとした際に、対抗馬となる地元からの計画としての「新宿ステーション・ミーティング・ホール・センター」の発起人の一人であり、その後高島屋、伊勢丹、西武の三つどもえ(国鉄=鉄道弘済会も入れれば四つどもえ)となった新宿ステーションビルの社長(後に会長)となった方である。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (5)

「いまでは制服の納入一つとってみてもセゾンとの取引は中止となっていますし、ほとんどお付き合いはなくなっています。うちの関連会社関係でもセゾンとの取引はほとんどやっていないんじゃないですか」(JR系OB役員)というほどの冷たい関係になっている。

 

「月刊経営塾」1991年6月号「完全に城を明け渡した新宿ステーションビル・・・・・・敗戦処理に入った堤・セゾン」 150頁から引用

 とあるから井野店長のJRと西武セゾンとの関係悪化に係るツイートも裏が取れる。

 (余談だが、三島由紀夫の盾の会の制服は西武百貨店謹製だそうだ。)

 もともと、駅ビルの実力者だった祖父が、公衆電話の並ぶコーナーを、脱サラした父のために店を出してくれたのです。

 その祖父もとっくに亡くなり、ビルの勢力地図もどんどん変わりますから、昔の関係者の店などかえってうとまれます。

 

「新宿駅最後の小さなお店ベルク: 個人店が生き残るには?」井野朋也・著 スペースシャワーネットワーク ・刊 148~149頁から引用

 単なる「昔の関係者」どころか、保有株の名義変更が、西武セゾンによる乗っ取りのきっかけになったのだから、西武に対して「根にもっている」と同様な感情をJR東日本がベルク=井野家に抱いていても不思議ではない。

 新宿駅東口駅ビル「マイシティ」は、2006年の4月、突然「ルミネエスト」と名を改めました。

 名前が変わっただけでなく、家主だった新宿ステーションビルディング株式会社が、株式会社ルミネに吸収合併されました。その途端、「マイシティ」時代の店が次々と出ていきました。出ていきたくて出て行ったとは考えられません。私の知る限り、数店舗は、駅ビルから「出ていけ」といわれ、出ていきました。

 うちも、ビル幹部から営業部の一室に呼び出され、「出ていけ」といわれることになるのですが、呼び出しは一度でなく数度におよんでいます。

 

「新宿駅最後の小さなお店ベルク: 個人店が生き残るには?」井野朋也・著 スペースシャワーネットワーク ・刊 148~149頁から引用

 高島屋単独出店阻止のための高島屋、伊勢丹、西武、国鉄、地元の共同出資体制としての新宿ステーションビル株式会社そしてその運用基準としての「3原則」に沿ってマイシティの運営はなされ、ベルクをはじめとしたテナントが営業してきた。その経緯は「西武新宿線の国鉄(JR)新宿駅乗り入れを整理してみる。(4) 魑魅魍魎うずまく新宿ステーションビル」http://kakuyodo.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/jr-0131.htmlに詳しく述べてきたところだ。

西武新宿線 国鉄新宿駅乗り入れ計画 (50)

 それが国鉄民営化に乗じた西武セゾンによる乗っ取り失敗→JR東日本の反攻により、共同出資会社としての新宿ステーションビル株式会社は、JR東日本の子会社としての「ルミネエスト」になってしまった。そこには「3原則」の及ぶ余地はない。しかも、因縁の井野家である。

 その後、契約もなんとか更新され、今でもベルクは営業を継続しているのは皆さんご存知のとおりである。

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 閑話休題。関連のツイートの中で、新宿駅にモノレール乗り入れ構想があったとの話が出た。

 まだいろんな話が埋もれているのかもしれない。

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(1)プロローグ

(2)戦前の新宿駅乗り入れ構想

(3)戦後新宿駅乗り入れの具体化へ

(4) 魑魅魍魎うずまく新宿ステーションビル

(5)新宿ステーションビルへの西武線乗り入れ

(6)新宿ステーションビルへの乗り入れ中止

(7)地下道による西武新宿駅と営団地下鉄・国鉄新宿駅との連絡

(8)西武新宿線の営団地下鉄東西線・有楽町線乗り入れ構想

(9)西武新宿駅の開発

(10)西武新宿線の地下複々線化による新宿駅乗り入れ

(11)西武百貨店堤清二による新宿ステーションビル乗っ取り失敗

(12)高島屋、西武に競り勝ち、新宿へ悲願の進出

(13)新宿駅東口2階の吹き抜けに西武新宿線が乗り入れるはずだったのか?

(14)新宿ステーションビルとベルクと井野家

(15・終)エピローグ

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